第四章
第五十六話 魔法のレッスンⅣ
「レッスンその六の始まり始まり〜」
エルの怪我も無事に治って早数日。
今日も今日とてグラトルシャドウの討伐に出ていたリトはエルの言葉に目を丸くした。
「あはは声が出なくたって僕の教えることはまだまだあるよぉ」
リトの表情を見たエルはふにゃりと笑った。
ー声が出なくても出来るんですか?ー
リトは首を傾げた。二週間前、エルの家を訪ねた際にもらった空中ペンを使って訊ねる。
「あるよぉ。レッスン6からはねぇ魔力感知の広げ方をやるよぉ〜。
さてここでクエスチョン。君の魔力感知で見る世界はどんな感じ?」
リトは不思議に思いながらも宙にサラサラと走り書きした。
ー暖かい闇です。その中に魔力の灯りを感じ取りますー
「ふっふっふ〜。このレッスン6を終えた時、君の見る世界は変わるよぉ」
リトの答えを見てエルは顔の割合に対して大きな丸メガネを光らせてニヤリと笑った。
「この世のありとあらゆる万物には魔力が宿っていることはもちろん知ってるねぇ?」
エルの問いにリトは頷いた。
「魔法使いは己の魔力をそのまま変換して使ったり、空中の魔力に
エルが人差し指をピッと立てる。
「君の使う解呪の魔法や医者が治療や診察の時に使う魔力感知は大雑把に分けると人の体内を見るのに特化したものと言える。
さて、ここでクエスチョン。体外の魔力を見るときどうすればいいと思う?」
リトは頭を捻った。そもそも魔力感知を体外に広げるという感覚がいまひとつピンとこない。
答えが出なかったためリトは首を横に振った。
「ふっふっふ。答えは簡単。目を開ければ良いんだよぉ〜」
エルは目をギュッと閉じ後限界まで見開いてみせた。リトは思わず口を開いて「あ」と言おうとした。
エルはその反応を見て満足そうに頷いてみせた。
エルとリトは木に登った。
「まずは目を開けたまま潜る練習をしなきゃぁね。手ぇ繋ご」
といつぞやのように手を差し出してきた。リトは今度は照れる事なく手を繋いだ。
自分の魔力を人や物に通し、内部の魔力を見ることを潜ると言う。
「それじゃぁ早速魔力を巡らせて見てぇ」
リトは握る手に力を込めて目を開いたまま、ジワジワと魔力を広げる感覚で、エルの繋いだ手から魔力を巡らせた。
「ゲッホゲホゲホッブハッゴッホゴホォッ!!!」
瞬間、
エルが体を強張らせて凄い勢いでむせ始めた。
「はぁはぁ……す、凄い衝撃だった……」
一息つくとエルは息も絶え絶えに言った。
リトは慌てた。
エルに魔力を流しすぎたのだ。それも物凄い勢いで。
ーすいません!ー
エルはリトの文字にぜいぜい言いながら目を走らせた。
「い、いや、想定内だよ……。続けよう!」
そんな事を言って弱々しく笑って続けようとする。
ー木か何かで練習した方がいいんじゃないですか?ー
これ以上はとてもじゃないが人で試す気にはなれない。
「木じゃダメだ!流す量の調整の
エルのいつもののんびり口調が吹っ飛んでいる。リトはおろおろして手を離そうとした。
ところがエルはリトの手をガッチリ握って離さない。
「ふふふ……逃がさないよ……さぁ、続けるんだ!」
と鬼気迫る様子でリトに詰め寄る。リトはイヤイヤをするように首を振った。
今日のエルはなんだか怖い。
エルはとうとうリトの顔を両手でグワシと捕まえた。
「さぁやるんだ!」
リトは咄嗟に目を瞑ろうとして、エルにこじ開けられる。
「さぁ!さぁ!!さぁ!!!」
エルの丸メガネが怪しく光った。
十数回魔力を巡らせる練習をして、エルはとうとう木から落ちた。
「だ、大丈夫、大丈夫。ずいぶん……随分良くなって来てる……」
地面にうつ伏せたままエルが指を立ててみせる。今グラトルシャドウに襲われたらひとたまりもない。
ーエルそれは大丈夫じゃないです。今日はもうやめましょうー
リトは半泣きになった。エルは地面から見上げてリトの文字に目を走らせたが無視した。
「君が魔力の使い方を、新しいのに、切り替える度に、コントロール力が落ちるのは、折り込み済みだよ」
よろよろと立ち上がる。
「そもそも君が魔法のっコントロールをある程度身に付けてなきゃ、僕は最初ので、粉々になってるよ」
エルは恐ろしい事を言いながら木によじ登り始めた。
こんなになってもまだ続けるのか。
見上げた根性である。
ーエルが死んじゃったら元も子もないですよ!ー
リトの抗議を無視してエルは木から身を乗り出してリトの手を掴んだ。そしてイヤイヤをするリトを木の上に引きずり上げた。
リトは体が軽いので簡単に持ち上げられてしまう。
こんな時リトは自分が背も体重も低い事が嫌になる。
