1章~白黒の番12

「あれ…俺、もしかして入れてる?」


「入れてるね…何で?」


「…何でだろうな?」


「あぁ…なるほど。これなら私も入れる。」




結界を解析していたセラフィが何やら納得した様子で歩みを進め、俺と同じ位置まで来ることができた。




「私だけ入れないんだ…。何で?」


「アリウスだけ入れないというより、私たちだから入れたって言った方が正しいかも。」


「…なるほど。」




黒竜がこの村を自由に出入りできたのは、この結界がドラゴンを対象としていなかったからなのだろう。


俺とセラフィは、ドラゴンと判定されたらしい。




「とりあえず、もらったお弁当を食べながら話をしよう。」


「そうだな。」




俺とセラフィは結界の外に出てアリウスと合流し、昼食を摂ることにした。




「ねぇ。カリアとセラフィだから入れたって、どういうこと?」


「…俺たちが白竜より強いから、結界の効果も俺たちには効かないんだ。」


「…へぇ。さすがは賢者の弟子だね。」




咄嗟に嘘を吐いてしまったが、意外と簡単に誤魔化せたな。




「それで、私はどうしたらいいの?私も中に入りたいんだけど…。」


「うん…それなんだけど、カリア。先に入って、中の様子を見てきてくれる?私はアリウスが入れるように、結界の構造を改ざんしてみる。」


「そうか?俺もアリウスが入れるようになるまで待ってるけど。」


「…カリア。さっき結界の中に入った時、白竜と黒竜の魔力を感じた。」


「…!」


「…そうか。やっぱり結界で魔力が遮られてたんだな。」


「そうみたい。」


「…じゃあ、白竜は生きてるの?」


「うん、生きてる。…でも、白竜の魔力が微弱過ぎる。最低限の生命活動をしてるだけって言われても、おかしくないくらい。」


「…そんな。」


「…わかった。黒竜も居るなら、確かに俺一人で行った方が良さそうだな。」


「今更だけど、カリア一人で黒竜を…相手にできるんだよね?」


「うん。俺のことは気にしなくて大丈夫だ。…ごちそうさま。」


「食べるの早いね。」


「早めに村の中に入って、黒竜と話をつけて来ようと思う。」


「そう。行ってらっしゃい。」


「…行ってらっしゃい。気をつけてね。」


「あぁ、行って来る。」




────────────────────────




俺は木々を避けながら結界の中へと進んで行くと、村が見えて来た。


そこには見覚えのある造りの家があった。確かワーグが建築担当と言っていたから、これもワーグが建てたものだろう。


村の中に入って一通り見て回ったが、雑草が生い茂っていて、通り道も見えない。20年近く放置されているから当然か。


そしてゾル爺の言った通り、一部の家が壊れている。村の入り口らしき場所は地面が抉れた跡があったが、これも黒竜が暴れた跡だろう。


確かガイウスは、村の奥に行くと見渡す限りの草原が広がっていて、そこに白竜が居たと言っていたな。




「…村の奥。入口の反対側だと思ったけど…。」




入口の反対側に来てみたが、大きな家が大破したらしく、木材の塊がそこかしこに散っていた。




「ここは…もともとイルミナスの家だったのかもな。…ん?」




一番大きな木材の塊の後ろに、獣道を見つけた。


元々狭い道だったのが、時間が経って更に狭くなったようだ。恐らくこの先に、白竜と黒竜が居るに違いない。


俺はその獣道に足を踏み入れ、奥へと歩みを進めた。




────────────────────────




「ねぇ、セラフィ。」


「ん、何?」




カリアが結界の中に入った後、昼食を終えた私は結界の解析と改ざんを試みていた。




「ちょっと気になったんだけど…カリアとセラフィって、白竜と黒竜のことをよく知ってる…って言うか、知り過ぎだと思うんだけど?」


「知り過ぎ?」


「うん。…最初は本か何かで知ったのかなって思ったけど、カリアは黒竜の強さを知ってる節があるし、セラフィは白竜や黒竜の魔力を知ってるし…流石にそれは、本の知識じゃ説明が付かないよね?」




