第十一話 大賢者マーリンの半生(中)

 アリシアの8歳の誕生日が過ぎた頃、レスフルの小さな家で叫び声が響き渡った。

 アリシアを連れて何事かと覗きにきたアメリアを部屋に引き込みマーリンが狂気乱舞する。



「やった!!やったぞ!!!」


「いったい何が……?」



 と訊きかけてアメリアはハッとした。



「そうじゃ!!!ついにじゃ!!!ハハハハハハハハ!!!」



 マーリンはアメリアからアリシアを取り上げて、高い高いをしながら部屋中をくるくると独楽のように回った。アリシアがキャッキャと笑う。アメリアはマーリンの袖を引いた。



「それで……?」



 マーリンはやっと動きを止めてアリシアを下ろした。アリシアの背を押し、お絵描きでもしておいでと部屋から出す。アリシアは素直に返事をして階下に降りていった。


 そうしてマーリンはようやくアメリアに向き直った。



「呪いには核があると以前話したの」



 アメリアは頷く。アメリアも療養所で働いてた身だ。軽い呪いの知識と対処療法くらいなら知っている。



「普通は魔力を巡らせると呪いの雰囲気を知ることが出来る。わしが受けたこの呪いは魔力を吸い取るものじゃ。

 魔王討伐から二ヶ月後。わしは療養していた皆に封印の魔法をかけた。核に蓋をしたんじゃ。だが年々その封印も薄れて呪いが吸う量はねずみ算的に増えていきおる。

 ではどうすればいいか」



 マーリンがメガネをクイッと上げた。



「わしは時間をかけて、いく層にも封印をかけた。初めは込める魔力を少なく、徐々に多く。

 最後の封印には体から生み出される魔力を永続的に集め封印を強化する術式を書き込んだ。

 嫌な話じゃが魔王の呪いから発想を得ての。

 というわけで今後わしは一切の魔法が使えん。だが魔力の生産が追いつかなくなるその時まで生きることができる。」



 と言ってマーリンは両手を広げた。アメリアはマーリンをそっと抱きしめた。



 生きるためあれ程好きだった、生きがいだった魔法を諦めた。魔法を終わらせるための魔法を自ら作り出すのはさぞ辛かっただろう。そう思って抱きしめた。



「のう、アメリア。わしは魔法を失った。だがこれからも生きることができる。なんてことは無い」



 マーリンは静かに呟いてアメリアをそっと抱き返した。






 その秋。マーリンに二通の手紙が届いた。



「ソルとダルデンからじゃ」



 送り主の名前にマーリンは胸騒ぎがした。


 急いで手紙の封を開ける。険しい表情で手紙を読むマーリンをアメリアは見つめた。


 マーリンは何度も何度も手紙を読み返した後テーブルに置いた。



「悲しい知らせじゃ……」



 マーリンが首を振る。



「アサヒが死んだ。ドルデンも……」



 アメリアが心配そうに訊いた。



「呪い……ですか?」



 アリシアは居間でお絵描きに夢中になっている。



「その通りじゃ。魔王の呪いのタイムリミットが来たらしい。この調子なら恐らくカイルも……。

 わしの手紙が届いておったはずじゃが習得には間に合わなかったんじゃろう……。

 アダムは旅に出ておる。連絡がつかん。彼も間もなく……」



 マーリンは言葉を切った。



「酷い……酷い死に方だったらしい。

 皆いいヤツらじゃったのに……」



 マーリンは椅子に座り顔を手で覆った。こんな姿のマーリンは今まで見たこともなかった。

 アメリアはかける言葉が見つからず、マーリンの肩をそっと抱いた。






 マーリンはしばらく塞いでいたがアメリアとアリシアと過ごす穏やかで温かな時間が癒してくれた。

 時が経ちアリシアは十八歳の誕生日を迎えた。



「それじゃあ行ってきます」



 と手を振るアリシアを見送った二人は急いで家に戻った。

 朝からアリシアを「ご近所さんに成人になった挨拶回りをするように」と送り出し、その間にサプライズパーティーの準備をする為にだ。

 二人で大きなケーキを用意して(マーリンはロウソクを十八本も刺すと言って聞かなかったがアメリアに却下された。)、部屋を飾った。

 プレゼントはマーリンの用意した懐中時計だ。

 その小さな時計は精緻な細工が施されており、蓋の裏には三人で並んで撮った写真が入れてある。後はアリシアの帰りを待つばかりとなった。


 ところが夕方になってもアリシアは帰ってこなかった。



