1章〜白黒の番3

護衛の騎士を侍らせたアスベストが、『旅馬』に入って来た。




「待たせたなお二人さん──────って、アスベスト様…?どうしてこちらに?」


「僕の大切な人がここに入るのを偶然見たから、少し立ち寄っただけだよ。」




俺たちがここに入るのを見られていたのなら、セラフィが前もって気付くはずだ。


気付かなかったということは、尾行されていた可能性が高い。


ここに来るまでの道中、人が多くて尾行に気付くことができなかったか。




「それにしてもセラフィさん、その服装は素晴らしいですね。凄く僕の好みです。」


「はぁ…。カリア、先に受付で話を進めてて。こっちは私が追い払っておくから。」


「…わかった。」




セラフィはうんざりしたような顔でそう言った。


俺が何か言ってもアスベストは話を聞かないだろうし、セラフィが追い払うのが1番効果的かもしれない。


俺は受付の男に向き直って話しかけた。




「それで、村までの道はどうだった?」


「おいおい…お前さんいいのか?あのイカした格好の嬢ちゃん、お前さんの連れだろ?」


「何か問題があるのか?」


「いや…どう見たって言い寄られてんじゃねぇか。…あんまり大きい声じゃあ言えないが、あれは権力に物言わせて気ままに横暴を働くお方で有名だ。そんなことされたら、あの嬢ちゃん下手に断れねぇぞ?」


「俺たちは賢者の弟子だ。あいつの権力は俺たちに干渉できないはずだから、大丈夫だ。」


「…え?あんたら、賢者様のお弟子様だったのか?それは失礼した。そうとは知らず、生意気な口きいて申し訳ない…。」


「いや、普段通り話してくれた方がこちらとしても助かる。向こうのことは気にしなくていいから、こっちの話を進めてくれ。」


「あ…あぁわかった。えぇ…っと、村までの道だが──────」


「どうしてそうなるのですか!」




せっかく話が進もうとしていたところに、アスベストの大声が店内に響き渡り、店内にいる他の客も、受付の男の意識もそちらに向いてしまった。




「早く決着を着けたいだけ。私と闘って、あなたが勝ったらあなたの言う通りにする。私が勝ったら、今後私に関わらないで。」


「セラフィさんと闘うことなんてできません!」


「できないのなら、あなたの不戦敗になる。」


「くっ…!あぁ、わかりました。僕は試されているのですね?あなたと闘うのではなく、そこの男と闘って勝てと、そう仰っているのですね。」




アスベストは俺を指さしてそう言った。




「…まぁ、それでもいい。」




俺はどうして巻き込まれるのだろうか。


まぁアスベストがそれで納得してくれるならそれでもいいが。




「では今すぐにでも執り行いましょう。おい!そこの男!来い!」


「…すまない。ちょっと行って来るから、話の続きはその後でも大丈夫か?」


「あぁ…そりゃ構わねぇが…。」


「店に迷惑がかからないように外でやるから、安心してくれ。」


「おい!来いと言っているのが聞こえないのか!」


「聞こえてるよ。店に迷惑がかかるから、とりあえず外に出ないか?」


「…ふん。行くぞ、お前たち。」




アスベストは護衛の騎士を引き連れて店の外に出た。俺とセラフィもそれに続いた。


店内に居た他の客や、周りから騒ぎを聞きつけて野次馬が集まる中、俺とアスベストは対峙した。




「それで、闘うって言うのは具体的にどうするんだ?」


「どちらかが戦闘不能になったら負けだ。それと、これはルール無用の実践形式の闘いだ。死んでも文句を言うなよ?」


「わかった。それで行こう。」


「はっ!承諾したからには、途中でやめることは許されないぞ?」


「それはお互い様だな。」




とはいえ、ルール無用となるとアスベストが何をするかわからないな。


アスベストは鎧を身に纏っているが、普段からその格好で出歩いているということはまずないだろう。最初から俺と闘う目的で来たのだとしたら、俺に勝つ算段があって勝負を挑んできているのかもしれない。周りの被害など考えるようなやつではないだろうし、周りの野次馬だけでも下がらせた方がいいかもしれない。




