第二十三話 タソガレ
リトは大剣の腹を受け、再び吹き飛ばされて今度こそ壁に激突した。壁が瓦礫と化して、リトと共にガラガラと崩れ落ちる。
壁に叩き付けられたリトは息も出来ない。頭から血が流れる。
「お前、意外と強いな。あとずいぶんいい銃使ってんね。傷一つ着いてねぇじゃん。」
とリトが落とした魔銃を拾って眺めた後投げ捨てた。ゆっくりとした足取りでリトに近づき屈み込んだ。髪を掴んで顔を上げさせる。
「気ぃ変わった?」
とリトの顔を覗き込んだ。血のように赤い瞳が楽しそうに歪んでいる。
「……ケホッ……コホッ」
「あー悪ぃ悪ぃ。急かしはしねぇって。ゆっくり考えてくれよ」
全然悪いと思ってなさそうに軽薄な笑みを浮かべた。
「俺さぁー昔から力が強ぇんだわ。
魔力もまぁまぁあるけどさー。
なんつーの?筋力?身体能力?に特化してるっていうか?魔法が全く使えねぇの。
この剣もそれに合わせてアダンマイト使ってんだけどお前よく無事だったね。
昔からオモチャはよく壊れるんだけどな」
ニヤニヤしながらリトに顔を近づける。
「だけどお前は案外丈夫で強いし、よく動くわ、躱すわ、楽しかったよ。最後のはちょっと危なかったな。
お前あれだろ?髪の明るさからいって魔王より魔力あるんじゃないの?」
リトが驚いて目を見開くと笑顔を大きくした。
「やっぱりなー。いやーいいもん見せてもらったわ。
顔も可愛いし、髪も綺麗だし、無茶苦茶しても壊れねぇ。ドンピシャ好みだよ。
女もいいけどたまには男でもガキでも楽しいんじゃねぇかな。なぁ?」
首領は楽しそうに笑うと髪を引っ張る力を強くした。リトは痛みに顔を歪めながらも首領を睨んだ。
「その顔もいいね。んで?そろそろ返事聞かせて貰えないかな?」
「こ……と……」
「んん?なになに聞こえないぞ?」
首領はわざとらしく耳を寄せた。
「こと……わる……!」
リトは声を振り絞った。首領を思いっきり睨みつける。
「ああ、そう。残念だな。まぁ、無理やりするのも嫌いじゃ無いんだよね」
差程残念そうでもなくリトから手を離し、大剣を手に取る。
「でもそうだな、足の一本や二本くらいはイッとくか。
お前すばしっこいし、せっかくのオモチャに逃げられてもつまんねぇからな……っとそうだ」
とリトの口をこじ開け、服を引っ張って噛ませた。
「舌噛んじゃ危ないからな」
ニッコリ笑って立ち上がる。
「じゃあ、足にさよならしとけよ」
大剣を構える。リトはギュッと目を閉じた。
次の瞬間、大砲のような音が鳴り響き首領が飛び退いた。
「なんだよ邪魔すんなよなー。いいとこなのに」
と着地した首領が今度は本当にちょっと残念そうに言う。リトが目を開けるとアカツキが憤怒の形相で立っていた。
「あらら、俺とそっくり。もう一人って本物さんだったのね。道理であいつらじゃ敵わないワケだ」
首領がヘラヘラと笑う。
「離れろ……」
アカツキが静かな声で言う。
「やだねー。スイートハニーとの時間、邪魔しないでくれる?」
もう一度大砲のような音が響き渡り、アカツキは今度は横に薙ぎ払った。周りの家が崩れ、欠片がパラパラとリトに降りかかる。首領は高く跳んで回避すると再びリトの側に着地した。
「短気だなーもー。ていうかこの状況でまだ俺攻撃するワケ?」
ピタリとリトの首筋に大剣を当てる。アカツキは静かに睨んだ。
「そうそう。コイツ殺されたくなかったらそのまま大人しくしといてよ。
アカツキさんが俺の事攻撃しなかったら俺はコイツ殺さないし」
首領はヘラヘラと笑いながらリトを引っ張って起こした。再び首筋に大剣を当てる。
「じゃぁーそのまま武器置いて十歩下がろうか。
おっと撃つなよ?俺の手が滑って欲しくなければな」
アカツキは魔砲を地面に置いた。
何とかしなくちゃ……。
リトは徐々に感覚を取り戻しつつある左手に意識を集中させた。
よかったまだ銃を握ってた。
「早く下がれよ」
首領はアカツキから目を離さずリトに強く大剣を押し付けた。首の皮が切れて血が流れ出す。アカツキが一歩下がった。
リトは全神経を振り絞って左手に意識を集中させた。
