1章~賢者の館6

次の日の朝。


セラフィとラピスはいつものように、庭で魔法の練習をしていた。




「おはよう、2人とも。」


「おはよう。」


「おはようカリア。…ロードは来ないのかしら?」


「ロードは魔法が使えないって言ってたから誘ってないぞ?」


「え?そうなの?でもセラフィが…。」


「それは嘘。ロードは魔法が使える。」


「それは自覚してないだけじゃないのか?ここに来たばかりのラピスみたいに。」


「ううん。ロードは自分で魔力を動かしてたし、使える自覚はあるはず。どんな魔法を使えるかは分からないけど。」


「…もしかして、スティブ王国で酷い事されたのかな…。」


「…スティブ王国で魔法を使うと犯罪になるって、ロードが言ってたな。」


「そんな…!魔法を使っただけで…どうして…。」




それは確かに気になるところではある。




「…まぁ本人が使えないって言ってるから、そういうことにして置こう。」


「うん。」


「...わかったわ。」




理由は気になるが、人が抱えた事情を無闇に詮索しない方がいいだろう。


気を取り直して、魔法の練習をしよう。




「そういえばラピス、昨日教えた魔法使えるようになったか?」


「あ、うん。水魔法ね。」




ラピスが両手を前に差し出すと、手の平の上に水玉が生成された。


大きさはラピスの身長の半分くらいで、形も安定している。




「もうここまで使えるようになったのか、すごいな。」


「ラピスは魔法のセンスがある。」


「そーでしょ!」


「後はその水玉を変形させたり、温度を変えることができれば言うことは無いな。」


「え…ど…どうやるか教えて〜セラフィ〜…。」


「自力で頑張ってみて。」


「そんなぁ…。」


「自力で魔法を成長させるのも大事。」


「うぅ…わかったわ…。」




今まで俺やラピスが付きっきりで教えていたからな。


土魔法と水魔法が使えるようになった今、俺たちの手を離れる時期としてはちょうどいいかもしれない。




「なぁセラフィ、ちょっといいか?」


「ん?うん、どうしたの?」




ラピスが自分の魔法の練習に集中している隙に、少し離れて、ラピスに聞こえない程度の声で話をする。




「セラフィ、人間になってから固有魔法は使ってないよな?」




固有魔法。限られた個体にしか使うことができない特別な魔法だ。人間の中にも固有魔法を使える者が居るそうだが、極わずかだと本で読んだことがある。


ちなみにドラゴンは皆、固有魔法が使える。


性能に違いはあるが、咆哮魔法がそれに当たる。




「咆哮魔法は使ってない。もし使ったら館が凍りつくかもしれない。」


「そうだよなぁ…。」




俺の咆哮魔法は広範囲に超高温の炎を発生させる魔法で、セラフィの咆哮魔法は広範囲に超低温の冷気を発生させる魔法だ。


影響範囲が広すぎて、この庭で使うには危険すぎるか。




「使いたいの?」


「あぁ、身体強化魔法はかなり上手くなってきたからな。どうせなら咆哮魔法を練習したいと思ったんだけど…。」


「その気持ちはわかるけど…ここで使うのはやめた方がいいと思う。」


「…セラフィがそう言うならやめとくよ。」


「うん。」




残念だが、使う機会も滅多に無いだろうから、練習しても意味が無いと思って諦めよう。




「ねぇカリア。」


「なんだ?」


「人間の羨ましさの正体、わかった?」


「…多分わかった。」


「教えてくれる?」




相変わらず、良く聞きたがるやつだな。




「人間は、大なり小なりやりたいことを持っている。」


「やりたいこと...。」


「やりたいこと、好きなことでもいい。俺にはそれがないんだ。今も昔も。だから、それを持っている人を羨ましく思うんだ。」


「ドラゴンのままじゃやりたいことを見つけられなかったの?」


「うん、ダメだった。昔の話だけど、人間を羨ましいと初めて思ったのが、俺がドラゴンとして死んだ日から200年くらい前だったかな。その時から、やりたいことも好きなこともなくて、ただ空虚に時間を浪費して生きるのが嫌になったんだ。どうにかその空虚を埋めようとしたけど、できなかった。


そんな時に、人間の魔法使いから『人間に転生する魔法』を教わった。


人間に転生して、人間社会の環境で生活できれば、きっと見つけることができると思ったんだ。」


「...わかった。聞かせてくれてありがとう。」


「そんな面白い話でもなかっただろ?」


「そんなことない。...カリア、人間になって良かった?」


「本当に良かったと思う。まだやりたいことや好きなことは見つけれてないけど、毎日が楽しい。


やりたいことや好きなことを見つけたら、もっと楽しくなると思うとわくわくするしな。」


「見つかるといいね。」


「あぁ。」




この館を卒業したらどう生きるか、そろそろ考えないとな。




「そういえば、セラフィはどうなんだ?」


「何が?」


「人間になって良かったか?」


「ん~...かなり良かった。」


「おぉ...すごいな。そこまで言うのか。」




満足してるみたいで何よりだ。




「俺たちもそろそろ魔法の練習をしようか。」


「うん。…あ、ロード。」


「え?」




セラフィの視線を追うと、ラピスとロードが会話している姿が目に写った。




「ちょっと行ってみるか。」


「うん。」




俺とセラフィはラピスとロードに合流した。




「ロード、来たんだな。」


「あァ、朝ッぱらからシスターアルマに呼び出されてな。読み書きと算術をやらされたんだよ。」


「恒例のやつか。出来はどうだった?」


「問題ねェんだとよ。」


「それは良かったな。」




スラムで学んだのか?


本で読んだ知識だが、教育が行き届く環境ではないはず…。




「それで暇だから、私たちの練習を見に来たんだって。」


「そうか。見るのはいいけど、退屈じゃないか?」


「少し前からカリアとセラフィが面白い練習してるから、きっと暇つぶしになると思うわ!」




確かに、俺もセラフィも魔力量は十分増えたから、お互いに得意魔法を練習するようになった。


瞑想や魔力を発散させるだけだった頃と比べれば、今の練習は幾分か派手だろう。




「じゃあやるか、セラフィ。」


「うん。」




俺とセラフィは庭の中央で対峙した。

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