第十話 大賢者マーリンの半生(上)
「僕のおじいちゃんの事?」
リトはポカンとしてアカツキを見つめた。
朝市に行ったその夜。
アカツキが部屋に訪ねてきた。リトは床に座りルナを膝に乗せて絵本を読んでやっていた。
「そうだ。お前の解呪の魔法は祖父のために身につけたということは聞いていたが、肝心なお前の生い立ちや経緯、祖父についてはそのままだったからな」
アカツキは椅子に座り肘をついて顎の下で手を組む。アカツキの聞く体勢が整うとリトはぽつぽつと語り始めた。
祖父の名前はマーリン。五十年前、魔王を倒した勇者の仲間だ。
「マーリン……「大賢者マーリン」か!」
アカツキはひどく驚いた表情をした。リトがコクりと頷く。
この世界は五十年前まで魔王の脅威に晒されていた。
人類滅亡の危機に瀕した各国の王が教会、冒険者組合と協力して選出した選りすぐりの冒険者のパーティーのひとつ。
彼らは二年という月日をかけて危険な旅をし、とうとう魔王を倒すという偉業を成し遂げた。
それが勇者一行だ。
当時勇者は十八歳の青年だったという。魔王を倒した後、勇者達はそれぞれの道を辿ったがその結末は知られていない。
勇者の仲間のひとりが二年間に渡る自分たちの旅を書き起こした本がある。この世界の子供なら誰しも一度は読んでもらったことのある物語り。
中でも祖父は魔法で様々な便利な物を生み出した第一人者として有名だ。リトの言葉にアカツキは深く考え込むような顔をして続きを促した。
祖父は仲間達と別れた後、呪いを受けた身でありながらも世界各国を旅して回った。どうせ死ぬなら最後まで自分の好きな魔法探求の旅を続けたいと思ったからだ。
魔王討伐の旅で生み出した数々の魔法やアイテムの作り方を普及して回りながら、文献や魔導書を集めて気ままに旅をした。
十年程そうやって暮らし続けた祖父は、ある日、下町の療養所で祖母アメリアに出会うこととなった。
「好きだ!!!」
腹痛で療養していたはずのマーリンが野花を手に叫ぶ。
「そんな突然言われましても……」
さっきまで苦しんでいたのにケロッとしているマーリンをアメリアは不審な目で見る。
アメリアは療養所に住み込みで働く成人になったばかりの十八歳。マーリンは三十六歳だった。
「わしはマーリン。さっきの腹痛は嘘じゃ!!!お主に近づくための!!!」
とマーリンは胸を張る。いっそ潔い。アメリアは逆におかしくなってきた。
「だがこれ以降の嘘はない。わしはお主に恋をした。名前を聞かせてくれ」
マーリンはアメリアに花を無理やり渡してにっこりした。アメリアは苦笑いを返し、名前は答えずにマーリンを療養所から締め出した。
それからというものマーリンは足繁く療養所に通った。毎日毎日花を携え告白する。
療養所の入口、窓、二階の屋根伝いに。至る所から現れた。
「せめて名前を…!!!」
「アメリアです」
とうとう根負けしたアメリアがため息をつきながら続ける。
「一体私をどうしたいんですか?」
狂喜乱舞していたマーリンはくるりと振り向いた。
「そりゃもちろん。一緒に話したり歩くだけでも構わん。それだけでわしは天にも昇る気持ちになる」
ストレートに好意をぶつけてくるマーリンにアメリアはもう一度折れた。
「仕方ないですね。休憩時間まで待てますか?」
「もちろんだ!」
そう言ってマーリンは大きくにっこりした。
数週間後、二人は川原で寝転がり、日向ぼっこをしていた。アメリアの休日でピクニックに来たのだ。
他愛のない会話が途切れた時、マーリンが体を起こしてアメリアに向き直った。
「今日は大事な事を言わねばならん。」
珍しく真剣なマーリンの顔を見てアメリアも体を起こす。
「わしは勇者の仲間だった」
マーリンは続ける。
「この身は呪いに蝕まれておる。魔王の最後っ屁じゃ」
と襟を下げてその体に刻まれた紋様を見せた。
「だがアメリア、わしはお主とずっと一緒に居たい。結婚してくれ」
マーリンは綺麗に磨かれた指輪を取り出した。アメリアはにっこりとして指輪を受け取った。
「いいですよ。あなたには敵いません」
マーリンはすんなり受けてもらえると思ってなかったようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
アメリアはくすりと笑い
「幸せにしてくれるんでしょう?」
と確かめた。
「もちろんだ!!!」
マーリンは大きくにっこりしてアメリアを抱きしめた。
アメリアは知っていたのだ。マーリンが初めて名乗った時から。
勇者の仲間だったこと、そしてその物語の終わりが完全なハッピーエンドではなかったと言うことを。
それでも明るく無邪気に楽しく話し、アメリアを笑わせっぱなしのマーリンに惹かれた。
この時間を大切にしたい、もっと一緒にいたいという気持ちでいっぱいだったのだ。
アメリアの作った弁当を食べ始めてふとマーリンがまた真剣な顔をする。
「アメリア」
改まったマーリンにアメリアは不安そうな顔を向ける。
まだ他にも覚悟しないと行けないことがあるのかしら?
