第四十八話 魔導人形
目が覚めると真っ暗闇だった。
訳もわからず混乱する。頭と喉が非常に痛かった。床から振動が伝わってくる。
ここはどこだろう。
身動ぎしようとして、非常に窮屈な状態であることを知った。急速に意識が覚醒する。
「エルはっ!?」
体を起こそうとして頭をぶつけた。頭に手をやろうとして、後ろ手に拘束されているらしいことに気が付く。
記憶が確かなら、ここは箱の中なんじゃないか。
そう思って足を曲げる。大人なら箱いっぱいで身動きが取れないだろうが、小柄な事が幸いした。
少し蹴ってみるがびくともしない。キョロキョロして見ると、頭の横には空気穴だろうか。小さな穴が空いていた。
もう一度足を曲げて今度はゆっくりと押し上げるように満身の力を込めた。ミシミシと蓋が軋み少しづつ持ち上がる。
蓋の上て何かがずれる音がした。更に力を加えると何か重いものが落ちる音と共にバキリと蓋が開いた。
反動をつけて体を起こす。思った通りリトが入っていたのは棺桶を細くしたような箱だった。
見回すと辺りには同じような箱が幾つも二段重ねで置いてあった。
リトが入っていた箱の上にも重ねてあったのか頭側に落ちていた。
取り敢えず体を丸めて腕を前に持ってくる。毎日の柔軟を欠かさなかったので、今ではかなり柔らかくなっているのだ。
腕には見たことのない形の枷が嵌められていた。両手首を幅広の金属が繋いでいる。中心に鍵穴らしき物が見えた。膝を使ってかなり力を込めて曲げると少し撓んですぐに戻った。
エルはどこだろう。
立ち上がって室内を見て回る。そもそもここがどこなのかも分からない。
少し歩くと人一人分程開いた隙間から外が見えた。あたりは既に薄暗い。
近づてみる。景色が飛ぶように後ろへ流れていった。足元がガタンガタンと音を立てて揺れる。扉にしっかりと捕まって思い切って首を外に出した。
瞬間。ものすごい風圧に押されて息が止まる。
でも見た。確かに見えた。ちょうど緩いカーブを描くように走っているそれは本でしか見た事の無いものだった。
黒い車体に、連なる車両。先頭は煙をもうもうと上げている。確か魔炭と呼ばれる鉱石を燃料に走っているはずだ。
ここは魔導式機関車の上だった。
この国ウィスクには四本の汽車が通っている。東西南北の大都市を繋ぐ直通線路だ。
乗客は大商人や貴族、一部の富裕層に限られている。
リトはくらりとした。
自分は……エルは一体何に巻き込まれたのだろう。
リトの不運もここまでくると笑えない。
先程の誘拐の目的がエルである事は疑いようもない。事前に計画された犯行だ。リトを餌にして、エルに何かをさせようとしているようでもあった。
取り敢えずエルを探さねば。
汽車から飛び降りるなんてことしたらさすがにエルもリトもただでは済まない。逃げ出すなら駅に停車したその時しかない。
ここは貨物室のようだ。リトは細長い箱を観察した。硬い木の箱は蓋の中程に錠がかかっている。
リトは枷を外すところから始める事にした。
座り込んでブーツを脱ぐ。ひっくり返すとコロンと小さな巾着が出てきた。祖父の作った収納拡張巾着だ。
巾着を開いて目的のものを取り出した。細い金属の針。それを二本。先が緩くカギ状になっている。
膝に枷を押し当てて
ぺろりと唇を舐めて湿らせる。
針を上下に細かく動かし、奥へと差し込んでいく。最深部まで到達したら垂直に曲げた針を左右に動かす。
カチリと音がして枷が外れた。床に落ちる。
良かった何とか出来た。
リトはほーっと息を着いた。針を回収して手首を擦る。
実はこの針。夜の巣に来たばかりのリトにカティがくれたものだった。教会から枷をつけたまま脱出したリトの枷を外してくれたのはカティだったらしい。
これを使うような状況に陥るなんてそうそうないだろうと思っていたのに……。
ブーツを穿いて、リトは次に箱を開けてみることにした。カチリと音がして錠が落ちる。
そっと蓋を持ち上げたリトは思わず蓋を取り落とし、叫びそうになった。
中には人が入っていた。
なんで?どうしてこんなに人を箱に詰めて積んでるんだ!?
ドクドクする心臓を抑えながらもう一度蓋を持ち上げる。手を胸の前に重ねて横たえられているワンピース姿の女性はよく見れば関節が球体だった。
人形……?
