1章〜賢者の館14

「セラフィ、これは多分緊急事態だ。」


「うん、私もそう思う。」




パレードを見ていた大半の人間は気を失っているようだ。


シスターアルマやラピス、ロードも気を失って倒れている。




「俺は、アレを止めてくる。」


「私はラピスたちを診ておく。」


「頼んだ。行ってくる。」




国王ガイウスは馬車から這いずり降り、地面に転がり落ちていた。殺意を持った人間は、国王に向かって歩みを進めている。


俺は身体強化魔法を使って飛び出し、殺意を持った人間と国王の間に滑り込んだ。


殺意を持った人間は顔に布を巻いており、黒い外套を身に纏っている。


見ただけでは年齢はおろか、性別も判然としない。




「はぁ?ガキ、てめぇ何で動けてんだ?」




声は男のそれのようだ。


あの爆音に怯まない人間がいることに驚いているらしい。




「ちょっと身体が頑丈なだけだ。何で国王を殺そうとしてるんだ?」


「ちょっと身体が頑丈なくらいで、あの爆音に耐えれるわけねぇだろ。」


「何で国王を殺そうとするのか答えてくれないのか。」


「答えるだけ時間の無駄だ。国王以外は殺すつもりは無かったが、仕方ねぇからお前も殺す。」




そう言って、男は短剣を両手に構えた。




「き、君…!」




国王は倒れ伏したまま顔を上げ、状況を飲み込んだのだろう。短剣を構えた怪しい人間から自分を守るように立つ子どもの姿を見て、口を挟まない大人が居るだろうか。




「危ない…から!下がるんだ!」




国王が背を向けている俺の服を掴んで引っ張り、下がらせようとした。


聴覚機能にまだ異常があるのか、少し発音がおかしい。こちらから話しかけても恐らく聞こえないだろう。




「ガキに守られるなんざ、情けねぇよなぁ!」




男が俺に切りかかろうと突っ込んでくる。


国王もそれを見て俺を引っ張るが、踏ん張って抵抗する。


今の状態の国王では、この男に為す術なく殺されてしまうだろう。




俺は男が振り降ろした短剣に拳を合わせる。


金属同士がぶつかり合ったような音と共に、短剣は男の手から離れて飛んでいき、近くの壁に突き刺さった。




「はぁ!?ガキっ…てめぇ只者じゃねぇな…。」


「「陛下ー!!」」




パレードの様子がおかしい事に気づいた護衛の騎士たちが駆けつけて来た。


クラッカーによる音爆弾は、遠くまでは波及していなかったようだ。




「あ~あ、時間切れだ。やってくれたなぁガキ。」


「国王はこの国で一番偉いんだよな?それを守るのは当然だと思うけど。」


「…まぁいいや。じゃあこれは、守れるか?」




男はどこからか取り出した球体を無造作にこちらに放り投げた。


球体には導火線が付いているのか、火花が散っている。


爆弾だと、一瞬でそう認識した。


ここで判断を誤ることはできない。俺なら至近距離で爆弾を食らっても死にはしないはずだ。


宙に浮いている爆弾に手を伸ばした。爆発する前に、掴んで真上に放り投げれば被害は最小限に抑えられる。


しかし、国王が俺の服を掴んだまま、再度引っ張って俺を下げようとした。


俺は爆弾を掴み損ね、爆弾は地面に落ちた。


もういつ爆発してもおかしくない。俺は国王を爆風から守るように防御体勢を取った。


その瞬間、爆発した…が、全く衝撃がやってこない。


その爆弾からは大量の煙が吹き出しており、周りが煙で見えなくなっていた。


爆弾ではなく、煙幕だったか。


風魔法で煙を散らして視界を確保したが、俺と対峙していた男はいつの間にか居なくなっており、見失ってしまった。




「何だこの煙は!」


「陛下!どちらにおられますか!どうかお返事を!」


「アリウス様はご無事か!」




わらわらと、騎士の声が近づいてきた。




「国王はここだ!」




俺が叫ぶと、瞬く間に騎士たちに取り囲まれた。


剣を構えて警戒している。




「貴様、何者だ!」




状況が状況のため警戒するのは仕方ないが、説明が難しい。


