1章〜白黒の番8

「馬車で進めるのはここまでとなっております。馬はこちらの馬小屋にお留め下さい。」


「馬小屋まであんのか。ありがてぇ。」


「必要であれば宿のご用意もありますが、ご利用なさいますか?」


「至れり尽くせりだな…。お言葉に甘えさせてくれ。」


「承知致しました。村長のところへはお客人のみお通しするよう言われておりますので、御者様はお先に宿へ案内いたします。別の者に案内させますので、準備が整いましたらこちらの人間にお声がけください。」




見張りの男は別の案内人にグレースを預けた。




「御三方。聞いてたと思うが、馬車はここまでみてぇだ。」


「うん。グレース、ここまで連れてきてくれてありがとう。」


「良いってことよ。んじゃ、俺は先に休んでるぜ。」




俺たちは馬車から降り、グレースに礼を言って別れた。


しかし、この村は地図にも載っていなかったはずだ。来訪者は少ないはずなのに、ここまで余所者に対して用意が良いのは少し違和感がある。


意外と来客があるのか…?




「村長の家へ案内致します。申し遅れましたが、私はイカロスと申します。お見知り置きを。」


「俺はカリアだ。」


「私はセラフィ。」


「私はアリウスよ。」


「カリア様、セラフィ様…そしてアリウス様ですね。ご案内致します。私に付いてきてください。」


「わかった。歩きながらでいいから、少し聞きたいことがある。」


「お答えできることであれば、承ります。」


「この村にはよく客人が来るのか?」


「いえ。直近ですと、あなた方がここに来る1ヶ月程前に、道に迷った御者様が来ました。しかし、それまでは半年ほどお客人は来ておりません。」


「となると、滅多に来ない客人のために宿や馬小屋を常に整備してるのか?」


「…えぇ、そうですね。」


「随分客人に手厚い村だな。俺たち客人からすれば、とてもありがたい。」


「そう言って頂けると、我々も嬉しい限りです。」


「だけど、俺たちが村長の家に招かれる理由がわからないな。」


「…その件については、村長からお話があるかと。」


「…そうか。」




アリウスがナイト王国国王の娘であると知られていて、村としてその娘を他の客人と同様に扱うわけにはいかないという理由なら、村長の家に招待されるのも理解できる。


その理由で招待されているのであれば、イカロスが理由を語ってくれると思ったが、どうやら違うみたいだ。




俺はそのまま歩きながら村の様子を確認した。


同じような造りの家が十数軒あり、作物を育てている畑が村の大部分を占めている。


遠目でこちらを見ている村の住人もちらほらと見かけた。


程なく歩くと、イカロスはある家の前で立ち止まった。


他の家より一回り大きい。ここが村長の家だろう。




「こちらが村長の家でございます。少々お待ち下さい。」




イカロスが家の扉をノックして名を名乗ると、家の中から声が返ってきた




「入っていいよ。」


「承知致しました。…どうぞ、中へ。」




俺たちはイカロスに促され家の中に入ると、3人の老人が長机に並んで座っていた。


その内の一人は見覚えがある気がする。




「よく来たねぇ。とりあえずそこの椅子に座りな。」




中央の老婆がそう言って、俺たちを対面の席に着かせた。


イカロスも家の中に入り、扉を閉めてそのまま扉の前で待機していた。




「私はこの村の村長のイルミナス。長旅で疲れてるところに来てもらってすまないねぇ。」


「…俺はカリア。ナイト王国から来た。」


「私はセラフィ。右に同じ。」


「私はアリウスと申します。二人と同じく、ナイト王国から来ました。」




イルミナスと名乗った老婆とその隣の老爺はアリウスが気になるのか、そちらにばかり視線を送っていた。


一方で、俺が見覚えのある老爺は俺とセラフィの顔を交互に見ていた。




「カリア…セラフィ…?お前さんら…もしかして賢者の館の…。」


「見覚えがあると思ってたけど、もしかしてゾル爺か?」


「おぉ!やっぱりお前さんらだったか!随分成長したなぁ!」


「久しぶり、ゾル爺。」


「セラフィ!やっぱりべっぴんさんになったなぁ!その修道服はどうした?創造神教に興味でもあるのか?」


「ううん。服が可愛かったから、シスターアルマにお願いして仕立ててもらっただけ。」


「ははは!お前さんらしいな!似合っとるぞ!」


「ありがと。」


「隠居するって聞いてたけど、この村に居を構えてたんだな。」


「…まぁ、ここは俺の故郷みたいなもんだからな。」


「そうだったのか。」


