1章〜白黒の番11

「話したいことってなんだ?」


「うん。白竜と黒竜のことなんだけど…あの二頭の魔力なら感じ取れる距離まで来てるはずなのに、全く感じないの。」


「それは…あの村に、白竜も黒竜も居ないってことか?」


「わからない。結界で魔力が遮られてるだけかもしれない。だから、実際に村の中に入るまでわからない。」


「事前に白竜や黒竜の存在を確認できないということか…。わかった。忠告ありがとう。」


「うん。…それと、あの白竜と黒竜の仲が良いっていう話は驚いたね。」


「あぁ…確かに驚いたな。白竜があんな堅物と仲良くしてるのもそうだけど、黒竜が他のドラゴンに興味を持ったことも驚きだ。」


「私もそう思う。黒竜は孤高を貫いてるドラゴンだと思ってた。」


「俺もそう思ってた。昔から黒竜は──────」


「カリア。ちょっと待って。」




セラフィが俺の話を遮り、扉の方に目を向けた。


俺も意識して気配を探ってみると、俺の部屋に近づいている人が居るのを感じた。


その気配は俺の部屋の扉の前で止まり、そのまま動かなくなった。




「アリウス。どうしたの?」




セラフィが扉越しに話しかけると、アリウスの驚いた声が返ってきた。




「えっ!いや~その…。セラフィの部屋に行ったら誰も居なかったから…えっと…。」


「アリウス、とりあえず部屋に入らないか?」


「あ…うん。」




アリウスは恥ずかしそうな顔を覗かせて部屋に入って来た。




「えっと…もしかして邪魔しちゃった…?」


「いや?特に大事な話をしてたわけじゃないから、大丈夫だ。」


「…そう言うことじゃないんだけど。…邪魔しちゃってたらごめんね?セラフィ。」


「ううん、大丈夫。どうしたの?」


「ちょっと、話しておきたいことがあって。…もし白竜の村に、白竜や黒竜が居たら…二人はどうするの?」


「どうする…って言われてもな。向こうの状況にもよる。」


「じゃあ、戦うことになったら…殺しちゃうの?」


「いや、それはできるだけ避けるつもりだ。白竜や黒竜とは話がしたいだけだからな。」


「良かった。私も白竜と話がしたいんだけど…できるかな?」


「ミリィの…アリウスの母親がどうして死んだのかを知りたいって、言ってたな。それを聞きたいのか?」


「うん。本当は誰にも言うつもりは無かったんだけどね…。黙ってて、ごめんね。」


「それは別に良いんだけど…白竜が生きてたとしても、話せる状態かどうかはわからないぞ?」


「そう…だよね。結局行ってみないとわからないわよね…。」


「まぁ生きてて話せる状態だったら、一緒に話を聞こう。」


「…うん。ありがとう。」




ミリィの死因については、トールから聞いた話が事実だとは限らない。


白竜が知っているかどうかはわからないが、もし知っているのであれば、トールから聞いた内容と照合することができる。


もしトールの話が本当だったとして、それをアリウスが知ったらどう思うのだろうか。




「もしもの話だけど、アリウスの母親が他の誰かに殺されていたとしたら、アリウスはどうするんだ?」


「…そうね。その誰かさんを探し出して、母様を殺した理由を聞く。そしてその理由が、私にとって許せないものだと感じたら…ちゃんと罪を償ってもらう。」


「…そうか。アリウスらしいな。」


「私もそう思う。」


「そ、そうなの?なんか恥ずかしい…。」




とは言え、白竜がミリィの死因を知らない可能性もある。


その時は…俺から教える必要があるかもしれない。




「二人とも、そろそろ休まなくて大丈夫か?ここは白竜の村に近いとは言っても、明日はかなり歩くと思う。早めに休んでおいた方がいいぞ。」


「あぁうん、そうね。じゃあ私は部屋に戻るわ。」


「私も戻る。」


「うん。二人ともおやすみ。」


「「おやすみ。」」




セラフィたちは今度こそ各々の部屋に戻り、休息を取った。


俺も明日は早い時間に起きようと思い、そのまま眠りに就いた。




次の日。


俺は朝日が昇ってきた時間に起き、外に出て馬小屋の前で人を待っていた。


ややあって、俺が待っていた人が現れた。




「あれ、カリア君?」


「おはよう、グレース。やっぱり早い時間に発つつもりだったんだな。」


「あぁ…この時間が一番安全だからな。黙って出て行くのも悪ぃと思って、一応宿を案内してくれた人に伝言を頼んどいたんだが…。どうした?村長のとこで何かあったか?」


「いや、村長たちのところでは一緒に食事を楽しんだだけだ。ちょっとグレースに聞きたいことがあったんだ。待ち伏せするような真似をしてすまない。」


「そりゃあ別にいいぞ。聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ。」


「ありがとう。俺たちが諸々終えてナイト王国に帰ろうとしたら、やっぱり歩いて帰るしかないのか?」