どう説明しようか考えていると、国王がよくやく掴んでいた服を離した。




「待て…!剣を…降ろせ…!」




騎士たちはその言葉を受け入れ、剣を納めてくれた。


国王は聴覚が戻ってきたのか、発音も治っていた。


しかし、爆音が身体に負担をかけたのか、より一層顔色が悪くなっている。




「この子は…味方だ。娘は…?」


「アリウス様も、陛下のご両親も、ご無事です。気を失っておられるようなので、王宮へお運びいたします。…陛下も、お休みになられた方がよろしいかと。」


「そうか…いや、休むわけには…。」


「陛下!」




国王は誰の手も借りず、一人で立ち上がった。




「そうだ…君に…礼を言わねば…ありが…とう…?」




今まで俺の後ろ姿しか見ていなかった国王が、初めて俺と対面し、礼を言った。


しかし、何やら歯切れが悪い。




「…ユーベルト…か?」


「…いや、俺にはカリアという名前がある…あります。」


「…あぁすまない。忘れてくれ。それと…カリア君は…どこに住んでるか…教えてくれないか。」


「賢者の館で、お世話になってます。」


「…そうか…後日、礼に…ぅぐッ…。」


「陛下!ご無理なさらずに…。」




国王はその場で膝をつき、頭痛を堪えているように見える。




「顔色がかなり悪い。安静にするべき…だと思います。」


「…そうだな…今日は…休む。王宮へ、頼む。」


「…ハッ!陛下が休まれるぞ!早急に王宮へ!」




護衛の騎士たちは心做しか喜んでいるように見える。


国王は早々に王宮へと連れて行かれた。




「カリア様、と申されましたか。先ほどは無礼を働いてしまい、申し訳ございません。」


「気にしてないよ。」


「ありがとうございます。…して、ここで何が起こったか、ご説明いただけますか?」


「うん。国王一家が中央広場に来て──────」




俺は騒ぎの原因となったクラッカーの音爆弾の話や、国王を殺そうとしていた人が居たこと、俺がそれを退けたことを話した。




「一応、国王も状況は確認してるはずだから、後で聞いてみて欲しい。」


「承知致しました。…しかしにわかには…いえ、陛下を救って頂き、ありがとうございます。陛下も仰っておりましたが、後日、正式に謝礼にお伺い致します。」


「あぁ…うん、わかった。」


「して、もうお帰りになった方が宜しいかと。賢者の館までお送りいたしましょうか?」




周りでは、王国の騎士や治癒士たちが救護活動をしている。この広場にいるほとんどの人間が要救護対象だろう。俺がここに居ても邪魔になるだけだ。




「あぁえっと…保護者がそこにいるから大丈夫。」




セラフィの方を見ると、シスターアルマもロードもラピスも気を取り戻し、セラフィと話していた。




「左様でございましたか。道中、お気をつけてお帰り下さい。」


「ありがとう。」




丁寧にお辞儀をしている騎士に背を向け、セラフィたちと合流した。




「カリア!怪我は無いですか?」


「うん、全然大丈夫。セラフィから話は聞いた?」


「えぇ、聞きました。」


「緊急事態だと思ったから、魔法を使ったけど…良くなかったかな?」


「いえ、国王様の命の危機ともなれば、かなりの緊急事態です。魔法を使って助けたのは、正しい判断だと私は思います。」


「じゃあ良かった。」


「国王様から何か言われましたか?」


「後でお礼に来るって言われた。賢者の館で世話になってることは言ってあるから、そのうち誰か来ると思う。」


「え!国王様が来るのかしら!」


「どうでしょうね…。遣いの人が来るだけかもしれません。」


「そんなに会いてェか?」


「え〜。国王様に会う機会なんて滅多にないんだから、会っておきたいと思わない?」


「思わねェな。それに、来たとしても用があるのはカリアだけだろ。」


「まぁ、もし国王が来たら皆でお迎えしよう。」


「そうしましょ!」




皆、いつも通り会話できるまでに回復しているようで良かった。


