第一章

第一話 世間の厳しさを垣間見る

 リトは薮をかき分けながら仲間の背中を追っていた。森の奥深くまで進んできたため、遅れればあっという間に見失いそうだ。

 

  祖父が亡くなってからは早二週間。

冒険者組合の依頼をこなしつつの宿暮らしにも慣れてきた。


  今までの採取や狩りは持ち前の知識や身体能力の高さにまかせてなんとかこなしてきたが、今日の依頼は大物。パーティーを組まなければならないということになる。


 リトは魔法をほとんど使えない。武器も一応祖父の手ほどきを受けたがまだまだ拙く、ろくに使えないリトを迎え入れてくれるパーティーがいるとは思えなかった。


  諦めようかと思ったところに運良く食事から狩りのサポートな等をする人物を探していたパーティーに声をかけられ、現在に至る。


  地図を確認し、時折立ち止まりながら獲物、ブラッドブルの生息地を目指す。


  ブラッドブルは森林地帯に棲むその名の通り血のように赤い牛だ。


  皮はカバンや財布に、骨はスープに。肉も血も美味で余すところの無い人気の高いブラッドブルだが巨大な体躯と非常に獰猛な性格を持ち合わせた魔物であるため一般人がおいそれと手に入れられるものでは無い。

 しかし動きは緩慢なので大人数でかかれば比較的簡単に倒すことができる。

  そのため冒険者の間ではお手軽に稼げる人気の依頼なのだ。



「リト」



 名前を呼ばれて顔を上げる。



「だいぶ歩いたが大丈夫か?そろそろ休憩を取らないとな」



 とリーダーが気遣わしげな顔で言う。

 長時間歩いてもリトは汗ひとつかいていないが言葉に甘えることにした。

 手頃な空き地を探して各々倒木や地面に腰掛け休憩を摂る。リトも地面に腰掛け水筒を開けた。水が冷たく喉に沁みたる。



「リト、それ水筒か?随分古い型だな」



 リトは水筒を持ち上げてみせた。



「これは祖父が遺したものなんです。振ると中身が変わるんですよ。」



 と振って見せ、渡す。

  仲間たちは「おおー!!!」と声を上げて代わる代わる味見した。中はリンゴジュースになっていた。



 今ではあちこちに普及している冷たい水が飲める金属製の水筒は元は祖父の発明だった。しかし振ったら中身が変わるのは自分の持っているものだけだったらしい。そこら辺に転がっているものではないのだ。気をつけよう。






 夜も近くなってきたためそのままそこで野宿をすることにし、みんなでテントを張る。

 リトは今こそサポート発揮の時!と腰に着けたポーチから次々とホカホカと湯気を立てる焼きたてのパンや干し肉等、調味料各種や鍋を取り出した。



「おいおいおいなんでパンが湯気あげてるんだ!?」



 と仲間のひとりがパンを一口齧って驚きの声を上げる。


 今では冒険者に欠かせない拡張収納ポーチやバッグ。軽さはそのままに、様々な物を入れられる。この拡張収納術を編み出したのも若い頃の祖父だが、入れたものをそのまま保存できるのではないのか?とこれまた驚いた。



次はフライパンで温めるフリくらいはしよう。



 リトは曖昧に笑って誤魔化し、手早くスープを作って振舞った。



 マントに包まり眠りに着きつつ、リトは祖父のことを思い出していた。



「いいかリト。わしの呪いをわずか12歳にして解いたお前は天才じゃ。

孫自慢じゃないぞ。事実じゃ。

じゃがしかしそれに半生を費やしてきたことによってお前の頭には世間の常識というものが抜け落ちとる」



  記憶の祖父がぺちぺちと杖で頭を叩く。


 わかったよおじいちゃん気をつける。



リトはそっと心の中で呟いた。


 朝を迎え再び地図を確認しつつ更に森の深くへと進む。この森は特殊な磁気を発する植物が派生していて地図をこまめに確認しなければ迷って出られなくなる。

  地図は彼らにとって命綱だった。



「しっ」



 リーダーが皆の足を止め前を見るよう促す。


  十数メートル先の開けた地で巨大な赤い影がのっそりと動いた。


長く大きく巻いた黒い角。目は赤く、小山のように巨大な赤い体。ブラッドブルだ。


 パーティーの人数はリトを入れて六人。ブラッドブルに気づかれないよう周りに散り、そっと距離を縮めてゆく。

  リトは獲物に逃げられないよう牽制する役割で、少し後ろに下がるよう指示されていたため固唾を飲んで見守っていた。



「かかれ!!!」



 リーダーの掛け声で仲間が一斉に飛び出しブルを取り囲む。


  ブラッドブルは暴れ出す前、取り囲まれて混乱している間に仕留めるのが定石だ。

  皆が得物で挑発しターゲットを定めさせない内にリーダーが棍棒でブルの頭を思い切り殴りつけた。強烈な一撃にブルは「ヴモォオオオオ」と雄叫びをあげ、巨体が横倒しになる。リーダーは続けて二撃、三撃と繰り出しブラッドブルは完全に動かなくなった。


