1章〜白黒の番1

俺はまず尾行をまくために廊下を曲がった。


追手の死角に入ったところで気配を殺し、廊下の天井に張り付いた。


そのまま少し待っていると、追手と思われる人間が現れた。


少し伸びた黒髪の間から半目が覗いており、年齢はガイウスより少し若い外見の男だ。


男は俺を見失ったと悟り、少し立ち尽くしていたがすぐに動き出した。


俺は気配を殺したまま、その男の後を追った。男は周りを気にしながら足早にどこかへ向かっているようだ。


そのまま後を追っていると、男は扉の前で立ち止まり、その扉をノックした。




「坊ちゃん、俺だ。」




そう言って男は扉を開き、中に入った。


そして扉が閉まった瞬間、俺はすぐにその扉の前に行き、身体強化魔法で聴覚を強化して部屋の中の会話を聞き取った。




「見てきたぜ、坊ちゃん。」


「うん。どうだった?」


「正直言って、あれとは事を構えたくねぇな。」


「賢者の弟子に選ばれるくらいだからね。実力は確かかもしれないけど、殺すことくらいできるでしょ?」




部屋の中から、俺を付けていた男の声と、聞き覚えのある声がする。




「簡単に言うがなぁ…坊ちゃん。なんであの男を殺さなきゃならねぇんだ?」


「僕の未来の妻を迎えるためだ。あの男が、僕とセラフィさんの仲を邪魔してくるんだ。」




俺が邪魔した覚えは一切無いが、やはりこの声はアスベストだな。




「…話し合いでどうにかならねぇのか?」


「無理だな。僕はセラフィさんから直接言われたんだ。あの男を殺してくれたら妻になる、と。」


「…マジですかい。」




セラフィは、俺より強い人が好きだと言っただけだったはずだ。拡大解釈が過ぎる。




「それに、僕の父上がいずれ王になった時、あいつの存在は邪魔になると父上も言っていた。父上のためにも、早めに消しておいて損は無いぞ?」


「…わかった。どうにかして殺す。」


「頼んだぞ。」




色々と物騒な話を聞いてしまった。


これ以上話を聞く必要はなさそうだ。


俺は速やかに扉の前から離れ、賢者ヒスイとセラフィが待っている馬車に戻った。




「お帰りカリア。遅かったね。」


「お帰り。話は館に帰りながら聞こう。」




賢者ヒスイは御者に馬車を進めさせた。




「さて。セラフィに事情は聞いたけど、どうだった?」


「うん。追手をまいて、その後をつけてみたんだ。」


「へぇ…本当に尾行してた人がいたんだ。王宮でそんな大胆なことをするなんて、どこの馬鹿がそんなことを?」


「俺を付けていた男の名前はわからなかったけど、アスベストと話をしていたな。」


「…はぁ。男の外見は?」


「少し長い黒髪で、年齢はガイウスより少し若そうな男だった。アスベストのことを、坊ちゃんと呼んでいた。」


「…それはトールだね。バンデンの秘書をやってる人なんだけど…私が気づかない程の尾行ができる人だったのか。知らなかったよ。」


「セラフィの魔力感知でも捉えることができなかったから、そのトールという人は魔力を持っていない。隠密行動をするには適任だろうな。」


「確かにそうだね。それで、なぜカリアを尾行していたのかはわかったかい?」




俺は聞いた話をそのまま話したが、自分で話していて馬鹿馬鹿しいと思った。




「…はぁ。」




賢者ヒスイは頭を抱えてため息を吐いた。




「ごめんねカリア、巻き込んじゃって。あいつのこと、もっとちゃんと突き放しておけば良かった。」


「いや、別に気にしてない。トールのことは大した脅威じゃないしな。セラフィこそ、変なやつに目を付けられて災難だな。」


「…呑気なことだね。仮にも命が狙われているというのに。」


「一応警戒はしているから大丈夫だ。」


「頼もしいね。」


「そういえば、ガイウスが王位を退く予定でもあるのか?アスベストの口ぶりからして、いつかバンデンが王になる、みたいなことを言っていたけど。」