…確かに。アリウスの前で軽率な言動をしていたことに気付かされた。


とにかく誤魔化さなければと思い、考え込んで黙ってしまった私に、アリウスがさらに言葉を続けた。




「あぁ…セラフィ?別に問い詰めようと思ってたわけじゃなくて…。やっぱりそれは、二人の隠しごとに関係するのかなって、思って。」




ここまで言われたら、誤魔化すことはできない。




「…アリウスの言う通り、私たちの秘密に関わってる。でも、まだ言えない。」


「…ラピスとロードも一緒に居る時に話したいって、言ってたね。」


「それもある。けど、一番は…私たちに、秘密を明かす勇気がまだ無いの。」


「…勇気が、要ることなの?」


「うん。だから、もう少しだけ待ってて欲しい。いつか、きっと話すから。」


「…うん、わかった。」




もしかしたら、アリウスは自力で、私たちがドラゴンだということに辿り着くかもしれない。


皆に話さないといけなくなる日は近いかもしれないよ、カリア。




────────────────────────




村の奥に続く獣道を進むこと数分。開けた場所が見えてきた。ガイウスが言っていた草原だ。


道が合っていたことに安堵した俺は、歩調を早めた。




「…!」




その時、上空からただならぬ気配を感じた。


これは…黒竜で間違いない。俺の存在に気付いたらしい。


黒竜に限った話では無いが、セラフィ程に魔力感知に長けてはいないため、魔力だけでは俺が赤竜だと断定することはできないだろう。話し合いに応じてもらう必要がある。


そう思っていると、黒竜が獣道の出口付近に降り立ち、口を開いた。




「咆哮魔法か…!待て!黒竜!──────がァッ!」




黒竜はいきなり咆哮魔法を放って来た。


身体強化魔法での防御は間に合ったが、俺はそのまま黒竜の放った魔力の塊と一緒に獣道から押し出され、村に戻って来てしまった。


魔力の塊の勢いは衰えることを知らず、このままでは無事な建物まで破壊してしまう。


アリウスもこの村を見たいだろうし、これ以上村を壊したくはない。


俺は身体強化魔法の出力を高め、黒竜の咆哮魔法を上空に弾き飛ばした。




「…ふぅ。俺一人で来たのは正解だったな。」




黒竜の咆哮魔法をまともに受けてしまったが、大した傷も無い。


これなら思った通り、一人でも黒竜を相手にできそうだ。


追い打ちをかけて来ると思って警戒していたが、黒竜は空を飛び、俺の様子を観察しているようだった。


両翼を失っているというのに、器用なやつだ。


俺が無事であることを確認した黒竜は、俺の正面に荒々しく降り立った。




「随分手荒い歓迎だな、黒竜。」


「歓迎などしておらん。貴様、どうやってワシの魔法を弾き飛ばした?」


「身体強化魔法を使っただけだ。村を壊したくなかったから、上に弾き飛ばした。」


「…はっ。人間の分際で、そのようなことができるはずなかろう。運良く軌道をずらせただけで思い上がるな、人間。」


「…まぁ話を聞いてくれ。複雑な事情があるんだ。」


「人間と話すことなど無い。消えろ。」




黒竜は再び咆哮魔法を放とうとしている。


今度は俺も身体強化魔法を使い、万全の体勢で応じた。




「ハァ!」




俺は黒竜が放った魔力の塊を迎え撃つように殴り掛かった。


魔力の塊に触れた瞬間、凄まじい衝撃が拳から伝わってきた。だが、これなら押し切れる。


そのまま力比べをするようにせめぎ合っていたが、やがて魔力の塊は大破し、霧散していった。




「…今度は相殺したぞ。これも、俺の運が良いからなのか?」


「…貴様、本当に人間か?」


「おぉ、良くぞ聞いてくれた。俺はもともと赤竜だったけど、人間に転生したんだ。」