「街中回ったがどこにもおらん。最後にアリシアを見たのはノーグさんのお宅じゃ。昼頃に別れたらしい」



 近所を回ってきたマーリンが険しい顔をしてドアを閉めた。アメリアも顔を険しくする。



「わしは隣街へ行ってみる。あの子のことじゃ。旅の者にでも道を聞かれたらそこまで案内して回るじゃろうて。

 アメリア、お前さんはここにいろ。アリシアが帰ってくるかもしれん」



 マーリンはマントを羽織って再び出ていった。


 アメリアの胸には大きな不安が過ぎった。


 それから何日経っても何週間経っても何ヶ月経ってもアリシアは戻ってこなかった。


 マーリンは再び旅に出て世界中を飛び回りアリシアを探した。しかしそれでも見つからなかった。






 六年経ちマーリンはその日も家を出ようとしていた。


 アリシア探しの旅はまだ続けていた。アリシアが帰ってきていないかを確かめる為にこうして定期的に家に帰ってくるのだ。ドアを開けるとアメリアが見送りのために着いてくる。

 マーリンが歩きだしたその時、道の遠くにポツリと立つ人影が見えた。



 遠目に見ても分かるプラチナブロンド。



 まさか……!!!



 とマーリンとアメリアはその人影に駆け寄った。


 薄汚れてあちこちに引き攣れや穴の空いた服に、痩せ細った体、長いドロドロの髪。


 変わり果てた姿だったが確かにアリシアだった。



「あぁ!アリシア!!アリシア!!!なんということじゃ!よく帰ってきた!!!」


「アリシア!アリシア!!」



 二人はアリシアを抱きしめ、喜びにむせび泣いた。


 アリシアは力なく微笑みそしてお腹に手を当てた。その腹は大きく突き出ている。


 身ごもっていたのだ。



 マーリンとアメリアは仰天した。



「アリシア。何があったんだ。今までどこに……」



 とマーリンが訊こうとしたがアリシアはそのまま気を失ってしまった。


 その後アリシアは高い熱を出して一週間ほど意識が戻らなかった。

 マーリンは医者を呼び、自らも薬などを調合した。アメリアはアリシアを甲斐甲斐しく看病してやった。


 そして八日目の朝、アメリアが額を拭いてやっているとアリシアがパチリと目を開けた。



「アリシア……?」



 アメリアが優しく声をかけるとアリシアは痛みに顔を歪めた。



「う……まれ……る」



 掠れた声でアリシアが告げる。


 丁度マーリンが帰ってきて、二人は大慌てで出産の準備をした。


 数時間後、元気な男の子が生まれた。アリシアに似たその子は真っ白な髪をしていた。


 二人は驚いた。見識の広いマーリンでもこんな髪色の人間は見たことも無かった。


 アリシアがポツリと言う。



「あか…ちゃん…抱かせて」



 その声は少し力強くなった。


 マーリンが慌てて赤ん坊を返してやるとアリシアは震える手でそっと抱きしめた。


 はぁ……と息をつき、頬ずる。



「リト……この子の名前はリト。

 私の大事な赤ちゃん……」



 アリシアは大きく胸を上下させ、そのまま静かに息を引き取った。


 アメリアは泣き崩れ、マーリンもアリシアの手を取り涙をこぼした。


 ベッドの上ではリトが元気に泣いていた。






 七年の月日が流れた。

 リトは七歳。マーリンは七十歳。アメリアはリトが二歳の時に事故で亡くなり、家族はリトとマーリンの二人きりになっていた。


 リトは賢く、普通の子が絵本を読んでもらう代わりにマーリンの魔導書や実体験を寝物語にねだり、沢山の知識を吸収しながらすくすくと育っていた。



 本日はリトに大事なことを伝えねばならぬ。



 朝食後、2階へ本を読みに行こうとしていたリトを引き止めた。



「リト」



 くるりと振り向いたその髪は茶色い。

 髪色で魔力の高さが分かるこの世界において、リトの白髪はあまりにも異質すぎるため身を守る意味も含めて染めているのだ。



「今日はお前に大事な話がある」



 リトはトコトコと階段を降りて戻ってきた。大きな薄紫色の瞳がマーリンを見つめる。

 母親譲りの……引いては自分譲りの目だ。



「おじいちゃんどうしたの?すっごく真剣な顔してる」



 マーリンもリトを見つめた。



 幼いこの子に残酷な事をこれから告げる。耐えられるだろうか?

