1章~賢者の館3

人間社会の常識や倫理を学び始めて1ヶ月が経った。


人間社会には規則のようなものがあるらしい。


人を殺してはいけないだとか、人の物を盗んではいけないだとか、そんなものだ。


これをやってしまうと犯罪者となり、最終的には奴隷になる決まりがあるそうだ。


状況によってはこの限りでは無いらしいが、その辺の説明は難しいようだ。




「物事の善し悪しを判断するのは自分自身です。


この館で暮らしていく中で、その判断力を養いましょう。」




シスターアルマからは基本的な部分だけ教わり、具体的な判断は僕たちに任せるそうだ。




そして貨幣の存在についても教えてもらった。


人間は通常、労働の対価に貨幣(お金)を貰うらしい。その貨幣を使って、食料や衣服等と交換するそうだ。


この館を卒業した子たちは独り立ちすると言っていたが、これは自分が労働して得たお金で生活していくという意味になる。




この先、自分がどのようにして独り立ちしていくかを考えるのも面白いかもしれない。




ある程度の常識を学んだところで、次は言葉や算術の知識を測った。


提示された問題に答えるものだったが、僕もセラフィもそれなりに解くことができた。


算術は難なく解けたが、言葉の問題に関しては、知らない言葉がそれなりにあった。


言葉に関しては、本を読んだり生活していく中で学ぶことができるということで、魔法の練習をしていくことになった。




次の日。


魔法の練習は館の敷地内にあるとても広い庭でするようだ。




「カリアとセラフィは魔法が使えると言っていましたが、何か見せてくれますか?」


「わかりました。カリア、魔法撃っていい?」


「え?いいよ。」




僕に身体強化魔法を使わせたいのだろう。


セラフィが魔法で氷柱を生成する。


氷柱はセラフィの身の丈程の大きさになり、宙に浮かんでいる。




「セ、セラフィ?それをカリアに撃つのは流石に…。」




確かに、人間の身体は脆弱だ。


人間はドラゴンと違い、体表に鱗がない。


成熟した人間でもこの氷柱を生身で受けるのは難しいだろう。




「大丈夫だよ、シスターアルマ。見てて。」




だが、何故か僕のこの身体は普通の人間より強度が高い。ドラゴンだった時と似たような感覚がある。




セラフィが氷柱を撃ち出す。


この程度であれば身体強化魔法を使わなくても押し切れそうだ。




「おらぁ!」




氷柱を拳で迎え撃つ。


押し負けそうになるが、何とか氷柱を砕くことができた。




「カリア!大丈夫ですか!?」




シスターアルマが駆け寄って来た。




「怪我は…外傷はないように見えますが、痛みはありますか?」


「ううん。大丈夫だよ、痛くない。」


「身体強化魔法を使ったのですか?」


「…うん。」


「そうですか。セラフィもあんなに強力な魔法を使えるのですね…。私から教えることは無さそうなので、2人とも自由に練習していてください。ああ、この館の敷地外に出ることはないと思いますが、外での魔法は緊急時以外使わないように。」


