1章~賢者の館11
「ラピスの部屋に行く前に、セラフィも呼んで事情を説明したいんだけど…話しても良いか?」
「お前が良いッて思うんなら、構わねェよ。」
「わかった。」
俺はセラフィを呼びに行くために、部屋から出ようとして扉に手を掛けた。
「あれ…?」
部屋の外にセラフィが居るのを感じる。
俺がロードの部屋の扉を開けると、そこにはやはりセラフィが居た。
「セラフィ。どうしてここに?」
「…カリア、さっき魔法使った?かなり強い魔法だったと思うけど。」
さっき使った魔法を気にして来てくれたらしい。
「あぁ、色々事情があってな。詳しくは後で話すけど、ラピスの傷を治せるぞ。」
「…本当?」
「ロードが治癒魔法を使えるんだ。それも多分固有魔法だ。俺の腕に傷を付けて治癒させてみたから確かだ。」
「傷を付けるのにあの魔法を使ったってことね。」
「そうだ。」
「どうして隠してたの?」
セラフィはロードに問いかけた。
「それは…ラピスんとこでちャんと話す。」
「分かった。じゃあ早く行こう。」
セラフィは俺たちを急かし、ラピスの部屋へ走って行った。
セラフィが扉をノックして少しすると扉が開き、シスターアルマが部屋から出てきた。
「…どうかしましたか?さっき隣の部屋で、すごい音が聞こえましたが…。」
俺が使った魔法、かなり音が響いてたのか。
「えっと、色々あって…。まずはラピスの傷を治させて欲しいんだ。」
「…治せるのですか?」
「うん。ロードが治癒魔法を使えるって打ち明けてくれたんだ。それも多分、固有魔法だ。治癒能力は俺が身をもって確認したから、大丈夫。」
「身をもって、ですか…さっきの爆音はそういう事ですか?」
「まぁ…はい。」
なんだか怒られているような気がする。
「…概ね把握しました。ロード、良く打ち明けてくれました。ラピスをお願いします。」
「…あァ。」
「中に入っても良いですか?」
「えぇ…ラピスは塞ぎ込んでしまっているので、声をかけてあげて下さい。」
シスターアルマが扉を開け、俺たちはラピスの部屋に入った。
ラピスは布団に潜り込んでいるらしく、俺たちが声をかけても返事が返って来そうにない。
「ラピス、話が…。」
俺が声をかけようとすると、ロードが俺の肩を掴んだ。
「カリア、俺が話す。」
「…分かった。」
他ならぬロードからの申し出だ。ここは任せよう。
「ラピス。」
ロードが声をかけると、布団が一瞬動いた。
声は届いているようだ。
「そのままでいい、まずは謝らせてくれ。すまねェ。」
ロードの謝罪を聞いて、意外にもラピスから反応が返ってきた。
「…ロードは悪くない。私が…自業自得だったのよ…。」
「火の番任せたことも謝りてェとこだが、本当に謝りてェのはそこじャねェ。」
「…。」
「俺は…お前の傷を治せる魔法が使える。それを隠してたことを謝りてェんだ。」
「…そんな都合の良い話…あるわけないじゃない。」
「…じャあ、俺がここに来る前の話を聞いてくれ。」
そう言って、ロードは過去の話を語った。
─────────────────────
俺がスラムに行く前は、両親と一緒に普通に暮らしていた。
俺の父さんは家具を作ったり、家を建てる仕事をしていた。
家を建てる仕事は稼ぎは良いが、かなり危険な仕事だったらしい。
その仕事から父さんが帰ってきた日の事だ。
「…ただいま。」
「あれ、父さん!おかえり!」
「あら?帰りが早い…ってあなたその腕…。」
父さんの右腕は肘から先が無くなっていて、巻かれている包帯には血が滲んでいた。
「あぁ…ちょっと仕事でヘマしちまった。」
「…死ぬよりマシよ。それだけで済んで本当に良かったわ…。」
「でもこれじゃ仕事ができねぇ。」
「あんな危険な仕事は辞めて、家具作るくらいにしましょう?私も働くから。」
「…すまねぇ。」
「父さん、腕治さないの?」
俺の質問に、父さんは困った顔をしていた。
「これは…もう一生治らないんだよ。」
「治せるよ!」
俺は父さんに近づき、傷を見せてもらった。
「えぇ?ははっ。子供は純粋だな…って痛い痛い!」
俺は何故か、その傷を治せると確信した。
父さんの右腕に触れて、何をすれば良いかすぐにわかった。
