1章~白黒の番4
「さて、行くと決まりゃあ馬車を見繕わねぇとな。ちょっと準備して来るから、その辺に座って待っててくれ。」
「わかった。」
俺たちは店内の席に着き、グレースの準備を待ちながら少し話をした。ちょうど店内には誰もいない。
「黒竜が目撃されたって話、どう思う?」
「…わからない。偶然通りかかっただけだと思う。」
「白竜の村に居るかもしれないぞ。」
「どうだろう…。居るとしても、理由がわからない。」
「あの二頭、実は仲が良いってことはないか?」
「…そういう話は聞いたことがない。」
「セラフィが聞いてないなら違うか…。」
「私って情報通だと思われてる?」
「ドラゴンに関しては情報通だと思ってる。色んなドラゴンと言葉を交わしてただろ?」
「そうだけど…。私が知ってることなんて、たかが知れてると思う。」
「そうか。まぁどうであれ、いつか黒竜と会って話がしたいと思ってたからな。白竜の村の調査のついでに会えれば、探す手間が省ける。」
「何を話すの?」
「黒竜は元々、人間に興味がないドラゴンだっただろ?それがどうして人間を滅ぼそうとしていたのか、気になるんだ。」
「それは私も気になる。」
「それを聞こうと思って──────」
バン!
俺が話している途中で、『旅馬』の入り口が勢いよく開いた。
「セラフィ!カリア!」
「あれ、アリウス?どうしてここに?」
「王宮に知らせが入ったのよ…アスベストと決闘したみたいね?」
「あぁ、うん。追い払っといたけど、まずかったか?」
「ううん。それは大丈夫。護衛の騎士たちの証言と、一連の出来事を見ていた国民からの証言もあって、カリアが正当にアスベストを打ち負かしたということは周知の事実になってるの。」
「それは良かった。」
「それを聞きつけてわざわざ来てくれたの?」
「もちろん。カリアがあんな奴に負けるなんて思ってないけど、アスベストが権力を使って無理やり情報を操作して、カリアの立場を悪くするかもしれないから、それを防ぐために来たのよ?」
「そうだったのか。ありがとう。」
「ごめんね。アリウスにまで面倒をかけちゃった。」
「良いのよ、セラフィ。私が対処しなくても良かったくらいだったから。…それに、私がここに来た理由はもう一つあるの。」
「もう一つ?」
「うん…。二人とも、これから白竜の村の調査に行くんでしょ?父様から聞いたわ。」
「そうだよ。」
「私も連れて行ってくれない?」
「え…それは危な──────」
「いいよ。」
「おいセラフィ…。」
「私たちが付いてれば大丈夫。」
「それでも危険なものは危険だ。そもそも、ガイウスの許可は取ってるのか?」
「…使いの人には伝言を頼んでるわ?」
「許可取ってないのか…。後で俺たちが怒られるじゃないか。」
「お願い!その時は私も一緒に怒られるから!」
「そういう問題じゃないんだけどな…。」
「どうしてそこまでして行きたいの?」
「…二人とも聞いたんでしょ?私の、母様の話。」
「うん、聞いた。」
「私も父様から聞いたの。白竜の村は…私の母様の故郷なんだって。」
「…そうみたいだな。」
「私は、母様の顔も声も知らないの。…母様との思い出が、一つもないの。そんなの、寂しすぎるじゃない…。だからせめて、母様の故郷だけでもこの目で見ておきたいの。」
「…俺たちの調査が終わってからの方がいいんじゃないか?」
「調査して危険な場所だったら、お忍びで行くこともできないでしょ?その点、セラフィとカリアが居れば、その辺の護衛を付けるより遥かに安全だから、二人と一緒に行きたいの。」
「それは…そうかもしれないけど。」
「二人に迷惑をかけちゃうのは承知の上でお願いしてるの。ちゃんとお礼もするつもりだから…お願い!」
「…カリア、一緒に連れて行こう?」
