第六十六話 楽しい帰省?(上)

 アルと一緒にリトの部屋で寝ていた二人は昼前、お出かけが楽しみで仕方ないルナに叩き起された。


 アルに扉の説明をしてやり、三人揃って赤いドアを通り食堂へ入る。


 途端、盛り上がった胸筋に埋まった。



「おーう!リトじゃないか!!!

 随分長いこと空けてたな!!!

 俺の飯が恋しかったろう!?はっはっは!!!」



 フライパンで魔物を倒し調理師達を軍隊がごとく指揮し、己の自己肯定感が山ほど高い筋骨隆々のノーマンは夜の巣の料理長だ。

 色んな意味で癖の強いノーマンに抱きすくめられリトはプハッと胸筋から顔を引き抜いた。



「ひ……ざじ、ぶり」


「おぉ!!!声が戻ってきたのか!!!

 良かったなあ!!!

 食後に体を温めるお茶を出してやろう!喉も楽になるぞ!さあ腹いっぱい食え!はっはっはっ!!!」



 アルのことも紹介しようと思ったのだがノーマンは調理場へ戻ってしまった。



「なんか……夜の巣って曲者揃いって感じか?」



 ノーマンを見送った後アルが囁く。リトは迷いなく頷いた。



 夜の巣は間違いなく変わり者の宝庫だ。






「はぁ〜美味かった〜。こんなに腹いっぱい食ったの久しぶりだ」



 遅い朝食後。

 準備を整え孤児院へ向かう道中、アルは始終お腹を摩っていた。



 仲間を隠しての旅暮らし。その生活は厳しかっただろうことが伺える。



 リトは良かった、の意味を込めてにっこり笑った。


 反対側を髪を明るいブラウンに染めてポニーテールにし、オルガとお揃いの伊達メガネを掛けたルナがリトと手を繋ぎルンルンと歩く。

 目にするもの全てが真新しいのでしょっちゅう立ち止まってリトやアルに質問する。



「いやーそれにしても五歳児が三ヶ月経ったら十二歳まで成長してたなんて驚きだよな」



 ヨルへのお土産を買いに入った洋菓子店で目をきらきらさせるルナを眺めながらアルが呟く。



 昨日アルは最初のハグからのキスの衝撃で全てのやり取りがすっぽ抜けていたらしい。逐一リトが書いてお説教した。



 そしてルナにはどこにであっても軽率にキスをしてはいけないと厳重注意した。ヨルの前でされたら堪らない。



 絶対オルガの入れ知恵だ。

 ルナが無垢で素直なのをいいことに好き放題しているようだ。あのお喋りエルフは。



 やがて孤児院の前に着き衛兵に妹と友人連れてヨルに会いに来たことをペンで伝える。


 衛兵は久しぶりに見るリトと手を繋ぐルナを見て囃し立て、あるいはブーイングした。リトは頑として妹と言って譲らなかった。


 孤児院の扉をノックするとしばししていつもの若いシスターが出てきた。



「ごめんなさいね、ヨルったら最近お昼過ぎても中々起きれないのよ。夜更かししてるわけでもないのにね……体調が悪いわけではないのよ?

