1章~賢者の館15

国王はセラフィをまじまじと見ながら、確かに『オリファー』と言った。


しかもその表情は、俺の顔を見て『ユーベルト』と呼んだ時の表情と同じだ。




「…ガイウス。」




シスターアルマが首を横に振りながら、国王を呼び捨てで呼んだ。




「シスターアルマ…師匠から話は聞いてないのか?」


「えぇ、何も。聞かされていないということは、そういうことです。」


「…気にならないのか。」


「…この話はやめましょう。この子らを困惑させるだけです。…もう手遅れではありますが。」




絶賛困惑中だ。


この二人は『オリファー』と、恐らく『ユーベルト』についても何か知っているらしいが、どうやら繊細な話のようだ。




「師匠というのは、賢者ヒスイのこと…ですか?」


「この場ではため口で構わんぞ。公共の場では言葉を選んでくれ。」


「…わかった。ありがとう。」


「カリア君の言う通り、賢者ヒスイは私の師匠だ。実は私もこの館出身でな。」




…ん?だとしたらどうして…。




「ガイウス、話しても大丈夫なのですか?」


「構わんさ。今日は色々と話がしたくなってな。謝礼ついでに、久々に休暇を取ってここに来た。」




その時、コンコンコン、と扉が叩かれた。




「アルマさん、ラピスちゃんとロード君が来ました。」


「…はい。どうぞ中に入ってください。」




シスターアルマは扉を開け、ラピスとロードを部屋の中に入れた。




「どっ…どうも初めまして!ラピスです!」


「初めまして…ロード…です。」




二人とも緊張しているようだ。




「そういえば、私たちも自己紹介がまだだった。私はセラフィ。10歳です。」


「あぁ、そうだったな。改めて、俺はカリア。年は皆同じだ。」




「…あぁ!これは失敬!こちらの紹介がまだであった。私はナイト国国王、ガイウス・ナイト。32歳だ。」




32歳の割りには、少し老けて見える。


黒い髪に少し白髪が混じっているためそう見えるのかもしれない。王という身分に苦労を重ねて来たのだと伺える。


王であるが故に威厳のある顔つきだ。




「こちらは私の娘、アリウスだ。」


「…父様ったら、話に夢中で私を忘れているのかと思いましたよ?」


「いやぁ…はは。すまない。」


「改めて、娘のアリウスと申します。12歳です。以後、お見知りおきを。」




アリウスはその場に立ち、スカートを少し摘まんで持ち上げ、お辞儀をした。


アリウスの桃色の長い髪は綺麗に結われている。身長は俺と同じくらいか。


優しいタレ目が特徴の穏やかそうな女の子だ。




「わぁ…お姫様だ…。」




ラピスも感動している。




「ラピス、ロード、こっちに座って。」




俺は立ったままの二人を着席させた。




「うちの娘は少し年上だが、仲良くしてやってほしい。」


「よろしくお願い致します。カリア様、昨日は父を助けて頂き、本当にありがとうございます。」


「はは…先に言われてしまったか。改めて、私からも礼を言う。ありがとう。」


「いや…あの男を取り逃したのは、申し訳なく思っている。」


「ふむ。確かに不安因子は残ったが、その分警護を厳重にしている。外に護衛を待たせているが、被っている兜に防護魔法を仕込んで対策させている。もう同じ手は通用しない。」