 しかしこれから一人で生きていく準備をさせるため、マーリンが最期を迎えた時に心に傷を与えぬよう伝えねばならない。


 大丈夫だ。リトはきっと耐えられる。



 そう腹を括ってマーリンは話を切り出した。



「わしが魔王の呪いを受けた事は知っておるな」


「うん。おじいちゃん、痛くなったの?」



 リトが心配そうに訊いてくる。リトの優しさに決心が揺らぎそうになるがマーリンはグッとこらえた。



「今はそれ程では無いの。わしは魔力で呪いを押さえ込んでおる」



 リトが頷くのを見て続ける。



「じゃがいいか。

 わしの受けた呪いは最後には酷い痛みと共にドロドロに溶けて消えるしかない。ほかの仲間は皆二十三年前にそうして死んだ。

 お前が一人前になる前にわしはタイムリミットを迎えるじゃろう。魔力の生産が呪いに追いつかれようとしておる。

 そのためにはひとりでも生きられるよう様々な知識を身につけねばならん」



 一息に言い切り、長年愛用してきた杖で地面をコツコツと叩いた。


 リトは酷くショックを受けた顔をしている。



 無理もない。自分の唯一の家族が、大事な者が居なくなる。それだけでも充分辛いことなのに、酷い死に方をする運命にあると知らされれば子供でなくても心理的ダメージを受けることは容易に想像出来た。



 リトはワッと泣き出し自分の部屋へ駆け込んで行った。


 そして丸一週間泣きじゃくって部屋から出てこなかった。






 散々泣いた後、部屋から出てきたリトは今度はマーリンの部屋に入り浸るようになった。


 書籍を読み漁って猛勉強する。


 リトはマーリンの呪いを解く方法を探すと決意したのだ。


 これにはマーリンは困った。


 リトには教えておかねばならない事が山ほどある。呪いは掛けた当人にしか解けないのだ。無駄なことに時間を費やすより一人で生きていく術を仕込まねばならない。


 マーリンは何度もリトを机から引き剥がしにかかったがリトの意思は揺るがず、それを断固拒否して机に齧り付いた。


 自分譲りのリトの頑固さにマーリンはとうとう諦めて見守ることにした。

 リトは賢いがまだ七歳の子供だ。いずれ諦めるだろうと思ったのだ。






 ——魔法はかけた当人にしか解けない。

 かけた当人が死んでしまえば解くことは不可能。



 膨大な資料を一年かけて読み込んでも幾度となく繰り返される答えにリトは絶望しかけたが諦めなかった。


 魔力を精密に練り上げた核は術者と同格かより高位の魔力者が大量の魔力を注ぎ続けることで破壊できる。


 しかし核破壊の代償は大きい。他人の純粋な魔力の結晶である核が爆散すれば体内を荒らし回りその負担は膨大となる。そして時に命を奪う。



 これじゃだめだ。



 流し読みした本を後ろ置く。リトは誰よりも魔力が高い。


 そう、魔王よりも。


 祖父も高位魔力者のため体は強靭だが呪いに魔力を吸われ続けてきた。負荷に耐えきれず体が崩壊する可能性の方が高い。だから祖父は封印を選んだのだ。


 しかしその封印はもはや保たない。あとがけの封印だけでは意味を成さなくなっている。



 呪いの核を根本から何とかしなくては……。



 リトは基礎に帰ることにした。


 ——魔法は大きくふたつに分けられる。

 詠唱などで直接魔力に何らかの変化を与える場合と、魔法陣や核などで対象に付与する場合だ。


 呪いは付与される方だ。カリカリとペンで紙に書き出して整理してゆく。


 魔法陣は術を目に見える形にしたものだ。知識さえあれば誰でも同じ形を魔力を込めて書くことで魔法が発動する簡単なものだ。陣を消せば効果は消える。


 対して核は純粋に魔力を練り上げたもので、目には見えない。

 術の知識を継承して核に書き込めば同じ魔法が発動する。しかし人の魔力は千差万別。一人一人の核には微妙な差が生じ、術式の形を歪める。そして核の形の全貌は術者当人にしか知覚できないため歪んだ術式を他者が読み解くことも不可能だ。


