第六話 夜の巣

「着いてこい」



 翌日熱は下がったが念の為休養を取っていたリトの元へアカツキが訪ね突然そう言った。


 一応まだリト《病人》が動くのをよしとせず拗ねるオルガを完全に無視して、アカツキがドアを開けて部屋を出て行った。

 リトはオルガに謝りながらアカツキに着いて行行く。


 部屋を出るとだだっ広く真っ白な空間に出た。


 出てきた側にひとつの茶色い扉。

 向かいに六つ、それぞれ違う色の扉。


 出てきたドアが部屋を出た時のものと色形が違っていて戸惑う。



「ここは色々な空間と結界でできた俺たちの家、「夜の巣」だ。

 初めは少なかった人数も今では数十人に膨れ上がった」



 アカツキは空間を横切る。



「当然それぞれの部屋が要る。茶色い扉を三度ノックし、ドアノブの番号を合わせればその部屋のドアに繋がる。だがあらかじめ部屋主の認証を得ていなければ開かない。

 今出てきたのは一番。医務室だオルガの認証がいる。」



 新しい魔法が三度の飯より好きだった祖父が頭の中で歓声をあげている。

 凄すぎてどういう原理なのかさっぱりだ。



 リトは熱がまた上がりそうな気がした。



「仕組みは俺にもよく分からん。詳しいことはカティに聞け」


「カティって……?」



 リトが問うと



「この間の金髪だ。あいつの父親がここを作っている」



 と言いながら緑の扉を開けて出ていった。

 アカツキに着いて行くとそこは森だった。



 明るい……午後何時だろう。



 後ろを振り返ると出てきた場所は草に隠れてよく見えないが、小さなうさぎの穴だった。


 ここからどうやって元に戻るのかリトが考えていると



「帰りは別の場所から飛ぶ」



 見透かしたようにアカツキが言った。リトは少し恥ずかしくなった。






 少し歩くと開けてかなり大きな畑があった。七十代位の明るい銀髪の男性が切り株に腰を下ろしている。

 アカツキが男性に手を挙げ、男性が応えた。



「ダグ、植物魔法の達人だ。この畑の管理をしてくれている。

 街へ調達しに行くこともあるがここの野菜が夜の巣の食卓に並ぶ」



 アカツキは長い足でひょいひょいと畑を抜けて行く。リトもダグに頭を下げながら通り抜けた。


 様々な野菜が季節関係なしになっている。みんなイキイキとしていて美味しそうだ。


 畑の終わりには小さな小屋があった。アカツキはノックもせずに入って行く。

 慌ててリトも入口をくぐると中は誰かが暮らしている気配のする心地良さげな部屋で、アカツキの背中が小さめな木製のタンスに消えるところだった。



 そんなところにどうして……。


 と少し待って、はたと気がつく。そうか、ここも「飛ぶ」のか。



 急いでタンスに入ると次は鍛冶場に降り立った。


 カンカンと鉄を叩く音。


 アカツキは鉄を叩く男達の手元を覗き込んでいた。男達は髪もひげももじゃもじゃでがっしりしている。ドワーフだ。


 アカツキはリトが駆け寄ると顔を上げて



「見ての通り鍛冶場だ。

 夜の巣のメンバーの武器はここで作られる。日用品もな」



 と紹介した。どうやら先程から夜の巣を案内してくれているようだ。


 壁際に教会から逃げ出したあの日に見たアカツキの筒も置いてあった。



 魔力を帯びた金属製の大きな筒……だと思っていたものは機械的で、ぶ厚い金属が大きく口を開けている。

 縁から内側にかけて精緻な紋様が描かれていた。



 思わず見入っているとアカツキが筒にポンと手を置き



「メンテナンス中だ。魔砲という」



 と説明してくれた。


 魔砲には両端と真ん中に握りと引き金らしきものが付いており、筒の真ん中には革が巻かれている。



 こんな形の武器は初めて見た。



「魔砲はアカツキの旦那のオリジナルの武器でさ」



 ドワーフ一人がもじゃもじゃの髭の中から朗らかに話し始めた。



「魔銃のように魔力で撃つ武器がいる。威力バツグン。そのくせ微細な魔力コントロールができるように。オマケに振り回したいときた。注文が多くて創るのに苦労しましたや」



 しかし続いた言葉は避難がましいものでドワーフは半眼になってアカツキを見遣った。

 リトもアカツキを見上げる。



「命綱だからな」



 アカツキは肩を竦めサラッと受け流してしまった。


 そのまま鍛冶師達に手を振って、リトとアカツキは隣の部屋へと進んだ。



 休憩所だろうか。



 ゴチャゴチャと物が置かれた机や椅子を突っ切ると無骨なこの部屋には不釣り合いな瀟洒な鏡が壁に立てかけられていた。


 まさかとは思ったがアカツキは何も無いかのように鏡へと消えていった。リトも躊躇いながら鏡へ足を乗せてみる。


 足はそのまま鏡の向こうへと通り抜けた。そっと足を引き抜く。水に濡れたようなのに濡れていない。面白い感覚だ。



 リトが何度か足を出し入れしていると鏡から再びアカツキが現れた。



「何をしている」



 声色がやや呆れている。リトは年甲斐もなく遊んでしまったのを見つかり少し赤くなった。






 鏡を通り抜けた先は薄暗く、ドーム型に広がる大きな部屋だった。長いテーブルと椅子がいくつも並んでいる。



「食堂だ」



 アカツキが短く説明した。



「奥が厨房で今は支度中だ。」



 確かに奥から何かを炒めるような音といい匂いが漂ってきていた。


 リトのお腹がグゥと小さく音を立てた。アカツキがどこからともなく薄茶色の包みを取り出して渡してきた。



