1章〜賢者の館25
結界の中に入ると、そこには村があった。結界を信用しているのか、村の周りには柵も無い。簡単に中に入ることはできたが、すぐ村の人に見つかってしまってね。それがミリィだった。
「あなたは…誰?見かけない顔だけど。」
桃色の髪が美しい、当時の私と同じくらいの歳の女性だった。
「あ〜…結界の外から来た者です。」
「え!結界を破ったの?」
「いやいや、破っては無いよ。ちょっと小細工して俺だけ入れるようにしただけだよ。」
「…そんなことができるの?じゃあそこの結界から外に出てみて?」
「いいけど…あれ?これ内側から外に出るのにも条件が付いているのか。」
「出れないでしょ?」
「うん…。でもこのくらいなら…よし。じゃあね。機会があったらまた会おう。」
結界の改ざんを済ませた私は結界の外に出ようとした。
「え!嘘?待って!ねぇ!」
「…何だ?」
「私も外に出して欲しいんだけど。」
「…え?自分一人じゃ出れないの?」
「うん…。村長の許可が無いと出れなくて…。」
「…許可が出なくて、この村に閉じ込められてる…とか?」
「うん…あまり外に出たことは無いの。」
「なるほど…。よし、任せて。」
私はそのミリィの姿が、死んでしまったユーベルトとオリファーの姿と重なったように思えた。
あの二人も、賢者の館に来る前は外の世界を知らなかったらしい。
だから私は、あの二人を館の外に連れ出したように、ミリィを結界の外に連れ出した。
村の人にバレると大変なことになるため、あまり長い時間外に出ることはなかったが、私はそれ以来、ミリィと頻繁に会っては外に連れ出すようになった。
そして私はミリィから、よく村のことについて聞かされた。
その情報は師匠と、当時の国王であるブライデ・ナイトにのみ知らせていた。
もうお亡くなりになってしまったが、当時のブライデ陛下も、師匠の目的に賛同していてね。ブライデ陛下は、ドラゴンとの共生の足がかりとして、竜の巫女であるミリィと私の婚姻を強く勧められた。
もし結婚したら、私に王位を譲るとまで仰られた。
当時の陛下は、まだ王座を退く程の年齢ではなかったが、体調が芳しくない日が続いていたため、ちょうど良かったそうだ。
今でこそ言えるが、陛下の息子はわがままが過ぎる子に育ってしまったため、あれに王位を譲りたくなかったのかもしれない。
私はミリィに惹かれていたこともあり、その提案は魅力的なものに思えた。
そして私はそのことをミリィに伝え、告白した。
「…というわけなんだけど…俺と結婚しないか?もともと陛下に言われなくても告白しようと思ってたんだけど、ミリィの村でそれが許されるのか聞くタイミングがなくて…。」
「…実はね?ガイウスのこと、村長や白竜に話してるの。」
「…あれ?じゃあ外に出てることもバレてるのか?」
「白竜は最初から気づいてたんだって。」
「…怒られなかったか?」
「怒られたよ。でも、村長も白竜もわかってくれた。…それからね、私もガイウスと結婚したいって、相談してたの。二人ともあんまり乗り気じゃないみたいだったけど、許してくれた。」
「それって…。」
「私たち、結婚できるってこと。」
私の人生で、一番幸せな瞬間だった。
それから私は、白竜と対面して今後のことを話し合うことになった。
私はミリィに連れられて、村の奥へと入って行った。
するとそこには見渡す限りの草原が広がっており、白いドラゴンが鎮座していた。
「初めまして、白竜殿。私はガイウスと言います。」
「何で自分のこと私って言ってるの?」
「白竜殿を前にして、礼儀を欠くことはできない。」
「なんか喋り方も変わった?」
「ミリィ。その辺にしておきなさい。初めまして、ガイウス。私の結界を破る人間がいるとは思わなかったわ。」
「…その節は申し訳ない。私の師匠に言われて、結界を調査していたのです。中に村があるとは思いませんでした。」
「謝ることではないわ。こうしてミリィと会ったのも何かの縁でしょう。村長と話し合って、条件付きで婚姻を認めることとなりました。」
「条件付き、ですか。」
「ミリィと結婚した後、あなたはナイト王国の王になるそうですね?」
「はい。まだ少し時間はかかりますが。」
「あなたが王になったら、この村の処遇をどうするか、聞かせてもらえるかしら?」
「…この村の処遇ですか?特に何も考えてはおりません。何かを強制することも、何かを求めることもありません。逆に、協力して欲しいことがあれば私に言っていただければと思っております。」