「執務に支障が出るくらい衰弱したらそうなるけど、今のところは無いね。」


「じゃあ例えば今、ガイウスが後継人を指名することなく急に死んでしまったら、誰が王になるんだ?」


「…アリウスが婿を迎えていれば、その婿が濃厚だろうね。」


「今は婿を迎えていないだろう。」


「…考えたくもないけど、今そうなったとしたら、前王の子孫であるバンデンが濃厚だ。…そんな愚かなことをする程馬鹿じゃないと信じたいけど…。」




バンデンがガイウスの殺害を企てているかもしれない。


俺も賢者ヒスイも、その可能性に行き着いた。




「ガイウスには一応、私から報告しておくよ。」


「あぁ。」




俺は一瞬、討竜祭のパレードの一件を思い出した。


ガイウスを殺そうとした男…もしかして──────




「───リア。ねぇカリア?」


「ん?あぁごめん。どうした?」


「白竜の村には明日にでも行く?」


「そうだな、明日にでも行こうと思ってる。セラフィもそれでいいか?」


「うん、いいよ。」


「じゃあ決まりだな。ロードとラピスにも話しておかないとな。」


「そうだね。」


「白竜の村の場所だが、後でシスターアルマに聞いてくれ。事情は私から先に説明しておくよ。ロードとラピスをしばらくこの館で世話することも一緒にね。」


「ありがとう。」


「なんてことないよ。…もうすぐ館に着くね。私はシスターアルマと話をつけておくから、君たちは明日出立する準備をするといい。」


「うん。」




俺たちが乗った馬車が館に帰り着き、馬車を降りるとシスターアルマが出迎えてくれていた。




「お帰りなさいませ。」


「うん、ただいま。早速で済まないけど、諸々話があるから私の部屋に来てくれ。」


「承知いたしました。そうそう、セラフィ。頼まれてたものができたので、後で着てみて下さい。」


「ほんと?ありがとう。」




シスターアルマはそう言い残し、賢者ヒスイに連れられて部屋に行った。




「服を頼んでたのか?」


「うん。」


「どんな服かは見てのお楽しみってことか。」


「そういうこと。それより、ラピスたちと話に行きましょ。」


「そうだな。どこにいるんだ?」


「…多分、二人とも庭に居る。」


「わかった。」




俺とセラフィが庭へ行くと、セラフィの言う通り、二人とも魔法の練習をしていた。




「あ、お帰り二人とも!」


「遅かッたな。」


「ただいま。二人とも、ちょっと話があるんだ。」


「あんまり良い話じャなさそうだな。」


「あぁ…クォーツ王国に行く予定を、ちょっと遅らせて欲しいんだ。国から依頼を受けて、先に片付けておきたいんだ。」


「遅らせるのは良いけど…私たち、その間どうしよう?」


「賢者ヒスイには事情を話してある。私たちが国からの依頼を終えるまで、この館で暮らせるようにしてくれるみたい。」


「それはありがてェな。」


「そうだね。じゃあ二人がその依頼を終わらせるまで待ってるね。その依頼って、どのくらいで終わりそうなの?」


「ん~…どうだろうな。正直わからない。1カ月はかからないと思うけど…。」


「そっか…。じゃあ、私たちはクォーツ王国へ行く方法とか道選びとかを調べて待ってるね!」


「うん。ごめんねラピス。先に約束したのに、先延ばしにしちゃって。」


「いいのよセラフィ。…私もね、家族に会う前に、ちょっと心の準備をしたかったから。」




ラピスは家族とは良い別れ方をしてないからな。顔を合わせるのはさぞ気まずいだろう。




「…なァラピス、俺のことは家族に紹介しなくたッていいんだぜ?」


「それをしに行くと言っても過言じゃないんだから!ロードはおとなしく紹介されてればいいの!」


「緊張すんだよ…。」


「私だって緊張してるわよ!ロードも心の準備しておいてね!」