俺の中で蠢くソレを、父さんの傷口に触れさせる。すると患部が暖かな光に包まれて包帯が剥がれ、無くなっていた右腕が再生した。
「なっ…!」
「そんな…!」
父さんと母さんが驚いた顔をしていた。
その途端、酷い疲れに襲われて床に倒れそうになった。
「っと…ロード…大丈夫か?」
「うん…ちょっと…疲れた…。」
父さんは再生した右腕で俺を受け止めた。
「あなた…弟が来るわ…。」
「あぁ、何とか説得できるか?」
「分からないけど…この子だけでも何とか…。」
「母さん…?父さん…?」
「ロード…。それよりさっきの魔法、凄いわね!」
「あれが…魔法なの?」
「…あぁそうだぞ。しかも特別な魔法だ!そんな魔法使えるなんて、父さん鼻が高いぞ!」
「えぇ、本当に...。でもね、ロード。…その魔法は、大人になるまで使っちゃダメよ?」
「え…どうして…?」
「えぇっと…悪い人に見つかっちゃったら利用されちゃうから…。」
「…?」
「…とにかく、大人になるまで使っちゃダメ。」
「いつになったら…大人になれるの?」
「それは…。」
母さんは少し考えてたが、外が騒がしくなって来たのを気にして、それどころではなくなった。
騒がしい音は段々と俺たち家族の家に近づいて来て、とうとう家の前まで来たかと思ったら、力強く扉が叩かれた。
「…あなた。」
「あぁ。」
父さんは俺を母さんに預けて、扉を開けに行った。
扉を開けると、外には国に仕える騎士が10人以上いた。
「これはこれは。何か御用ですか?騎士団長アベルさん。」
「ここで魔法が使われたらしいが、心当たりは?」
「さぁ?全く心当たりは無いが…何かの間違いじゃないか?」
「間違いは無い。減らず口を、叩くな!」
「…ッ!」
父さんは騎士団長と呼ばれた騎士に胸ぐらを掴まれた。
少し睨み合いをしていたが、父さんは騎士団長の手を払って、そのまま外に走って行った。
「お前たちはあいつを追え。中の女子供は私が拘束する。」
「…お一人で大丈夫ですか?相手はどんな魔法を使うか分かりません。」
「逃げた男が魔法を使う可能性もある。こっちは俺一人で十分だ。お前が指揮を執って逃げた男を追え。命令だ。」
「はっ。承知しました。逃げた男を追うぞ!」
「「「「おう!」」」」
騎士団長を残して、全員で父さんを追いかけて行った。
かなり騒がしくなっていたからか、周りに人が集まって来ていた。
「…中に入るよ。」
騎士団長は家の中に入り、扉を閉めた。
「アベル…ごめんなさい。」
「姉ちゃんは悪くない。この国が悪いんだ。」
「…父さんはどこに行ったの?」
「…君のお父さんには囮になって貰ったよ。俺と姉ちゃんが話しやすいようにね。一応聞くけど、魔法は君が使ったのかな?」
「うん。」
「そうか。」
「ねぇアベル…この子を何とか逃がすことはできないかしら。」
「…その子だけなら、なんとかなる。わかってると思うけど…2度と会えなくなるよ。」
「それでもいいわ。この子をお願い…!」
なんでそんな話になってるのか、全くわからなかった。
俺を置いて話は進み、母さんが俺を騎士団長に預けようとした。
「待って…!もうちょっとだけ待って!」
母さんは俺を引き寄せて、目を合わせた。
「…もうすぐ部下が義兄さんを捕まえて来るはずだから…あまり時間はないよ。」
「わかってる…。ロード、さっきの話の続きよ。えぇ…と、いつになったら大人になれるか…だったわね。母さんが大好きな本、覚えてるかしら?」
「うん…『貴方の見る景色』?」
「そう!覚えてて偉いわね…!それを読んで、面白いって思ったら大人になった証拠よ!」
「うん…わかった。」
「それから…えっと…それから…!」
「姉ちゃん、もう時間が…。」
「…もうちょっとだけ待って…まだ…この子に教えたい事がたくさんあるの…!」
そう言いながら、母さんは涙ながらに俺を抱きしめた。
「…ロード…これだけは覚えておいて。私と…。母さんと父さんは、あなたを愛しているわ…。いつまでも…。」
俺は、そこで初めて母さんや父さんと会えなくなる実感が湧いてきて…泣き喚いて気を失った。
気が付いた時には、俺は騎士団長に抱えられてスラムに来ていた。
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