  歓声があがり仲間たちが背中を叩き合う。


  リトはこのパーティーに僕は必要だったのかなぁと思いながらも依頼達成を仲間と共に喜んだ。




  その日の夜はその場でちょっとした宴会を開いた。リトはまたしても鍋やフライパンなどを取り出して料理をする役に回った。


 仕留めたブラッドブルはかなり大きかったため解体して、依頼された分を残して少し自分たちも頂くことにした。


  ブラッドブルのシチューはとろりと美味しく煮え、パンはフライパンでこんがり。贅沢にブルの肉も焼いた。塩で簡単に味をつけたものだがこれがなかなかに美味しい。


  みんなで鍋を囲んでわいわいと食べ始めて少しするとリーダーに呼ばれた。



「今日は取っておきのワインも持ってきたんだ。子供のお前にも飲みやすいから少し飲め。」



 と言われ遠慮するのも悪いと思い少しだけ…とコップを渡す。

  リーダーはワインをドバドバと注いでリトに返してきた。ワインを飲んだことはあるが正直に言うとあまり良さは分からなかった。しかしよっぽど強い酒でない限りリトが酔うことはない。

  仕方なくちびちびと飲み始める。ふと目をあげると、皆の視線が集中していて驚いた。



「どうしたんですか?」



  訊くと別の仲間が



「いやなに、初めての酒はどうかなぁってな……」



  ハハハと乾いた笑い。少し気になったが皆が食べ終わった鍋や食器を片付ける内に忘れてしまった。

 ポーチに全て収め賑やかな席に戻るとふいにグラリと視界が揺らいだ。



おかしい。



頭を振ると仲間が



「リト。眠たくなったか?今日は疲れたんだ早く寝ろよ」



 と声をかけてくる。



  そんなはずは無いそもそも昨日も今日も歩いてただけで身体能力の高いリトにとってはほぼ何もして無いに等しい。



「子供は眠る時間だぞ」



  笑い声が上がる。強烈な不安を感じつつもリトは気を失うように眠ってしまった。






  頭が痛い。こんな事は今までほとんどなかった。



 ハッと目を覚ますとブルも仲間の姿もなかった。

 寝る直前に感じた不安は焦燥感へと代わり、慌てて 身の回りを確かめると、マントも、水筒も、サイフも、短剣もない。腰に着けてたポーチも無くなっていた。



  やられた……。


  あれだけ優しかった仲間は追い剥ぎか盗賊の類だったのだろう。



  使えないリトを入れてくれたのはリトが良いカモだと思ったから。

  マントも短剣も祖父のもので良いものだったために持っていかれてしまった。

  ポーチには様々な日用品や旅に役立つものが入っていた。

  宿にはもうひとつポーチがあるけど、ここが深い森の中であること、無事にどこかの街へたどり着けるかも分からない今の状況ではほぼ無一文である。

  毒を盛り、リトが動かなくなったため連中は去っていったのだ。



  自分が普通ではない体をしていてよかった…。



 リトはほぅっと大きく息をつきながら自分の茶色い毛先をつまんだ。


  この世界において髪の明るさは魔力の高さだ。魔力が低ければ髪の色は暗く、高ければ高いほど明るい。


  リトの髪は生まれた時から真っ白だ。


  魔力は誰の体にも満ちておりそれに比例して魔力感知を含めた六感、体力、耐久力、瞬発力などの身体能力全般が高くなる。


  そんな中でリトは最高位の上を行く魔力を持つと同時に、異質でもあるため人前に出る時は必ず髪を茶色く染めていた。



 今回はそれが幸いしてあまり強い毒を盛られなかったのだろう。

  こんな髪色だ。気づかれればあっという間にどこかへ売り飛ばされていた……なんてことも有り得る。



  リトは殺されかけたことにゾッとした。そして髪色がバレて売り飛ばされなかったことに感謝し、体を擦りながら今後を考えた。



  着の身着のまま身一つ。地図もなし。今回の件は本当にもっと早く気をつけて用心すべきだったと反省する。


  自分はまだまだ人を見る目が甘い。


 とりあえず川に沿って歩けばどこかの街にたどり着くはずだ。猛獣に出会ったら全力で逃げに徹し、着いたあと元の街に戻るための路銀稼ぎになりそうな珍しい木の実や薬草を集めることにしよう。


  まさか冒険者なりたて早々こんな場面に出くわすとは思わなかった。



 盗られたものはいつか絶対取り戻す。そう意気込んでリトは歩き出した。

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