「本当かしら?私を利用しようとは思わないのかしら?」
「それは我々の目的に反します。」
「目的?」
「我々の目的は、人間とドラゴンが共生する世界の実現です。一方的に利用することを、我々は良しとしない。少なくとも双方が合意の上で協力し合わなければ、共生とは言えません。」
「…ガイウス。あなたは条件を満たしました。ミリィとの婚姻を認めましょう。」
図らずも条件を満たした私は、ミリィとの婚姻の許可を得た。
「早速だけど、ガイウスにお願いがあるの。」
「何でしょう?」
「私の存在を教えてもいいから、ドラゴンと話がしたいという人間を、ここに連れて来て欲しいの。」
「この村の存在を隠すために、結界を張られていたのでは?」
「外との関係を絶てば、この村の安全は保障されるかもしれない。でもミリィを見てると、新しい空気を入れることも大事だと思ったの。」
「…色んな人の恋愛話が聞きたいだけでしょ。」
「何か言ったかしら?」
「ううん!何も!」
「…白竜殿の頼み、私が引き受けます。国に帰ったら、早速探してみます。」
「ありがとう。よろしくね。」
それからミリィは正式に外出の許可をもらい、ナイト王国にある私の家で、私とミリィは同棲することになった。
私は内密に、王位継承の準備を少しずつ進めながら、師匠の魔法開発の手伝いをしたり、国の連絡板を使って、白竜と話がしてみたいと思う人を募った。
意外にも白竜と話したいという人が集まり、その内の数人ずつを定期的に白竜の村へ送るなどして過ごしていた。
しばらくして、ミリィが腹に子を宿した。私たちの子だ。
私たちは喜び合い、師匠やブライデ陛下に報告したところ、式を挙げる運びとなった。
私たちは正式に夫婦となり、それと同時に王位を私に引き継ぐことも、陛下から正式に宣言された。
私たちは本当に幸せな生活を送っていた。
しかしその幸せを蝕むかのように、悪い噂が流れ始めていた。
「…ミリィ。ちょっといいか?」
「どうしたの?」
「最近、竜の巫女の噂を聞くようになった。」
「噂?」
「あぁ…竜の巫女と白竜の契約内容についての噂だ。竜の巫女は契約の代償として、契約者の寿命が徐々に削られ、その分の寿命を白竜が吸収していると言う内容だ。」
「…そんなわけないじゃん!それよりさ、この子の名前、考えようよ!」
その時のミリィの様子が少しおかしかったことは、今でも覚えている。
「あ…あぁ、名前か。」
「うん。私はね、この子が女の子だったらアリウスっていう名前にしようと思うの!」
「あぁ…いい名前だな。」
「ガイウスは、この子が男の子だった時の名前を考えてね?」
「うん。考えておくよ。」
私はその噂を気にしないように努めていたが、心のどこかでは気になっていた。
それから少し時が経ち、ミリィが産気づいてきた。
そのミリィから、子どもを白竜の村で産みたいという要望があった。
「ごめんね、わがまま言っちゃって。」
「気にするな。村までの道を整備しておいたおかげで、馬車で送ることはできるが…。」
「…ガイウスは王位継承の最終確認があるんでしょ?終わったら、村に来てね。」
「あぁ、すぐに行く。」
…私はそのまま、護衛に囲まれた馬車に乗っているミリィを見送り、王位継承の最後の手続きをしに王宮へ向かった。
国王の執務室でブライデ陛下や師匠と共に、王位継承のための多くの書類に目を通しては署名をした。
しばらくその作業をしていると、執務室に人が訪ねて来た。只事では無い雰囲気だった。
「お取り込み中、失礼します!」
「どうした?何かあったか?」
「申し上げます!白竜が、ミリィ様の命を奪われたと報告が入りました!」
「…っ!それは!それは本当か!」
「つい今しがた、ミリィ様の護衛として村に同行していた兵が、全身血だらけで1人戻って来ました…。他の護衛も白竜にやられた、と。」
「くっ…!馬を用意しろ!すぐに村へ向かう!」
「ガイウス、私も一緒に行く!」
「お願いします!」
私は気が気でなかった。王位継承などどうでも良くなる程に。
そして私と師匠は馬を走らせ、白竜の村へ急いだ。
どのくらい走らせたかは覚えていないが、馬が疲れているのにも関わらず、ひたすらに走らせ続けた。
やがて馬は走るのをやめ、立ち止まってしまった。
「…っ!走れ!走れよ!クソッ!」
私は馬から降り、自分の足で走ろうとしたが、師匠に止められた。
「待て!ガイウス!あれを見ろ!」
師匠が指差す方を見ると、白竜が遠方からこちらに飛んできているのが見えた。