「まだだ」
アカツキがもう一歩下がろうと動いた。首領がアカツキに集中する。その一瞬を突いてリトは自分ごと首領を撃ち抜いた。
全力で魔力を込めた弾はリトの脇を通って首領の腹に命中した。
大剣が首から離れる。リトはそのまま首領に体当たりした。
アカツキが一気に距離を詰めて首領の顎を拳で突き上げる。
首領はリトから手を離し、後ろにヒラリと跳んで着地した。リトが地面に崩れ落ちる。アカツキはリトを庇うように立ち塞がった。
「いやー、まさか動けるとは。」
首領が腹を抑える。ボタボタと地面に血が落ちた。
「しかも自分ごと撃ち抜くなんてな。いい度胸してるぜ」
リトは僅かに体を起こし、首領に銃口を向けアカツキが拳を構えた。
ザリ……と足が地面を踏みしめる。
すると首領はパッと両手を上げた。
「止めた。さすがに分が悪りぃ。この様子じゃ俺の部下も全滅だろ?」
アカツキは沈黙している。首領がやれやれと首を振った。
「あーあせっかく楽しかったのになー。まぁいいか。俺の名前はタソガレ。お前は?」
とリトを顎でしゃくる。リトは答えない。
「チェッだんまりかよ。しょうがねぇなぁ。
じゃっあばよ!また会おうな!」
タソガレは目にも止まらぬ速さで飛び退って家の影に姿を消した。あっという間のことでリトは撃つことも出来なかった。
呆気に取られたリトをアカツキが振り返る。
「無事でよかった……ボロボロだけどな」
タソガレの気配が消えたのだろう。アカツキは緊張を解いてリトに屈み込んだ。
ヨシヨシと頭を撫でられる。緊張の解けたリトはヘナヘナと地に伏せた。
「大丈夫か?いや、大丈夫ではないか」
アカツキが気遣わしげに訊く。
「助かりました……」
リトが伏せたまま呟く。アカツキはリトをそっと起こして壁に寄りかからせた。魔砲を拾って戻ってくる。
「何があった?」
リトは言葉に詰まった。
色々あった。
リトの短い人生の中でもタソガレはとびっきりの変人だった。
「色々と……でも、一番は、貞操の危機でした」
アカツキが怪訝そうな顔をした。
はぁー。と大きく息をつく。全身が酷く痛んだ。もう指一本動かせる気がしなかった。
「あ」
大切な事を思い出した。
「どうした?」
アカツキがリトの顔を覗き込む。鮮やかな青い瞳は心配そうだ。同じ顔でも表情が違うだけでここまで変わるのか。
「さっきタソガレに銃を……」
視線を彷徨わせるとアカツキが少し離れて、草地に落ちていた銃を拾ってきてくれた。リトからも銃を受け取り、二丁とも腰に差すともう一度リトの前に屈んだ。
「酷く出血してるな。少し待て」
とリトの頭の傷を見て、レッグポーチを開けると小さな瓶を取り出した。黒い軟膏が入っている。リトはちょっと引いた。
「それ……なんですか?」
アカツキは苦笑しながら瓶を開けて指に取った。
「オルガ特製の血止め薬だ。見た目は酷いが効果はある」
半ば想像通りの答えだった。
リトが動けないのをいいことにアカツキはたっぷりと傷に軟膏を塗り込んだ。首と脇にも。ズキズキと痛みが激しくなった後スっと収まった。
「動けそうか」
リトは首をゆるゆると振った。
「そうか」
と短く答えてアカツキはリトを背負った。路地を歩くアカツキにリトが問う。
「盗賊達はどうなったんですか?」
「ん?ああ、その辺に転がしてる」
あれから時間はそんなに経っていないのか。
リトはどっと疲れが押し寄せた。
「アカツキはさっきの……タソガレの事どう思ってますか?」
アカツキは黙っている。聞き方を間違えただろうかとリトが思い始めるとやっと口を開いた。
「俺と同じ顔をして軽率な口を叩く腹の立つやつだ。
他人の空似だろうがあそこまで似てると気味が悪い。一体どこから湧いて出たんだろうな」
リトは少し笑ってしまった。
「これから歩いて帰るんですか?」
リトが疑問を口にすると
「ああ、それなら心配するな」
とポーチから一枚の紙を出した。精緻な文様と術式を組み合わせたような魔法陣が描かれている。リトが首を傾げていると、松明に近づいた。
