第三十話 テトラーナの幽霊

「罅がいってますね……折れかけです」


「はい……」



 夜の巣に戻ってリトはすぐにオルガの元へ連れていかれた。事の顛末を聞いたリトはヨルに会いたがったが却下された。



 ヨルは無事に帰れただろうか。



 オルガにギプスをまたはめられながらリトが考えていると



「人の事を考える暇があったらあなたの事を考えなさい。自分がどんな目にあったか分かってるんですか」



 オルガがやや呆れた顔をした。後ろで壁に寄りかかっていたアカツキが言う。



「ヨルの事は心配するな顔の割れてない奴を王都に派遣する。お前はしばらく王都に近づくな」



 リトは項垂れた。



 元からその予定だったとはいえヨルに会えなくなるのは辛い。心配をかけてしまったから余計にだ。



 そんなリトにオルガが気をとりなすように続けた。



「まぁ、明日またソフィの家に来るように言ってあるんです。落ち合う場所さえ変えればまた会えるかも知れませんよ?」



 リトは大人しく頷いた。



「それにしてもあなたはずいぶんと運が悪いですね。一体どういう星の下に生まれたらそうなるんです?

 どうです?教会にお祓いでもしてもらいに行きます?」



 オルガが笑えない冗談を言ってくる。



 本当に……今回は本っ当に危なかった……。



 もし、ヨルが追いかけて来てくれていなかったら、もし、ヨルが追いついてくれなかったら、もし、ヨルがリトの攫われる現場を見ていなかったら、もし、あと僅かでもアカツキが遅れていたら……。



 今頃リトはタソガレに手篭めにされていただろう。そう考えてゾッとした。


 タソガレは本当に恐ろしい。

 高い魔力を全て身体能力に振り切ったタソガレは、魔力感知を含めた六感が極めて鋭いことに加えて、体力、耐久力、瞬発力、治癒力などが異様に高いことが推察された。


 それらを踏まえて戦闘技術もアカツキと互角、或いはアカツキの方が押し負けるかもしれなかったのだ。


 ある意味では教会よりも怖い。この僅かな期間でタソガレはリトに底知れない恐怖を刻み込んだ。



 タソガレに会ったら戦うな、逃げろ、数で押せ。それでも敵うか分からない。



 それがリト達で出した結論だった。



「リトをしばらく見かけなかったら諦めてくれる……なんてのは望み薄ですかね」



 オルガが苦笑した。リトは顔をヒクつかせた。






 翌日。ソフィの部屋に降り立つと、既に待っていたヨルが勢いよく立ち上がった。そしてリトが構える間もなく胸に飛び込んできた。リトが慌てて抱きとめる。



「ヨル……?」



 しばらく経っても口を開かないヨルを心配して、リトが呼びかけるとやっと顔を上げた。


 ヨルは泣いていた。



「無事で良かった……」



 と微かな声で囁いて肩を震わせた。



「ごめん。心配かけて……ヨルのおかげで助かったんだ。ありがとう」



 そう言うとヨルは再びリトの肩に顔を寄せた。

 リトはヨルの頭をそっと撫でて視線を彷徨わせた。するとそれを見ていた皆と目が合った。

 にこにこと微笑ましく見るソフィとパメラ。生暖かい目で見るアカツキ。そして顔中でニヤニヤと笑って見ているカティ。



 後で絶対からかわれる……。



 リトは顔を赤くして俯いた。


 話を詰めた結果ヨルとは近々また会える事になった。


 ヨルと初めて出会った隣街、テトラーナ。


 ヨルは時々そこの教会に泊まりがけで手伝いに行ったり、療養所に見習いに出たりするからだ。


 ヨルは将来療養所で働きたいらしい。以前からそうして王都から通っていたため、周りからも不審がられないだろうという話だった。


 王都から近いため危険はあるがカティか、エドワードか誰かを必ず伴って出かけることを条件に許して貰えた。


 ヨルが手を振ってソフィの家から出る。カティが姿を消して送っていく事になっているから安心だ。


 二人を見送った後もずっと玄関に立ちつくしていたリトにアカツキが声をかける。



「帰るぞ」



 リトはコクリと頷いた。






「テトラーナには有名な怪談があります」



 夜の巣で昼食を摂るリトにオルガは言った。リトはポテトをゴクリと飲み込んだ。



「怪談?」



 と繰り返すとオルガは頷いた。



「テトラーナでは夕方五時の鐘が鳴る前に子供は家に帰らなければなりません。外で遊んでいると、増えるんですよ」


「な、何が……?」



 リトが恐る恐る聞くとオルガはたっぷりと余韻を含ませて口を開いた。



「子供の数が」



 リトは背筋がゾワッとした。



「はじめに初めに気が付いたのは近所の主婦でした。自分の子供をとある広場で遊ばせているといつの間にかもう一人いたそうです。


 不思議に思いながも彼女は次の日も、その次の日もいつの間にか自分の子供以外の子がどこからともなく現れたそうです。


 彼女は自分の子供から目を離さないようにしました。それでも子供は現れます。瞬きする前には何も無かったはずの空間にまるで最初からいたかのように」



 オルガは意味深に微笑んだ。



「気味が悪くなった彼女は子供を一人で遊ばせることを止めました。

 その後も別の主婦が何人かで子供を遊ばせているといつの間にか一人、人数が増えます。どこから来たのか、いつ来たのかは分かりません。


 また、ある時、別の大人が何人かで子供を遊ばせていて、帰る前に飴を配ろうと人数を数えた後、飴を取って振り返って一人ずつに渡していくと必ず一つ足りなくなったそうです。


