1章〜白黒の番21
俺たちでイカロスを宥めること数分。
イカロスはようやく聞く耳を持ってくれるようになった。
「…本当に、黒竜に敵意は無いのですか?」
「本当に無いから、大丈夫だ。」
「もし敵意があったら、あんなところで大人しくしてないでしょ?」
「そうだよ。私たちを信じて。」
イカロスは空を見上げたままアトラスを警戒していたが、やがて俺たちに視線を移した。
「…黒竜が、私たちと話がしたいと言うのも本当ですか?」
「あぁ。とりあえず村長たちに知らせて、人を集めて欲しいんだ。」
「…できるだけ騒ぎにならないように集めて参ります。」
「あぁそれと、ちょっとここの入口の道、広げてもいいか?黒竜が降り立つ場所を作りたいんだ。」
「広げる…?…構いませんが、黒竜を降り立たせるのは人を集めた後でもよろしいでしょうか?村の人間に説明する前に目撃されては、混乱を招きます。」
「わかった。」
「では、できるだけ急いで集めて参ります。」
イカロスはそう言うと、村長の家の方へと走って行った。
「私たちも行った方が良いかな?」
「いや、イカロスに任せよう。イカロスの方が村の人たちの信用があるし、俺たちが説明するより騒ぎは少ないと思う。」
「それもそうね…あれ?」
アリウスが向けた視線の先に、何かを見つけたような反応をした。
俺とセラフィもそちらに視線を移すと、イルミナスを背負ったイカロスがこちらに走ってきている姿が目に映った。
「さっき走って行ったばかりなのに、早いね。」
「さすがにまだ周知はしてないと思うけどな。」
イカロスは余程急いだのか、少し息を切らしながら俺たちのもとに辿り着いた。
「…皆様。ちょうど村長と鉢合わせたので、そのまま連れて参りました。」
連れてこられたイルミナスは、イカロスの背から降りながら俺たちに話しかけてきた。
「あなたたち、もう帰って来たのかい?」
「はい。無事、白竜の村に入ることができて、用も済ますことができたのですが…。」
「無事なら何よりだけど…何かあったのかい?」
「…村長。落ち着いて聞いてください。現在、この村の上空に黒竜が来ております。」
「…黒竜が?」
イルミナスは空を見上げ、黒竜を探しているようだが、上手く捉えることができていないらしい。
「…ちょっとよく見えないけど、来てるんだね?」
「はい。私の眼には、確かに黒竜が映っております。」
「…そうかい。それで、黒竜はあなたたちが連れて来たのかい?」
「連れて来たというか…黒竜にこの村まで送ってもらったんだ。」
思いの外、イルミナスは黒竜の存在を認めても落ち着いている。
「送ってもらった?あれがそんなに友好的なことを…にわかには信じられないねぇ。」
「でも事実だ。それに、黒竜はこの村の人間と話がしたいらしい。」
「…どんな心境の変化があったのやら。」
「それは、私たちも驚いてる。」
「…。」
イルミナスは少し考えてから、口を開いた。
「一応聞くけれど、あれがこの村に危害を加えるようなことはしないと、思って良いんだね?」
「はい、おばあ様。私が保証します。」
「…わかった。イカロス。」
「はい。」
「ゾルとワーグだけここに連れて来ておくれ。他の人間は家で待機するように伝えとくれ。」
「…承知致しました。」
そう言うやいなや、イカロスは再び村の中へ走って行った。
「…ところで、カリア。あなたは本当に無事なのかい?アリウスとセラフィは大丈夫みたいだけど、カリアだけ随分ボロボロじゃあないか。」
「あぁ…黒竜を宥めるのに、一戦交えただけだ。ここに預けた荷物の中に着替えがあるから、後で着替えるよ。」
「…規格外な子だねぇ。白竜は生きていたのかい?」
「はい、生きていました。…でも、あと数日の命だそうです。」
「…そう。ミリィのことは…聞けたのかい?」
「…いえ。それは後日教えてくれるそうです。」
「と言うことは、白竜は知っているんだね。」
「そうみたいです。一緒に聞きに行きますか?」
「…いや、私は遠慮しとくよ。アリウスが真相を知って心の整理が着いたら、私にも教えておくれ。」
「…わかりました。」
「おーい。」
「あ、ゾル爺。と、ワーグさん。」
イカロスに呼ばれて来たであろう2人の老爺が駆け寄って来た。
空を気にしながらこちらに向かっているところを見ると、イカロスから事情を聞いているみたいだ。
「お前さんら、本当にもう帰って来とったんか。」
「うん。ただいま。」
「…それより、空に見えるあれは本当に黒竜なのか?俺ももう歳だな…目が衰えて見えにくい。」
「俺だって良く見えんが、イカロスがそう言っとったからな。ありゃ本物だ。」
「村長もそうだけど…意外と冷静なんだな。イカロスは随分取り乱してたんだけど。」