「…白竜!」
白竜は私と師匠の存在に気づき、私たちの前に降り立った。
白竜は両手に抱えていたミリィと、傍で寝ている赤子を差し出してきた。
「…ミリィと、その赤子よ。」
ミリィは…死んだように目を閉じていた。
「…ミリィ?なぁ、起きてくれよ…。」
「この子は…もう…。」
白竜の言葉に構わず、私はミリィの手を握り、頬を撫でた。
不自然な程に冷たく感じるミリィの手が、頬が、私に現実を突き付けているようだった。
あの時の光景は…感覚は…もう二度と思い出したくない程に辛いものだった。
「…ガイウス、今は帰ろう。私の瞬間移動魔法で館に送る。」
「…先に…行っててください。」
「今の君を置いてくわけには──────」
「一人にさせてくれ!!!」
「…わかった。絶対に帰って来ると…約束してくれ。」
私は首だけで力無く返事をすると、師匠はミリィと赤子を軽々と抱え上げた。そして瞬間移動魔法を使い、消えていった。
しかしまだ、白竜が残っていた。
「なぜだ…なぜ!どうして!ミリィの命を奪った!」
「なっ…!」
私は怒りの矛先を白竜に向けた。
そうでもしなければ、心の底から溢れ出る悲しみに、押しつぶされそうだったのだ。
「これがお前と巫女の契約か!ミリィの寿命を!奪ったのか!」
「…っ。」
白竜はバツが悪そうに私から目を背けた。
それは肯定しているも同然だと思った。
「どうしてっ…!どうして私から!大切なものを…!」
私は生まれ育った村で親を亡くし…死の淵をさまよっていた私を救ってくれたユーベルトとオリファーを亡くし…最愛の妻をも失った自分の人生を、運命を、憎んだ。絶望した。憤怒した。
入り交じった感情は、もはや私の中で扱えるものではなくなった。
「…違うの。話を聞いて──────」
「黙れええぇぇぇ!!!!」
もはや全てがどうでもいい。この激情から早く解放されたい。この感情を何かにぶつけたくて仕方がない。
私はその一心で…白竜に対竜魔法を放った。
私が放った光線は白竜を穿ち、魔力が底を尽いた私はその場に倒れた。
白竜がその場を去った気配はしたが、おそらく長くは持たないだろう。
私はそのまま気を失い、気づいた時には次の日の朝で、賢者の館の寝室で寝かされていた。
師匠がミリィとアリウスを館に預け、私を迎えに来てくれたらしい。
────────────────────
「目を覚ました私に、黒竜がこの国に攻めてきたと、館の使用人から報告があった。私は感情冷めやらぬまま、黒竜と…そして君たちと対面したというわけだ。…カリア君の聞きたいことは、聞けたかな?」
「…あぁ。ガイウス、すまない。辛い過去を思い出させてしまった。」
「…はは。てっきり、白竜を殺したことを責められるかと思っていたが、最初に投げかけられる言葉がそのようなものだとは思わなかった。」
「俺はガイウスに同情しているんだ。ガイウスが実際に感じた激情は、想像することすら憚られる。そんな状態で、正しい判断をしろという方が酷な話だ。」
「…私も、そう思う。そんな状態で、どうして国王になったの?」
「そんな状態だったからこそ、国王になったのだ。私は辛い過去から目を逸らすために、敢えて多忙な身分である王位に身を置き、今まで心を殺して生きてきた。だが君たちを見た時、国王になって初めてユーベルトとオリファーに思いを馳せた。このままではあの二人にも、妻にも、合わせる顔が無いと思い始めた。…今は過去と向き合える程度には落ち着いているが、いずれは乗り越えて行きたいと思っている。」
ガイウスの心移りについてはわかったが、白竜がミリィの命を奪ったというのは信じられない。
「ガイウス、白竜がミリィの命を奪ったと報告した兵は、今どうしている?」
「…その兵は死んだそうだ。」
「…そうか。」
白竜が人間の命を奪うとは考えにくいが、これでは真相はわからないな。
「…カリア。ミリィは白龍との契約で死んだわけじゃない。」
「それは…本当か。」
俺が反応するより先に、ガイウスが反応した。
「…セラフィは契約内容を知っているのか?」
「うん。」
「ガイウス、どうする。」
俺はガイウスに、その契約内容を聞くかどうか問いかけたが、返答はわかりきっている。
「…私は過去を乗り越えるために、それを聞く必要がある。セラフィ君。白竜とミリィの契約内容を、聞かせて欲しい。」
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