「「はーい。」」




シスターアルマは僕たちから離れたところで見守るようだ。




「何で嘘ついたの?」


「えっ…何となく。身体強化魔法を使ってないって言ったら気味悪がられると思ったのかもな。」


「シスターアルマは優しいから大丈夫じゃない?」


「…まぁそれはもういいだろ。魔法の練習をしよう。」


「うん。でもね、カリア。」


「ん?」


「今の私の魔力、少なすぎてもうほとんど魔法使えない。」


「あぁ、俺も身体強化魔法を使うのが勿体ないと思うくらいには魔力が少ないな。魔法の練習もそうだけど、魔力量を増やした方が良いかもな。」


「僕、でしょ?」


「...慣れないんだよ。」


「ていうか、カリアって自分の魔力は感知できるの?」


「じゃなきゃ魔法使えないだろ…。」


「なんで私の魔力は感知できないの。」


「お前の魔力に触れ続ければ感知できるようになる…かも。」


「じゃあ毎日触らせてあげる。」


「いや別に…まぁいいや。魔力量を増やそう。」




魔力量を増やす方法はいくつかある。


僕の場合は、自分の魔力を空にした状態で魔法を使おうとすると増える。


ただかなりキツい。魔力無しで魔法を使おうとすると魔法は発動しない上に、身体に負担がかかり立っていられなくなる。


慣れればなんてことは無いが、今のこの身体では耐えられないだろう。




「魔力を消費するなら…いっそ全力で身体強化魔法を使うか。」




身体強化魔法を全力で発動する。


身体強化魔法は常時魔力を消耗する魔法だ。


この全力状態を維持するのにかなりの魔力を消費するから、3秒も持たないだろうな。




(ぅ…ぐっ…。)




魔力が底をついた状態で身体強化魔法を維持しようとしたため、身体に負荷がかかった。


全身に力が入らなくなり、うつ伏せになるようにその場に倒れ込んだ。


倒れている僕を見て、シスターアルマが駆け寄って来た。




「カリア、大丈夫ですか?」




魔力量を増やしていることを説明した。




「魔力量を増やすなんて初めて聞きました…。


それにしても、魔力切れを意図して引き起こすなんて…。」


「カリアは異常だよ、シスターアルマ。魔力切れの苦痛を味わう物好きはカリアしか居ない。」




そんなことは無い。はずだ。


ちなみにセラフィは瞑想して増やしているようだ。




こうして僕たちは朝から魔法の練習をするのが日課になった。




───────────────




5年後。


いつものように、朝から庭で魔法の練習をしていた。




「…!」




セラフィが日課の瞑想をしていると、急に目を開き、館の方に顔を向けた。




「どうした?」


「…いや、何でもない。」


「…?まぁいいか。そろそろ切り上げようか。お昼の時間だ。」


「うん。」




5年前は魔力切れで倒れていたが、今は魔力切れの苦痛にも慣れてきて、倒れることはなくなった。


日に日に魔力が増えていき、成長を実感して楽しかったが、魔力を消費するのに時間がかかるようになった。




「本当に魔力切れとは思えないくらい涼しい顔ね。」


「ドラゴンの時は魔力切れになっても戦うことはできた。それに比べたらまだまだだ。」


「うぇ...。」




なんだその顔。




「二人とも、そろそろお昼にしましょうか。」




シスターアルマが呼びに来てくれた。




「ちょうど私たちも練習を終えたところです。」


「そうでしたか。よかったです。」


「ねぇシスターアルマ。」


「カリア、どうしましたか?」


「もう自分のこと俺って言っていいよね?」




自分のことを『僕』というのは何故か違和感があったから、ようやく戻すことができる。




「...あぁ。そうですね、もうあなたたちは8歳になりますからね。大丈夫だと思います。」


「僕って言うカリア、もうちょっと見たかった。」




セラフィの前で僕と言うと、ちょっと口角が上がって馬鹿にしてるような顔つきになっていたな。


今までよく飽きもせず楽しめたものだ。




「二人とも、お昼ごはんの前に少し時間をいただけますか?」


「うん。いいけど、何かあるの?」


「食堂に行ってのお楽しみです。」




お楽しみ、というからには楽しいことなのだろう。


新しい料理、珍しい食材、備品の新調?


