第五十九話 目隠し鬼
アルに魔力感知のコツを聞いてからリトの視界は一週間で随分変化した。
空中に魔力を循環させるコツは自分の頭の天辺から押し出すようにすること。
あまり場所を定めないで体の各所から広げるとどうしても伝播に頼ってしまいがちになるらしい。
スゥーと息を吸って止める。数秒数えて集中力を高めて、吐き出す呼吸に合わせて一気に魔力を押し出した。
そのまま宙に霧散してしまいそうになる魔力をまた息を吸って少し引き戻す。吐いて、吸って、吐いて、吸って。呼吸に合わせて体を中心として見えない魔力の半球を作った。
呼吸のイメージに重ねて魔力を循環させる。
コインの落ちる音と共に魔銃を抜いて駆け出した。
視界は概ね良好。空中が白くなる現象は落ち着いて、色で物の判別ができ、陰影が分かるようになってきた。
おかげさまで目隠し対戦でも一撃で沈められる事は無くなった。
「やぁ〜やっぱりレノくんは成長早いなぁ〜。反骨精神旺盛だからかねぇ」
今日の対戦では一分保ったリトをエルが褒めた。まだまだリトは反省会すら出来ないやられっぷりだったが。
通常、リトの対戦訓練は何度負けても時間いっぱいまで反省会と対戦を続ける。だが目隠ししてからは反省会は一回もできていない。
「お前は闇雲に突っ込みすぎだ」
今日の対戦相手が地面に伸びていたリトを引っ張り起こしながらそれでもアドバイスをしてくれた。
確かにそうかもしれない。
「せっかく早い足があるんだ。じゅうだんと一緒に攻めるくらいしてみろ」
一見無茶苦茶なアドバイスに思えるが、騎士団のみんなは薄々リトの異様な身体能力に気付いている。それでいて一種の特異体質と思っているようだった。
リトはコクリと頷いた。
夕方五時までの訓練を終えて家に帰り、風呂を沸かして夕食の準備をする。材料を切って下拵えしてクッキングスタートだ。
鍋にバターを溶かし、小麦粉を入れて炒める。白っぽくなって細かい泡が立ってきたら牛乳を分けて加え、泡立て器でよく混ぜてのばし、塩、こしょうで味を整えてホワイトソースを作る。
バターを薄く塗った巨大なグラタン皿にホワイトソース、白菜、作り置きしてたミートソース、チーズの順に重ねていく。いちばん上にホワイトソース、チーズを更に乗せてバター少々を散らして石窯に入れた。
お次はスープだ。
鍋を火にかけて玉ねぎ、にんじん、じゃがいもに水と固形調味料を投入し、蓋をして煮る。
待ってる間に石窯から白菜ラザニアを取り出す。
暫くしたらスープにキャベツ、ソーセージを加えて更に煮た。
ご飯を皿に盛り、ラザニアはグラタン皿そのまま、スープをマグカップに入れて食卓に並べて着席。
いただきます。
食事の感謝の気持ちを込めて手を合わせてぱくりと一口。
うん。悪くない。
いつも思うことだが一人の食卓はなんだか味気ない。
席を立ち、ブックスタンドと読みかけの本を手に戻ってくると本を読みながら食事を再開した。
お行儀が悪いと叱られることもない。
もくもくと綺麗に平らげて洗い物をした。
洗い物を片付けて風呂に入る。ここでも本を持ち込んだ。茹だる前に風呂から上がってしんとした部屋に戻った。
いつも誰かしらいて賑やかな夜の巣を思い出す。
そろそろいい加減に慣れてもいい頃なのにリトは寂しさを覚えた。
自分は思ったより寂しがり屋のようだ。
そんなに寂しいならしょっちゅう夜の巣へ帰ればいいとも思うのだが、黎明の騎士団で鍛えられる=一人でも暮らせる能力を身に付ける、だとリトは考えていてなかなか帰れずにいた。
リトはキリのいい所まで本を読んでベッドに入った。
アルとまた会えるのは明後日だ。
明日で必要物品の買い出しを済ませておこう。
そう考えながら少しワクワクして眠りに落ちた。
深夜。突然リトの意識は浮上した。寝ぼけ
僕はなんで起きたんだろう?