「もうすぐ夕食だ。これしか手持ちがないが食べて待て」



 包みを開くと中からこんがりと湯気をあげているパンが出てきた。



 どこから出したんだろう。



 リトは礼を言い、椅子に軽く腰掛けなるべく早く食べるべくパンを齧った。


 外はカリッと香ばしく、中はふわふわもちもちで他のどこで食べたものより美味しい絶品のパンだ。


 リトが食べ終えたのを見届け、アカツキはツカツカとテーブルの端へ向かった。


 着いていくと食堂の壁にはずらりと沢山のの鏡が並んでいた。先程鍛冶場に置いてあったの鏡と同じデザインだ。

 振り向けば鍛冶場から通り抜けてきた方向にも鏡が並んでいる。



「気がついたか。

 夜の巣の結界は鏡を使うことで飛ぶ。正確には周りの紋様だが。

 通れるのは魔力を登録した者のみだ。お前も既に登録を済ませている」



 思い返してみれば最初の扉にも小屋のタンスにも同じデザインで紋様が描かれていた。

 でもうさぎの穴は……?



「中に小さな鏡が仕込んであるが帰りには使えない」



 リトの疑問にアカツキが答えた。



「小さすぎるんだ」



 なるほど。



「ここからはいくつかの街へ飛べる。先日のラットルもそうだ」



 アカツキがまたしてもどこからかマントを二枚取り出した。ひとつをリトに放り投げる。



「被っておけ。俺もお前も目立ちすぎる」






 二人は右から三番目の鏡を通って小さな部屋に出た。二人部屋の宿のようだ。


 リトはふと懐かしさを感じた。宿暮らしの生活から一転して、まだ一週間も経っていないのに、色んな出来事が起こりすぎた。


 部屋を出ながらアカツキが小声で言う。



「ここの主人は俺たちに通じている。お前の顔も覚えてもらうために来た」



 部屋は出入りの激しい入口のすぐ横だった。


 リトはひどく既視感を覚えた。


 カウンターの中で忙しくする主人にアカツキが声をかける。主人がこちらを向いた。



 やっぱりだ。



「リトじゃないか!」



 リトが側へ寄り、フードを少しずらすと主人が声を上げた。主人はすぐに声を落として続ける。



「一週間前、お前と出かけたっていうパーティーが鍵を返しに来て、お前は死んだって……。

 手配書を見て何となく見覚えのある顔だと思ったんだがまさかお前だったなんて……あの髪色は……?

 それだと想ったら旦那と一緒だなんて何があったんだ?」



 アカツキが怪訝そうな顔をした。



「知り合いか?」


「二週間ここで暮らしてました」



 リトが答える。ここはカインバックだったのか。

 リトが簡単に今までの経緯を話すと主人は酷く顔をしかめた。



「なんてヤツらだ。冒険者組合に報告しないと……。それはそうとお前の荷物、全部取ってあるぞ。」


「ホントですか?」



 主人が囁くとリトはパァァと顔を明るくした。



 祖父の形見が沢山詰まったポーチをもうひとつ残していたのだ。無一文だと思っていたから嬉しい。



「墓を作ってやろうと思ってたんだが忙しくてなぁ。まぁ必要なかったから良かったが」



 主人は顔をくしゃくしゃにして笑った。

 カウンターから出てせかせかと店の奥へ行き、リトのポーチを手に戻ってきた。


 失った方のポーチには旅に便利な物、依頼をこなすために必要な小道具などを(宿の鍵も)入れていたがこちらは違う。



 沢山の本、杖、万年筆にメガネなんかもある。祖父の残してくれた何よりも大事な物達だ。



 ポーチを大切そうに受け取ったリトにアカツキが



「よかったな」



 と声をかけた。目がちょっぴり優しい。


 リトは主人に礼を言ってアカツキと共に部屋へ戻り、紋様の入った扉の背の高いタンスをくぐった。


 食堂に戻ったリトにアカツキは一番右端の鏡を指す。


「最初の場所への帰りはここだ。ほかの街はおいおい覚えていけ」






 繋ぎの間と呼ばれる最初の空間に再び降り立つとアカツキが説明を始めた。



「こっちの色のドアはそれぞれ決まった場所に繋がる」



 アカツキは次々とドアを開けて見せた。


 緑のドアは最初の森に。

 青いドアは白い砂浜で遠くに海が見えた。

 黒はゴツゴツとした大きな岩肌の急勾配な坂。山だろうか。

 白いドアの先は湯気に包まれている。

 赤いドアは先程の食堂だ。



「オレンジの扉は?」



 とリトが尋ねるとアカツキがちょっと眉間に皺を寄せた。



「緊急時以外開けるな」



 二人はリトの部屋に戻った。オルガとルナは居ない。リトに寝るように促し、アカツキは椅子に腰掛けた。



「オルガが話しすぎたんで、薄々気づいているだろうが俺とルナの血は繋がっていない。ここにいる者のほとんどがそうだ」



 アカツキが静かに話し始めた。



「本当の家族を亡くした俺にとって、夜の巣に居る者は家族だ。お前の事も、そう思っている」



 アカツキは切れ長の目でリトを見つめた。その瞳は鮮やかな青色だ。



「ここにいる者の多くが高位魔力者だ。俺達は教会を敵に回している。

 訳は……また追々話していくが、奴らは高位魔力者を狙う。教会に虐げられてきた者も多い……呪いを掛けられた者も。教会から家族を守るために戦いは避けられない。

 お前にも力を貸して欲しい」



 アカツキは毅然としてそう言った。

 その言葉を聞いたリトはコクリと頷いた。

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