目下最大の危険は、黒竜に遭遇することだ。可能性は低いが、ないわけではない。
「…わかったよ。もし危険な状況になったら、セラフィがアリウスを守ってくれ。」
「うん。良かったね、アリウス。」
「二人ともありがとう!」
「まぁ、もう1人に了承を取る必要があるけどな。」
「もう1人?」
「グレース。そんな所にいないで、出てきたらどうだ?」
グレースは受付の奥に続く廊下で俺たちの会話を聞いていたようだ。
「あ…いやすまねぇ。盗み聞きするつもりじゃなくてだな…。諸々準備ができたから、呼びに来ただけなんだ…。そしたらアリウス様を連れて行くやら何やら話してたからよぉ…俺は顔出さねぇ方がいいと思って…。」
「わかってるよ。話は聞いての通りだ。同乗者が1人増えるから、よろしく頼みたい。」
「グレースさん、お願いします。お礼も必ず致します。」
「…じゃあ、俺が国王陛下にお咎め受けねぇように取り計らってくれますかい?」
「はい。お約束します。」
「…いいですぜ。ただ、関所で見つかっちまうと面倒なんで、ちょっと狭い所に隠れてもらうかもしれませんが、いいですかい?」
「はい、大丈夫です。」
「そんなことしなくても、アリウスが見つからなければいいんだよね?」
「まぁ…そうだな。何か案でもあるのかい?」
「うん。光魔法でアリウスを見えなくすればいい。ちょっとやってみるね。」
そう言って、セラフィがアリウスに光魔法をかけると、アリウスの姿が消えていった。
「おぉ?アリウス様が消えちまったぞ?」
「え、私はここに居ますよ?」
「俺たちからは見えなくなる魔法なんだ。光を屈折させて、背景と同化してるって言った方がわかりやすいか。」
「今、私の姿は見えてないの?」
「あぁ、全然見えないな。でも大きく動いたら魔法が解けるから気をつけてくれ。」
「ふ〜ん…。」
アリウスがその場から2,3歩動くと光魔法が解け、アリウスの姿が顕になった。
「どう?魔法解けた?」
「うん。見えるようになった。」
「おぉ…こんな魔法があんだな。」
「これなら普通に乗ってても見つからない。」
「確かに、これなら大丈夫そうだな。アリウス様はもう行く準備できてますかい?」
「はい。いつでも行けます。」
アリウスは肩に下げたバッグを背負い直しながらそう言った。
「じゃあ早速行きますか!御三方、こっちに付いて来てくれ。」
俺たちはグレースに連れられ、受付の奥の廊下へ進んで行った。
そのまま進んで行くと、店の裏口に出た。そこにはグレースが見繕ったであろう馬車が用意されてあった。
「いつもなら店の正面で乗せていくんだが、アリウス様のお忍びってことだからここで乗ってってくれ。」
「お心遣いありがとうございます。」
「いえいえ。セラフィの嬢ちゃん、乗ったらさっきの魔法で隠しておいてくれ。関所まではすぐそこだからな。」
「わかった。」
俺たちは馬車に乗り込み、セラフィがアリウスに魔法をかけた。
「どう?ちゃんと見えてないよね?」
「うん、見えてないよ。」
「ねぇセラフィ…その魔法、後で教えて欲しいな。」
「悪用しようとしてないか?」
「…そんなことないわよ。」
「御三方、関所をやり過ごすまでは静かにしといてくださいよ?」
そう言って、グレースが馬車が進め始めた。
程なくして関所に差し掛かり、グレースが馬車を止めて関所の役人と話をしているようだ。
俺たちが静かに待っていると、グレースが馬車の扉をしてきた。
「開けてもいいですかい?」
「あぁ。」
俺が扉を開けると、グレースの後ろにいた関所の役人が顔を覗かせて来た。
「カリア様と、セラフィ様でございますね。この度は賢者のお弟子様に認定されたと伺いました。おめでとうございます。」
「ありがとう。」
「乗車人数はお二人で間違いないですか?」
「見ての通りだ。」
「少々、失礼いたします。」