眠たい目を擦っていると、玄関のドアを叩く音がした。
こんな深夜未明に誰だろう。
意識が急覚醒する。
リトの部屋を知る者も、訪ねてくる者も少ない。魔銃の差してあるベルトを腰に巻き付け、玄関に向かう。
そーっとドアスコープを覗いてリトは大きく息を吐いた。ドアを開ける。
「突撃隣のお夜食〜」
にこやかなエルと眠そうなメルが立っていた。
ーこの時間の夜食は流石に体に悪いですよー
「とぉ……隣でもないしね」
リトが半ば呆れ、メルが欠伸を噛み殺しながら突っ込んだ。
ー大したものはないですよ?ー
と書きつつ二人を中に招き入れた。オルガに持たされたハーブティーを入れる。
「わぁいほんとに食べさせてくれるのぉ〜?」
エルは両手を上げて喜んだ。
「こんな夜中に押しかけてごめんね。でも夜食なんて初めてだわ」
メルは罰の悪そうな顔をしつつもソワソワし出した。
二人の前にハーブティーを出すとエルが直ぐに嬉しそうに手を伸ばした。
ふーふーと冷まして口を付ける。
「あ〜これ懐かしい風味がするなぁ」
エルがふにゃりと顔を崩した。
一時期夜の巣にいたと言う事だし、オルガお手製のお茶に馴染みがあるのかもしれない。
リトはにっこりして夕飯の残りのスープを温めなおしておにぎりを握り始めた。
―本当に簡単なものですけど―
リトが二人の前に夜食を出すと二人は顔を輝かせた。おにぎりとコンソメスープ。
二人の口に合うだろうか。
「「いただきます」」
リトがドキドキしながら見守る中エルはスープに、メルはおにぎりに手を伸ばして頬張った。
「お〜い〜し〜い〜ぃ!!」
「むぐ、塩つけて握っただけの米ががここまで美味しくなるなんておかしいわ!!!」
リトはホッとした。
―おにぎりは握りすぎないのがポイントなんです―
リトはおにぎりにはちょっとうるさいのだ。
「スープも絶品だよぉ野菜の味がしっかり出てる!」
エルはあっという間にスープを飲み干し、おにぎりに着手した。
「あぁ美味しかったぁ〜。ご馳走様。
ところで君は魔法使い同士の戦いを見たことあるかい?」
ぺろりと指を舐めながらエルが突然訊いてきた。
一足先に食べ終わったメルはエルの肩にもたれて寝息を立てている。リトは首を振った。
「魔法使いの戦いはねぇ、魔力の読み合いだよぉ。
相手の術を先に読み取って互いにどんどん先手を打って行くんだ。
雷の攻撃魔法に対して風の壁を張ったりねぇ。相手の魔法に対して如何にしてより有効な魔法を使えるかが勝敗を分ける」
リトは先日の誘拐事件の時に魔法使いに雷魔法を防がれたことを思い出した。
「そのためには魔力感知の精度を保ったままどこまで広げられるかが鍵になる。
互いに相手を間合いに収めて魔力の流れや、使おうとしてる魔法を読み取るんだ。フェイントを混ぜたり、発動のタイミングをずらしたりするのを見破って動く必要があるんだよぉ」
エルは人差し指を立てて見せる。
「知ってるかい?魔力感知と視覚の統合が済むと数秒先の未来が見えるんだよ」
リトはちょっと迷ってコクコクと頷いた。
「あれぇ?知ってたのぉ?ちょっとカッコつけちゃったから恥ずかしいや」
エルはポリポリと頬を掻いた。
—ついこの間教えてもらったんです—
リトが慌てて書くとエルは笑った。
「あはは冗談だよぉ。誰に教えてもらったのぉ?」
—つい最近できた同い年の友達です—
リトは少し照れながら答えた。
「へぇ〜レノくんと同い年でそこまで知ってるなんて優秀なんだねぇ。
レノくん今まで大人に囲まれてたから新鮮でしょぉ?」
エルに聞かれてリトは頷いた。
「よかったねぇ」
とエルはリトの頭を撫でた。
リトはにっこりした。
「話を戻すとね、統合後に察知できる情報量には魔力量ではなく、その人の才能と努力によって左右されるんだぁ。