「カリア様は、あのパレードの騒ぎの時、何か対策されていたのですか?」


「あぁ、いや…偶然音が届きにくい位置にいたからだと思う。隣にいたセラフィも無事だったから、運が良かったんだよ。」


「そうだったのですね。それに、父様の命を狙う輩と対峙して、退けたと言うではありませんか。誰にでもできることでは無いと思います。」


「そうかな?少なくとも、こっちにいるセラフィにも同じ事はできたよ。」


「アリウス様、カリアは自分に向けられた賞賛を、正面から受け取るのが苦手なの。」


「よくわかってるなセラフィ。俺の代わりに受け取ってくれないか?」


「私も苦手だから自分でなんとかして。」


「手厳しいな。アリウス…様?褒めても何も出ないよ。」


「皆様、私のことは呼びやすい名でお呼びください。…お二人共、私より年下とは思えないですね。」


「こっちの二人からも、似たようなことをよく言われる。」


「何度だッて言ッてやらァ。お前ら10歳じゃねェだろ。」


「アリウス様もそう思いますよね!これで3対2よ!私たちの勝ち!」


「何の勝負をしてるんだ。」


「ふふふ。」




一区切り着いたところで、俺は気になっていた話題を切り出した。




「そう言えば、さっきガイウスさんは元々この館の出身で、賢者ヒスイの弟子だって話を聞いたんだ。」


「え!そうなの!」


「あぁ、そうだ。アリウスにもあまり話したことはなかったな。」


「はい。具体的な話は伺っておりません。」


「これは聞いて良いのかわからないけど…この館に居たということは、ガイウスさんは孤児だったはずだ。」


「カリア君はパレードに私の両親が居たことに疑問を感じているんだね?」




俺は首肯して応えた。




「あれは本当の両親では無い。孤児が国王になるのを良く思わない輩も居てな、私が国王になる時に充てがわれたんだ。これは一応機密情報だから、他言無用で頼む。」


「ガイウス、あまり子供たちに負担を与えないで下さい。」


「なんだシスターアルマ、私が居た時と違って過保護になったな。」


「え、アルマさんはガイウス様のお世話をしてたの?」


「えぇまぁ、そうですね。」




今までの会話から薄々感じてはいたが、やはりそうだったか。




「今でこそこんな感じだが、昔は放任主義な人だったんだ。」


「ガイウス?」




シスターアルマが語気を強めた。




「いやいや、すまない。私が昔、ここで世話になっていた話だったな。」




国王ガイウスは一呼吸置いて、話を続けた。




「私は元々、名も無い集落に生まれ育った。だが、丁度アリウスと同じくらいの歳になった時に、その集落は私を除いて全滅した。」


「何があったの?」


「君たちは魔力症という症状を知っているか?」




聞いた事がない症状だ。


皆も知らないのか、黙りこくっている。




「魔力を持たない人間が、長時間魔力に晒されると体内に魔力が蓄積していく。放っておくと衰弱していき、やがて死に至る症状だ。魔力を扱える者が、溜まった魔力を抜いてやれば大事には至らないが、その集落では原因すらわからないまま、私を残して全滅した。魔力を持った人間が私しかいなかったのだ。」


「…長時間魔力に晒されたのはなんでだ?」


「魔力は人間だけが持っているものではない。大地や草木にも宿っている。私が居た集落の大地が活性化して、魔力を放出していたらしい。地震が起こるのは、それが原因だと言われている。実際に、地震が来た後に体調不良を訴える人間が出てきたから、確かだろう。」


「それは知らなかった。」


「まぁ私も師匠から聞いた知識だ。」


「…父様は怖くなかったのですか?自分を残して、周りの人たちが居なくなっていくのは、想像するだけでも恐ろしいことです…。」


「怖かったさ。父と母が死んだ時、私もいずれ皆と同じように弱って死ぬんだと思った。しかし、待てど暮らせど、私以外の最後の一人が死んでも、元気なままだった。そこに師匠がやって来て、私は拾われたというわけだ。」


「なんと言うか…壮絶な経験だな。」


「それはもう壮絶な経験をしたさ。だが、この館に来からの1年は、生きながら死んでいるようなものだった。一度死を受け入れた私には、生きる意味が分からなかったんだ。」




そして国王ガイウスは少し笑った。


やっとこの話ができる、とでも言いたげに。




「でもな、私がここに来て1年後、私と同い年の二人が館にやって来て、そいつらに俺は救われた。ユーベルトという男の子と、オリファーという女の子だ。」




1番気になっていた二人の名前がここで出てきた。


俺がセラフィを横目で見ると、セラフィと視線が交わった。この多目的室に来る前に、ユーベルトの話をしたこともあり、セラフィも気になっているのだろう。


俺たちは静かに国王ガイウスの話に耳を傾けた。

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