「見物してる人たちに忠告だ。実戦形式の闘いになるから、怪我をしたくなければ離れておいた方がいい。」




俺がそう言うと、周りの野次馬たちは建物の中に入って窓から見物したり、建物の陰に隠れて見物する等して散って行った。


セラフィも、少し離れたところで見守るようだ。




「殊勝な心掛けだが、そんなに被害は出ないと思うぞ?」


「念のためだ。」


「ふん。じゃあ始めようか…お前たち、行け。」




アスベストは後ろに控えていた護衛の騎士5人に、前に出るよう命じた。




「お前が戦うわけじゃないのか?」


「お前とは違って僕には駒を使える力がある。まさか、自分に無い力を使われたからと言って、卑怯などとは言うまいな?」


「いや、俺の勝利条件はそこの騎士5人と、アスベストを戦闘不能にすることで合ってるか?」


「あぁそうだ。できるものならやってみるといい。…お前たち、あいつを殺すつもりで行け。」


「…承知。」




騎士5人は俺を囲むように陣取ると、俺の正面にいる騎士が話しかけてきた。




「…カリア殿、すまない。我々はあの方に逆らえない…。」


「お前たちも大変だな。誰も殺さずに制圧するつもりだから安心してかかってこい。俺のことは気にするな。」


「…すまない。」




そう言って、周りの騎士は腰に携えた剣を鞘から抜いた。


それと同時に、俺も身体強化魔法を使い…使えない?




「今だ!やれ!」




アスベストがしたり顔で叫んだ。


それを聞いた正面の騎士が剣を振り上げ、袈裟斬りを仕掛けてきた。


その剣の軌道は、まともに当たったとしても浅い傷を付ける程度のものだった。


俺は振り下ろされる剣を掌で受け止め、そのまま握り潰して剣を折った。




「なっ…!」




魔法が使えなくなったのは想定外だったが、現状使えなくても問題は無い。身体強化無しでも十分対応できるが、この後に長旅が待っているかもしれないから、体力は温存しておきたかったな。


アスベストが何をしたのかはわからないが、恐らく魔法を封じることが勝ち筋だったのだろう。


剣が折られたのを見て、アスベストは明らかに動揺していた。




「見ての通り、手心を加える必要は無い。」


「…お前たち。私たちではこのお方に傷一つ付けることすらできない。…安心してかかれ。」




周りの騎士が頷いて応えると、アスベストから指示が飛んできた。




「ぜ、全員で斬りかかれ!」




その号令と共に、剣を折られていない4人の騎士が斬りかかって来た。


俺は全ての剣の軌道を読み、全て躱した。行き先を失った剣は地面に突き刺さり、その全てを蹴り飛ばして折った。無防備になった左側の騎士の胸ぐらを殴り飛ばして戦闘不能に。後ろから2人の騎士が援護しに来たが、どちらも横腹を蹴り飛ばして戦闘不能に。


最後に残った2人は両側から同時に殴りかかって来たが、俺はその拳を片手でそれぞれ受け止めてそのまま掴み上げ、地面に叩きつけて戦闘不能にした。




「…よし。後はお前だけだな、アスベスト。」


「お前…っ!なんで魔法が使えるんだよ!」




アスベストは勘違いしているみたいだが、そのまま勘違いしてもらった方が都合が良さそうだ。




「ルール無用の実戦形式だろ?魔法を使って何が悪いんだ。」


「くそ…っ!こんな時に壊れやがって!この役立たずが!」




アスベストは、自分の人差し指に嵌めた指輪を弄りながらそう言った。


もしかして魔道具か?魔法を封じる魔道具なんて聞いたことがない。


とりあえず、俺はアスベストにとどめを差そうと近づいた。




「ま、待て!仕切り直しだ!」


「途中で止めることは許されないんじゃなかったか?」


「わかった!降参だ!負けを認める!」


「この闘いはどちらかが戦闘不能になるまで終わらない。お前が決めたことだろう?…死んでも文句を言うなよ?」


「ま、待っ──────グァッ!」




俺はアスベストの顔面を殴り飛ばして、戦闘不能にした。


少しやり過ぎたかもしれないが、取り決め通りに決着を着けたし、この一連の出来事を見ている人間も多いため、俺の立場が悪くなることはまず無いだろう。


それに、このくらい痛い思いをさせておけば、もう関わって来ない…と思いたい。


決着が着いたことを察した人が拍手をし、それに共鳴するように周りで拍手が鳴り響いた。


俺は近くで倒れている護衛の騎士に近付いて話しかけた。




「まだ気絶してるか?」


「あぁ…いえ、大丈夫です。手加減して頂き、ありがとうございます。」




その騎士は起き上がりながらそう言った。




「礼なら要らない。後始末はお前たちに任せてもいいか?」


「はい、任せてください。アスベスト様はどちらに?」


「あそこで気絶してる。」


「…ははっ。…アスベスト様を倒して頂き、本当にありがとうございます。」


「主が負けて喜ぶのはいいけど、口に出さない方がいいんじゃないか?」


「カリア殿の存在は、あなたが思っているより貴重なのです。あの方の権力と卑怯さを、真っ向から打ち負かしてくれる存在は、私たちにとっても、あの方にとっても、貴重な存在です。」


