1章~賢者の館13
次の日。討竜祭当日。
今日は日課の魔法の練習をするつもりは無かったが、俺はいつものように庭に来ていた。
「ここに居たら誰か来ると思ってたけど、まさか先にロードが居るとは思わなかった。」
「よォ。」
「おはよう。何してたんだ?」
「目が覚めちまッたから来てみただけだ。…ラピスの傷も治さねェとだしな。お前は?魔法の練習か?」
「いや、今日は外出があるから、練習は無しだ。
ロードも明日から魔法の練習に参加するか?治癒魔法以外も使えるようになった方が色々便利だぞ。」
「…そォだな。そォさせてもらうとするか。」
「決まりだな。」
そんな話をしていると、セラフィとラピスも庭にやって来た。
「おはよう、2人とも。」
「よォ。」
「おはよう。」
「おはよう!今日からロードも練習するの?」
「いや、今日は俺もだけど、練習はしないつもりだ。ロードも明日から練習を始めるらしい。」
「今日はしないの?」
「うん。外出があるから、魔力は温存しておいた方が良いかなって思って。」
「え、外では魔法使わないようにって、アルマさんに言われてたわよね?」
「もしもの時のためだよ。」
「…私も今日は休む。」
「セラフィまで…じゃあ今日の練習は無しね。あれ?練習しないのに、何でここに居るの?」
「いやほら…初めて外に出るから、落ち着かなくて…。誰かと話したかったんだよ。ここに居れば、誰か来ると思って来てみたけど、結局皆来ちゃったな。」
「そんなに討竜祭が楽しみなのかよ。子供だな。」
「そういうロードも、随分早くここに来てたみたいだな?」
「俺は…ラピスの傷を治しに来ただけだ。」
まぁ、ロードもそうだが、毎朝練習に来ている俺たち3人ですらいつもより早い時間に集まっているのだ。
きっとみんな楽しみにしているのだろう。
「ラピス、昨日言おうと思ッてたんだけどな…。」
「あ、うん。」
「俺の魔法は手で触れねェと使えねェ。だからその…なんだ。お前、服の下はどんくらい傷が残ッてんだ。」
「え?…あっそういうことね。」
そうか。ロードはラピスの貞操観念を問うているのか。
確かに、ラピスの身体にどの程度傷が残っているかはわからないが、最悪全身をロードに曝すことになるかもしれない。
「…今日は、服で隠れてない部分だけ治してもらえるかしら。服の下は…ちょっと時間を頂戴。心の準備ができたらお願いするわ。」
「…わかッた。じャあ見える部分だけ治すから、こッち来い。」
「うん。」
ロードはラピスの腕や脚に残っている傷を治し始めた。
「なぁセラフィ。」
「ん?なに?」
「昨日ロードと少し話をした時に、気になる事を言っていたんだ。」
「気になる事。」
「スティブ王国の事だ。あの国では、一般魔法は使えないらしい。」
「一般魔法が使えない…?でもロードは…固有魔法は使える…?」
「そうだ。心当たりがあるんじゃないか?」
「もしかして…紫竜の固有魔法?」
「俺も同じ事を考えた。だけど、あの固有魔法の性質的に、長期間使うのは現実的じゃないよな?」
「うん、私もそう思う。」
「スティブ王国について図書館で調べたけど、10年くらい前から急に成長を遂げた国、ということしかわからなかった。」
「…気になるの?」
「…まぁな。俺が最後に会った時は、ちょっと様子がおかしかったからな。」
「何があったの?」
「また機会があったら話すよ。もうラピスの治療が終わりそうだ。」
ロードの魔法の光が弱まり、見える部分の傷は全て完治していた。
「ロード、ありがとう。」
「構わねェよ。また危なッかしいことすんじャねェぞ。」
「…わかってるわよ!…もっと慎重に行動するわ。」
「私も、ラピスが危ないことしないように見ておく。」
「そこまでしなくても大丈夫よ!」
ラピスは元々そそっかしい部分があったからな。
見直すには良い機会だ。
「皆さん、お揃いですね。おはようございます。」
「アルマさん!もうお祭りの時間なのかしら!」
「そうですね。外出する前に注意点等をお話するので、その後、皆でお祭りに行きましょう。」
─────────────────────
外出前にシスターアルマから受けた説明はこうだった。
シスターアルマの目の届かない場所に行かないこと。
わがままを言わないこと。
知らない人に声をかけられてもついて行かないこと。
緊急時以外は魔法を使わないこと。
そんなに難しい内容では無いが、俺やセラフィにとって、今回の外出は未知の部分が多い。
楽しみな反面、ある程度気を引き締めておこう。
「もうそろそろお昼ですね。お昼ご飯はお祭りの屋台で食べましょうか。」
「やった!楽しみね!」
「うん、楽しみ。」
「では、行きましょうか。」
この館は街の外れにあるらしい。
祭りはその街で行われる。
「シスターアルマ、ここから歩いてどのくらいかかるの?」
「街までは歩いて20分程です。」
「20分か。」
街の外れとは言え、街はもう見えている。
この距離を、人間は20分程かけて移動するのか。
館から街までの道のりには何も無いが、道はちゃんと整備されている。
「ねぇねぇ!皆何食べたい?」
