第六十七話 楽しい帰省?(中)

 翌日は懐かしの夜の巣でゆっくりする事にした。


 カティ達にアルを紹介したかったのもある。



 早めに起きて食堂に行くと便利な簡易結界魔法の達人。隠密、諜報、工作要員のカティと、カティの次に年の近かったエドワードが案の定向かい合って座っていた。


 二人はリトの兄的存在だ。



 ルナは初めてのお出かけの疲れからかぐっすり眠っていたのでそっとしておいた。



 リトが手を上げて近づくと二人が気づいて驚いた様に目を丸くした。



「リト!お前ひっさしぶりじゃねえか!

 コノコノ!死んだかと思ったぞ!」



 カティがリトの首に腕を回し酷い事を言う。

 勿論、本心ではない。カティの照れ隠しの様なものだ。



「で、お前がリトの友達、か。アルフレッドだっけな?」



 エドワードが赤髪に親近感を持ってかアルに話しかける。



「はい!昨日からお世話になってるアルフレッドす!これからよろしくお願いします!」



 アルは珍しく緊張しているようでガチガチだった。

 リトともすぐ打ち解けたし人見知りしない方だと思っていたのでちょっと意外だ。



 もしかしたら仲間達以外と久しく触れ合うことのなかったからかもしれない。



かてえって。もっと気楽に行こうぜ。ここじゃ皆「家族」だ上下気にする奴なんざ居ねえよ」



 カティがやっとリトを解放していつかのリトにした様に肩にポンと手を置いた。



「カ、ティ、エドワー、ド、ひさじ、ぶり」



 リトは二人を驚かせてやろうと声を出した。


 大分コツが掴めてきたし、昨日寝る前もアルと一緒に熱唱した。ちなみに熱唱しながら魔力を喉周辺に集中して巡らせる様にしたら回復が早い事もわかった。



「!?」


「リトっおまっ声戻ったのか!?」



 二人がカラーンとフォークを取り落とした。



「うん゛。まだ、ちょっど、だけ、ど」



 するとカティに今度は抱きしめられた。そして当の本人はオンオンと泣き出す。



「お前……!よかったなあ!リト!

 グスッ俺ぁもう戻らねえんじゃねえかと……!!!」



 予想外の展開にリトはびっくりして抱きすくめられたまま目を丸くした。


 エドワードが笑って説明する。



「カティはお前の怪我が一番酷いとこを見たからな。

 仮にも生死を彷徨ったんだ。本気で心配してたみたいだぞ」


「そんな酷い怪我だったのか?」



 アルが訊ねるとエドワードは頷いた。



「喉がパックリ。そのまんま激しく動き回ったもんだから更に裂けて、その上声帯も気管も潰されてたんだ。

 後一分遅かったら死んでたってオルガが言ってたぞ」



 エドワードの補足にアルがギョッとした。



「ちょっ聞いてないぞそんなの!

 お前もっと自分の体大事にしろよ!」



 アルも後ろから抱きついてきた。

 リトはこくこくと頷くしかなかった。





 朝食後は三人でアルを案内した。繋ぎの間やダグじぃの畑、タンス、鍛冶場、鏡……と一々全てにアルは感動しカティに質問しまくっていた。


 夜の巣に来たばかりの自分を思い出してリトは懐かしい気持ちで見守っていた。



「さて、と。こんな所か?

 分かんなくなったらまた誰かに聞けよ」



 案内が終わって再び繋ぎの間に降り立つ。昨日の間にアルにも部屋が割り振られていたらしい。



 もっと早く言って欲しかった。

 そしたら寝相の悪いアルに蹴飛ばされなくて済んだのに。



 その時、繋ぎの間にルナが現れた。



「あ、みんな!リト!おはよう!」


「お……はよ、ル、ナ」


「おはよ」



 とリトとアルが挨拶を返す。ルナはすかさずリトと腕を組んだ。



「お、ルナ。飯食い終わったのか?なら丁度いいじゃねえか」


「そうだな。ナイスタイミングだ」



 カティとエドワードがそれぞれ挨拶代りにルナの頭を撫でながら言葉を交わす。



 何が丁度いいんだろう?



