白黒の番30

飛び立ったシャルに合わせて俺たちの周りの景色が動いて行き、俺たちはシャルについて行く形で白竜の村へ向かっていた。




「バンデン…まさか貴様がミリィを殺していたとは…!」




その道中、ガイウスは怒りを顕にしながら拳を握りしめていた。


その横で、アリウスは溢れ出る涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。




「…父様。あの男に罪を償わせましょう。」


「アリウス…!そんな回りくどく裁かずとも、私が手ずから──────」


「父様!」


「…っ!」


「…あんな男のために、父様の手を汚す必要はありません。母様も、そんなことは望んでないはずです。」




アリウスは、シャルに抱えられているミリィを見ながらそう言った。


そんなアリウスの様子を見たガイウスは、落ち着きを取り戻したようだ。




「…すまない、取り乱してしまった。…セラフィ君。」


「何?」


「この『竜の涙』は、何度でも記憶を再現できるのか?」


「うん。できるよ。」




セラフィが首肯してそう答えると、今度はアリウスがアトラスに視線を移しながら口を開いた。




「アトラスさん。…お願いがあります。」


「何だ?」


「シャルさんの『竜の涙』を、1度ナイト王国へ持ち帰らせていただけないでしょうか。」


「…必ずワシの元へ返すことを約束するのであれば、良いだろう。」


「…ありがとうございます。必ずお返しすることを約束します。」




そう言って、アリウスは頭を深々と下げた。


その後ろでガイウスも頭を下げていた。




「この『竜の涙』を証拠に、バンデンを罪人として裁くのか?」


「うん。これがあれば、確実に罪にできる。どんな言い訳を用意されても、絶対に…償ってもらう。」


「…そうか。宿で言ってたことと同じ答えだ。流石はアリウスだな。」


「…もしかしてカリア、このことを知ってたの?」


「まぁ…知ってたと言えば知ってたな。俺が聞いた話と少し違ったけど。」


「…何で教えてくれなかったの。」


「あぁいや…隠してたわけじゃないんだ。俺はトールから事の顛末を聞いたんだけど、正直信用してなかったんだ。シャルがミリィの死因を知らなかったら、アリウスに話すつもりだったよ。」


「…そうなんだ。」


「ついでだから話しておくと、俺がトールから聞いた話は、大筋は合ってる。でも護衛の騎士たちやミリィは、トールが自分で殺したと言っていた。」


「…記憶を改ざんする魔法?」


「あぁ。今頃トールは、バンデンに記憶を改ざんされて、ミリィも自分が殺したことになってるだろうな。」


「…なるほど。その後、大怪我を装ったトール君が国に戻り、虚偽の報告をしたと言うことだな…。」


「そうだ。シャルがミリィを殺したと言って、ドラゴンとの共存の道を潰したかったらしい。」


「そうだったか…。あの男が、そこまでして王になろうとした理由は知っているか?」


「いや、それはわからない。さっきバンデンは、神から信託を賜ったと言ってたからな… 創造神教に毒されたとしか思えない。」


「…あの男はそのような手合いでは無いと思うが…国に戻ったら問いただすとしよう。それで、カリア君は何故トール君からそのような話を?」


「それは…もう白竜の村に着きそうだから、また後で話す。」




俺はシャルが高度を下げていることに気が付き、下の景色を見下ろした。


シャルは村の奥の草原ではなく、白竜の村の居住区域に向かっているようだ。




『イルミナス!』




シャルはイルミナスの家の近くに滞空し、鬼気迫った声でイルミナスを呼んだ。


すると、家からイルミナスが慌てた様子で出てきて、シャルを見上げた。




『白竜!どうしたんだい!』


『村の奥の草原で、ミリィの出産を手伝って欲しいの!』


『…どうして──────』


『説明してる時間が無いの!お願い…今すぐ準備をして!』


『…わかったよ!』




シャルはイルミナスの言葉を聞き届けるや否や、村の奥の草原へと飛んで行った。




『ミリィ…もう少し耐えてちょうだい…。』




シャルはミリィに話しかけながら草原に降り立ち、ミリィを大地にそっと寝かせながら魔法を組み立てているようだった。


恐らくこれは…大地との契約だ。




『…契約内容は…私の機能を代償にして、ミリィの生命活動を補うこと。それと、出産を促すように働きかけること。…嗅覚だけじゃ足りないかもしれないけど、足りない分は後で追加するわ。…ミリィの同意が必要?もう…急いでるのに!』