「屋台で売られてる料理って何があるんだ?」
「さァな。俺もこういう祭りは初めてだからわかんねェ。強いて言うなら肉が食いてェな。」
「俺も肉がいいな。」
「私は甘い物かな。」
「あ!私も甘いのがいい!」
そんな話で盛り上がりながら歩いていると、思ったよりも早く街の入口まで来ていた。
「街の外側なのに、人がいっぱい居るのね!」
「そうですね。街の中心は特に人で混み合っていると思います。迷子にならないように気をつけてくださいね。」
俺はシスターアルマの話を半分聞きながら、その人の多さに驚く。
人の住処の外観、元々商いをしているであろう店や屋台の種類。それを利用する人々。
どれをとっても新鮮だった。今日は祭りということもあり、普段より活気のある風景なのかもしれないが、こんなにも気分が高揚するものなのか。
本で読んだだけの知識では、実の経験には遠く及ばないことを痛感した。
「ねぇセラフィあれ!あれ何かしら!美味しそう!」
「うん。凄く美味しそう。」
ラピスの示した食べ物は、見るからに甘味物だった。
セラフィも同調し、目を輝かせている。
「なァカリア、あれ美味そうじャねェか?」
「さっきからいい匂いがしてると思ってたけど、あれの匂いか!」
俺たちも食べるものが決まったようだ。
「順番に回って行きますからね。それと、食べるのは1つだけにしましょうね。」
「え〜もっと食べたいわ!」
「あら、この先に行くと他にも甘い物はいっぱいありますよ?それは食べないのですか?」
「え!食べたい!食べます!1つにしておきます!」
まだ俺たちは街の外周を楽しんでいるに過ぎない。
中心へ近づく程、活気も、人も盛んになるはずだ。
ペース配分をしっかりして、この祭りを楽しみたいものだ。
そうして俺たちは街の中心へ向かいながら色んな食べ物を食べて、時にはロードとラピスが、器用さや単純な力を競う催しに参加する等した。
俺やセラフィが参加するのはやめた方が良いだろうと判断して、俺とセラフィは辞退した。
楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、街の中心に着く頃にはすっかり日が沈み、暗くなっていた。
「クラッカー、クラッカーはいかがですか〜?国王一家に祝福の音を届けましょう!残りわずかですよ〜!クラッカー、クラッカーは──────」
「クラッカーってなんだ?」
「クラッカーって言うのはね、お祝い事の時に、盛り上げるための道具よ!」
「へぇ…そんなのがあるのか。それを使うタイミングがあるのか?」
「そうですね。もうすぐ国王一家のパレードの時間ですから、その時に使うものだと思います。」
「国王一家のパレード?」
「えぇ、討竜祭の恒例行事です。国王は普段、国民の前に姿を現すことは無いのですが、この日は特別に、間近で国王一家を見ることができますよ。見て行きますか?」
「せっかくだし、ちょっと見てみたいな。」
「では、それが終わったら帰りましょうか。」
「はーい。あっという間だったわね…。」
「うん、凄く楽しかった。」
「屋台の料理、美味しかったな。」
「ありャあ美味かッたな。館で作ッてみッか?」
「あ!ロード!甘いのも作って!」
「俺食ッてねェからわかんねェ…。」
「え〜!お肉ばっかり食べ──────」
『うおぉぉぉぉぉ!!!』
少し離れたところから歓声が聞こえてきた。
声の方に視線を移すと、豪華な馬車に揺られる身分の高そうな人の姿が見えた。周りには護衛の騎士が周辺を警備している。
もうすぐ俺たちのいる中央広場に差し掛かろうとしていた。
「あの先頭の馬車に居るのが、ナイト国の現国王、ガイウス・ナイト様です。」
あれがこの国の王か。
心做しか、顔色が悪いように見える。
「カリア…!」
セラフィに服を引っ張られ、耳元で話しかけられた。
「っ!どうした、セラフィ。」
「あの人…対竜魔法を単独で使った人間…!」
セラフィ曰く、あの国王は、俺たちがドラゴンとして死ぬ前に単独で対竜魔法を使った人間らしい。
「凄いなセラフィ、覚えてるのか。」
「うん…。大丈夫かな…。」
「何がだ?」
「向こうも私たちのこと…わかっちゃうかも…。」
「…それは大丈夫だと思うぞ。お前ほど魔力感知に長ける人間は、多分居ない。」
「そうだといいけど…。」
俺の服を引っ張ったままで心配しているラピスを宥めようとした時、『パーンッ!!』と、耳を塞ぎたくなる程けたたましい音が鳴り響いた。
その音の正体は、先程話に挙がったクラッカーだった。
その一発を皮切りに、同様の爆音があちらこちらで鳴り響いた。
間近で聞いた者は失神し、近くに居た者も耳を塞いで蹲っている。俺とセラフィは無事だが、周りの人たちは立っていられないようだった。
国王一家を率いていた馬と護衛の騎士は失神して倒れており、国王一家も耳を塞いで蹲っていた。
俺は、そこに忍び寄る黒い影を確認した。
それは明らかに殺意を持って国王に近づいていた。
今動けるのは、俺とセラフィだけだ。
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