いつの間にか門の手前まで来ていた。そこら中に盗賊達が倒れている。
アカツキは松明に近づいて紙を火に翳した。リトが首を伸ばしてそれを見ていると紙に火が燃え移りアカツキはそれを地面に置いて 一歩下がった。
すると紙は大きく燃え上がりくるりと人が現れた。
プラチナブロンドを後ろで纏めた背の高い男が辺りを見回す。リトは今見た光景に驚いて目を点にした。
「ルシウスだ。カティの父親で夜の巣の結界を担っている」
ルシウスが少し目線を下げた。
挨拶だろうか。
リトもぺこりと頭を下げた。
「リトです」
「知っている」
ルシウスがボソリと呟いた。
「ルシウス、悪いが魔法陣を頼む。帰る用の紙を切らした。
俺は後処理をしておく。何せ人数が多いからな。後は吊るして放置だ。
そのうちカティが衛兵連れて来るだろう。リトの事も時々見てやってくれ。」
アカツキはルシウスに指示するとリトを降ろしてそっと壁に寄りかからせた。
「リト、少し休んでおけ。魔法陣が出来たら帰れる」
ポンとリトの頭に手を置くと、盗賊達の後処理をし始めた。二、三人を縄で括って屋根やら壁やらに手早く吊るしていく。リトはその早さに舌を巻いた。
ルシウスがポーチから長い杖を取り出して、地面にガリガリと円を描いていった。リトはそれらをぼーっと見ていた。
身体の感覚がだいぶ戻ってきた。
やっぱり右腕と背中と肋骨が痛い。頭も。多分折れてるか、罅が入ってるんじゃないか。
タソガレの馬鹿力で吹き飛ばされてよくこれだけで済んだなと改めて思い、苦笑する。
リトという邪魔が無くアカツキとタソガレが対峙していたらどうなっていたんだろう……。
タソガレが使っていた冗談のように長くて幅の広い大剣はアダンマイトが使ってあると言っていた。リトの銃が傷つかなかったのは魔銃の方がアダンマイトの比率が高かったのだろうか。
リトの身体能力を軽々と超えるタソガレ。完全に遊ばれていた。本気でかかって来られたらリトは間違いなく死んでいただろう。
などと考えていたら軽薄な笑みを浮かべるタソガレの顔が浮かんでリトは顔を顰めた。
出来ることならもう二度と会いたくない。
そう思った。
アカツキが盗賊達を全部吊るし終わったのは明け方だった。ウトウトとするリトにアカツキは優しい声で話しかけた。
「待たせたな。リト、夜の巣に帰るぞ」
普段ぶっきらぼうなアカツキの優しい声に、ちょっと驚きつつ大人しく背負われる。
アカツキの広い背中は温かい。リトはそっと頬を寄せてそのまま寝てしまった。
アカツキはちょっと苦笑するとルシウスに頷いて魔法陣に足を踏み入れた。ルシウスが最後の仕上げをすると魔法陣は淡く光り、三人と共にかき消えた。
「へー、夜の巣ね……。あいつらずいぶん変わった移動方法すんだなー」
リトが寄りかかっていた家の屋根でタソガレが呟いた。頬杖を付いて軽薄な笑みを浮かべる。
「リト……リトかぁ……。よし、覚えた」
パンッと手を叩いて屋根からヒラリと降り立った。壁に吊るされた盗賊がチラホラと目を覚まし始めた。
「あ!お頭!助けてくだせぇ!!」
「あーあーお前らたった二人に寄って集ってやられたのかよ。情けねぇなあー」
タソガレが盗賊に近寄る。
「め、面目ねぇ……。あの白いガキ……次会ったらぶっ殺してやる……!!」
盗賊は意気込んだ。タソガレはそれを突っ立ったまま見ていた。
「あの……お頭……?縄解いてくだ」
盗賊が言い終わる前に一閃。ゆっくりと首が落ちた。一拍遅れて血が吹き出す。
「ヒッ!お、お頭!?何を……!?」
隣の盗賊が怯える。返り血を浴びながら、タソガレはニンマリと笑った。
「リトは俺の獲物だ。そろそろ盗賊すんのも飽きたからな。お前らもういらねぇよ」
と大剣を構える。
「じょ、冗談ですよ」
またしても言い終える前に首が飛ぶ。周りの盗賊達から悲鳴が上がった。
「まぁこういう冗談もあるかもな」
タソガレは口を吊り上げて次々と大剣を振
るっていった。
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