「ヘスタは元気でやっとるか?」


「うん、毎日元気だよ。料理は相変わらずだけど。」


「ははは!そうかそうか!」


「ゾル。知り合いか?」


「あぁ、俺がナイト王国で働いてた館に居た子どもだ。この子らが確か、6歳の時にこの村に戻って来たから…今は16歳か?」




俺とセラフィは首肯して応えると、もう一人の老爺が名を名乗った。




「…そうか。俺はワーグだ。この村で建築関係を担当してる。ゾル、偶然の旧交を温めるなら、村長に先を譲ってやれ。」


「…あぁそうだな。イルの村長、すまねぇ邪魔しちまった。」


「良いさ。気持ちはよぉくわかるよ。」




そう言って、村長のイルミナスは徐に立ち上がった。




「アリウス。ちょっと隣に行ってもいいかい?」


「え?は、はい。どうぞ。」




イルミナスはアリウスの隣の席に着き、アリウスと正対して柔らかく微笑みながら話かけた。




「…アリウス。本当に良い名前だね。」


「あ、ありがとうございます。」


「桃色の髪も、綺麗だねぇ。」


「…母様譲りだそうです。」


「…そうだね。優しい目も、母親とそっくりだよ。」


「…!母様を、知っているのですか?」


「えぇ…。あの子を…ミリィを忘れた日は一日としてなかったわ…。」




イルミナスがアリウスの手を握り、微笑んだまま頬を涙で濡らした。




「あぁ…アリウス…。本当に、あの子の娘なんだねぇ…。この村に来てくれて…ありがとう。本当に…本当に…。」




アリウスも、母を偲ぶイルミナスの想いに触れて涙を浮かべていた。




「村長さん…。どうして母様のことを…?」




アリウスがイルミナスに話しかけたが、溢れ出る感情は止められないようで、まともに話すこともできなさそうだ。


それを見兼ねたワーグが、ゾル爺に話しかけた。




「…ゾル。お前が話してやれ。」


「…俺も感傷に浸りたいんだが?」


「…俺も…話せそうにないんだ…。」




ワーグは手で目覆い、感情が溢れ出ないように押し殺した声でそう応えた。




「…歳とると涙脆くていかんな。」


「ゾル爺、俺からも頼む。どういうことか聞かせてくれないか?」


「あぁ…。俺たちは…いや。この村は元々、白竜の村に居た連中で作った村なんだ。」


「…イルミナスは、白竜の村の村長ということか?」


「そういうことだ。」


「…どうして白竜の村から移住したんだ?」


「…お前さんら、白竜の村に行くって聞いたが、本当か?」


「うん。本当だよ。」


「てことはある程度、白竜の村については知っとるな?」


「詳しい話は、ガイウスから聞いている。セラフィも、アリウスも。」


「…あの坊やから?ミリィの死から立ち直れたのか?」


「向き合えるまでになっただけだと、本人から聞いた。」


「…そうかい。まぁ話が早くて助かる。それで…俺たちがここに居る理由だったな。…ミリィが死んだ、あの日の話からするのがいいか。俺は当時、館で働いてたから、これはイルの村長やワーグに聞いた話だ。」


「うん。聞かせてくれ。」


「…あの日、白竜が突然村から飛び出したかと思ったら、瀕死のミリィを抱えて戻って来たらしい。戻って来るや否や、白竜が村の人間を集めて、ミリィの出産を手伝って欲しいと頼んで来た。ミリィは白竜の魔法で、何とか生きながらえさせてたらしい。」


「…ちょうどミリィは産気づいていたらしいな。」


「あぁ。それが不幸中の幸いだった。屋外で執り行ったらしいが、イルの村長が出産の指揮を執ってたのもあって、無事、アリウスが生まれた。その間、ワーグが白竜に色々問い詰めたんだが、何も話してくれなかったんだとよ。」


「…そうか。」


「そこまでは良かったんだが…自分とアリウスを、ガイウスのとこに送ってくれって、ミリィが白竜に頼んだみたいでな。村の皆は止めたが…結局、白竜は二人を抱えて飛んで行っちまった。」


「…ガイウスから聞いた話では、白竜はその役目を果たすことができた。だけど妻を失って…激情に飲まれたガイウスが、白竜に怒りの矛先を向けたそうだ。」


「…そうだったんか。白竜がでっけぇ風穴空けて帰って来たって聞いた時は信じられんかったが…伊達に賢者の弟子やっとるだけあるな。…それでな、ちょうどその白竜の姿を、黒竜が見ちまって──────」


「ちょっと待ってくれ…黒竜が?どうして黒竜が居るんだ?」


「お前さんら聞いとらんのか?黒竜は度々白竜の村に来て、白竜と逢い引きしとったぞ?」

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