1章〜賢者の館2
俺はドラゴンだった頃の記憶を取り戻した日から、1週間ほど高熱で寝込んだ。
初めての経験だったが、かなり苦しかった。
体を動かすこともできない上に、まともに食事ができなかった。体調には気をつけよう。
セラフィも同様に体調を崩していたみたいだ。
「カリア、セラフィ、おはようございます。」
「おはよう。シスターアルマ。」
「おはようございます。」
「二人とも元気になって良かったわ。」
シスターアルマは俺たちの額に手をあてがった。
どうやら体温を確認しているようだ。
「あなたたちはもうすぐ3歳になりますね。
少し早いかもしれませんが、この館について説明しておこうと思います。」
「この館について?」
「はい。私はあなたたちが6歳になるまで説明は不要だと思っていたのですが、御館様に諸々の説明を仰せつかりました。」
「御館様…?」
「あぁ、まずはそこから説明しましょう。」
特に館などの説明の必要は無いと思うが、聞くだけ聞いてみよう。
「この館の持ち主である御館様は名をヒスイと言い、このナイト王国の賢者としてとても有名な方です。」
「賢者ってなに?」
セラフィが興味深そうに聞く。
「賢者というのは、この国で最も優れた魔法使いに与えられる称号です。ナイト王国以外の国も同様に他の賢者が存在します。」
「どうやって優れていると判断するの?」
「…何かしら功績や成果を残すと、国王がそれを評価します。優れているかどうかを判断するのは国王ということになりますね。」
どうしよう、眠くなってきてしまった。
このまま寝てしまおうか。
「…ふふっ。カリア、退屈そうですね。」
「あぁ、ごめんなさい。眠くなっちゃって。」
「そうみたいですね。では回りくどい説明はやめにして、あなたたちに話すべきことを、先にお話ししましょう。」
俺たちに話すべきこと?
「ドラゴンの絵本を読み聞かせたあの日、あなたたちが体調を崩した時の話です。」
───────────────
陽に翳せば赤が際立つ髪に深紅の瞳のカリア。
深い碧と白が混ざった髪に青藍の瞳のセラフィ。
どちらも子供ながら端整な顔立ちで、将来が楽しみです。
この子たちは、今まで私が見てきたどの子よりも賢く、聡い子供でした。
この子たちであれば、少し難しい絵本を読み聞かせるのが丁度いいと思い、ドラゴンとナイト王国の絵本を読み聞かせました。
しかし私が思った以上に、二人とも絵本に集中して、食い入るように絵本を見ていました。
この本を選んだ甲斐があったと、そのまま絵本を読み進めました。
しかし、物語の終盤に差し掛かった時、突然カリアもセラフィも気絶するようにベッドに横たわってしまいました。
「カリア?セラフィ?」
眠くなったのかと思いましたが、横たわった二人の息遣いが少し荒く、顔も赤くなっていました。
「具合が悪かったのね。ごめんなさい、気づかなくて...。」
高熱にうなされているであろう二人の額に手を当て、体温を診ようとしました。
「...っ!?」
二人に触れた瞬間、まるで熱湯を沸かした鍋に触れたかと錯覚するほどの熱が、私の手に伝わりました。
普通人間は、体温が45℃にもなると死んでしまうと聞いたことがあります。
この子たちは確実にそれ以上の体温であるにも関わらず、少し苦しそうにしているだけ。
これは御館様に対処して頂かなければならない状況であると判断し、私は十字架のペンダントを握りしめました。
この十字架のペンダントは御館様から頂いた魔道具です。特定の人に信号を送ることができます。
私はこの館の館長代理として、このペンダントを持たされています。
これを使って、御館様に緊急の信号を送りました。
御館様はものの数秒で私の前に現れました。
「やぁアルマ。緊急の信号なんて珍しいね。どうしたんだい?」
「急にお呼び立てしてしまい申し訳ございません。実はこの子たちが異常な発熱を...。」
「ほう。ちょっと診させてね。」
そう言いながら二人に触れようとした。
「御館様っ。やけどしてしまいますよ。」
「大丈夫だよ。」
御館様は素手で二人に触れましたが、熱い素振りは見せませんでした。
「確かに、この体温は異常だね。普通の人間なら死んでるよ。」
「...御館様、この子たちは一体...。」
「普通の人では無い事はもうわかってると思うけど、2人とも悪いヤツじゃないよ。」
「私も3年ほど見てきましたが、とても良い子です。」
「そう、良い子ではあるんだけどね。純粋なんだよ。
恐らく2人とも知識は大人並にあるけど、人間社会の常識や倫理は知らないと思うんだ。」
「…なるほど。そう言われてみると、今までの言動にそのような特徴があったかもしれません。」
「これからは、この子らにそういった常識や倫理を教えてあげて欲しい。」
「承知しました。」
「と、その前にこの高熱をどうにかしないとね。暫くは私が診ておこう。5日もすれば高熱は治まるはずだ。その後はアルマたちに任せるね。」
「はい。よろしくお願い致します。」
こうして私は、カリアとセラフィが特殊な子であると知ったのです。
───────────────
ヒスイという賢者は、俺の…俺たちのことを知っているのか。
前世は分からないが、セラフィも俺と同じ境遇にあるらしい。
驚いた。どうして俺たちのことを知っているのかは分からないが、この館で世話をしてくれているということは、悪意は無いはず。
「あなたたちにどういう事情があるのかは分かりませんが、御館様が仰られた通り、常識や倫理を教えていきたいと思います。」
人間社会の常識や倫理か。
確かにドラゴンの頃の知識として疎い部分ではあるが。
「…常識や倫理を知らないとダメなの?」
