第五話 お仲間

 男を先頭にして暗い階段を駆け登る。時折現れる教徒を男は筒でなぎ倒して進んだ。



 強い……。



 リトはルナと手を繋ぎ魔力が途切れないように気を付けながら走った。頭が痛み、肋骨が軋んで息が浅くなる。



「大丈夫か」



 男がぶっきらぼうに訊いた。



「だい、じょう、ぶ、です」



 身体がボロボロで息も絶え絶えなリトの答え方を聞いて、男は少しスピードを緩めた。



 意外と優しいのかもしれない。



 階段の終わりが見えてきた。入口はやはり大きく壊されている。

 ステンドグラスを通した明かりにリトは目を瞬かせた。祭壇の横には大きな穴が空いている。教会は何故かがらんとしていた。


 明るい日の光の下では男はかなり明るいオレンジ、ルナは眩いばかりのプラチナブロンドだった。


 髪色に驚いたのはリトだけではなかった。ルナも男もこちらを見て目を点にしている。



 あ、そうか白髪。と頭に手をやる。



「白……は初めて見たな」



 男はまじまじとリトを見つめた。



「リトあたままっしろ。きれい」



 とルナが褒めてくれた。






「ここならしばらくは気づかれないだろう」



 男がドアを後ろ手に閉める。ここは聖壇の後ろの物置だ。案外広い。


 教会を出るにはルナの解呪が必要だ。


 リトは再びルナの頭に手を当て意識を集中させた。



 やはりかつて無い程の魔力を消耗している。

 それになんだか魔力の消耗と比例して異様な核の周りの殻が厚さを増しているような……。



 正体不明の呪いに魔力をガンガン吸われながらもやっとの思いでかいくぐると、ようやくポツリと小さな光を放つ簡易的な核を見つけた。


 その時、部屋の扉が勢いよく開き明るいの金髪の青年が飛び込んできた。



「すまん!アカツキ!結界が破られた!!!」



 オレンジ頭の男、アカツキはリトを見る。



「まだか」


「あと、少し……!!!」



 教会ががらんとしていたのは結界で人避けがされていたのか。



 外でバタバタと足音がしてドアがバーンと大きな音を立てて開いた。



「そこまでです!!邪教徒ども!!!」



 司教が宝玉の付いた長い杖を手に教徒を連れて現れ、こちらに手を翳した。


 金髪の青年がポケットから黄色いチョークのようなものを取り出し素早く空中に円を描いた。


 バキンッと見えない力が弾かれる音がした。


 円はすぐに色が薄れ消えてしまう。



「なんだ……?」



 司教がいまいましそうに舌打ちする。

 アカツキがカチリと筒を構え、司教へ向けた。



「アカツキ何してんだ。そんでその白いガキはなんなんだ?」



 金髪の青年が司教から目を離さず囁いた。リトの額に再び汗が伝う。



 司教のかけた呪いに辿り着き書き加えた。ルナの紋様が消える。



「解けました!」


「行くぞ」



 リトが叫ぶと同時にアカツキはルナを抱え上げ、筒から青い光をを放った。






 大砲のような音が轟きリトの耳がキーンと鳴る。

 砲撃を食らった司教はどうやら微塵も形を残さなかったらしい。周りにいた教徒たちも見ただけで重症と分かる有様だ。

 残った教徒たちがこちらへ駆け寄ってくる。



「距離を取ればそんなもんいちいち待つ必要はねえよ」



 と青年が別のチョークを取り出しササッと一行の周りに線を引いた。



 先程結界と言っていた。チョークで結界を描いているのか?



 初めて見る魔法にリトには何が起きているのか分からなかったが、教徒たちは驚いた顔をして辺りを見回す。



 どうやらこちらの姿を見失ったようだ。



「俺たちは行く。お前はどうする」



 アカツキが小声で訊ねてくる。リトが選ぶ道はひとつしかない。



「一緒に行かせてください」






 額に当てられた冷たい布の感触でリトはハッと目を覚ました。



 あの後、一行は原理はよく分からないが姿を消す術か何かで誰にも見つかることなく街壁まで走った。

 しかし、そこでリトの限界がきて気を失ってしまったのだ。



 柔らかいシルバーブロンドの若い女性と目が合う。耳が長い。エルフだ。しかも褐色の肌の。



「まだ寝ていなさい。熱があります。ここは安全ですよ」



 と安心させるように心地よい声で話しかけてくる。額から布がずり落ちた。


 首に手をやると枷は外れていた。ベッドの足元にルナが頬をつけて寝落ちている。ルナの頬の腫れはすっかり引いていた。



「この子は随分とあなたに懐いたようですね。この二日間絶えず側を離れようとしませんでした」



 二日も倒れていたのか。


 ルナの寝顔を見て胸が熱くなる。



「ここは……?」



 見回すと大きな円形の部屋で至る所に簡素なベッドが幾つも置かれている。



「ここはアカツキのアジトですよ。私はオルガ。アカツキにこき使われる医者です」



 アカツキ……。


 ぼんやりとオレンジ頭の男を思い出しているとオルガにベッドに押し戻された。


 布を再びリトの額に当てながらオルガは続ける。



「あなたが寝てる間にざっと診させてもらいました。

 肋骨の骨が折れてズレていたんで直しましたが、あなたの魔力は底抜けに高いので今日あたりくっ付くでしょう。で、あとは打撲と擦り傷が全身。何をしてこんなにアザだらけになったんですか?