あの爆音で気を失っていたのが嘘のように感じる。




「今日はもう帰りましょう。私たちがここに居ると、救護活動の邪魔になりますからね。」




そうして俺たちは帰路に着いた。




「セラフィ、あの男の魔力は覚えてるか?」




セラフィの魔力感知で国王殺しの犯人を追えると思ったが、セラフィは首を横に振った。




「あの人、魔力が無かった。」


「…そうか。じゃああのクラッカーは?」


「あれは多分、爆音を放つ魔道具。手動で起動することもできるけど、あの音に反応して自動で起動する仕組みだったみたい。」


「なるほどな。」




クラッカーが中央広場付近にしか出回ってなくて良かった。




無事に館に帰り着いた俺たちは、そのまま就寝の準備をしてその日を終えた。




次の日。




「おはよう、カリア。」


「おはよう、セラフィ。ラピスは?」


「まだ寝てる。疲れてるみたいだったから、そのまま休ませてる。」


「そうか、ロードもそんな感じだ。」




今日からロードも魔法の練習に加わると言っていたが、ロードもラピスも昨日の祭りやパレードの騒ぎが祟って、まだ寝ているようだ。




「なぁセラフィ。ユーベルトって名前に聞き覚えはあるか?」


「んー、ない。誰なの?」


「昨日国王と話した時にそう呼ばれた。単に人違いだと思うけど、有名な人なのかなって思って。」


「それは私じゃなくて、シスターアルマに聞いた方がいいんじゃない?」


「それもそうか。」


「おーい!二人とも!」


「あ、ヘスタ。」




祭りの後始末から帰って来たのか、ヘスタが庭にやって来た。


そう言えば、街の隅々まで見て回ったつもりだったがヘスタの屋台は見かけなかったな。




「ヘスタの屋台を見つけられなくて、行けてなかった。ごめん。」


「あぁ!そうかそうか!祭りには昼以降に来たのか?」


「うん、そうだけど…。」




なぜかへスタは嬉しそうにしている。




「なら見つけられなくて当然だ!なんせ昼前には完売してしまったからな!」


「「…え?」」




俺もセラフィも、その言葉を信じることができなかった。




「さすがの俺も、あんなに売れるとは思わなかったぞ!」




まさか…会心の料理ができたというのか…?




「へスタ…その料理、もう一回作ってくれないか?食べてみたい。」


「…私も。」


「ふむ。俺もそうしてやりたいところなんだがな。どんな材料を使ったか忘れたんだ。」


「「…。」」




馬鹿と天才は紙一重、という言葉が思い浮かんだ。


俺たちが絶句していると、へスタが何かを思い出したように話し始めた。




「そうだ、さっきこの館に国王様が来たみたいだぞ。子供たちを多目的室に呼んでくるように、シスターアルマに言われてたんだが、ラピスとロードはどこだ?」


「…それを先に言ってくれ。」




俺とセラフィは急いで多目的室に向かった。


多目的室の前には、司書のシスターメイルが立っていた。




「遅かったわね、ラピスちゃんとロード君は?」


「ラピスとロードは、多分まだ寝てて…へスタに起こしに行ってもらってる。」


「あら、そうだったのね。じゃあ先に二人で入って。」




そう言うと、シスターメイルは多目的室の扉をノックした。




「アルマさん、カリア君とセラフィちゃんが来ました。」


「どうぞ、入って下さい。」




シスターメイルが扉を開け俺たちは中に入った。


中にはシスターアルマと国王ガイウス、そして確か国王の娘のアリウスと呼ばれていた少女がいた。




「二人とも、さぁこちらに。」




俺たちは国王とその娘の対面に座らされた。


国王は昨日より顔色が良くなっていたが、視線がセラフィに釘付けになっている。




「オリファー…?」




俺たちに聞こえるか聞こえないかの声量で、そうつぶやいた。

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