「アルも体術習っていくなら武器がいるだろ?ルナも今日あたり見繕ってやろうって話になってたんだ」


「お前がどれだけ動けるかも知っておきたい。

 俺たち二人が見といてやる。一応リトもいるしな。安全だ」



 アカツキが居ないのに大丈夫だろうか。



「アカツキは最近ちょっと忙しいかんな。俺たちも若手じゃかなり動ける方だし、お前も騎士団で鍛えてもらってんだ。

 ちっとは動ける様になっちゃいるだろ?」



 リトの顔に出ていた疑問を正確に読み取ったカティはそう答えた。



 戦力に数えてもらえるのは素直に嬉しい。だがアルはともかくルナに武器はまだ早いんじゃないだろうか。



「さあ出た出た」



 カティに促されて皆で青の扉を通って海の見える浜辺へ出て行った。






 浜辺から突き出す形の平たい岩の上に人影が二つ。

 この岩は潮が満ちていると沈むらしいが引いている今、組み手をするのに十分な広さがある。


 向かい合う二人の内一人はアル。当然だ。


 だがもう一人はなんとルナだった。



「ちょっ……」



 リトはあまりな組み合わせにカティの袖を引いて止めようとした。



「いやあなかなか楽しみだな〜」


「うんうん」



 だがエドワードと二人してガン無視だ。



 アルは結構動ける。いくらなんでもルナとぶつけるのは危なすぎるではないか!



「あのぉ……俺、魔法使いだけどそれなりに動けると思うんだけど……」



 アルも同じ思いだったらしく十二歳の……しかもつい三ヶ月前までは五歳児だった女の子を相手にするのは気が引けるらしい。



「大丈夫大丈夫」


「魔法も使っていいぞ」



 何を言ってるんだこのバカ二人!



 リトは二人の裾をグイグイ引っ張った。



「だあいじょうぶだって。ルナもアカツキに組み手で鍛えてもらったし大分特殊だからな」



 それはそうだが……リトがノーゼンブルグに発つ前も成長が始まったルナに護身術を教えていこうと言うことでアカツキが体の動かし方からゆっくり教えていた。


 だがそれまでだ。五歳児にできることはそんなに多くなかったし、ルナは十二歳になってまだ二ヶ月強と言った所だろう。



 そんなルナにアルを相手させる訳には行かない。



「ぼ、くが……」



 相手するから。と前に出ようとしたら



「お前はお前で成長見てやんなきゃなんねえだろ」


「まあ心配するな」



 と二人に捕まった。ジタバタするリトと困惑顔のアルを置いて話を進める。



「コインが落ちたら開始の合図だ。魔法を使ってもよし、体術で向かって行ってもよし、だ」


「岩から出たり落ちたりしたら負け。行動不能と俺らが判断した時も負けだぜ。んじゃ投げるぞ」



 カティがリトをエドワードに引き渡しコインを弾く。


 コインが回転しながらゆっくりと落ちていく。


 そして落ちるか落ちないかの所で二人が動いた



「アイスバーン!」



 アルがルナの足元を凍らせる、がその前にルナの姿が眼前から消えた。



「え゛」



 思わず声が漏れ出た。

 だってルナは……



「えいっ、えーいっ!」



 何もない空中をウサギの様に跳ね回り、アルに向かって回転踵落としをお見舞いした。



「はっ……?ハアっ!?」



 アルは混乱しながも前転してそれを躱した。直前までアルがいた場所が粉砕する。



「アイスアロー!嵐弾!」



 アルが飛び起き迫り来るルナに向かって矢継ぎ早に呪文を唱え自身も突撃する。ルナは体を沈め、左右に駆け抜け魔法を躱した。その先にはアルが放った蹴りが。

 ルナは転がって蹴りを避けそのままアルの足を払う。アルは飛び上がって再び足場を凍らせようとしたがルナは手を突いて飛び上がりアルを追う。



「ウィンド!嵐弾!」



 アルは宙に浮かび風の弾丸をルナに放つ。ルナはまたしてもまるで空中に足場があるかのように立て続けに跳ねて避けた。そして回し蹴りをアルに放つ。アルは身を屈めて急降下してした。何か空を搔く仕草をしながら着地し、岩に手を突いた。

 すると呪文もなしに辺り一帯の足場が凍る。



「うぉお!?」



 審判役のカティが目を輝かせた。



 アルがそのまま宙を撫でる様に手を動かすと次々と氷の矢が現れて宙を跳ねるルナを追う。そして矢がいよいよルナを捉えようとしたその時。



「えいっ!」



 ルナが宙に向かってデコピンの形で指を弾いた。その衝撃か何かで氷の矢が粉々に砕ける。



 なんじゃそりゃ!?



