1章~賢者の館4
「それで私はここに連れてこられたんだけど…。」
「なるほど、それは辛いな。」
「家族のことはね…仕方ないと思うわ。
私があのまま家にいても、肩身が狭いだけだったと思うから…。」
西の国は魔法至上主義国家と言っていたな。
魔法が使えない人間は住みにくいということだろうか?
「それにしても、賢者ヒスイに会えたのは良かったな。」
「うん、本当に良かったわ。でもなんであんな所に居たのかしら?本当に何も無い場所だと思うのだけど…。」
「ラピス、賢者ヒスイに魔法は教えて貰ったの?」
「そう!それよ!」
ラピスはセラフィの質問に食い気味に反応した。
「私はてっきり、ヒスイ様が教えてくれると思ってたわ。でもヒスイ様が、『館に居る同い年の子に教わるといい』って言ってたんだけど、あなたたちのことよね?」
「…あぁ。多分そうだな。
もしかして、最初会った時に浮かない顔をしていたのはそれが原因か?」
同い年の子供と、世間では有名らしい賢者の称号を持つ魔法使いのどちらに魔法を教わりたいかと言われると、満場一致で後者だろう。
「…だって私は…2年も魔法の練習をしたのに、結局使えなかったのよ?
ヒスイ様じゃないと…賢者様じゃないと、魔法を使えるようになる気がしないのよ。」
「そんな事ない。そもそも、教える人が悪かったと思う。」
「それは…ヒスイ様も言っていたけれど…。」
「大丈夫。館の案内が終わったら教えてあげる。」
「本当に?…ありがとう。」
セラフィが教えるなら、何も問題は無いだろう。
しかし、賢者ヒスイはやはり正確に俺たちのことを知っているようだ。
俺たちが(正確にはセラフィが)『魔法を教えることができる』と分かっていたんだ。
賢者ヒスイと会って話してみたいが、16歳になるまで会えなさそうだ。
俺たちは食事を再開した。
「あれ?そう言えば、私が8歳だってこと、ヒスイ様に言ったかしら?」
「…どういう事?」
「私の年齢を知らないと『同い年の子に魔法を教わるといい』なんて言わないと思うの。私、自分が何歳か言った覚えがなくて…。」
「同い年くらいの子って事じゃないのか?」
「あぁ…そういう事かも?」
「そう言えばラピス。この館にはどうやって来たの?」
「ヒスイ様に連れてきてもらったのだけれど、ヒスイ様って凄いのよ!瞬間移動の魔法?を使ってここに来たの!」
「…なるほど。あなたが急に館に現れた時は少し驚いた。」
「…あぁ、瞑想してた時に館の方を気にしてたのはそれか。」
「え!何で私が来たって分かったの?」
「セラフィは魔力感知が得意だから。」
「私の魔力を感じたってこと?」
「うん。」
「凄い!」
そんな雑談を交わしながら食事を楽しんだ。
「「「ごちそうさま」」」
昼ご飯を終えて、早速館の案内をすることになった。
「この館は3階建てで、1階は食堂、図書室、お風呂、多目的室がある。
2階は全部子供たちの部屋で、3階は全部使用人の部屋だ。」
「多目的室?」
「算術や読み書きの授業をする時に使ったりする部屋だな。」
「なるほど。」
1階の部屋や設備を周りながら説明した。
「お風呂って男女で別れてるのね。」
「それが普通じゃないのか?」
「家族で住んでたらお風呂は1つで良いでしょ?」
「…そんなものか?」
「そんなものよ。」
よく分からないが、そういうものらしい。
「それにしても、図書室が広くて、たくさん本があって気に入ったわ。」
「最近私たちもよく図書室に行ってる。」
「あそこにある本は自分の部屋に持って行っていいのかしら?」
「うん、大丈夫。」
「色々充実してるのね、賢者の館って。」
薄々感じてはいたが、元貴族の娘がそう言うのであれば、俺たちはなかなか裕福な暮らしをしているようだ。
「次は2階だけど、上に昇る階段は館の中央と両端にある。3階も同じ階段で登れる。」
「2階は私たちの部屋があるのよね?」
「そうだよ。…あ、ラピスの部屋が分からないな。」