関所の役人が、馬車の中を覗き込んだ。
「間違いないようですね。それでは、道中お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
関所の役人はそう言って、馬車の扉を閉めた。どうやらやり過ごせたらしい。
程なくして馬車が進み、関所から十分に距離が離れたところでグレースが話しかけてきた。
「御三方、もう大丈夫だぜ。一応ナイト王国の外に出ちまってるから、無法者に警戒してもらえるとありがてぇ。」
「わかった。アリウス、もう大丈夫みたい。」
「…っはぁ。心臓の音が聞こえたらどうしようかと思った…。」
「はは。まぁまだ気は抜けないみたいだけどな。」
「無法者って、いわゆる盗賊?」
「あぁそうだ。今の俺たちは周りに護衛もつけてねぇから、賊からしてみりゃ美味い餌に見えるだろうな。」
「そのあたりの心配はしなくて大丈夫だ。」
「そりゃ頼もしいことだ。」
「そう言えばグレース。俺たちが白竜の村に行く理由は聞かないのか?」
「気にならねぇと言えば嘘になるが、送ってくだけなら聞く必要ねぇからな。教えてくれるってなら聞くぜ?こっから目的地まであと半日はかかるから、時間はたんまりあるぜ。」
「そんなに話すことはないぞ。国からの依頼で、白竜の村を調査しに行くだけなんだ。」
「国からの依頼か。賢者のお弟子様はそういうのが多いらしいな?もし今後も馬車で遠出することあったら、うちの店をご贔屓にしてもらえるとありがてぇ。」
「今日のサービスが良いのは今後の投資ということか?」
「はは!それもある!だが言ったろ?面白いもん見せてもらった礼だよ。ついでに今後の投資もしてるだけだ。」
「そうか。実はこの依頼が終わったらクォーツ王国に行く予定なんだけど、もしかしたら使わせてもらうかもしれない。」
「そうなったらまた俺が送ってってやるが…。」
グレースの歯切れが悪いな。
「クォーツ王国って、ラピスの故郷よね?」
「アリウスもラピスに聞いたの?」
「うん。…親に捨てられたって聞いたわ。」
「実はな、ラピスを捨てたのは、ラピスを館に預けるための演技だった可能性があるんだ。」
「え…!どうして?」
「それを確かめるために、ラピスとロードを連れて一緒に行くんだ。」
「そうなのね…。」
「…こう言っちゃあ何だが、あまりお勧めはしねぇな。」
「クォーツ王国に何か問題でもあるのか?」
賢者ヒスイが干渉できない問題が、何か関係しているのかもしれない。
「まぁ問題っていうか…そうだな。あの国で創造神教が流行してるのは知ってるか?」
創造神教か。賢者の館にも創造神の像はあったが、真摯に信仰している人はいなかった。
クォーツ王国ではそれが流行しているのか。
「私知ってます。父様と一緒に出席したクォーツ王国との調印会議で、ナイト王国の国民に創造神教の信仰を促すようにと要望がある程には流行しているようです。」
「…そんなことまでやってたんですね…あの国は。昔はそんな国じゃなかったんだがなぁ。」
「そうなのか?」
「あぁ。俺はもともとクォーツ王国出身で、20歳まであの国に住んでたんだ。だが、当時のクォーツ王国の賢者様が交代してからナイト王国に越して来たんだ。今から…ちょうど20年くらい前の話だな。」
「…クォーツ王国の賢者。」
「あぁ。今のクォーツ王国は、魔法が使えない人間が住みにくいって話は聞いたことあるか?」
「それは聞いたことがある。」
「私も。」
俺もセラフィも、ラピスから聞いている。
「交代した新しい賢者様が、クォーツ王国をそういう国にしちまったのさ。俺は一度だけ見たことあるんだが、賢者ヤマダとか言う変わったおっさんだったよ。」
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