シャルはもどかしそうにしながら独り言を呟いた後、ミリィに話しかけた。




『ミリィ…この契約に同意してちょうだい…。あなたが生きるために必要なの…お願い…。』


『…同…意…する。』


『これで契約成立よ!早く!』




シャルは契約相手である大地を急かすと、ミリィの胸元の傷が瞬く間に消え、ミリィの顔色も良くなって行った。




『あれ…。苦しくない…。』


『ミリィ!良かった…間に合ったわ。』


『…白竜。これ、白竜が治してくれたの?』


『…いいえ。あなたの傷が治ったわけじゃないの。今はこの大地が、あなたの生命活動を補ってくれてるけれど…その時間は長くないわ。』


『…この子を産む時間は…あるかな?』


『…えぇ、大丈夫よ。私が何とか──────』


『う゛っ!』


『ミリィ!どうしたの!』


『…陣痛が…来たみたい。』


『もうすぐ…産まれるの?』


『…そう…みたい。』




ミリィは一先ず一命を取り留め、出産を促すという契約の効果も表れているようだ。


ゾル爺から野外で出産したと聞いていたが、こう言うことだったのか。




『白竜!』


『…イルミナス!』




それからややあって、イルミナスがワーグとその他数名の女性を引き連れてやって来た。


その手には、清潔にされているであろう布やたらいが抱えられていた。




『…村長。』


『ミリィ…!あんたって子は…帰って来て早々何やってんだい!』


『あはは…ごめんね…迷惑かけちゃって…う゛っ!』


『ミリィ…!』


『村長…。この子だけでも…お願い。お願い…!』


『…っ!』




ミリィのその言葉に、イルミナスは目を見開き何かを悟ったようだ。


そしてイルミナスは見開いた目を固く閉じ、喉元まで出かかった言葉を全て飲み込んだ。




『…本当にあんたって子は。…もう陣痛が始まってるみたいだね。皆、ここに布を敷いておくれ!そしてミリィをその上に寝かせて──────』




そうしてイルミナスの指揮の下、ミリィの出産が執り行われた。




「…ミリィ。」


「…母様。」




アリウスとガイウスはミリィに寄り添い、出産を見守るようだ。




「…セラフィ。少し良いか。」




ミリィの出産を待つ状況で、一先ず落ち着いて会話ができるようになったためか、アトラスがセラフィを呼んだ。




「何?アトラス。」


「この記憶の再現だがな…ガイウスがシャルを手に掛けるところまで見せてくれ。」


「…アトラスが1番見たくないところだと思ってたけど、良いの?」


「お主の言う通り、見たいとは思わん。しかし、見らねばならんのだ。あの者が、どのような想いでシャルを傷つけたのかを。」


「…わかった。」




アトラスがガイウスという人間をどう見定めるのか、想像はできない。


ガイウスを殺しにかかる事態にはならないと思うが…。


そんなことを考えていると、ワーグがシャルに向かって叫ぶ声が聞こえて来た。




『白竜!なぜ何も話してくれないんだ!ミリィに何があった!』




しかしシャルはミリィを見つめるばかりで、ワーグの問いに答える姿勢を見せなかった。




「何で何も答えないのかな…。」


「…多分、シャルは答える余裕が無い。」


「…そりャあどういう事だ?」


「契約がいつ終わってもおかしくない状況なんだと思う。出産にかかる身体の負担は、想像ができない。」


「…確かに、そうね。」


「だからシャルは、いつでも追加で代償を払えるように、常に契約状況を監視してるんだと思う。」


「…なるほどな。」




セラフィたちが話している最中も叫び続けていたワーグに、イルミナスが声を上げた。




『ワーグ!それは後回しにしな!今はミリィの子が優先だよ!早くお湯を持って来とくれ!』


『…くっ!』




イルミナスに諭されたワーグは、悔しそうな表情を浮かべながら、居住区域へと走って行った。






それから数十分後。


出産は佳境に入って来たようだ。

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