人間には確か、特に仲の良い異性を家族に紹介しておく風習があったな。


心の準備というのはそういう準備か。良い意味で拍子抜けだな。




「俺とセラフィは明日出立するから、その準備をするよ。」


「あ、うん。わかったわ。私たちはもうちょっと魔法の練習してるわね。」


「わかった。」




ロードもラピスも、魔法が随分上達した。


ロードには俺が身体強化魔法を教えたし、ラピスにはセラフィが色々と教えていたみたいだ。


二人とも、最低限の自衛はできるようになったはずだ。




「カリア、先にシスターアルマに場所を聞きに行く?」


「あぁ、賢者ヒスイとの話が終わってるならそうしたいけど、どうだろう。」


「それならもう終わってるみたい。賢者ヒスイの魔力が消えたから、瞬間移動魔法でどこかに行ったんだと思う。」


「そうか。じゃあ先にシスターアルマのところに行こう。」


「うん。」




セラフィが先導して、シスターアルマのところへ向かった。どうやら自室にいるらしい。


セラフィがシスターアルマの部屋の扉をノックすると、シスターアルマが扉から顔を覗かせた。




「あぁ、二人とも。御館様からお話は伺っております。どうぞ中へ…あ、ちょっと待ってくださいね。」




シスターアルマは早足で部屋のどこかへ行き、すぐに戻ってきた。




「すみません。どうぞ中に。」




部屋に入ると、机の上に広げられた地図を見るように促された。




「これは、この国の周辺の地図になります。白竜の村へ行くということで、間違いないですね?」


「うん、間違ってないよ。」


「白竜の村は、この地図で言うとここになります。」




シスターアルマは傍らに置いてあった筆で印をつけた。




「この村までは1本道です。一応整備された道ですが、黒竜の一件以降ほとんど使われておりません。村までは馬車を使って行くことになると思いますが、どこまでこの道が使えるかどうか…。」


「大丈夫だ。行けるところまでは馬車で行って、馬車で行けないところからは歩いていくよ。」


「…二人とも、気を付けてくださいね。国の外は、治安が整っているところばかりではありません。」


「わかってるよ。シスターアルマは俺たちの実力を知ってるだろ?心配する必要はないよ。」


「余計な心労がかかるだけとわかっていても、心配してしまうのが私という人間なのです。」


「…生きにくそうだな。」


「そうでもありませんよ?私はこの生き方を気に入っていますから。」




ガイウスにしてもシスターアルマにしても、自ら望んで茨の道を進んで行くのだな。


いや…もしかすると俺には茨の道にしか見えないが、その道を進む本人には、茨の中に綺麗な薔薇が見えているのかもしれない。




「この地図は持って行って下さい。あまり詳しい部分は描かれておりませんが、無いよりは良いでしょう。」


「うん。ありがとう。」




セラフィが地図を受け取り、礼を言った。白竜の村の案内はこれで終わりのようだ。




「セラフィ、この後時間はありますか?服を着てみて欲しいのですが…。」




シスターアルマは棚の方を見遣った。


棚には無造作に布が被さっており、少し膨らみが見えることから、布の下に服があるのだと悟った。


さっき部屋に入る前に、俺に見られないように慌てて布を被せたらしい。




「うん、着てみたい。カリアには明日見せるから、まだ見ないで。」


「そんなに焦らさなくても…。じゃあ俺は部屋に戻ってるよ。」




俺はシスターアルマの部屋から出て自室に戻り、明日出立する準備の最終確認をした。


国の外の世界はドラゴンの頃に散々見てきたが、人の身で出るのは初めてのため、少し楽しみにしている自分が居る。


そんな気分に浸りながら、俺は次の日を迎えた。

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