 まぁ既にほとんど完治してますが」



 リトに話す隙を与えずオルガはさらに続ける。



「魔力が高くて治癒が早いはずなのに熱が続くのは魔力を酷く消耗しているからでしょう。魔力の枯渇は命に関わります。

 初期症状として発熱。次に悪寒。中期症状としてこれらに激しい痛みが加わります。その次に髪色に変化が現れます。そして末期には肌に変化が出て、その先に待つのは死です。

 髪色の変化が出てからは自力で魔力を回復させることは難しい……安易にルナに潜って無事だったあなたは運が良かったですね」



 リトはゴクリと生唾をのみこんだ。


 魔力の枯渇。祖父から話に聞いてはいたが、生まれてこの方自分が経験することは無かった。



 しかしルナの謎の呪いに触れたことによってリトの膨大な魔力が枯渇しかかったのだ。あれは一体なんだったのだろう。



「髪の明るさが魔力の高さなこの世界で、私もルナも最高位だと思っていましたが、白髪のあなたはその上の上を越しているのが幸いしましたね。

 それにしても私ももう長い年月生きていますが白髪の方には初めてお会いしました。

 まあ三十年前頃からルナと共に教会に閉じ込められてたんですけどね」



 三十年?三十年と言ったか今?


「待ってください三十年て誰のことですか?」



 やっと一言挟ませてもらえた。



「ルナのことですよ。彼女は教団の実験の末、生み出された不老不死です。精神的にも成長できない呪いがこの子にはかかっています」


 そんな……。



 リトは言葉を失う。オルガはルナの頭に手を置きまたしても続けた。



「永遠の五歳でもルナは優しく、賢く、素直ないい子でしょう?」



 オルガの銀色の目が優しさを帯びる。リトは頷いた。



「オマケに可愛い。どうかこれからもルナに変わらず接してあげてください」



 オルガがルナを大切に思っていることがよく伝わった。


 リトはもう一度頷いた。立ち上がるオルガにリトは問う。



「初対面の僕にこんな事を話して大丈夫なんですか?」



「ルナが心を許して、アカツキが連れてきたあなたになら話しても問題は無いでしょう。それに、私はお喋りなんです」



 そうか。確かにお喋りだ。






「私はアカツキにあなたが目を覚ましたことを伝えてきます。あなたは寝ているように」


 とリトに礼を言う隙も与えずオルガは去って行った。


 と思ったらすぐにアカツキと一緒に帰ってきた。オルガは傍目《はため》に見てもぶすっとしている。



「目が覚めたか」



 アカツキがルナをチラリと見ながらぶっきらぼうに訊いた。リトが起き上がろうとするのを止めて傍《かたわ》らに座り視線を合わせた。



「まずは礼を言う。よくルナを助けてくれた」



 アカツキが頭を下げリトは恐縮した。



「そんな……偶然居合わせただけです。って言うより、むしろ僕の方が助けてもらったような……」



 牢から出して貰った上に、気絶しても放り出さず、手厚く看病までしてもらった。



「謙遜するな。誰にでもできる芸当ではない」



 アカツキは続ける。



「ルナを始め、ここは俺が集めた外され者の住処だ。何人かは賞金も懸けられている」



 アカツキが紙の束をベッドに放った。



 新聞だ……。



 リトは再び体を起こし、新聞を手に取った。オルガがことさらぶすっとした。


 教会爆破事件のことが綴ってあり、邪教徒として教会を度々襲う凶悪犯を裁かねばならぬと声高に書いてある。

 ページをめくると凶悪犯の一味としてアカツキ、オルガ、あと数人の見たことの無い人物の手配書がデカデカと載っていた。どれも高額で、中でもアカツキは金貨七十枚。オルガも六十五枚だ。



 アカツキの仲間は一体何人いるんだろう?



 ルナの手配書まであった。その金額はアカツキを超える金貨八十枚だ。更に次のページをめくる。


  そこには丸々一ページをぶち抜いて一味の新たな仲間として一人の少年が写っていた。



 遠目の写真のため見えづらいがなんだか見覚えのある白髪……。



  それは紛れもなくリトの手配書だった。しかも金貨百枚。


 リトはあんぐりと口を開けアカツキを見た。アカツキが初めてニヤリと笑顔を見せ、口を開いた。



「これで晴れてお仲間だな」




 ――祖父の声が蘇る。



「リト。人前に出たら周りをよく見て右ならえじゃ。正義感は捨てろ。折れとけ。

 お前の高過ぎる魔力に気付けばよからぬ事に使おうと様々な者が寄ってくる。平穏に生きるためには気をつけねばならんことじゃ」



 何が原因かは忘れてしまったが、幼い頃に近所の子供と喧嘩をして帰った日に受けた忠告をことごとく無視した結果なのか……。


「それ見た事か」頭の中の祖父が杖で思い切り小突いてきた。

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