「確かに。先に3階に行って、シスターアルマに聞きに行く?」
「そうだな。」
「あ、ラピス。3階にはあまり行かないと思うけど、入っちゃいけない部屋がある。」
「ヒスイ様の部屋?」
「え。知ってたんだ。」
「うん。最初に連れてこられたのがヒスイ様の部屋だったわ。普段はこの部屋に入っちゃダメだからねって、ヒスイ様が言ってたの。」
「そうだったんだ。」
「シスターアルマの部屋はここだ。賢者ヒスイの部屋の隣だ。」
俺はシスターアルマの部屋の扉をノックした。
程なくして扉が開いた。
「あら、ちょうど良かったわ。ラピスの着替えを部屋に持って行こうと思ってたの。」
「ラピスの部屋はどこ?」
「あぁ、言ってませんでしたね。セラフィの部屋の隣です。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「…。」
ラピスがシスターアルマの部屋の中の一点を見つめていた。シスターアルマもそれに気づいたようだ。
「ラピス?どうしましたか?」
「あっ…いえ、その…この館って元々教会ですか?」
「…あぁ、こちらの像のことですか?」
シスターアルマは部屋の隅に祀られている像を見ながら説明を始めた。
「創造神様の像があるので、そう思うのも無理はないですね。ですが、これは御館様がこの館を建てた時からあるものです。御館様の意向ですね。」
「そ…そうですか。」
ラピスの表情が曇る。
この像については俺も、多分セラフィも知らないだろう。館の各所に祀られているのを見るが、詳しく説明されてないな。
何か曰く付きなのか?
「この館の使用人の女性は皆、修道服を着用してますが、皆が信仰している訳ではありません。御館様も『信仰したい人はすればいい』と言っているだけで、全く強制では無いです。そう言えば、カリアとセラフィには説明してませんでしたね。まぁそのくらい緩いものなので、あまり気にしないでください。」
シスターアルマもラピスの顔色を気にしたのか、強制信仰ではないと説明した。
「そ、そうなんですね。わかりました、ありがとうございます。」
ラピスの表情が晴れていくのがわかる。
一先ず不安要素は無くなったようだ。
「行こ、ラピス。」
「うん!」
セラフィが案内の続きを促し、下の階に降りた。
「ここがラピスの部屋。」
セラフィが扉を開けてラピスを中に入れる。
「わぁ!広いわね!」
「とりあえずこれで一通り案内は済んだな。」
「うん。ラピス、魔法の練習に行く?」
「あ、うん!行きましょ!」
「カリアも来る?」
「あぁ、俺も行く。」
「どこに行くの?」
「庭に行く。私たちもそこで魔法の練習をしてる。」
───────────────
「広いわね!」
庭に出ると、ラピスがまたはしゃぎ出した。
「ラピス、魔法を教わったって言っていたけど、具体的にどう教えられたの?」
「えっと…まずは自分の掌の上に火を出すイメージで魔法を使ってみなさいって言われたわね。その次は水。その次は風を、その次は土を操作するイメージで…って、セラフィ?」
セラフィの顔を見ると、感情が死んでいるのかと思うほどに表情を無くしていた。
「わかった。本当に教わる相手が悪かったのね。」
「そ、そうなのかしら?でも妹はそれで魔法が使えるようになっていたわ。」
「確かにその教え方でも使える人はいると思うけど、不親切すぎる。」
そう言って、セラフィはラピスの手を取る。
「魔法を使うにはまず、自分の魔力を認識しないといけない。ラピスは多分、カリアと同じで魔力感知に疎い。今から私の魔力を流すから、感じてみて。」
「うん…。あ…わかる…多分これがセラフィの魔力なのね…?腕を伝って、肩まで来てる感覚があるわ。」
「そう。次はラピスの魔力を動かすから、それを感じて。」
毎日凝りもせず俺に魔力を触れさせてきて、俺も頑張って感知しようとした結果、最近になってようやくセラフィの魔力を感知できるようになった。