触ってみると冷たい陶器のような感触がした。
リトは再び大きく呼吸をした。精巧な作りの人形。その顔はまるで生きた人間が安らかに眠っているようだった。
聞いたことがある。
確か、東の方、イスタルリカやその周辺諸国では魔導人形を使うことがあると。
リト達は人形に紛れ込まされて運ばれていたらしい。
リトは箱を次々と開けていき、八つ目でとうとうエルを見つけた。抱き起こすとエルは青ざめてぐったりとしていた。
「エル!エル!!」
自分の声が掠れている。咳払いをし、エルを揺すったり頬を叩いたりして呼びかけるが意識は戻らない。
先程飲まされたのは強力な睡眠薬なのかもしれない。比較的短時間でリトが目覚めたのは魔力が高いから薬も毒も並大抵なものでは効かないか、短時間で分解されてしまうからだ。
「どうしよう……」
リトは途方に暮れた。装備類は一切合切取り上げられている。状況は絶望的だった。
ふと思い出して巾着を漁る。以前リトが強力な睡眠薬の原液をたっぷり飲まされた時、オルガが解毒剤を試して少し回復が早まったのだ。
トーヤの店でお守り代わりに買った物凄く強力な解毒作用のある木の実。
けばけばしいオレンジ色のハヒルダの実だ。
拳大程もあるその実をナイフで切り取って、エルの口をこじ開けて入れてみる。当然飲み込めるはずもなく何の反応もない。
どうすればいいのか考える。一つ思いついたが頭を振って考え直す。
嫌だ。やりたくない。
でも他に状況を打開する策を思いつかない。
リトは半分泣きそうになりながら覚悟を決めた。ハヒルダの実を切り取って口に放り込んで噛み砕く。
酷い味だ。
顔を顰めながらよく噛んで潰すと、エルの口をこじ開けて鼻を摘んで口移しした。
エルの喉がグビリと動く。急いで離れて口をゴシゴシと拭いた。
大丈夫……これはセーフなはずだ大丈夫……。
心の中で念仏のように唱えながら反応を見る。
「ブハッ……!ゲホッゴホゴホッ……!?」
効果はてきめんだった。顔色は悪いままだったがエルが目を覚ました。
「エル!良かった!大丈夫ですか?」
そう言いながら背中を擦る。
起こした方法は言わない方がいいだろう。その方がいい。絶対。
「ゲホッ……レ、ノくん……?ここは一体……?僕は、何してたんだ?メ、ガネ……」
エルが混乱している。
「すいません。メガネは無いんです。
ここは汽車の貨物室で、僕達は誘拐されたんです。
覚えていませんか?道案内をしていて襲われたこと……」
リトが簡潔に説明するとエルはサッと更に顔を青ざめさせた。
「ああ~酷い気分だ……」
エルが青い顔をして言う。
「僕もです。エル、まず枷を外しましょう」
「枷……?」
エルはその時初めて拘束されている事に気がついたようだ。
「腕を前に持ってこれますか?」
「え、無理」
エルが首を振る。
「こう……ほら、体を縮めて腕を……」
「いだだだだだだ!痛いよ!?
レノくん止めて!僕は体が固いんだ!」
リトが無理に動かそうとするとエルは叫んだ。腕を前にするのは無理そうだ。
「……じゃぁ腕を上げられるだけ上げて……そうそのまま頑張ってください」
そう言ってリトは床に仰向けになってエルの枷を外し始めた。慣れてきたのでものの数十秒で外すとエルは腕を擦った。
「ありがとう。こんな技術を持ってるなんて君は多才だね」
エルの顔は険しい。
「すいません……現状は何も分かってないんです。装備も皆取り上げられてしまってて……」
リトが申し訳なさそうに言うと鼻先すれすれまで枷を持ち上げて観察していたエルは首を振った。
「君がいてくれて助かったよ……。僕一人じゃどうにもならなかった。
多分目覚めることすら出来なかっただろうね」
と言ってリトの頭を撫でる。
「装備品は残念ながら奴らの手元だろうね。参ったなメガネがないと何も見えないんだ……。
そう言えばどうやって僕を起こしたんだい?」
エルが一番恐れていた事を聞いてきた。リトはサッと顔を逸らした。
「……まああいか。ちょっと傷を見せてごらん。声も掠れてる」
とリトの頭を両手で挟んで上を向かせる。至近距離まで近づいて首を見た。
「ボロボロじゃないか……。僕のために戦ってくれて本当にありがとう。
とんでもないことに巻き込んじゃったね。ごめんよ」
「あいつらは一体何ですか?
僕達、魔導人形と一緒に運ばれていたんですけど……。エル、心当たりはありませんか?」
リトが問うとエルは顎に拳を当てて少し考えた。
「間違いないのはイスタルリカの家の者だろうね……」
「イスタルリカ?貴族のですか?何でまた……」
エル程の天才なら何処が欲しがってもおかしくはないだろうが、なぜイスタルリカなのか。
街主の保護下にあるエルを攫うなんて、下手したら戦争になりかねない。
「さっき外してくれた枷は魔封じの枷と言ってね……。魔力を乱す貴重な鉱石を使って作られた枷なんだよ。
魔法使いの多いイスタルリカではよく使われる。
それでも流通はしていない。そこらの人攫いがホイホイ使えるものじゃないんだ。」
エルは厳しい顔で続けた。
「汽車が止まるのは四大都市くらいだし、起動前の魔導人形なんてものを運ぶ先はイスタルリカくらいのものだよ。
何より確信があるのは僕がイスタルリカの家の者だからだ。」
リトは目を
今なんて?