「…赤竜?人間に転生?そんなもの、信じられるわけなかろう。」


「まぁ、そうだろうな。どうしたら信じてくれるんだ?」


「…咆哮魔法を使って見せよ。貴様が本当に赤竜なら使えるはずだ。」


「咆哮魔法は使えるけど…この村が消し炭になるからダメだ。」


「はっ。体のいい理由を持って来よって。ますます信じられんな。」


「…困ったな。意外と証明するのが難しい。戻ってセラフィに相談して来るか…。」




俺が赤竜だとわかってくれれば話もしやすくなると思っていたが、俺が赤竜だと言う証明材料を用意していなかった。




「このまま帰すとでも思っておるのか?貴様のような危険な人間は、ここで始末しておかねば気が休まらん。」


「いや…俺はお前と敵対するつもりは無い。お前ならそのくらいわかるだろう?」


「今はそうだとしても、いつ気が変わるかわかったものでは無いからな。」


「はぁ…。じゃあ俺が赤竜だと証明しよう。俺はお前が一番好きな食べ物を知っている。」


「…言ってみろ。」


「確かリンゴが好きだと言っていたはずだ。」


「…そのくらい、人間の間で広まりそうな知識だ。それに、赤竜だけが知っているものでは無い。」


「…そうか。俺だけが知っていること…。なぁ黒竜。赤竜だけが知っている秘密みたいなものって無いか?」


「知らん。」


「少しは思い出そうとしてくれ…。」




咆哮魔法を使うしか証明する方法は無いか…。アリウスには悪いが、できるだけ弱く調整して使えば…いや待てよ?




「…さっきの草原なら、咆哮魔法を使っても良さそうだな。」


「あそこは…ダメだ。」


「えぇ…どうしてだ?」


「…。」


「白竜が居るからか?」


「…。」


「はぁ…。ちなみに白竜が居ることはわかってるからな?セラフィが…いや、青竜が魔力感知で把握してるんだ。」


「…まさか、青竜まで人間に転生したと?」


「あぁ、その通りだ。」


「…あり得ん。」


「複雑な事情があるって言っただろう。別に、白竜に向かって咆哮魔法を放つわけじゃないんだ。離れていれば巻き込むことは無い。」


「…白竜は今眠っていているのだ。貴様のような危険な人間を近づけるわけにはいかん。」




白竜の魔力が微弱過ぎて、最低限の生命活動をしているようだと、セラフィが言っていたな。


眠っているということは、話ができる状態ではなさそうだ。




「ずっと眠っているのか?」


「…そうだ。」


「それでお前は…白竜を守るために、ずっとそばに居るのか?」


「そんなことはどうでも良かろう。早くお前が赤竜だと言うことを証明せんか。」


「とは言ってもな…。お前との記憶が古すぎて、思い出すのに苦労してるんだ。」


「ワシとてそうだ。」




こいつ…思い出すのが面倒臭いから俺に思い出させようとしてるな?




「…そう言えば、お前平地で寝るのを嫌ってなかったか?ここではどうやって寝てるんだ?」


「何の話だ?ワシは普通に平地で寝ておるぞ。」


「いや、確かに黒竜は平地で寝るのを嫌ってたはずだ…。なんでだったかな…。」


「適当なことを言って誤魔化せるとでも思ったか?」


「待ってくれ…思い出せそう…。あ!思い出したぞ黒竜!確か平地で寝ると、尻尾を抱き抱えて寝る癖があったよな?」


「…?…ぁ。」


「あ?」


「…昔のことすぎて忘れておったわ。初めて赤竜に言われて気付いたのを思い出したぞ。…お主、本当に赤竜なのか?」


「最初からそう言ってるだろう…。」




俺が赤竜だと言うことを、黒竜はやっとわかってくれたみたいだ。

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