レノくんは魔力量が多いからその分広い範囲で魔力感知が出来るけど、情報量も増えるから広げ過ぎると脳が処理出来ないかもしれないねぇ」
僕にその才能は果たしてあるんだろうか。
リトは少し不安になった。
「だぁいじょうぶだよぉ〜。もし才能が無くたってある程度まで見えるように指導するし、君にはちゃぁんと才能があると僕は予想してるよぉ」
そこでエルはクイっと丸メガネを上げなおした。
「実は魔力と現実世界の統合って言うのは、魔法使い以外にも使ってる人がいてねぇ。
お医者さんなんかは診察する時体内の臓器に満ちる魔力から体内の仔細な様子を知ることができるんだよぉ。
他にもねぇ身近な人で言えばヨイヤミとか団長とかが上手いんだよぉこれが〜。変わり種だけどね」
リトはびっくりして目を丸くした。エルが指をゆっくり左右に振る。
ヨイヤミはリトの心の拠り所、本当の「家」である「夜の巣」のリーダーアカツキの偽名だ。
「ヨイヤミの場合はかなり特殊でねぇ、嘘が通じないんだ。
元々の目の良さが有ってこそだけど、特定の条件下で人の脳に巡る魔力の動きからある程度の情報やイメージをを読み取れるんだよぉ」
リトの目が点になった。
つまり無敵……?
「あはは読むために必要な条件が幾つかあるからそこまで無双は出来ないけどねぇ」
エルはケラケラ笑った。
「さぁて余談はこれくらいにして、本題に入ろうか」
エルがテーブルの上で指を組んだ
夜食食べに来たんじゃなかったのか。
「あはははこんな時間に尋ねてきたのはちゃんと理由があるんだよぉ」
と再び指を立てて振ってみせた。
「これから毎週この曜日この時間。君には目隠し鬼ごっこをしてもらうよぉ」
エルはニィッと笑って丸メガネを光らせた。
エル曰く目隠し鬼は才能だけでは補えない努力の部分。
魔力感知で得た情報の処理スピードを鍛える秘策なのだそうだ。ついでに魔力感知の範囲を広げられるようにしようという算段らしい。
「ルールは簡単。目隠ししたまま逃げる僕らの魔力を追って捕まえるだけ〜。
君の今の感知なら人の見分けまでもうすぐだよぉ。
人気の少ないこの時間。魔力感知を最大限まで広げて、寝てて動かない人と、移動し続ける僕らを見分けてごらん。」
屋根の上でエルがにっこりと笑う。メルは大きく欠伸をした。
「走りながら魔力感知を使うことによって処理のスピードを無理やり上げざるをえない状況を作る。
それによって処理能力は莫大に上がるはずだよぉ」
続いてエルはポーチを漁って鎖の着いた黒いメダルのような物を取り出した。メダルの真ん中には砂時計の様なものが嵌っている。
「タイムリミッターだよ」
エルが説明した。
「必要な時間分だけここの砂時計をメダルごとひっくり返すんだ」
そう言ってメダルを十回転させた。
「一回り一分。時間が経ったら音がするからねぇ。ここの出っ張りを押したら止むよ。
僕らは目を覆わないから普通に時計で確認して動くからねぇ」
そう言ってリトに目隠ししてタイムリミッターを首にかけた。
「十秒たったら追いかけておいでぇ。
タイムリミットは十分。範囲は街の中。終了条件はメルと一緒に動いてる僕を捕まえるか、時間が来るかしたら。終わったらレノくんの家の前に集合。
用意はいいかい?」
リトは頷いた。
「それじゃぁスタート」
エルはにっこりと笑ってリミッターの出っ張りを押してメルと一緒に駆けて行った。
リトは深呼吸と共に十秒数えながら魔力感知の範囲を広げた。
十秒後、リトは薄明かりに照らされたようなぼんやりとした視界の中を駆け出した。
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