 前からちょくちょくあったことだから心配はいらないわ。

 今起こしてくるから少し待っててちょうだい」






 ……目が重たくて開かない



 最近また自分が自分じゃないように思える時がある。


 ふと気がつけば夜中に廊下に立っていたり、礼拝堂に居たり、ベッドから体を起こしていたり。

 まるで記憶がスポンと抜けているように、何をしていたのかは分からず起きていたような形跡がある。


 そのせいか、きちんと横になって眠っていたはずなのに寝た気がしない。


 幼い頃から時々こんなことがあった。


 昔は院長に相談したこともあった。そうすると決まって院長は「大丈夫よ」と優しくそう言って自分が寝付いてもずっと側にいてくれた。


 けれども朝になると眠たくてなかなか起きれないでいた。



 いつもなら目覚めはいいはずなのに……。



 朝のお祈りをすっぽかしてしまった。起きようと頑張るが体が怠くて、目が重たくて、いつの間にかまた意識が微睡まどろみに沈んでしまうのだ。



 何故なのか、言い知れようのない不安が胸を占める。



 でも本当にちょっとの期間だけだから、みんなに心配かけたくはないから、きっと直ぐに良くなる。



 そう思って黙っていた。



 でも、彼には話してみてもいいかもしれない。優しくて正義感の強い勇敢な彼。いつでも笑って自分を温かく包み込んでくれる。



 私の大好きで大切な大切な……




 コンコンコンとドアがノックされる音がして唐突に微睡から目が覚めた。



 ……今、何か大事な事を考えていた様な……。



「ヨルー?起きてるかしら?」



 呼びかけられて慌てて返事をする。



「はい、シスター。今起きました」



 ドアが開き若いシスターが笑顔で入ってきた。



「なら、早く身支度なさい。あなたの大好きな彼がやって来たわよ」



 頭に微かに残っていた疑問は吹き飛んでヨルは大慌てで身支度を始めた。






「リト……!」



 しばらく待った後、孤児院のドアが勢いよく開いてフードを被った人物が飛び出してきてリトに飛びついた。


 リトはしっかりと受け止めそのままくるりとひと回転して下ろした。


 そしてにっこり笑って



「……ヨ、ル」



 と愛しい恋人の名前を口にした。ヨルが目を見開く。



「まあ、リト!声が……!!!」


「ゔ、ん……すごし、だけ」



 ヨルの目にみるみる涙が溜まっていく。



「よかった……本当によかった……」



 ヨルは涙を流しながらリトにぎゅっと抱きついた。

 リトの事をこんなに思い遣ってくれるなんてやっぱりヨルは優しい。



 そんなヨルを長いこと放っておいたなんて。



 リトは申し訳なさでいっぱいになった。



「ま゛だせ、て……、ごめ、ん」


「あっそうですよ、リト!

 落ち着いたからそろそろ帰るって言ってから二ヶ月も連絡も無くなって……寂しかったです」



 ヨルはそう言ってリトの袖をちょんと引っ張った。



「待ってたんですよ」


「私の方がもっと待ってたもん!」



 ヨルの声に被せるようにちょっと怒ったような声が上がった。



「え?」



 ヨルが戸惑っていると反対側にルナが現れリトの腕にぎゅっとしがみついた。



「私の方がずっとリトのこと待ってたもん!

 ヨルお姉ちゃんはお手紙もらってたんでしょ?ずるい!」



 ルナがリトの腕を抱き込みながらじとりとした視線をヨルに向ける。



「え?ええ?リト、この方は……」



 説明が長くなるのでペンで書こうとしたが両手とも二人に取られている。



「この、子゛は……」


「リトは私のだもんー!」



 ルナがリトの腕を引っ張る。



「人をもの扱いしてはいけませんよ。

 それに、リトは……私のこ、恋人で……」



 ヨルはたしなめながらもちゃっかりリトの腕に腕を絡ませ引っ張り返す。



「じゃあ私、リトのお嫁さんになる!」


「!?」



 リトはギョッとしてルナを見下ろした。



「違います!リトのお、お、お嫁さんになるのは私……です!」



 ヨルも負けじと言い返えす。リトは今度はヨルを見た。顔が真っ赤だ。



「なるもん!ねえリト!私のこと好きだよね!」


「リトが好きなのは……私です!」



 リトを挟んだまま言い合う二人にリトはあわあわした。



 ややこしいことになったぞ。ルナがこんなことを言い出すなんて思わなかった。



「リト!」


「リト?」



 二人に迫られてリトは途方に暮れ、アルに助けを求めることにした。



 だがアルは非情だった。



「けっ両手に花かよ。この裏切りモノ」



 とそっぽを向いてしまった。



「ま゛っ……」


「リト!」


「リト!どうゆうことですか?」



 孤児院の前での一悶着ひともんちゃくはしばらく続いたのだった。






 小一時間かけてなんとか二人を引きがし、ペンでお互いを紹介した。



 四人で王都をぶらついてアンティーク店に入り、アルとルナが夢中になっている間に二人で話す。



「それにしてもルナちゃんにそんなことがあったなんて……不思議な事があるのですね。

 お話に聞いていたよりずっと大きくなっていたのでびっくりしてしました」


 —ルナがごめんね。急に成長して色々追いついていないんだと思う—



 リトはスムーズに話すためペンを使っていた。


 しょっちゅう咳き込むリトをヨルが心配するし喉のリハビリも今日くらいは休んでいいだろう。



 それにしても手紙のやり取りをしてるくせにヨルにもルナの事を言っていなかったのか。あのお喋りエルフは。


 絶対ああなる事を想定していたに違いない。



「……ルナちゃん、可愛いですね」



 ヨルがステンドグラスでできたランプに目を輝かせるルナの横顔を見てポツリと呟いた。

 リトはその言葉の裏を読み取ってちょいちょいとヨルの肩をつつく。



 —うん。ルナは可愛い「妹」だよー



 そう伝えるとヨルは頬を赤く染めた。



「はい……」



 どちらからともなく手を繋ごうとしたその時バチンッと大きく弾かれ痛みが二人を襲った。



「っ!?」


「なっ!?」



 今までもリトとヨルが触れ合うと最初だけピリリと微かな痛みを感じていたが今の様に弾かれることはなかった。



 一体何が!?



