1章〜賢者の館18

俺たちは賢者ヒスイの部屋に入った。


部屋の中には、大きな黒い三角帽子を膝に置き、黒いローブを羽織った人が座っていた。


長い黒髪に、エメラルド色の瞳を持った女性だ。


…なるほど、この人間が賢者ヒスイだったのか。




「やぁ、カリア、セラフィ。久しぶりだね。」


「…私は覚えてない。」


「まぁ、セラフィが覚えていないのは仕方ない。…でも、カリアは覚えてるんじゃないかな?」


「…俺も覚えてないな。」


「つれないなぁ…それとも、本当に忘れてしまったのかい?赤竜。」


「…カリアと呼んでくれ。お前が賢者ヒスイだったんだな。」


「カリア、知ってる人?」


「あぁ、この人が俺に『人間に転生する魔法』を教えてくれたんだ。」


「…この人が。」


「身体の成長が止まっているというのは本当だったんだな。俺がドラゴンの時に会った姿そのままだ。」


「うんうん。覚えててくれて嬉しいよ。」


「セラフィのことも知っているのか?」


「もちろん。まぁ私自身、青竜を見たのは黒竜の一件が初めてだったけどね。でも驚いたわ。赤竜以外に『人間に転生する魔法』を使うドラゴンが居るなんてね。カリアが教えたの?」


「教えたというか…セラフィは俺が魔法を使うところを見たんだ。」


「結構簡単な魔法だったから、すぐに使うことができた。」


「確かに、その魔法はできるだけ簡単に作った。青竜が魔法に精通しているのは知ってたけど、見ただけで使えるとは。そんなドラゴンが、どうしてあの魔法を使ったんだい?」


「…それは秘密。」


「そうか秘密か。じゃあ深くは聞かないようにするよ。」


「賢者ヒスイ、質問がある。」


「ん?いいよ。」


「どうして俺たちがドラゴンから転生した人間だと知っているんだ?」


「…あぁ、カリアはあの魔法を、輪廻転生の魔法だと思っているんだね?」


「違うのか?」


「うん、違うよ。君たちは私が用意した器に、君たちの魂を充てがっただけだ。言うなれば、人工転生だね。」


「そんなことが…。いや、だとしたらこの器は…。」


「カリアの身体はユーベルトを、セラフィの身体はオリファーを素に作った器だ。この二人についてはある程度聞かされたと、シスターアルマから聞いているよ。そういえば、ガイウスがお世話になったそうだね。私からも礼を言うよ、ありがとう。」


「それは…今はいい。器を作って魂を充てがったと簡単に言うが、俺には常軌を逸しているように思える。」


「私も…そう思う。そんなことができる魔法なんて聞いたこともないし、あなたがカリアに教えた転生魔法は、魔法行使者の魔力の根源を身体から切り離す魔法だったはず。」


「おぉ、セラフィは見ただけなのに、そこまで解析できたんだ。その通りだよ。」


「じゃあその他諸々はどうやったんだ?」


「まぁまぁ。順番に話すから落ち着きなさいな。ていうか、座ったら?」


「あぁ…うん。」




俺とセラフィは賢者ヒスイの対面に座った。




「さて、じゃあまずは私が使う魔法のことから説明しようか。私は魂操魔法…魂を操る魔法を使うことができるんだ。」




魂を操る魔法…固有魔法か。


だが、魂という存在は確認されていないはずだ。


見ることも触ることも、感じることもできない。




「さっきセラフィが魔力の根源と言ったけど、それが魂だ。『人間に転生する魔法』は、それを身体から切り離す魔法だ。それともう一つ、その魔法を使って切り離された魂は、私の元に飛んでくるようになっている。」


「口を挟んですまないが、『人間に転生する魔法』は固有魔法では無いのか?なぜ俺たちがそんな魔法を使えるんだ?」


「…じゃあ少し脱線しよう。固有魔法とは何か、考えたことはあるかい?」


「…固有魔法は、その個体にしか使えない魔法。それ以上でも以下でもない。」


「それは違うんだ。君たちが言っている固有魔法とは、その個体にしか知らない知識や原理を利用する魔法のことだ。言い換えると、その原理を知っていれば使うことができる。」


「俺たちの固有魔法も、原理がわかれば誰にでも使えるのか?」


「そうだよ。でも、その知識や原理を理解できなければそれまでだ。例えば君たちは、魂が魔力の根源であることは知らなかっただろう?魂を認識できなくても、魔力の根源は認識できるはずだ。私は君たちに、魂を擬似的に認識させたということだ。あとはそれを切り離すだけ。簡単だろう?」


「…じゃあ、俺たちも魂操魔法が使えるようになったのか?」


「まぁ、自分の魂を対象にするなら使うことはできると思うよ。他者の魂を操りたいなら、それを知覚する必要がある。もっとも、他者の魂が身体の中にある内は干渉できないけどね。」




身体の外に魂があれば干渉できるということか。




「ヒスイは他者の魂を知覚できるのか?」


「うん、私は魂を視ることができるんだ。君たちの魂も視えてるよ。…二人とも、とても綺麗だ。」


「…そうか。脱線させてすまない。」


「いずれ話す予定だったから、別にいいよ。えっと、私の魔法のことは話したから、あとは器の話だね。」




俺とセラフィの身体は、ユーベルトとオリファーが素になっていると言っていた。


だが、その二人の亡骸に魂を充てがったという訳でも無さそうだ。


なぜなら俺たちの身体は成長し続けているからだ。




「今から話すのは、私の不老の秘密でもあるんだ。さっきの魂操魔法のこともそうだけど、秘密にしといてね。」


「あぁ、わかってる。」


「わかった。」


「よろしい。それじゃあ私の協力者を紹介しよう。ユリちゃん、来ていいよ。」




賢者ヒスイが誰かを呼ぶと、賢者ヒスイの隣の椅子


に人間が現れた。


肩口まである黒い髪、メガネをかけて、白い羽織りを着ている女性だ。


見た目は賢者ヒスイと同じくらいの年に見える。




「遅かったわね。話しすぎよ。」


「そんなことないよ。あ、この人はユリ。私と一緒に魔法の研究をしてるの。」


「どうも。あなたたちに会うのは初めてね。…うん、身体もちゃんと成長してるみたいで安心したわ。あぁそっちの自己紹介は不要よ。あなたがカリア君で、あなたがセラフィちゃんね?」


