第七話 ルナとアカツキ

 「やっと戻ってきましたか」


 オルガがぷりぷりしながら戻ってきた。両手で氷水の入った桶を持っている。

 その後ろをルナがトコトコとついてきた。盆に乗せたお粥を持っている。


「リト!!!」


 リトが目を覚ましているのを見たルナはお粥が乗っていることを忘れ、駆け寄ろうとするが途中で思い留まったようだ。


 アカツキとオルガが二人ともルナの方に手を差し伸べて固まっていた。息がピッタリだ。


 ルナはちゃんとベッドの脇の小さなチェストの上にお粥を乗せ、弾けるような笑顔を浮かべた。



「リトだいじょうぶ?げんきになった?」



 と嬉しそうに訊いた。リトは身体を起こしてルナの頭を撫でた。



「ありがとうもう大丈夫だよ」



 するとルナはスカートのポケットから小さな巾着を取り出した。リトの拡張収納巾着だ。

 リトに渡しながらルナが言う。



「これね、リトのブーツからでてきたの。パパがなんだってきくけどナイショなの」



 ルナは口に手を当てうふふと笑った。


 可愛い。どこに行ったのかと思っていたがルナが持っていてくれたのか。



 ルナに礼を言い、ブーツの脹らふくらはぎの部分に着けていた小さなポケットに大事にしまった。


 オルガがアカツキを押しのけて椅子に座り、リトの額に人差し指を当てた。



「三十七度六分。上がりましたね。病み上がって間もないのに誰かさんが長時間連れ回したからでしょう。

 今日はこれを食べたらもう休んでください」


 とアカツキを睨む。アカツキは肩をすくめて出ていった。


 オルガに厳しく見張られながらお粥を食べて横になった。リトがベッドに入るのを見届るとオルガはルナを連れて出ていった。


 二人におやすみと手を振って、ひとりになったリトは寝返りを打って瞼を閉じた。



 家族か……。



 祖父しか家族の記憶のないリトは、一気に大家族になったことが嬉しくて布団の中でふふと小さく笑った。






 翌朝、遅めに目を覚ましたリトをオルガが訪ねてきた。熱を計られる。



「三十六度七分。いいでしょう」



 オルガのOKを貰ってリトは身支度を整えて食堂に行ってみることにした。

 鏡を出てすぐ側のテーブルにルナとカティが並んで座っていた。他に人気はない。リトが近づくとカティが気づきこちらを向いた。



「おー、やっぱ何回見ても真っ白だ。すげえな!お前がリトか」



 と手を伸ばしリトの頭をワシワシと撫でた。その向こうでルナが齧っていたトーストを放り出し顔を輝かせた。



「リトもいっしょにごはん?」


「あ、うん。この間はお世話になりました。

 改めてリトです。よろしくお願いします」



 リトはルナに答えつつカティに頭を下げた。



「堅てぇよ。もっと砕けていこうぜ。

 いちいちそんな挨拶してちゃここじゃ持たねぇぞ。

 俺はカティ。結界士だ。来月で十八になる」



 カティが苦笑しながら立ち上がる。カティはヒョロりとしていて、アカツキ程ではないが背が高かった。



「没落貴族ノクト家の一人息子だ。うちの家系は代々結界士なんだ」



 リトと握手し肩を叩く。



 驚いた。貴族だったのか。



 カティは肩をすくめて



「俺が生まれた直後に教会に嵌められたんだ。

 謀反の罪で家族諸共処刑されかけたが、以前から付き合いのあったアカツキの親父に助けられた」



 と続けた。なかなかヘヴィだ。



「うちの親父の結界は凄かっただろ。歴代最高の術士なんだ」



 とカティは得意そうに言う。リトは頷いた。



「そして俺はその天才息子。アカツキのレッグポーチ見たか?」



 確かに脚に着けていたかもしれない。



「あれはな俺の発明品のひとつだ。

 内側に俺が描いた紋様が入っていて、結界空間と繋がっている。そこに入れたもんはなんでも、欲しい時に欲しいものが取り出せるってワケ。

 拡張収納術と似てんが、入れたものはそのままの状態を保てる!ここが違う!どうだ便利だろ」



 と子供のように目をキラキラさせて言う。それで焼きたてのパンが出てきたのか。



「すごい……」



 拡張収納術とは全然別の方法をこの若さで考えついたなんて本当にすごい。



「そうだ。朝食まだなんだろ。ちょっと座ってろ。俺が取ってきてやる」



 と厨房の方へ歩いていった。



 面倒見がいいのかもしれない。



「リトすわらないの?」



 とルナが訊いた。リトはお言葉に甘えて座ることにした。






 朝食を食べ終えたリトはカティに手を振り、ルナとともに医務室に戻った。そこでアカツキが待っていた。



「着いてこい。ルナ、リトを借りるぞ」


「ええ〜!?」



 不満そうなルナに謝りつつ、アカツキについて部屋を出た。つなぎの空間を横切り緑の扉をくぐる。リトも続いて森に出た。



 秋の日差しが心地よい。



 畑を通り抜けた小屋の横の広い場所で足を止め、アカツキが何かを放ってきた。片手で掴むとそれは短剣だった。



「お前がどの程度できるかを知りたい。本気でかかってこい」



 アカツキを見る。丸腰だ。


 リトの心配をよそにアカツキはフッと小さく笑った。



「お前にやられるような俺ではない」



 確かにそうかもしれない。先日の一件の通りアカツキは強い。武器の扱いも覚束ないリト相手に傷を負うとは思えなかった。


 アカツキは自然体で立っている。

 リトは大きく息を吐き一気に駆け出した。素早くアカツキの背後に回り込む。と、いきなり足を払われた。リトは柔らかい下草に手を付き飛び退る。再びアカツキに飛びかかろうとしたが姿がない。襟首を掴まれる感覚。