「あ!そうだった、それを教えてなかったな。この村まで来るのに通った道で、一回だけ分岐路を左に曲がったんだが…覚えてるか?」


「…確か、俺たちが休憩する少し前に分岐路があったと記憶してる。」


「そうそこだ。それからはこの村まで1本道なんだが、この道はほとんど使われてねぇんだ。だが、さっき言った分岐路の右の道は普通に使われてる。ナイト王国に帰るなら、その分岐路まで行って、通りかかったナイト王国行きの馬車に乗せてもらうのが一番いいな。」


「なるほど…。じゃあそうすることにするよ。ありがとう、グレース。」


「礼は早いぜ、カリア君。道すがらに居る人を、おいそれと乗せるようなお人好しの御者はあまり居ねぇ。乗せてもらうには、自分らが安全な人間だって信用してもらう必要がある。」




グレースは懐をまさぐり、何かを探しているようだ。




「確かに、そうだな。」


「まぁ、カリア君たちなら必要ねぇかもしれねぇが…。あった!これを御者に見せてやれば、大体の御者は信用してくれるはずだ。」




そう言って、俺に小さな紙切れを渡してきた。


その紙には『旅馬』の名前とグレースの名前、そして店の判が押されていた。




「これは?」


「それはうちの店のお得意さんに渡してるカードだ。俺がこういうのも何だが、『旅馬』は国内外でも結構有名なんだぜ?『旅馬』が信用してるお客さんなら、他の御者も安心して乗せることができるってことだ。」


「おぉ。何から何までありがとう。」


「良いってことよ。またナイト王国からどっか行くってなったら、うちをご贔屓にな!」


「あぁ、必ず利用させてもらう。今度はちゃんと報酬も出すから安心してくれ。」


「はっは!さすが賢者のお弟子様だ、羽振りがいいな!」




今度はクォーツ王国に行く時に利用させてもらおう。




「聞きたいことはそれだけか?」


「それだけだ。出立を引き留めてすまない。」


「気にすんな。じゃあ俺は国に戻るぜ。」


「あぁ、道中気を付けてくれ。」




俺はそのままグレースを見送り、宿の部屋に戻った。


まだセラフィもアリウスも起きていないだろうから、もうひと眠りしよう。




────────────────────────




「──────。」




俺の部屋の中で、誰かが話しているような気がして目が覚めた。




「──────。」




やはり俺の部屋に誰かが…セラフィか。あとアリウスも居るようだ。




「…おはよう二人とも。」


「──────!」


「魔法で音が遮断されてて聞き取りにくいんだけど。何で俺の部屋に居るんだ?」




セラフィが魔法を解き、声がはっきりと聞こえるようになった。




「ごめんなさい…ちょっと、カリアの寝顔を見たくて…。あはは。」


「…なんで気付いたの?」


「何やってるんだ…。何となく声が聞こえたから、目が覚めただけだよ。」


「結界で音を遮断してたのに…地獄耳すぎる。」


「はぁ…。起こすなら普通に起こしてくれ。」


「アリウスがカリアの寝顔が見たいって言うから…。」


「ちょっ!セラフィもノリノリだったじゃん!」


「わかったわかった…。もう出る準備はできてるのか?」


「あ、うん。私たちはもうできてるけど…グレースさんはもうナイト王国に戻ったみたい。」


「あぁ、それなら俺が見送ったから知ってる。」


「え、そうだったの?」


「まぁ俺は見送りついでに帰路のことで聞きたいことがあったからな。ナイト王国に戻ったら、改めて挨拶すればいいだろう。」


「あぁ、なるほど。わかったわ。」


「うん。それじゃあ村長の家に行くか。」




俺たちは宿を出て、イルミナスの家へ向かった。


家の扉をノックすると、程なくして扉が開いた。




「おはよう、よく来たね。まぁ入りな。」




俺たちは家の中に入り、昨日座っていた席に着いた。


イルミナスは木札のようなものを持って、俺たちの対面の席に座った。




「あなたたち、白竜の村に行く意思は変わらないんだね?」


「…あぁ。変わらない。」


「すまないねぇ。一応、聞いときたかっただけさ。…それで、白竜の村の周りには、まだ結界が張られてるって話だったね?」


「はい。賢者ヒスイ様が確認しているそうです。」


「…じゃあ、その結界はどうやって通るつもりだい?」


「あぁ…セラフィに任せようと思ってる。魔法に関しては1番心得があるからな。」


「そうかい。それじゃあ、これをセラフィにあげよう。」




イルミナスは持っていた木札をセラフィに渡した。




「これは?」


「それは、もともと白竜の村で使ってたものでねぇ。その木札は、結界を通るために必要なものだったんだ。どういう仕組みかはわからないけれど、その木札を持っていれば結界を跨ぐことができるのさ。」