「ど、どうしたのでしょう?」



 ヨルが手を摩りながら動揺している。

 実際に音がした訳ではないのでアルとルナは気づいていない。



 —分からない……もう一度、いい?—



 リトがそっと手を伸ばすとヨルもおずおずと手を差し出した。手を握って指を絡ませる。今度は何事もなく手を繋げた。


 二人してホッと息をつく。



「何だったのでしょう……」



 ヨルが瞳を揺らすのでリトは「大丈夫」という思いを込めてそっとその頬に手を触れにっこりした。


 ヨルも微笑む。



「あーっ!」


「すっかり二人の世界だな。店の中でまでやめてくれよ」



 ルナが叫びアルは呆れ果てていた。二人は顔を赤くして慌てて離れた。






「うおーーー!!!ついに来た!トルタス・トルテム書店!!!」


「わぁっご本がいっぱい!」



 アルが歓喜の雄叫びを上げる。ルナも今まで見たことのない本の量に目を輝かせていた。



「ほっほっほ、お前さんは随分久しいの。それに新しい顔が二人も……」



 奥からトルタスが出てきた。以前よりずっとこざっぱりしている。



「初めまして!オレ、リトと友達で、「仲間」のアルって言います!」



 アルがすっ飛んできた。



「オレ本が好きで好きで……!リトからここのこと聞いてからずっと来たかったんです!お会いできて光栄です!!!」



 アルはトルタスの手を握り激しく上下に振った。小さなトルタスがビョンビョン飛び跳ねる。



「そそそそうかかかかか、それははははよよよよかかかかったたたたた」



 アルが夢中で手を振りつつけるためトルタスが可哀想になったリトが止めた。



 記憶の中の祖父ならアル以上に大興奮してトルタスを振り回したであろうので気持ちは分からないでもないが。



「本!読んでもいいすか!?」


「どうぞ。好きに読みなされ」



 アルが奥へすっ飛んで消えるとトルタスはズレた三角帽を直した。



「やれやれ。あれほど熱烈な挨拶を受けたのは初めてじゃ」


 —お久しぶりです、トルタス。

 アルは長い間新しい本に触れられなくて……我を失ったんだと思います。すいません—


「ほお?お前さん随分と面白い道具を使っておるな?どうしたんじゃ?」



 リトがサラサラと宙に文字を書いて挨拶とアルの代わりに謝るとトルタスは片眉を上げた。



 —ノーゼンブルグからもうすぐ流通させる予定の空中ペンです。喉は怪我で、今リハビリ中です—


「お前さんも大変じゃのう」



 説明するとトルタスはリトの不運体質を慰めるようにそう言った。



「お嬢ちゃんは二週間ぶりじゃな」


「はい、トルタスさんはお変わりありませんか?」



 ヨルもトルタスと挨拶を交わす。



「時々トルタスさんに本を借りに……代わりにと言っては何ですが髪を整えたり、おやつを作って持ってきたりしていたんです」



 ヨルがリトに説明する。



「それで?あっちのお嬢ちゃんは?

 お前さん合わんうちに随分と友達が増えたんじゃのう」



 トルタスが少し寂しげに言うのでリトは慌てた。



 —トルタスも大切な友達ですよ。

 あの子はルナ。僕らの「仲間」で妹のような子です。以前探していた本はあの子の眠りを解くために探していました—


「ほおほお」



 トルタスは関心したように頷いた。実はトルタスも夜の巣について少し事情を知っている。



 以前リトに執着して追い回し罠に掛けまくってくれたタソガレはトルタスの育て子なのだ。


 と、てててとルナが駆け寄ってきた。手には数冊の魔導書が。



「こんにちは初めまして!ルナって言います!

 このご本読ませてもらってもいいでしょうか!」



 ルナはお利口にトルタスに挨拶すると礼儀正しくお願いした。



 まだ所々幼さは見えるものの聡明に育ったルナにリトは思わず感激してしまった。



 五歳児の姿の頃から元々聡い子ではあったがこんなに立派に成長して……。



「ほほほ、積もる話もあることじゃし、大したものはないがあっちでお茶でもご馳走しよう。そこで読むとよいよ。

 お前さんの友達はいいのかね?」



 トルタスにそう言われてリトが様子を見に行くとアルは床中に魔導書を含む本を広げて同時進行に読んで居たので置いてくことにした。



 本当に本に飢えていたんだな……。



 リトでもあんな読み方はできない。



 その後ヨルの門限ギリギリまで話し込んでいたみんなが慌てて帰り支度をする中、ここに住むと言って聞かないアルを引き摺り出すのに苦労した。

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