1章〜賢者の館26

「白竜とミリィの契約内容を、聞かせて欲しい。」


「わかった。まずはガイウス、あなたが聞いた噂の契約内容について話す。」


「契約した者は寿命が削られていく、という噂だな。」


「うん。白竜は、村の人にはそういう契約を結んでいると伝えていた。でも、これは表向きの契約内容らしい。」


「表向きの契約内容?」


「本当の契約内容は、契約者の五感と魔力を白竜に共有することだった。」


「五感と魔力を…共有…?」


「確か白竜は、視覚と嗅覚があまり機能していなかったな。」


「うん。五感は常に共有してるわけじゃなくて、白竜が共有したい時だけ共有できる。魔力は常に共有してるから、契約者が何か魔法を使ったらそれを感知できるし、契約者の位置もわかるらしい。」


「…私がミリィを結界の外に連れ出したことを知られていたのはそのためか。…だとすれば、白竜がミリィの命を奪ったわけではなかったということか…。」


「それはわからない。少なくとも、ミリィは契約が原因で死んだということは無いというだけ。あの白竜のことだからありえないと思うけど、もしかしたらミリィに直接手を下したのかもしれない。」


「俺もそれはありえないと思うけど、確証が無いな。」


「…もし、白竜がミリィの死に関わっていないのだとしたら、私は本当に…愚か者だ。」




俺は、当時の状況におけるガイウスの行動は仕方がないと思っている。


しかし、本人が自分を許せないらしく、自責の念に駆られている。




「白竜はどうして契約内容を偽ったんだ?」


「人間と白竜の立場を対等にするためだって言ってた。」


「どういうことだ?」


「白竜はただ人間と話ができる環境が欲しかっただけだけど、それを人間に言っても信じてくれる人は少ない。でもその環境が欲しいからと言って、白竜が人間を支配したり、人間が白竜を崇拝する関係は望んでいなかった。お互いに利益がある状況を作って、対等な関係を築くことが白竜の目的だった。」


「白竜が村を守る代わりに、村の人間から寿命をもらう…つまりは生贄を捧げるという構図にすることで、対等な関係を築こうとしたということか?崇拝されそうな気がするけど…。」


「最初はそうかもしれないけど、人間はいずれ、生贄を捧げることを躊躇わなくなる。」


「…実際に寿命を削っているわけじゃないから、人間はほとんど実害を受けないことに気づいたのか。」


「そう。実害がほとんど無いことに気づいたとしても、白竜はそれで満足しているから、人間は役目を果たしていると勘違いする。それでお互いが満足しているから、対等な関係を築くことができた。」




なるほど。流石は白竜だな。




「…白竜も、我々の目的と同じものを目指していたのかもしれないね…。」


「…師匠、申し訳ございません。」


「あぁいや、責めてるわけじゃないんだ。私も、もっと白竜と話しておけばよかったと思っただけだ。」




いずれにせよ、ミリィの死の真相はわからないままだ。




「…セラフィ君、話してくれてありがとう。」


「ううん。あまり役に立ててないかもしれない。」


「そんなことは無い。現に私は…君たちや白竜を手にかけてしまったことを、後悔しているのだと気付くことができた。そして私は、それを償いたいと思っているのだと、自覚することができた。…カリア君、セラフィ君。虫のいい話なのは重々承知の上で、君たちにお願いがある。」


「手伝えることなら、手を貸そう。」


「ありがとう。図らずも繋がってしまったが、もともと国からの依頼としてお願いしようとしていたことなんだ。白竜の村へ行き、白竜が生きているか否か、村の人がどうなっているのか、調査してきて欲しい。」


「…白竜は死んだはずじゃないのか?」


「それなんだが…白竜の村には今も尚、結界が張られているのだ。師匠が確認しているから、確かな情報だ。」




結界魔法は、結界を展開した者が死ぬと消えるはずだ。




「…それは白竜が張った結界で間違いない?」


「私が確認した限りだと、間違いないはずだよ。」




ガイウスが白竜に致命傷を負わせたのは、もう20年近く前になるはずだ。


致命傷を負った白竜がどうやって生きているのかはわからないが、結界が残っているのなら白竜が生きている可能性が高い。




「…私はミリィが死んで以来、あの村には行っていない。本来なら私が直接出向くべきだとは思うが…白竜の村には、ミリィとの思い出もある。私の愚かさ故に傷つけた白竜も生きているかもしれない。あの村に足を運ぶには…色々と心の整理をつけなければならない。そのために、白竜の村が今どうなっているのか調査して、私に教えて欲しいのだ。私には、心の整理をつける材料が必要だ。…どうか、こんな弱い私に力を貸してくれないだろうか。」


「もちろんだ。」


「私も手伝う。白竜のことも気になるし。」


「…ありがとう。」




ガイウスは俺たちに深く頭を下げた。


ロードとラピスには悪いが、クォーツ王国に行くのは待ってもらおう。




「ガイウス、これで話は終わったかな?」


「はい。想定外の話もありましたが、二人と話ができて本当に良かったです。…ところで、君たちがドラゴンだったことは、ロード君やラピス君には言っているのかな。」


「…いや、言ってない。アリウスにも言ってないけど、いつか話したいとは思っている。」


「そうか。では、このことはここだけの秘密にしておこう。」


「そうしてくれると助かる。」


「今後とも、アリウスとは仲良くしてあげてほしい。」


「…俺たちも信用されたものだな。」


「それだけ、君たちに人徳があるということだ。」




ガイウスは俺たちという存在を心から受け入れているように感じる。


ロードやラピス、アリウス、シスターアルマたちにもこのように受け入れてもらえると嬉しいが…これはわがままだろう。


皆に正体を明かす時が来るまでに、心の準備をしておこう。




「じゃあガイウス、私たちはこれで失礼させてもらうよ。」


「はい、今日はありがとうございました。」


「うん。カリア、セラフィ、馬車に戻ろう。」




そうして俺たちは王の間から退出して、王宮の正面入口へと向かった。


賢者ヒスイが先導して歩いていたが、この状況はこのままでいいのだろうか。


俺はセラフィに顔は向けず、小声で話しかけた。




「なぁセラフィ。」


「…何?」




セラフィも顔はこちらに向けず、小声で返してきた。




「気づいてないのか?」


「何に?」


「俺たちの後をつけてきている人がいる。」


「…魔力は全く感じない。」


「魔力を持たない人間か。」




俺は魔力感知に疎い分、生物の気配には敏感らしい。




「…好意的な尾行じゃないみたいだ。ちょっと見てくる。」


「…わかった。先に馬車に戻って、賢者ヒスイには説明しておく。」


「頼んだ。」




さて、まずは俺一人で行動できる状況が必要だ。




「賢者ヒスイ。済まないがお手洗いに行きたい。」


「ん?あぁ、わかった。場所は──────」


「場所は大体わかる。迷ったら通りかかった人にでも聞くよ。先に馬車に戻っててくれ。」


「うん?わかった。じゃあ先に戻ってるよ。」


「うん、俺もすぐ戻る。」




俺は廊下の分岐で二人と別れた。


そのまま少し歩いていると、尾行している人間は俺に付いて来ていることがわかった。


尾行している人間に接触して問いただすか…それとも尾行をまいて、逆に俺がその人間を尾行するか。




俺は後者を選択し、早速行動に移した。

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