色々と予想しながら食堂に向かったが、予想は全て外れていた。




「さぁ、中に入って。」




シスターアルマが食堂に通じる扉を開けて俺たちを中に入れる。


中に入ると見慣れない子供が食堂の席に座っていた。


長い紺青色の髪で顔はよく見えないが、女の子だ。




「御館様が新しい子を連れてきました。自己紹介できるかしら?」


「...。」




シスターアルマが女の子を立ち上がらせたことで顔が見えた。じっと床を見つめ、あまり面白くなさそうな顔をしている。


自己紹介を求めたが、無言のままだ。




「私はセラフィ。8歳。よろしくね。」




俺もセラフィに習おう。




「俺はカリア。8歳。これからよろしく。」




俺たちが自己紹介をすると、こちらをチラっと見てすぐ視線を外す。




「私は...ラピス。8歳よ。」




同い年だ。




「それでは、お昼ごはんを食べながら少しお話をしましょう。」




シスターアルマが着席を促し、皆が座ると料理長(一人しか料理人がいない。)のへスタが料理を運んできた。




「今日は新しい子が入ると聞いたからな!昼はちょっと豪勢な料理を作ったぞ!」




そう言って出されたのが、魚丸々1匹。


中に様々な具材や薬味が入っているようだ。




「「いただきます」」


「...いただきます」


「シスターアルマは食べないの?」


「先ほど同じものを頂きました。」




毒見したのか。




料理長へスタ。17歳。男性。


この館で育ち、卒業と同時にこの館の料理長に就職したそうだ。前任者が年齢的に厳しかったこともあり、当時卒業した誰かに継いでもらおうということで、へスタが後を継いだ形だ。


本人は料理が好きというわけでは無いし、腕が良いとは決して言えない。


では何故後を継いだのかと聞くと、「誰もやりたがらない仕事がしたいからだな!」と答えていた。


当時の卒業生は誰も名乗りを上げなかったそうだ。




俺たち3人が魚料理を口に運ぶ。




「どうだ!うまいか!」




へスタは普段、レシピ通りの料理をしているが、今日のようにイベントがある日はオリジナルの料理を振る舞う。


料理を出すお皿も、それぞれの子のために特別に作られた大きめのお皿で特別感がある。


そしてこういう日の料理の味は大体決まっている。




「相変わらず、そこそこね。」


「うん。まずくはない。」


「…食べれなくは無いわね。」


「「...っ!」」




最後のラピスの感想に、俺とセラフィはつい笑ってしまった。




「ぬぉぉぉぉ!まだまだ腕が足りないか!