 気がつくとひっくり返っていた。



「???」



 むくりと身を起こすとアカツキがゆっくりと前へ回り込んできた。



「動きが直線的だ。その上素直すぎる。

 お前の身体能力がまるで活かせていない。誰かに習ったことはないのか」



 リトは首を振る。祖父の手ほどきを受けたとはいえそれは武器の扱い。基本中の基本を習っただけだ。


 祖父はコテコテの魔法使いで近接戦闘は専門外だった。そしてリトもインドア派だった。


 それからというもの「せめて自分の身を守れるくらいにはならないとだな」とアカツキはリトから短剣を取り上げ、基本的な動作からから教え始めた。



「受け身がなってない」



 一度手本を見せられたあと、アカツキに何度もぐるぐると放り投げられ足を払われる。

 やっと痛い思いをせずに受け身をとれるようになったら次は組手。



「相手から目を離すな」


「左右に踏み込む時はフェイントをかけろ」


「魔力は脚や肩、全身に巡らせろ」


「拳は親指を中に入れるな。骨が折れるぞ」



 ぶっきらぼうだが丁寧で的確な手本と指導。アカツキは教えるのが上手かった。



「身体を上手く使えるようになるには目だ。まずは人の動きをよく見ろ。

 そしてお前は関節が硬い。腰、膝、足首。これが上手く使えないと動きが安定しない」



 草地に転がるリトを見下ろしてアカツキは言った。



「鏡を見て練習するといい。関節は毎日風呂上がりにでも周囲の筋膜や筋肉ごと大きく動かして解せ。柔軟体操をしろ。」



 短時間でこんなに身体を動かしたことのないリトはあちこち痛くしながら頷いた。


 アカツキの指導……もとい、しごきは昼を過ぎても続いた。






 アカツキが持ってきてくれたおにぎりを食べながらリトは訊く。



「アカツキ……さん、とルナっていつ知り合ったんですか?」


「アカツキでいい」



 アカツキは鬱陶しそうに手を振った。



「俺が十二の頃、ヘマをして教会に捕えられた。そこで俺は呪いをかけられる間もなく魔力を根こそぎ抜かれ、瀕死の状態だった」



 十二歳のアカツキなんてちょっと想像出来ない。それに……



「魔力を抜くって……?」



 魔力は与えることはできても奪うことは出来ないはずだ。



「教会は度重なる実験の末、人から魔力を抽出するすべを得ている」



 リトが問うとアカツキは顔を顰めた。



 そんな悍ましい術を教会はなんのために編み出したのだろう。



 ふと先日の司教の言葉を思い出した。



「大切な人を取り戻す……?」



 アカツキは少し驚いた顔をして続けた。



「そうだ。教会は教皇の意志の元、神の啓示と謳って不老不死についてや、死者の蘇生について研究し、裏では非道な実験を繰り返している。

 高位魔力者を奴らは欲しがっている。実験体として、魔力抽出の材料として、あるいは研究員として。

 研究員になるのは大体、不老不死や死者の蘇生を餌に釣られた協力的な高位魔力者達だ。

 お前がそれを知っているということは持ち掛けられた口か。」



 リトは頷いた。



「まぁ、その顔を見ると断ったんだろうな。」



 アカツキが僅かに苦笑した。



「俺も断った。

 当時、王都の実験施設にいた大司教はそれはそれはキレやすくてな。断った途端に逆上して魔力抽出機にかけられた。

 抽出機は大掛かりなものでそうそう移動させられない。王都と聖都にのみ、お設置されている」



 アカツキは少し遠い目をして続けた。



「どうせすぐに死ぬ。そう思われて俺は録に見張りもついてない地下牢に放り込まれた。

 激痛のあまり気絶することすら許されない。そんな中でじわじわと肌の色が侵食されていく……この上ない恐怖だった。」



 リトはゴクリと唾を飲んだ。魔力の枯渇は一番苦しい死に方だと聞いている。



「瀕死の俺の前にオルガに連れられたルナが現れた。オルガは当時呪いで服従と魔力の封印を受けていたがルナの調整を理由に施設内では比較的自由に動くことが出来た。

 ルナは適合がどうのという名目で呪いがかけられていなかった。ルナは俺に手を当て魔力を分けてくれた……。二人は俺の恩人でもある」



 頬杖をつきながらアカツキは感慨深い深そうに更に続けた。


 そういえばオルガともそこで会ったのか



「オルガとは以前からコンタクトを取っていた。教会から逃げ出す機を伺っていたんだ。

 俺の父親が教会に不信感を持ち、調べていたから。俺はその手伝いをしていた」



 リトが口にも出していない疑問に答えるようにアカツキは言った。



「回復した俺は一度一人で脱出し、後日父達と共に二人を救出しに行った」



 そこでアカツキは言葉を切ってリトを見つめ直した。



「教会の目的は不老不死や死者の蘇生という訳では無い。それらは単なる副産物でしかない。真の目的は別にある」


 そんなところだ。とアカツキは締めくくって立ち上がる。


 想像を絶する世界に踏み込んだことを改めてひしひしと感じた。



「来い。続きをするぞ」


「はい!」



 リトも立ち上がる。



 一刻も早く戦力になりたい。

 そう思った。

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