そのセラフィの魔力が、ラピスの鳩尾まで伸びていくのがわかった。
「ここにラピスの魔力がある。ここに意識を集中させて。」
「う…うん。」
「私が今、ラピスの魔力に触れているのがわかる?」
「多分これ…かしら?」
「それを動かしてみて。」
「どうやって?」
「自分の手だと思って。指を動かしたりするように、自分の魔力を動かすの。」
「こう…かしら?」
「…うん、ちゃんとできてる。今度は私の魔力を引き抜くから、それと一緒に自分の魔力を連れてきてみて。」
「やってみるわ。」
セラフィの魔力が、ラピスから引き抜かれていく。
セラフィの魔力が完全に引き抜かれ、セラフィはラピスの手を離した。
「うん。ちゃんと手まで持ってくることができてる。」
「…これが、私の魔力。」
「自分でちゃんと動かせるようになったね。それができないと、魔法は使えない。」
「そう…だったんだ。じゃあ、これで魔法が使えるのね!」
「うん。最初に使うのは土魔法が良い。」
「どうして?」
「あなたの魔力は土魔法が得意みたいだから。」
「え、そんなことまで分かるの!
セラフィって本当に凄いのね…。」
「まぁね。」
セラフィが誇らしげな顔をしている。
「土魔法ってどんなことができるの?」
「土の形状を変化させたり、強固にする事ができる。自分の魔力を土に込めて、どんな形にするかイメージしてみて。」
「わかったわ。」
ラピスは両手を地面に押し付けたが、地面は一向に動きを見せない。
「あまり魔力を込めないで大丈夫。最初は少し動かすだけでもいい。」
セラフィがアドバイスしても、地面の土はピクリとも動かない。
「…やっぱり私、才能無いのかも…。」
「俺も最初はそうだった。」
「…え、そうなの…?」
「え、そうだったの?」
「俺は身体強化以外の魔法はあまり得意じゃなくてな。」
「でも今は使える。」
「あぁ。必死で練習したんだ。」
対竜魔法のおかげで死活問題だったからな。
「…どうやって使えるようになったの?」
「俺は最初、泥を使って練習した。」
「なるほど。」
セラフィは理解したのか、水魔法を使って水を地面にばら撒き、泥を作った。
その泥を手で掬い、ラピスに差し出した。
「ラピス、これを変形させてみて。」
「う、うん。」
ラピスは泥を受け取り、両手に集中しているようだ。
すると泥が動き出し、みるみるうちに形が整っていった。
「これは…。」
ラピスがイメージし、形成したのはドラゴンだった。
しかも初めて魔法を使ったとは思えないほど精度が良い。
「あ…できた。」
それを作った当人は、まるで他人事のようにそう呟いた。
「これ…私が作ったのよね…?私の魔法なのよね…!」
「うん。紛れもなくラピスの魔法。」
「…魔法が…使えた…!」
ラピスの目からは、涙が零れていた。
それは嬉しくて泣いているようには、俺には思えなかった。
ラピスの表情が悲しみを孕んでいるように見えたからだ。
嬉しい気持ちもあるだろうが、『魔法が使えるともっと早くわかっていたら、教える人間に恵まれていれば、親に捨てられることも無かった。』という感情の方が強いのかもしれない。
「…ラピス。」
「…っごめんなさい。嬉しくて…。」
それが強がりだと言うことは、セラフィにもわかったみたいだ。
「…うん。私たちは毎朝魔法の練習をしてる。ラピスも一緒にする?」
セラフィなりに、励まそうとしているようだ。
「…もちろん、やるわ。
本当にありがとう…セラフィ。カリアも。」
「うん。それにしても、ラピスはドラゴンが好きなのか?」
「うん。絵でしか見たことないけれど、かっこよくて、強くて、美しいと思うわ。実際に見てみたいわ。」
「…いつか見られると良いね。」
「うん!」
こうして、俺たちに初めて人間の友達ができた。
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