1章~賢者の館12

「その後は、騎士団長の知り合いのジジイんとこに連れて行かれた。俺がここに来るまではスラムで世話になッた。」




なるほど。


ロードが母親から、『あの本』を読んで面白いと思ったら大人になった証拠だと教えられたのは、少し不親切だと思っていたが、時間が無い中で絞り出した答えだったわけだ。


ロードが一通り話し終えたのを感じたのか、ラピスが潜っている布団が動き出した。


ラピスは顔の火傷痕を手で隠しながら布団から出てきた。




「その話は…私たちに話して大丈夫なの…?」


「確かに、俺はまだ『あの本』の面白さはわかんねェ。だがカリアにはわかる。だからカリアに相談したんだ。俺の魔法を使ッていいかどうかを。」




ラピスが俺を見る。


俺は頷き、ロードの発言はその通りだと伝える。




「カリアのやつ、『まぁ使っていいんじゃないか?』ッてあッさり答えやがッた。俺はかなり悩んだッてのに。」


「まぁ俺はロードより大人だからな。」


「否定できねェからムカつくぜ。」




そうは言っているが、本気でムカついてる訳では無いのが伝わって来た。


これは仲が深まったが為なのか。分からないが、少し心地の良い感覚だ。




「…どうして…そんなに悩んでまで、私の傷を治そうとしてくれるの…?」


「…あァ?どういうことだ?」


「だって…今まで、お母さんに言われたことを守って、隠してきたんでしょう…?それに…ロードがここに来てすぐの時、私たちと仲良くする気は無い…って言ってたのに…どうして私のために…そこまでしてくれるの…?」


「あァ…んなこと言ッてたな。それはその日のうちに諦めちまッた。」


「え…。」


「そういえば、セラフィとラピスには言ってなかったな。あの日、ロードと風呂に入った時に話したんだ。俺たち、結構しつこくロードに絡んでただろ?それに根負けしたらしい。」




ラピスからすると、ロードはまだ俺たちと仲良くする気が無いように見えたのかもしれない。


俺もあの日、風呂でロードと話してなかったらそう見えていたのかもしれないな。




「…それで言やァ、ラピスが頭抜けてしつこかッたし…底抜けに明るかッたんだ。そんなお前に…そんな顔させたくねェッて思ッたんだ。確かに母さんと約束したが、俺が大人になるまで待ッてらんねェ。すぐにでも魔法を使いてェッて思ッたんだ。だから俺は…カリアを頼ッた。そもそも、俺がもッと早くカリアに相談する決心ができてりャ…お前にそんな顔させずに済んだんだ。だから…すまねェ。」