「ひとつ。約束して欲しいのだが……」
アメリアは真剣な表情で先を促す。
「お主の料理のことじゃ。わしの胃袋を掴んで離さん。
家事、育児。他は何でもしよう。
だが食事だけはお主が作ってくれ」
アメリアはガクッと肩を落とした。そしてくすくすと笑いながら了承した。
「娘さんを下さい。」
マーリンは床におでこをくっつけてアメリアの両親と向き合っていた。
アメリアの両親はごく普通の農家を営んでいて療養所に働きに出した娘がまさか突然降って湧いたような男を連れて帰ってくるとは夢にも思っていなかった。
しかも話を聞けば倍も歳が離れていて、世界を救った英雄の一人で、奇人と謳われた魔法の天才で……。
どう考えても自分たちの娘には不似合いなマーリンに不信感いっぱいだった。
「あの……どなたかと勘違いしてらっしゃるのでは……?
私たちは貴族様でもなんでもありませんし、アメリアもこのとおり普通の子です。
あなた様にはどう考えても釣り合わないのでは……?」
とアメリアの母親。マーリンは憤慨した。
「何をおっしゃる!先程も言いましたが私はあなた方の娘さんに……娘さんの笑顔に心を撃ち抜かれたのですぞ!!
あなた方の娘さんは素晴らしいお人だ!どんな時でも真摯に応え、笑顔を絶やさず、仲間や患者を思いやり、自ら率先して動く。
動作ひとつ言葉ひとつにも優しさが滲み出て、その笑顔は愛そのものだ!!
私はその笑顔を守りたい!共に歩んで行きたいのですじゃ!!!」
両親は頷かない。
「あなた様のこの子へ対する愛は伝わるが……あなた様は呪いを受けている。
この子が穏やかで幸せな道を歩むことが私たちの望みです。
魔王の呪いを受けたあなた様はいつ、どんな死に方をするかすら分からないじゃないですか。この子の未来にそんな不幸を与えたくないのです。どうかお許しを……」
そう言われてしまえばそこまでだ。父親の言葉にそれでも何か言おうとするマーリンを遮ってアメリアが前に出た。
「人がいつどんな死に方をするかなんて誰にも分かりませんし、誰にだって言えることじゃないですか。
私だって明日にでも事故に合うかもしれないし、いつか病に罹って死ぬかもしれない。例え、その死に方が凄惨なものであろうともそれまでを過ごす時間が大切なんじゃないですか?
彼と一緒に歩む道はまだ不幸だと決まっていません。
私は彼と一緒にいると幸せです。それを引き離すことは不幸じゃないんですか?」
アメリアが涙を浮かべて決然として言う。両親は頭を抱えた。
しばらく時が静かに流れていった。そしてマーリンが口を開いた。
「確かに私は呪いを受けております……。それも魔王の呪いを。きっと凄惨な死を迎えることでしょう。
今私が生きているのは魔王の呪いに封印の魔法を重ねがけしているからです」
アメリアの両親はマーリンを不安げに見る。
「この封印がいつ破られるのかは定かではない。少しずつ術が薄れていき、呪いの力が強くなっていくのを感じ取れます……が後十年は確実に保つ。
私は娘さんと出会うまではこれも運命と諦めておりました。だが、今は何としても生きたい。アメリアと共に歩んでいきたい……」
マーリンは続ける。
「幸いにも私は高い魔力を持ち、魔法にも長けている。
全力で少しでも長く生きられる方法を他にも探しましょうぞ。」
マーリンのメガネの奥で薄紫色の瞳がキラリと光った。アメリアの両親はとうとう折れた。
二人はささやかな結婚式を挙げ、レスフルという村で家を借りて落ち着いた。
レスフルは魔物が少なくなってからできたばかりの小さな村で、隣近所みんな仲良しだった。
子供達は自然豊かな村を駆け回り大人は畑を耕したり工芸に精を出していた。
マーリンはご近所さんにちょっとしたまじないや魔法を教えたりしながら今まで集めた文献や知識を用いて研究し、生き伸びる方法を探した。
アメリアとマーリンは忙しいながらも仲睦まじく暮らし、やがて子供を授かった。
アメリアがマーリンにその事を告げるとマーリンは喜びのあまり号泣した。
「おおおおぉアメリアァァァなんて素晴らしいことだぁぁぁうぅっひっく。
わしとアメリアの子供…なんと嬉しいことか。わしは、もう、今、召されても構わんほどじゃ」
笑えない冗談にアメリアはハイハイという顔をした。
「心残りがまたひとつ増えたんでしょう?
まだ死ねないでしょう?
私とこの子とあなた。三人で暮らす明るい未来を探すんでしょう?」
と確かめるように訊く。
マーリンは涙を拭き拭き鼻をかんでいつぞやのように大きくにっこりした。
「もちろんじゃ!!!」
子供が生まれた。マーリンの高い魔力とアメリアの黄色の髪を引き継いだプラチナブロンドの女の子だ。
「可愛いのぅ可愛いのぅ。わしの天使じゃ」
マーリンは我が子にメロメロだった。小さな小さな手をつつこうとしてアメリアに怒られた。
「もうっ。せっかく寝てるのに!」
アメリアは続ける。
「それより名前は考えましたか?男の子なら私。女の子ならあなたが考える約束でしたよ」
「おお!もちろんじゃ!名前は最初から決めておる!
「アリシア」じゃ!!!」
マーリンが胸を張った。
「なんだか私と一字しか違いませんけど?」
アメリアは半ば呆れて言う。
「当たり前じゃ。当然のことじゃ。わしの何より愛しい者の名前を拝借したのじゃから!」
と恥ずかしげもなく言ったのだった。
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