 姿も年齢も性別も曖昧で記憶にとどめることのできない誰かが一人増えているのです。決まって五時を過ぎると」



 鳥肌が立った。リトは腕をさすった。するとオルガは表情を元に戻して



「だからリトも五時までには帰ってくださいね」



 と揶揄うように言った。



「お、驚かさないで下さいよ。もぅ……」



 リトが恨めしげに見つめるとオルガは薬を取り出して咥えた。



「子供が減るなら教会の関連を疑いますけど違ったみたいですしね。子供を早く帰らせるための話の類かと。まぁ尤も……」


「尤も……?」



 リトが続きを促すと



「その広場は教会の一番近くなんですけどね」



 これから一番通るとこじゃないか。



 リトは顔を引き攣らせた。






 ヨルは二週間後にテトラーナにやって来た。何日か滞在するらしい。



「リト!」



 小声で、でも嬉しそうにヨルが戸を叩いた。リトが戸を開けるとぺこりと頭を下げた。



「こんにちはエドワードさん。」


「よう、ヨル」



 エドワードが手を上げた。


 この部屋の大家は一般人だ。ここは顔の割れてない夜の巣のメンバーが借りてる部屋のひとつで、つい先日借りる人物をエドワードに変更したのだ。

 大家には近くに住む弟が遊びに来ることがあるかもしれないと伝えてくれていた。


 余談だがリトは髪を茶色からエドワードとおそろいの赤に変更した。気休めかもしれないがやらないよりマシだ。


 にこにこしているヨル見ていると視線を感じた。ニヤニヤしているエドワードと目が合った。



 顔がうるさい。黙れ。こっち見んな。



 リトは顔を赤くして俯いた。



「今日は遅くなってしまってごめんなさい。療養所に行ってきました……」



 ヨルが今日あった事を話す。療養所で沢山の人と話したこと、療養所の子供達が可愛かったこと、外の色づいた木の葉が舞い落ちて綺麗だった事……。


 リトはこの二週間あった事を話した。やっと修行を再開した事、ルナのこと、オルガの新薬のこと……。


 話題は尽きない。エドワードが途中で口を挟んできて、リトがヨルに会えなく泣いてたなどと言い出した。



「ばっ……ち、ちがっ……泣いてなんかない!!!」



 リトは顔を真っ赤にした。



「泣いたんですか?」



 ヨルも分かってて聞いてくる。



 意地悪だ。



「オルガの前で寂しいなって呟いただけなのになんでいつの間にかそんな話になってるんだよ!」



 ヨルは口に手を当ててふふふと笑い、エドワードはあることないこと吹聴したためそれを止めるのが大変だった。






 あっという間に時間が過ぎ去り夕方に近くなった。

 ヨルを教会へ送っていく。


 エドワードは少し離れて後ろを着いてきていた。教会の手前でヨルが中に入るまで見送ると、並んで歩き出した。



「早く帰らないと五時になるぞ」



 エドワードが揶揄うように言った。リトはオルガの怪談を思い出した。



「あれはもっと小さい子向けの話じゃないか。

 親が目を離せないような。僕はそこまで小さくない」



 リトは口を尖らせた。



「子供で間違いないだろ。現に俺やカティが着いてないと外に出られない」



 エドワードがニヤニヤする。リトは頬をふくらませた。



「ほら急げ置いてくぞー」



 エドワードは数歩先をスタスタと歩いていった。


 ふと視線を感じた。立ち止まると広場に幼い少女が一人、ポツンと立ち尽くしていた。



 五歳くらいだろうか?


「どうしたの?一人?」



 と訊くとふるふると首を振る。



「もうすぐ暗くなるよ。一人で帰れる?」



 すると少女はコクリと頷いて歩き出した。数歩、歩いて振り返る。



「お兄ちゃんまた明日もここ通る?」



 少女はその歳の子にしてはしっかりとした喋り方をした。リトは不思議に思いながらも返事する。



「うん。多分明日も通ると思うよ」



 すると少女は少し笑って手を振って駆け出して行った。


 午後五時の鐘が鳴る。



「リト、遅いぞ。勝手に居なくなるな」



 エドワードが戻ってきた。



「あ、うん。ごめん」



 そうして二人は夜の巣に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る