「…そうなんだ。」


「おばあ様、ありがとうございます。」


「私にできるのはこれくらいしかないからねぇ。…あぁ、あとこれも持って行きな。」




イルミナスは机の上に置かれてあった包みを、俺たちに渡してきた。




「これは…お弁当?」


「ここから白竜の村に行くなら、ちょうど昼になると思ってねぇ。」


「それは…ありがたいな。」


「なんだいその顔は。毒なんか入ってないよ。」


「あぁいや…思ってたより協力的だから、ちょっと気が抜けたというか…。」


「安心して待てというのは、カリアが言った言葉だろう?…今となっては、あなたたちを信じて待つことしかできないからねぇ。私はできることをやってるだけさ。」


「…おばあ様。重ね重ね、ありがとうございます。」


「アリウス。気を付けて、行って来るんだよ。」


「…はい!」


「…白竜の村の方向も教えようかね。付いてきな。」




俺たちはイルミナスに先導され、家を出て村の端へ案内された。




「この先を真っすぐ進むと白竜の村に辿り着くけれど…見ての通り、獣道すらない。」




イルミナスが指し示した方を見ると、確かに道なき道といった感じだった。




「俺が道を作りながら進むから、問題ない。」


「私が方向を確認しておくから、逸れたら修正する。」


「あぁ、助かる。」


「…それでは、おばあ様。行ってきます。」


「…無事に帰って来るんだよ。」


「必ず、帰ってきます。」


「…じゃあ、行こうか。」


「うん。」




俺は茂みの中に足を踏み入れて土魔法を使い、足元の障害を退けながら進んで行った。


土魔法で除去できない倒木等も、破壊して道を作って進んで行った。




「方向はまだ間違ってないか?」


「うん、大丈夫。カリア、結構進んだけど休憩しなくて大丈夫?」


「あぁ。俺は大丈夫だけど、二人は?」


「私も大丈夫。アリウスは?」


「私も大丈夫だよ。」


「じゃあ、このまま進むぞ。」


「あ、そう言えば。」


「どうしたの?セラフィ。」


「村長さんにもらった木札だけど、多分効力を失ってる。」


「それはつまり…結界を通れないってこと?」


「うん、この木札じゃ通れない。木札からは白竜の魔力の残滓を感じるけど…時間が経ちすぎて、ほとんど霧散しちゃってる。」


「白竜の魔力が籠った木札だったのか。確かに結界を張った者の魔力を持っていたら、結界を通れそうなものだけど…霧散してるなら使い物にならなさそうだな。」


「そうなんだ…。じゃあ、どうやって結界を通るの?」


「まぁ当初の予定通り、セラフィに何とかしてもらうしかないな。」


「うん。私が何とか…してみる。」


「あんまり自信なさそうだけど…?」


「うん…白竜の結界だから、ちょっと苦戦しそうだと思って。」


「…そうなんだ。」


「…あ、カリア。止まって。」


「ん?方向ずれたか?」


「ううん。着いた。」


「え?白竜の村に着いたのか?」


「うん。すぐそこに結界がある。白竜が張った結界。」


「全然わからないけど…そこにあるの?」




アリウスが俺の前に出て、結界に触れようと手を伸ばした。




「ちょっと待ってくれアリウス。この結界、触れても大丈夫か?」


「うん…多分通れないだけ。見えない壁があるみたいな感じだと思う。」


「じゃあ大丈夫か。」


「見えない壁…。」




アリウスが再度手を伸ばし、結界に触れようとした。




「…あ、本当だ。見えない壁があるみたい。」




アリウスは結界に触れて、押したり叩いたりしていた。




「すごい、叩いても痛くない。でもやっぱり通れないみたい。」


「そうなのか。」




思ってたより早く着いたなと思いながら、俺も結界に触れようとして手を伸ばしてみた。




「…あれ?この辺に結界があるんだよな?」


「そのはずだけど…あれ?カリア…。」




伸ばした手を進めていたが、一向に触れることができない。




「…カリア、結界の中に入れてる?」


「え…?」




アリウスが阻まれている見えない壁より内側に…つまりは白竜の村に、俺は明らかに入っていた。

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