「うん。」


「…あなたも固有魔法が使えるの?」


「その通り。私の魔法は組成魔法と言って、物体の組成…構成する要素を分析して、それと全く同じものを生成することができる魔法よ。」


「実際に見せた方がわかりやすい。」


「そうね。じゃあ、ヒスイちゃんが使ってるコップを使わせてもらうわね。このコップは陶器で、土から作られているわ。私はこのコップを構成する物質の種類とその構造を分析できる。分析できたら…はい、この通り。全く同じコップを生成できるってわけ。」




ユリは俺たちの目の前で、賢者ヒスイが使っていたコップと同じ形、同じ色のコップを複製してみせた。




「それは…人体も生成できるのか?」


「おぉ、流石だね。その通りだよ、カリア君。」


「…賢者ヒスイは、その魔法で自分の人体を生成させて、自分の魂をその身体に移植させることで、実質不老となっている…?」


「お見事だ、セラフィ。まぁ私だけじゃなくてユリちゃんもやってるけどね。」


「私たちの身体は研究室に保管されてるの。年1回で新しい身体に移りながら生きてるわ。」




なるほど。信じられないような話だが、理屈は理解した。だが解せないこともある。




「不老の理屈はわかったが、なぜユーベルトとオリファーも不老にしたんだ?」


「それは私も気になっていた。不老の実験をしていたの?」


「…まぁそうだよね。私たちがあの二人に何かしたんじゃないかって思っちゃうよね…。」


「…違うのか?」


「うん…。信じてくれるかわからないけど、ユーベルトとオリファーは天然の不老だったんだ。」


「そんな人間がいるのか?」


「あぁ〜…う〜ん。あの二人について話すとなると少し長くなるから割愛させてくれ。とにかく、あの二人は天然の不老だったんだ。」


「…一先ずそういうことにしておく。」


「助かるよ。それでね、魂を器に充てがうには、その器が魂に見合ってないといけないんだ。君たちドラゴンの魂は存在強度が強すぎて、普通の人間の器に入れると、器が壊れてしまう。ユーベルトとオリファーを素にした器ならいけると思ったけど、それだけじゃダメだった。」


「存在強度?」


「それに関しては私も雰囲気でしか理解してないんだ。存在強度が一番強いのが神様で、一番弱いのが小さな生物の類いだ。」


「なんとなく理解した。」


「ユーベルトとオリファーも存在強度は普通の人間より強いはずだから、器としては申し分無いんだけど、なかなか君たちの魂が馴染まなくてね。器を調整する必要があった。」


「私の組成魔法は、物質の構成要素を調整する事もできるの。ユーベルトとオリファーの素体を生成して、構成要素を色々調整してみたけど、最終的には赤竜と青竜の構成要素が必要だということがわかったの。」


「私たちの…ドラゴンの身体が必要だったということ?」


「そうよ。幸いにも、赤竜と青竜の亡骸はナイト王国で回収してたから、私たちがその一部を買い取ったの。」


「あれは高い買い物だったね…。この館を2つ建てることができるくらいの値段だったよ。」




ドラゴンの身体は、人間社会においてそれほど価値があるものだったのか。




「私は、ドラゴンの素材から構成要素を分析して、その構成要素をユーベルトとオリファーの素体に組み込もうとしたの。ユーベルトとオリファーの素体の構成要素を薄くして、どうにか組み込むことができたのだけど…どうしても器が赤ちゃんになっちゃうのよ。」


「さすがに、赤子の器に君たちの魂をそのまま入れたら、器の方に負担がかかりすぎる。だから、魂の核だけを器に入れた。大半の記憶は一時的に失われるが、身体の成長と共に魂は修復していき、記憶を取り戻しながら身体に馴染んでいく…はずだった。」




はずだった、ということは何か問題があったのか?




「君たちが2歳の頃、高熱を出して寝込んだことを覚えてるかい?」


「あぁ、覚えてる。その時にドラゴンだった時の記憶が戻ったんだ。」


「私もそうだった。」


「そう、それだよ。君たちの魂が急速に修復し始めたんだ。身体の中にある魂には干渉できないから、私は見守ることしかできなかった。修復した魂が、無理やり小さな身体に馴染もうとしたんだ。君たちが覚えているかわからないけど、かなりの負担がかかったんじゃないかな。」


「覚えている。かなり苦しかった。」




セラフィも同様の経験をしたのか、俺の言葉に頷いている。




「それは本当にすまなかった。想定外だとは言え、苦しめるつもりはなかったんだ。」


「いや、今こうして人間として生活できていることに感謝している。謝る必要は無い。」


「私も、あなたたちを責めるつもりは無い。」


「ありがとう。…とりあえず、これで君たちについての説明は終わりだ。何か質問はあるかい?無ければ、今後の話に移りたいんだけど。」




そういえば、この面談は卒業後に何をするかを話す場だった。




「一つ、聞いておきたいことがある。」




俺とセラフィは賢者の弟子になるつもりだが、この質問の返答次第では、少し考えを改めるべきかもしれない。

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