「お前さんらが連れて来たって聞いたからな。まぁ危険はないだろうと思っとるだけだ。」
ゾル爺たちは、俺たちのことを随分信用してくれているみたいだ。
イカロスの信用は得られてないということになるが…まぁ仕方ないか。
「あと、イカロスはあぁ見えてかなり怖がりでな。人間相手なら大丈夫らしいが…虫や動物相手はかなり苦手らしい。」
「…そうだったのか。」
人は見かけによらないな。
「村長!」
ゾル爺たちが来てからややあって、イカロスが戻ってきた。
「村の者たちには皆、家に待機して頂きました。」
「うん。ご苦労だったね。…それで、あれをどうやってここに呼ぶんだい?」
「あぁ、一応イカロスにも聞いたんだけど、村の入り口の道を広げてもいいか?」
「…構わないよ。」
「ありがとう。皆、ちょっと離れててくれ。」
俺はそう言いながら地面に手を突き、土魔法を使った。
道の両脇には木々が生い茂っており、道を広げるにはこれを移動させないといけない。
土を柔らかくして木を根ごと動かし、広げた地面を固めた。
これでアトラスが降り立つだけの広さは確保できただろう。
「…賢者の弟子は、皆こんなに規格外なのかい?」
「ん〜…カリアとセラフィは特に規格外だと思います。」
褒められてると思っておこう。
「アトラス!降りて来ていいぞ!」
俺が上空に向けて叫ぶと、アトラスは俺が広げた場所めがけて急降下してきた。
また荒々しく降り立つかと身構えたが、降り立つ直前に減速して慎重に降り立った。
「これで問題ないか?」
「…あぁ、問題ない。意外と器用なんだな。」
「制御が面倒なだけだ。…この場を拵えてもらったことに感謝する。」
「いいよ。それより話があるんだろ?」
「あぁ…。お主らが白竜の村の住人か?」
「…そうだよ。あなたが暴れてくれたおかげで、私たちはここまで追いやられたのさ。」
…随分強気に出たな。
それだけ俺たちを信用しているのか。それとも肝が据わっているのか。はたまたアトラスの穏やかな雰囲気を感じて、本音を放つことができたのか。
いずれにしろ、この程度でアトラスは気を害することは無いだろう。
「…そうだな。当時のワシは自分を見失っておった。正気に戻った今、お主らに八つ当たりしたことを謝罪したく、この場を設けてもらった次第だ。」
「「「…。」」」
程度の違いはあるが、イルミナスもゾル爺もワーグも…俺たちも、アトラスの予想だにしない発言に驚いていた。
「許してもらおうとは思っておらん。ワシがそうすべきだと思っただけだ。…あの時はすまなかった。」
「…あなたが私たちと話がしたいと言われた時は、一体何の話をされるのかと思ったけれど…まさかそのことを謝られるとは思ってなかったねぇ。」
「俺もだ。…思ってたのと随分違うな。」
「…まぁ、村を出て他所に住処を構えたやつは居るが、死人が出たわけじゃねぇ。」
「…そうだね。村の復興にはかなり手間がかかったけれど…あなたがこの辺りで目撃されてたおかげで、この村に悪い輩が寄り付くことは一度も無かった。」
「確かにそうだな。」
「…黒竜。あなたは許してもらおうとは思ってないみたいだけれど、私たちには許さない理由がない。村の長として、あなたの謝罪を受け入れよう。」
「…そうか。言ってみるものだな。」
「良かったな。」
「…では、ワシはシャルの元へ戻る。」
「わかった。気を付けて帰れよ。」
「誰に言っておるか。」
「社交辞令だよ、アトラス。」
「…小賢しいやつよ。」
そう言うと、アトラスは少し荒々しく風魔法を使って空を飛び、シャルの元へ帰って行った。
少しして風が止むと、イルミナスが話しかけてきた。
「アトラス…と言うのは黒竜の名前かい?」
「うん。私たちで名前を付けた。ちなみに白竜にはシャルと言う名前を付けた。」
「随分仲良くなったんだねぇ。」
「…カリアとセラフィが仲良くなり過ぎてるだけですよ、おばあ様。」
「そうかいそうかい…。イカロス、村の人たちの待機を解いて来ておくれ。」
「承知致しました。」
黒竜が降り立ってからずっと直立不動だったイカロスが動き出し、村の中へ走って行った。
村には明かりが灯っており、空が暗くなり始めていることに気づいた。
「もう日も沈むね。また私の家で夜ご飯を食べて行きなさい。向こうの村での話を聞かせておくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
俺たちはイルミナスの家へ行き、ゾル爺やワーグとも食事を共にしながら、白竜の村でのできごとやガイウスのことについて話をした。
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