「…っ。ロードが…あ…謝ることじゃ…ないわ…。私の…自業自得で……。」




ラピスは嗚咽を堪えるのに必死で、それ以上言葉が出せないようだった。




「…今から、お前の傷を治療する。さッき、試しに魔法を使ッちまッてあんま魔力がねェんだ。今は顔の傷を治すくらいしかできねェ。他んとこの治療は明日になる。」




ラピスは両手で顔を覆いながら頷いている。


きっと手の下は涙なり何なりで溢れていそうだ。




「シスターアルマ。そのタオル使っていい?」


「えぇ。どうぞ使って下さい。」




俺はシスターアルマが持っていたタオルを受け取って、ラピスの元へ持って行った。




「ラピス、これ使って。ロードの魔法は、傷痕に手で触れないと使えないみたいなんだ。」


「…うん。ありがと。」




ラピスはタオルで顔を拭い終えると、深呼吸してロードに向き直った。




「…治癒魔法、使うぞ。」


「うん。…お願い。」




ラピスはロードに顔を差し出し、ロードは右手でそれを迎える。


ロードの手がラピスの顔の傷痕に触れた途端、暖かい光が生じる。




「セラフィ、どうだ?」




俺はロードの魔法を分析しているであろうセラフィに近づいて話しかけた。




「…うん。あの魔法ならラピスの傷も治せる。本当に…良かった。」




俺はロードの魔法が固有魔法かどうかを聞きたかったが、セラフィにとってはラピスの傷を治せるかどうかが重要だったか。




「あぁ、本当に良かった。…あの魔法はやっぱり固有魔法か?」


「うん。あれは間違いなく固有魔法。私にはあの魔法は使えない。」




セラフィがそう言うのなら、間違いなさそうだ。


そんな事を話しているうちに、治癒魔法の光が治まっていった。




「…ラピス、終わッたぞ。」


「…うん。」




ラピスは自分の顔を触って、具合を確かめている。




「鏡…見てこいよ。その方が早ェ。」


「う…うん!」




ロードは魔力切れの苦痛で、かなり疲れているようだ。


ラピスはベッドから飛び降り、足早に鏡の前へ向かった。


恐る恐るといった様子で、鏡の中の自分を見る。


顔の半分ほどあった火傷痕は、跡形もなく綺麗に消えていた。




「…す…凄い!治ってる!」




ようやくラピスに笑顔が戻った。


その笑顔をロードに向け、走り出した。


その勢いのまま、ベッドの傍らに座っているロードに飛び付き、ベッドに倒れ込んだ。




「がァッ…!」


「ロード!ありがとう!」


「わァッたから…!落ち着けよ…!」




ロードが疲労で抵抗できないのを見かねて、セラフィが声をかけた。




「ラピス。ロードは魔力切れで疲れてるみたいだから、あんまり無理させちゃダメよ。」


「あ…ごめんなさい。」


「…はァ…はァ…ッたく…。」




ラピスはロードを解放したが、ロードは更に疲れてしまったみたいだ。




「あ…セラフィ…あのね…?」


「どうしたの?」


「本当は、命を助けてくれたセラフィに、真っ先にお礼を言わなきゃいけないのに…その…今まで言えてなくて…。」


「あぁ、ううん。確かに命は助けたけど、助けた後の人生が辛いものだったら、助けた意味が無いもの。」


「私は!…確かに…傷が治せないって知った時は…辛かったわ。1人になりたくて、あなたたちを部屋から追い出した…。けど!私は感謝してたの!この傷を治せるって聞かされる前から!傷が残ってたって!私なりに楽しく生きてやろうって思ってたわ!…だから、助けてくれて…ありがとう!」


「…うん。本当に…良かった。」




ラピスはセラフィに抱きつき、感謝を伝えた。


セラフィは1番の功労者だ。報われたようで何よりだ。




「カリア。」


「あぁ、シスターアルマ。」


「もう私が居なくても大丈夫だと思います。あとは任せても良いですか?」


「うん。わかった。」


「私は自室で明日の討竜祭の準備をしてるので、また何かあったら訪ねてきて下さい。」


「うん。シスターアルマもありがとう。ラピスに付いて居てくれて。」


「…いえいえ、大したことはしてませんよ。カリアこそ、今日は本当にお疲れ様でした。…あぁ、そうそう、明日討竜祭に出かける前に、外出時の注意事項をお話しようと思っているので、皆に伝えておいてください。」


「わかった。」




シスターアルマは部屋から出て行き、部屋には俺たちだけとなった。


ロードはまだベッドに倒れている。




「ロード、大丈夫か?」


「…あァ…疲れただけだ…。」


「部屋まで送ろうか?」


「…頼む。」




俺はロードを起き上がらせて、肩を貸して立ち上がらせた。




「セラフィ、ラピス。ロードを部屋に送ってくる。」


「うん。わかった。」


「あ、ロード…ほんとに、ありがとう。」


「残りは…また明日な。あァ…そうだッた…。」


「ん?どうしたの?」


「いや…明日でいい。今日は…疲れた。」




何かあるようだが、さすがに今日はもう休んだ方が良さそうだ。




「じゃあ、送ってくる。明日の話だけど、討竜祭に行く前にシスターアルマから外出について話があるらしいから、覚えておいてくれ。」


「あ、そういえば明日は討竜祭だったわね。わかったわ。」


「覚えとく。」


「じゃあロード、行こうか。」




俺とロードはラピスの部屋から出て、ロードの部屋へと向かった。




「そう言えば、ロードの魔法はやっぱり固有魔法だったぞ。」


「そりャあ…あの騎士団長も、言ッてたな…。」


「そうだったのか。」


「あの国じャ…普通の魔法は使えねェとか…何とか言ッてたな…。」


「普通の魔法は使えない…?一般魔法は使えなくて、固有魔法は使えるのか…?」


「そうらしいが…。それが…どうした…。」


「…いや、何でもない。」




ロードの部屋に入り、ベッドにロードを寝かせた。




「動けるようになったら、ご飯食べて、風呂に入れよ。1人でできるか?」


「あァ…大丈夫だ。世話掛けたな…。」


「俺たちも、料理でいつも世話になってるからな。別にいいよ。じゃあ、俺は部屋に戻るよ。」


「あァ。」


「お疲れ様。」




ロードの部屋から出た俺は、一息ついた。


今日は色んな事がありすぎて、明日が討竜祭という実感が無いな。




「それにしても…一般魔法は使えず、固有魔法は使える、か。スティブ王国について、ちょっと調べてみるか。」




俺は図書室に向かい、スティブ王国について調べたが、俺が探している情報は見つからずにその日を終えた。

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