「そうですね。あなたたちくらいの年齢の子供は普通知りません。成長するにつれて徐々に学んでいき、自分の中で確立していくものです。」
「俺たちは成長しながら学ぶことはできないということ?」
「いえ、あなたたちならできると思います。
しかしあなたたちは…普通の子供では無いのです。」
───あぁ、なるほど。
普通の子がする常識外れと、普通でない子がする常識外れ。
どちらも未知ではあるが、後者は取り返しのつかない事態に繋がる可能性が高い。
シスターアルマや賢者ヒスイはそれを危惧して、未然に防ごうとしているのか。
「誤解しないで下さいね。あなたたちの将来を守るため…と言って分かるかしら…。」
「うん、わかってる。」
「私たちが致命的な間違いをしないように未然に防ぎたいんだよね。」
「…やはりあなたたちは賢く、本当にいい子です。」
シスターアルマが俺たちの頭を撫でた。
「今日から教えてくれるの?」
「いえ、明日から教えていこうと思っています。今日は今後の説明をしようかと。」
「今後の…あっ、さっき言ってたこの館の説明?」
「そうです。重要なお話は先程しましたので、この館についての説明をしようと思います。」
さっきの話を聞いた後だと、聞かないわけにはいかないな。
「現在この館には、使用人が10人、子供はあなたたちを含めて5人居ます。この子供たちは皆、御館様が連れてきた孤児です。
ここで暮らす子供たちは皆、言葉や文字、算術の勉強をします。魔法の適性がある子は魔法を扱う練習もします。
そして16歳になるとこの館を出て、独り立ちすることになります。
大まかな説明は以上ですが、何か聞きたいことはありますか?」
「私たち以外の3人は何歳?」
「3人とも14歳です。16歳になると御館様と1対1の面談で今後どうして行くかを相談して、この館から卒業します。」
卒業した後はどうするのか気になったが、人間社会の常識を知ってから聞いた方が良い気がするから聞かないでおこう。
「俺は言葉や算術なら、ある程度できると思う。」
「…カリア、あなたの年齢で自分のことを『俺』と言うのは少し違和感があります。せめて8歳になるまで『僕』と言うようにしませんか?」
この一人称から違和感があるのか…難しいな。
「わかった。それで、僕は勉強よりも魔法の練習がしたいし、本も読みたい。」
「なるほど。でもまずは、カリアがどのくらい読み書きや算術ができるかを確かめさせて下さい。十分に知識があると分かれば、魔法や読書に時間を使っても良いと思います。セラフィも読み書きや算術はできますか?」
「できます。」
「では明日以降になりますが、カリアと同様、確かめさせて下さい。」
「分かりました。」
「あぁそれと、セラフィはカリアのようにやりたい事はありますか?」
「…カリアと同じです。魔法の練習や読書がしたいです。」
「分かりました。ひとまず、説明はここまでにしておきましょう。ご飯を食べて、ゆっくり休んで下さい。」
「「はーい。」」
シスターアルマが部屋から出ていき、俺とセラフィだけになった。
ようやく聞きたいことが聞ける。
「セラフィ、お前も前世を思い出したのか?」
「うん。思い出したよ。」
「…もし良かったら教えて欲しい。セラフィの前世を。」
俺がドラゴンだった事は、恐らく言わない方がいい。セラフィの前世を聞いて、状況次第では正直に話したいが、やむを得ず嘘をついて誤魔化すことも考慮しなければならない。
「…んー。当ててみて。」
「え?お前の前世を?」
「うん。」
「いや…無理だろ。セラフィは俺の前世を当てれるのか?」
「ドラゴンでしょ?」
「…え?なんで知ってるんだ…?」
「これはヒント。次はカリアの番。」
賢者ヒスイにしてもセラフィにしても、なんで知っているのか分からない。
だが俺が元々ドラゴンだったことを怖がりもせず、当然のように受け入れてくれる人が居ることに、酷く安心した。
さて、セラフィの前世は何だ?
セラフィも俺と同様、転生魔法を使っているはずだ。
だとすれば、俺に転生魔法を教えてくれたあの魔法使いか…?
「お前、もしかして───」
あの時の魔法使いか?と口にする直前で、セラフィの青藍の瞳を見て口を止める。
まさか…いや、ありえる。
「もしかして…青竜か…?」
「…気づくのが遅い。赤竜。」
そう言ったセラフィは微笑んでいた。
「どうして俺だと分かったんだ?」
「人間に転生して魔力が弱まってるけど、赤竜と同じ魔力を感じたから。」
なるほど、青竜らしいな。
「お前まで転生魔法を使うとは思ってなかった。」
「あなたが魔法を使ったのを見て、私も使ってみたら上手くいった。」
「流石だな。何と言うか…安心した。と言うより助かった。」
「何が?」
「俺がドラゴンだったことを思い出してから、孤独に感じていた。上手く人間社会に馴染めるか分からないしな。だから、お前が居ると分かって安心した。
黒竜の時もそうだが、お前には助けられてばかりだな。本当にありがとう。」
「それは良かった。あと、俺って言うの良くないんじゃない?」
「…言い慣れないんだよ。これからは意識する。」
「そう。」
「それで、なんで転生魔法を使ったんだ?」
「それは秘密。」
「…そうか。」
まぁ、無理に聞くことでも無い。
「ふぁぁ…」
「眠いの?」
「うん…今日は驚きの連続だったからな。
ちょっと寝てからご飯を食べて、明日に備えよう。」
「私もそうする。」
これからの事はどうなるか分からないが、とても楽しみで心地の良い感覚の中、眠りについた。
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