いや!本番は晩御飯だ!みんな!楽しみにしていてくれ!」




そう言ってへスタはキッチンへ走って行った。




「フフ。あの子は相変わらず元気ですね。


カリア、セラフィ、食事が終わったらラピスにこの館の案内をお願いできますか?」


「「うん。」」


「よろしくお願いします。私は自室にいるので、何かあったら来てくださいね。」




シスターアルマも食堂を後にし、俺たち3人だけになった。


相変わらず口数は少ないが、少し表情が和らいだように見える。




「2人はいつからこの館に居るの?」




初めてラピスから話しかけてきた。




「俺たちは赤子の頃からこの館にいる。」


「え、2人とも?」


「うん。」


「ご…ご両親は?」




この館にいる子供は孤児だということを知らなかったのか。




「俺の親もセラフィの親も、死んでいるらしい。」


「…ごめんなさい。無神経だったわ。」


「ううん。気にしないで。」


「俺たちは親の顔も声も覚えてないんだ。だから気にしなくていいぞ。」


「…うん。ごめんなさい…。」




気にするなと言っても、自責の念は消えないようだ。




「じゃあ、ラピスがどうしてここに来たか聞きたい。」




踏み込んだ質問をしたラピスに、セラフィも踏み込んだ質問を投げかけた。


これでお互い様という事だな。




「…私はね、貴族だったの。」




───────────────




私の住んでた国、クォーツ王国は魔法至上主義国家で、父様も母様も、素晴らしい魔法使いらしい。そんな2人から、魔法が使えない私が生まれてきた。


5歳から魔法の先生をつけてもらって魔法の練習をしたけど、2年間全く成果が出なくて、先生には見切りをつけられた。




私には妹もいたけど、妹は私と違って魔法が使えたし、優秀だった。




魔法が使えないと分かってからは、父様や母様との会話がほとんど無くなった。


父様も母様も忙しそうにしていて、話したくても話しかけられなかった。


多分、私を疎ましく思って遠ざけてたんだと思う。


だから、私は魔法以外の事を勉強するようになった。父様や母様の役に立つ子になりたいと思ったから。




ある日、久しぶりに父様から話しかけられた。




「ラピス、最近何か勉強しているようだな。」


「は、はい。資金運用について、少し。」


「そうか。…勉強するなら別邸の方が教材が多くあるから、別邸に行くといい。」


「…はい!」




別邸があるなんて初めて聞いたけど、私は別邸に行くことになった。




出発の当日は家族みんなで見送りしてくれた。どんな表情だったか覚えてないけど。




別邸までは馬車で半日かかるらしい。


その時は、父様から期待されてると思ってたから、浮かれていて何も疑問に思わなかった。普通は従者の1人や2人は付くのが当たり前のはず。


でも従者は1人も付けず、馬車の御者1人と私だけで別邸へと向かった。




しばらくして御者が馬車を止めた。




「別邸まであと半分くらいなので、少し休憩しましょうか。お飲み物はいかがですか?」




そう言って、御者は私に飲み物を渡してきた。


私は喉が渇いていたから、ありがたく頂いた。




「この先は森に見えるけど、道は合ってるの?」


「えぇ、間違いございません。」




別邸は国を囲う外壁の外にある事は聞かされていたけど、森の中を進むとは思わなかった。


休憩を終えて、森の中へと馬車を進めた。




持って来た本を読みながら馬車に揺られて、数分経った頃、私は酷い眠気に襲われた。




特に抗う必要も無かったから、そのまま横になって眠ってしまった。




眠ってからどのくらい経ったかは分からないけど、女の人の声が聞こえてきた。




「君。おい、君。」


「ん…?」




目が覚めると、女の人が私の顔を覗き込んでいた。




「お、起きたね。こんなところで寝てると危ないよ。」




どうやら私は地べたで眠っていたみたいだ。




「君、ここらに住んでるの?」


「いえ…あの、馬車は?」


「馬車?私がここに来た時は君一人だったよ?」


「え…?」




どういう事だろう。


馬車にトラブルがあって放り出された?


いや、それなら私が起きるはずだし、仮に気絶するほどの衝撃があったら外傷があるはず…。でもそんな痛みは無い。


だとすれば…。




「まぁ、君の服装を見ればどこかの貴族だということは分かるんだけどね。馬車でどこかに行こうとしてたのかな?ここで寝ていて起きなかったって事は、何か盛られたのかな?だとすれば君は…。」


「分かってる!」




捨てられたんだ。


別邸の話は、私を捨てるための嘘。


御者もそういう仕事を任されたのだろう。




私が魔法を使えないのがいけないんだ。


昔は、とても仲が良い家族だった。


ご飯も一緒に食べて、一緒に寝て、本を読み聞かせてくれて…。




涙が零れてくる。


同時に、生きる気力も零れていくような気がした。


捨てられたなら、これ以上生きていても…。




「ねぇ君。うちに来るかい?」


「…。」




返事をする気力も無かった。




「あぁ、自己紹介がまだだったね。私はヒスイ。ナイト王国で賢者をやってるんだ。」


「ヒスイ…様?」




話に聞いたことも、本で読んだこともある。


とても有名な賢者だ。


あのナイト王国の賢者が、どうしてこんなところに居るのだろう。


不思議と、偽物かもしれないという考えは浮かばなかった。




「私のこと知ってるみたいだね。


どうかな?うちに来たら衣食住は保証するし、教育も充実している。色んな経験ができるから、やりたい事も見つかると思うんだけど。」




やりたい事。


私は父様や母様の役に立てればそれで良いと思っていた。


でも、それは家族のためにやりたい事だ。


私自身がやりたい事なんて考えたこと無かった。


魔法が使えない私に、できることなんて限られていると思ったから。




「魔法が使えない私に…やりたい事なんて…。」


「いや?使えるよ?」




その言葉に耳を疑った。


この人は何を言っているんだ。


ヒスイ様の顔をじっと見つめる。




「私は!2年間魔法の練習をしました!魔法の先生に教えられながらずっと…!それでも1回も…1回も魔法なんて使えなかった!」




これでも同じことが言えるのか。


そういう想いで投げかけた言葉は、簡単に叩き落とされた。




「それは教える人が悪かったんだろうね。


君は魔法が使えるよ。この賢者ヒスイが保証する。」




柔らかい表情でそう言ってのけた。


それを聞いて、私の心に光が差した。


ヒスイ様が断言するなら、私にも魔法が使えるかもしれない。




「で、どうする?うちに来るかい?」




私は、迷わずヒスイ様から差し伸べられた手を取った。

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