 リトは空いた口が塞がらなかった。


 ルナはそのまま宙を上下左右自在に跳ね回りアルを翻弄ほんろうした。アルは時に詠唱もせずに魔法を発動させ防御あるいは攻撃し体術も混ぜてなんとか食いつく。

 が、とうとう決着の時が来た。アルが前方一帯に紫電を疾らせるとルナは跳ね上がりアルの真後ろで回し蹴りを放った。



「ぐえっ」



 アルは蛙が潰れたような声を出して吹っ飛びドボンと海に落ちた。






「いや〜いい試合だった」


「正直ルナにあそこまで食いつくとは思わなかったな」



 カティとエドワードが濡れぬれねずみのアルにそれぞれの感想を述べる。



「わぁい!勝ったぁ!ねえねえリト!私すごかった!?」



 ルナがぴょんぴょんウサギの様にツインテールを跳ねさせながら訊いてきたのでリトはこくこく頷いた。



「び……くり、じた」



 本当にびっくりした。


 アルの無詠唱もだがルナが宙を跳ね、指を弾いただけで氷を砕いたのは一体なんだったのか。



「えへへ〜」



 ルナは満足そうに笑ってリトの腕に抱きついた。



「ずりーよあんなの。

 予測できる訳ないじゃんか。スピードも威力も桁違いだし、奥の手使うしかなくなったよ」



 アルはパンッと両手を合わせると風を巻き起こして自分を乾かした。



「「おお」」



 カティとエドワードが同時に感嘆の声を上げる。リトも訳を聞くべく歩み寄った。


「兄貴達には言わないでくれよ」とアルは前置きして話し始めた。



「俺は普通より……魔法使いの普通な。目が良いんだ。少し特殊っていうか……。

 見えるものも見えたものの処理能力もすごく早いって言ったら分かるかな」



 アルはボサボサになった髪を直しながら続ける。



 そういえば昨日も10冊近くの魔導書を同時に読み進めていた気がする。



「だからモノ……空中のでも魔素や魔力の流れを読み取って、手や体の動きでプロセスを省略して杖みたいに無詠唱で魔法が使えるんだ。

 あと、ほら。魔封じの枷をオレがなんで外せるかってのも。

 乱される魔力の波長を読んでそれに合わせる形で枷に魔力を流し込んで錠を外すんだ。兄貴にはお仕置きとかでよく魔枷嵌められるからほんと黙っといてくれよ」



 アルはもう一度念を押した。



「でもプロセスを省略すんのに大きな動きが必要でさ、威力のムラもあるしまだまだ実戦向きじゃないんだよな。一つ魔法を使うのに一つの動きがいるからオレは『ワンアクション魔法』って呼んでる」



 そう言って手のひらをフゥッと吹くと空気が凍ってキラキラと舞った。



「綺麗……」



 ルナはそれを見てうっとり呟いていたが、魔法の心得ある三人はそれどころではなかった。



 アルの言うそれが本当ならとんでもない才能だ。

 しかもジルに秘密にしていたと言うことは独学でワンアクション魔法を身につけた事になる。



「悪いけど黙っとく訳にゃいかねえな。余りにも勿体もったいねえ」


ろくに練習相手も居ないまま独学でこれを身につけたなら驚きだ。

 お前のこれからの訓練内容にぜひ取り込んで伸ばしていくべきだぞ」


「えぇ?でもオレ、リトにもルナちゃんになんか歯も立たなかったじゃん?」



 アルは自分がどれだけ凄いのかわかっていない。



「「それはこいつらがバケモンなだけだ」」



 それを言うなら夜の巣全員がそうだ。自分達だけ化け物扱いは不服である。

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