「僕とメルはねイスタルリカ家で生まれたんだよ。
詳しくは後で落ち着いたら話すけど、逃げ出したんだ。あそこから」
「信じます」
エルの顔は真剣そのものだ。元よりリトは疑っていなかったが口に出した。
「ありがとう」
エルは少し微笑んだ。
「僕達、これからどうしましょう?車掌に助けを求めるとか……」
リトが取り敢えず思いついた案を口にする。
「いや、止めた方がいい。これだけ事前準備をしてるんだ。
車掌くらい抱き込んでる可能性が高い」
エルの顔がまた険しくなった。
「取り敢えず箱を全部戻した方がいいですかね?」
魔導人形の入った箱を全て閉めてまた積んでおくのだ。そしたらリトとエルの逃亡の発覚を少しでも遅らせられるかもしれない。
「……。魔導人形の数はどれくらいある?」
エルがまた少し考えながらリトに訊いた。
「十……二十体くらいあります」
リトが数えて答える。
「全部箱を開けてここに集めてくれ」
エルはニヤリと笑った。
二人で交代で仮眠を取って、夜が明けてから体感で凡そ四時間。夜通し走り続けた汽車が速度を落とし始めた。日はすっかり昇っている。
貨物室の中、寒さに身を寄せ合いながらエルとリトは作戦の最終確認をしていた。
「いいかい?僕はこれから碌に魔法が使えなくなる。
それも、七日くらい。その間は君の魔法だけが頼りだ」
リトは小さく頷いた。
「騒ぎに乗じてここから抜け出す。駅があるのは三番通りだ。街主の館は南西にある。
僕らは北口から出て、隠れられそうな所を探す」
リトが再び頷く。
「一度隠れて落ち着いたら、ヨイヤミに連絡する。
「攫われてイスタルリカの大通りから北側にいる。救出求む」ってね。指輪は巾着に隠したかい?」
リトの巾着には一回限りの連絡手段である指輪が入っている。
ノーゼンブルグに発つ前にアカツキから渡されたものだ。遠隔地でも、結界内でも短い音声を届けてくれる緊急時用の特別仕様の通信具だ。
リトは頷いた。
「騒ぎが収まったらきっと人海戦術で捜索される。僕らは身を隠しながら移動し続けなければならない。
夜の巣に保護されるか、奴らに見つかるのが先かは賭けだ。
できる限り時間を稼がなくちゃならない。いいね?」
リトがコクコクと頷くのを見てエルは苦笑した。
「ここを出たら手を繋いで絶対離さないこと。
情けないけど僕はこの距離で君の顔がやっと判別出来るくらいに目が悪い。手を引いてくれ」
そう言ってリトの頭を撫でた。
「髪の色戻っちゃったね」
オルガの変装薬の効果が切れたため、リトの頭は今、真っ白に戻っていた。エルはセーターを脱ぐと、中に着ていたシャツのボタンを開けて大きく裂いた。
「気休めかもしれないけどやらないよりはマシだ」
リトの頭に裂いたシャツを巻くとうんうんと頷いた。
「ありがとうございます」
リトが礼を言うとエルは優しく微笑んだ。丸メガネのないエルの顔は何だか新鮮だ。
「何度も言うけど本当にこんな事に巻き込んでごめんね」
再びリトの頭を撫でる。
「自分で飛び込んだんです。エルの力になれるなら本望です」
リトがそう言うとエルは何とも言えない顔をした。
汽車が止まる。リトとエルは立ち上がった。壁にピッタリとくっつく。
「さぁ、奴らに僕らを攫った事を後悔させてやろう」
エルはニヤリと笑って両手を前に突き出すと呪文を唱え始めた。
外ではガヤガヤとした人の気配がしだした。二人の前には十八体の魔導人形が積んである。
詠唱を終えたエルが言う。
「起動前の魔導人形はこうすると暴走するんだよ」
風もないのにエルの髪が巻き上がった。
「ナクリエレイジ」
瞬間。バリバリという激しい音と共に太い紫電が走り回った。眩い光に目を細める。
一拍置いて魔導人形が一斉に目を見開いた。
轟音を上げて室内の荷物を蹴散らし、暴れ回る。鋼鉄でできたはずの壁をまるで紙のように吹き飛ばして駅の構内に飛び出していった。
駅で絶叫が多数上がる。頃合いを見計らってぜいぜいと荒い息をつき、魔力切れで震えるエルの手を引いて駅に飛び出した。
出入り口に殺到する人々の間を縫って走る。
そこかしこで魔導人形が紫電を纏いながら壁を粉砕し、柱をへし折り、ガラスを突き破っていた。
動きはそれほど早くないため、死人は出ないだろうとのことだったが、暴走した魔導人形は恐ろしかった。
目を見開き、ビクビク、ビチビチと痙攣して、人間の関節可動域を超える動きで手足を振りまわし、紫電を纏わせながら跳ね回って、仰向けのまま両手足をついてシャカシャカと走っていった魔導人形の群れをリトは一生忘れないだろう。
というかトラウマになった。
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