 どちらも一度発動すれば永続的に魔法の効果が及ぼされるのが特徴だ――



 そこでペンを止めふと先程の本を思い出す。核が破壊されるのは何故だろう?



 もう一度本を手に取りページをめくった。核についての研究論文をまとめたその本にはこうあった。


 術者と同格か、より高い魔力を注ぎ続ければ核はやがてその形が膨張するように変形し弾け飛ぶ。



 変形……。



 リトはペンをクルクルと回しながら考えた。



 術式は核に刻み込むように書き込まれる。例えれば彫刻のように…。



 リトの中でパチンと何かが音を立ててはまった。再び紙に猛烈に書き込む。



 核は魔力で形を変えられる。

 術者より高い魔力で核を刻み込むように変形させたら…?

 核に新たな術を刻み足せる。



 リトは大きく丸で囲った。


 術式を無害な物へと変える新たな術式を書き足す。それにより呪いを相殺できる。


 そう、新しい理論を立てたのだ。






 数分後。リトは祖父が自作したり集めたりした魔法道具の数々と向き合っていた。


 どれも魔法を付与された物で核が埋め込まれている。


 残る問題は要するに形の把握と術式の歪みが出来るかどうかだ。

 先程の本には核の形は魔力で触れることで朧気に見えると書いてあった。


 そしてそれは見る者の魔力に比例して鮮明になるのだと。だが最高位の魔力を持つ者でも輪郭が闇に溶けて掴めないとも。


 でもリトなら?


 論文で最高位とされる者でもリトに並ぶ者は居ない。最高位の上の上を行く魔力感知能力でなら見えるのではないかと考えたのだ。


 リトはまだ核を見たことは無い。

 まずは練習だ。水を入れるだけでお湯が湧くポットを取り上げる。これは祖父の発明で、熱を加える術式の核を定着させたものだ。


 リトはふーと大きく息を吐き、ポットに手を当てて魔力を巡らせた。



 ガッシャンと大きな音がしてポットは粉々に砕けた。



 これは大問題だ……。



 リトの手から欠片がバラバラと落ちる。リトは魔力コントロールがド下手くそだったのだ。


 核を読み取るどころか膨大な魔力を流し込んで粉砕してしまった。


 でも核が壊れる前の一瞬。闇に浮かぶ核の形はハッキリと見えた。予想は間違っていなかった。


 次々とアイテムを手に取り、机には魔法道具の屍で山が出来た。やがてリトは隣町へ行き、アイテムを更に買い集めた。






 リトが核を壊さずに読み取れるようになったのは一年後だった。



「出来た…。」



 と震える手で持つのは入れた物を乾かす風の魔法が付与された箱だ。


 魔力で知覚する世界は暖かい闇で、その中に魔力の塊である核が光を放ってふよふよと浮いている。

 リトは案の定核の形をハッキリと読み取ることができた。形さえ見えてしまえば術式を読み取るのは簡単だった。

 相殺する術式をの参考になりそうなものを本をパラパラと捲って探す。と、似た術を見つけて対となりそうなの術式を組み立てた。


 リトは深呼吸をして今度は核に新たな術式を刻み込もうとした。箱は爆発した。


 ここでも魔力のコントロールが必要だ。

 それも今までよりもっと特殊な。誰もした事の無い事をしようとしているのだ。当たり前だ。


 更にリトが挑むのは魔王の呪いだ。未知の呪いの術式を読み解くことは困難だ。自分でオリジナルの術式を一から組み立てなければならない。


 リトはブルブルと頭を振って箱だった木片を頭から落とす。


 こんな所で止まってはいられない。なんとしてでも習得しなくては。リトは寝食を惜しんで練習を重ねた。

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