「そうか。これに懲りて、少しは大人しくなるといいな。」


「全くです。それでは、私は他の者を起こして後始末をします。」




その騎士は俺に敬礼し、他の騎士を起こしに行った。




「お前さんやるじゃねぇか!」




その騎士が去った後、『旅馬』の受付の男が拍手をしながら話しかけてきた。




「これでも一応賢者の弟子だからな。」


「いやぁお見逸れしたぜ!最後アイツの顔面に拳入れた時ぁ気分爽快だったなぁ!」




アスベストは嫌われてるな。


横暴を働いてたらしいから、当たり前か。




「それより、白竜の村までの道はどうだったんだ?」


「あぁ、すまねぇ。地図見ながら話した方がいいな。うちに戻らねぇか?」


「わかった。」




受付の男について行きながら、セラフィと合流した。




「また巻き込んじゃってごめんね。」


「全然いいよ。それに、俺じゃなかったら危なかったかもしれない。」


「どういうこと?」


「魔法が封じられたんだ。」


「…そんなことができるの?」


「あぁ。今は使えるみたいだけど、闘ってる時は確かに使えなかった。アスベストが付けてた指輪…多分あれが魔法を封じる魔道具なんだと思う。」


「それは…確かに私にとっては都合が悪いかも。」


「落ち着いたら賢者ヒスイに聞いてみるか。」


「そうだね。」




そして俺たちは『旅馬』の中に入り、受付の男がカウンターで地図を開いた。




「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はグレース。この『旅馬』の店長だ。」




スキンヘッドに色黒の肌。目力が強い印象の男はグレースと名乗った。




「俺はカリア。こっちはセラフィだ。」


「よろしく。」


「よろしくな!さて、白竜の村への道だが…今まで使ってた道はやっぱり使えねぇらしい。ここから村までは1本道なんだが、この辺りに巨大なクレーターがあって、馬車じゃ通れねぇんだと。」




グレースが地図に記された1本道の途中を指差しながらそう言った。




「ここまで馬車で行って、そこから歩いて行くには遠すぎるし、足場も悪ぃからおすすめできねぇ。そこでだ。ちょっと迂回しちまうが、こっちの道を通って行けば、この辺に村がある。」




グレースが指さした位置は、白竜の村がある位置からそう遠くない場所だった。




「この辺を通ることは滅多にねぇが、うちの従業員が最近ここに行った時に寝泊まりさせてもらえたらしい。」


「なるほど。この村まで馬車で行って、それから歩いて行くのが一番良いということか。」


「そうだ。そんで、今回は俺が御者を担当する予定だ。今日は面白ぇもん見せてもらったからな、御者代と馬車代はタダにしとくぜ。あと、本来は護衛を付けるために別で金払って貰うんだが、あんたらには必要ねぇよな?」


「あぁ…行きの護衛は必要ないけど、グレースがここに帰る時はどうするんだ?」


「普通ならカリア君の言う通り、帰りまでの護衛代を払ってもらうが…俺も一応腕には自信がある。」


「自分だけなら身を守れるということか。」


「あぁ。てなわけで、その近くの村までタダで送ってやろう。どうだ?」


「それはなんだか申し訳ないな。」


「良いってことよ!…あ〜ただな、言っとかなきゃいけねぇこともあんだよな。」


「何だ?」


「…この辺の道が滅多に使われねぇ理由だ。10年以上前の話なんだが…この辺の道を通ったやつが、黒竜を目撃したらしい。」




そう言えば、本ではガイウスが黒竜を倒したことになっているはずだったな。


だが、国民がどう理解しているのかは知らないな。




「黒竜は現国王に倒されたと本で読んだけど。」


「いや、実際に倒したのを確認してるのは、赤竜と青竜だけだ。黒竜には致命傷を負わせたが、仕留め損なったらしい。どっかで野垂れ死んでるもんだと思ってたが、もしかしたら、まだ生きてるかもしれねぇってことだ。」




一般的にはそういう認識になっているのか。


黒竜は両翼を削がれただけだから、致命傷は負っていない。


近くで目撃されたと言うなら、もしかすると黒竜にも会えるかもしれないな。




「黒竜が本当に生きてて、この辺を縄張りにしてるとしたらかなり危険だ。それでも行くか?」


「もちろんだ。道中の安全は俺たちが保証するから、その近くの村まで連れて行って欲しい。」


「よし来た!任せな!」




俺はグレースと握手を交わし、目的地に向かう手段を手に入れた。

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