ー木で練習しましょう!ー
再度リトの抗議を無視してエルはリトをガッチリ捕まえた。丸メガネの奥の深い緑色の目が
こんな狂気じみたエルは見たくなかった。
リトは涙目になりながら魔力を巡らせる練習を続ける他無かった。
ー見えました!見えました!エル、しっかりしてください!!ー
リトは気を失いそうなエルの頬を叩いた。
「ほ、ほんと……かい?適当言ってない?」
エルはリトの文字に目を走らせるとふらふらしながら聞いてきた。
目を開けたまま魔力を何とか巡らせる事にリトが成功すると、エルはそのまま人の体内の魔力の流れを目を開けたまま見る練習をさせたのだ。
リトは慌てて走り書きした。
ー本当です!エルが広範囲の魔力感知を切って右手に魔力を集めてます!炎の魔法を使うつもりですよね!ー
「ふ、ふふふ……大正解だよ……」
エルの状態の心配を置いておくとリトは目を開けたまま感じる魔力感知の不思議な感覚に感動を覚えていた。魔力感知は視覚と統合されて、エルは体内から光り輝いて見えた。
だが、これでは体表が見えない。強弱などムラはあれど全体的に光って見えるのだから。
これがエルが疲れるから普段は魔力感知を切っているという理由だろうか。なんか違う気もするけど……。
「それじゃぁ今度はレッスン7いくよぉ〜」
エルは調子を取り戻して次に進もうとする。
ー少し休憩した方がいいのでは?ー
リトが書くとエルは首を振った。
「目を開けたまま魔力を巡らせる感覚を忘れない内に次に進んだほうがいいんだよぉ。
ここからは僕を通さないでいいしねぇ。僕は広げた魔力感知で君の魔力を見るから」
そう言ってエルはリトから手を離して木から飛び降りた。リトも後に続く。
「レッスン7ではいよいよ魔力を広げていくよぉ〜。
それじゃぁ早速自分の足元から魔力を巡らせていこうか」
リトは足元に集中して魔力をじわじわと広げていく。直ぐに足元が光に包まれていった。
「そう〜いい感じぃ。まずは少ない範囲でやろう。そのまま空中に伝播させてみてぇ」
これが難しい。
リトはじわりと汗をかいた。
「空気中に満ちる魔力を伝うように……魔力を巡らせる量を多くしてみて……」
リトはなんとか取っ掛かりを掴もうと必死に魔力の感覚を尖らせた。
地表ギリギリに魔力を巡らせたその時、僅かに空中の魔力に伝播した。次の瞬間リトの視界が光で埋め尽くされた。
リトは思わず目を閉じ魔力感知を切った。
「おぉ〜出来たできたぁ!やっぱりレノくんは優秀だなぁ〜」
エルがリトの頭を撫でる。リトは嬉しく思いながらも目をしぱしぱさせた。
レノとはリトのノーゼンブルグでの偽名である。
「あはは眩しかったぁ?」
リトは頷いた。目を擦る。
「これはねぇ巡らせる魔力量を微調整していく事で慣れていくしかないんだよねぇ。
視覚に統合されてはいるけど実際は目には影響してないからどんどん繰り返してみよぉ?」
リトはコクリと頷いた。
「おい、ふざけてるんだよな?」
現在リトがお預かりされている
団員が集合する中、リトとエルは正座させられていた。
「いやぁ……ちょぉっと練習に根を詰め過ぎちゃって……」
ーごめんなさいー
エルが頭を掻きながらふにゃりと笑う。
一方。リトは怖くてヤツラギの顔が見られなかった。
「まさかのゼロ……ゼロだぞ?過去最低を上回ったなーおい?」
平坦なヤツラギの声が怖い。
リトはますます目線を下に落とした。
「俺はな?グラトルシャドウを討伐して核を取ってこいって言ったよな?それがどうしてこうなった?」
そう言うとヤツラギはリトとエルの頬を
「なーおい。今日何しにここに来てたか言ってみろ?あ゛あ゛?」
「ぐ、グラトルヒャドウの討伐でふ」
エルが答える。
「そうだよな?やっぱりそうだよな?
俺の記憶は間違いじゃないよな?」
ヤツラギは二人を更に吊り上げた。
ほっぺが千切れそうだ。
「仕事だよなー?任務だよなー?
それをほっぽって魔法の練習に根詰めてただあ?
夢中か!!!」
ヤツラギはそう言って二人の頬をブンブンと振り回した。
リトの訓練は騎士団の戦力増強に繋がるという事で優先的に行ってもいいことになっているらしいのだが。
「いっあ!いったい!!団長!!!千切れる!千切れるぅ!!!」
エルが悲鳴を上げる。リトは声を上げることが出来ない分辛い。
「いいかお前らよーく聞け……次やったらレノに俺の
わかったな?どういう意味か分かるよな?このダメ
リトとエルはサッと青ざめた。
ヤツラギは男女問わずの色狂いなのだ。
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