白黒の番18

「え…え!ドラゴンの卵ってこんなに早く孵るの…?」

「これが普通かどうかは知らないけど、早いな。」

「カリア、結界張らなくて大丈夫?逃げたりしない?」

「それは心配しすぎだ。産まれたばかりのドラゴンに、逃げるだけの身体能力は無いと思うぞ。」

「…うん。」


そうこう言っている間に卵のひびは徐々に広がって行き、卵の頂点部分の殻が砕けた。

その中から、ドラゴンの子が顔を覗かせた。

桃色の鱗を纏ったドラゴンだ。

卵の大きさからわかってはいたが、今の俺とそう変わらないくらいの大きさだな。


「おぉ…。」

「…もう孵ったの?」

「あぁ、殻を破って顔を覗かせておる。」

「そう…。」


白竜は視覚を失っているから、その目で見ることができないのを残念そうにしている。


「…結構大きいのね。ドラゴンの赤ちゃんって。」

「そうだね。でも、将来白竜や黒竜くらいの大きさまで育つなら、このくらいの大きさじゃないとね。」

「それもそうね。…て言うか、私はてっきり灰色のドラゴンが産まれてくると思ってたけど、桃色なのね?」

「人間みたいに交配して産まれてきたわけじゃないからな。」

「…確かに。じゃあ、名前はどうするのかしら?ドラゴンって、鱗の色を名前にしてるわよね?」

「まぁ、今まで通りなら…桃竜って言う名前になると思う。」

「やっぱりそうなるのね…。そう言う決まりがあるの?」

「いや、そう言う決まりがあるわけじゃないと思うけど…白竜、黒竜。名前はどうするんだ?」

「…そうね。黒竜。折角だし、私たちで名前を付けてみない?」

「名なら桃竜で良いではないか。」

「そんなの、名前とは言わないでしょう?私も白竜って言う名前じゃなくて、もっとちゃんとした名前が欲しかったわ。だから、私たちで考えた名前を付けたいの。」

「…お主がそう言うなら別に構わんが…恐らくワシは役に立たんぞ。」

「それでも考えてみて。」

「ギャウ。」

「ほら、この子もそう言ってるわよ?」

「…わかった。」


桃竜は卵の中から完全に出てきており、翼や全身を伸ばしていた。


「この子にご飯あげなくていいの?」

「あぁ、確かに。何か食材を狩って来ようか?」

「今はまだ大丈夫よ。アリウスとカリアは知らないのね。」

「どういうことだ?」

「…産まれてきたドラゴンの子は、自分で割った卵の殻を最初に食べるらしいよ。…ほら。」


セラフィに言われて見てみると、桃竜は自分で割った卵の殻を食べ始めていた。


「わ…本当だ。美味しいのかな?」

「…どうだろうな。」


俺も産まれた時に食べたのだろうか…。まぁ食べたのだろう。

もちろん味は覚えてない。


「…今は卵の殻を食べるとして、どちらにしろ何か狩ってくる必要はあるだろ?」

「その時はワシが行く。」

「いや、黒竜はこの子と白竜の傍に居てやれ。食材は俺が持って来る。」

「…恩に着る。」


これで一先ず話は落ち着いたか。

家族水入らずの時間も必要だろう。俺たちは一度、ゾル爺たちの村に戻るとしよう。

一応、白竜を助ける方法にアテがある。そのためにも賢者ヒスイと話さなければならない。


「…話も落ち着いたし、おおよそこの村の調査は済んだ。一旦俺たちはゾル爺たちが居る村に戻って、賢者ヒスイに報告しよう。ガイウスもここに呼ばないといけないしな。」

「あ、ちょっと待ってちょうだい。」

「どうした?」

「さっきわかったことなのだけれど…。私が生命活動を維持できるのは、多分あと1週間程度だと思うの。」

「1週間か…。もう支払える代償は無いのか?」

「…あるにはあるのだけれど、私が支払えるものは、あと聴覚だけなの。それも無くなったら、もう死んだも同然でしょう?」

「…まぁ、そうだな。」


目が見えないのは、視覚を代償として支払っていたからか。


「それでね?ちょっとセラフィにお願いがあるの。」

「私に?」

「えぇ。私と契約魔法を交わして、視覚だけでも共有させて欲しいの。」

「…。」


そう言われて、セラフィは考え込むように少し俯いた。


「白竜…。私は感覚を共有する契約魔法を見たことがないから、使えない。あなたなら使えるのは知ってるけど、それはあなたに掛かる負担が大き過ぎる。だから、私にその契約魔法を教えて欲しい。」

「…そうね。教えてすぐに使える魔法だったら、そうしていたわ。でもね。この魔法はセラフィでも、使えるようになるまで1週間以上かかるわ。」

「…じゃあ、あなたが私に契約魔法を使うつもり?」

「えぇ、そうよ。ただ、魔法を行使する魔力をセラフィに補ってもらいたいの。」

「それでもあなたにかかる負担は大きい。…寿命を縮めてまですることなの?」

「…セラフィ。あなたの言う通り、多分私の寿命は半分くらいになると思うわ。それでもお願いしたいの。…アリウスやセラフィ、カリアの姿を見たいのもあるのだけど…やっぱり我が子の姿を見ておきたいの。」

「…黒竜。」


セラフィは黒竜に判断を委ねた。


「セラフィ、白竜の頼みを聞いてやってくれ。」

「…いいの?」

「ワシの許しが必要なことでもなかろう。ワシとて白竜と過ごす時間は少しでも長い方が良いが、ワシが白竜の立場だったとしても、お主に同じことを頼むことだろう。」

「…わかった。」

「ありがとう、セラフィ。黒竜も。」

「…白竜。その契約魔法を交わすのは後日でも良いか?」

「えぇ。ガイウスと話もしたいから、ギリギリまで待つつもりよ?」

「そうか…それなら良かった。」


今のうちに、大地との契約についてもう少し詳しく聞いておこう。白竜を助ける方法は多いに越したことはない。


「あら、何かするつもりなのかしら?」

「あぁいや…何でもない。それより白竜。ついでに少し聞いておきたいことがある。」

「何かしら?」

「その大地との契約が終わったら、白竜はどうなるんだ?」

「…そうね。私はこの大地と契約した時点で、肉体はこの大地に還すことになってるの。だから、この地に土葬してもらえるとありがたいわ。」

「…そうか。」


もし傷を治すだけで生き長らえることができるのなら、ロードの治癒魔法でどうにかできると思ったが… 肉体が無くなってしまうのであれば、治癒魔法も意味は無いか…。

だが、魂まで捧げるわけでは無いのなら、俺たちのように人間に転生する方法も──────


「カリア。もしかして、私を助けようとしてるのかしら?」

「…そうだ。」

「やっぱりそうだったのね。気持ちは嬉しいけれど、もう私はこれ以上生き延びるつもりは無いわ。」

「…生き延びるつもりが無い?方法が無いのではなく?」

「えぇ、そうよ。もし仮に、私の意識を他の肉体に移し替える…いわゆる転生ができるのだとしても、私はこのまま死ぬつもりよ。」


俺が思い付いていた方法も、白竜に先回りされて断られてしまった。


「白竜…どうして?折角、黒竜と番になれて…子も産まれたのに…。」

「…確かに。私がこのまま生き延びたとして、その先の未来が気にならないと言えば嘘になるわ。」

「…。」

「でもね?私は、死に場所を選べる立場でもあるの。黒竜と番になる念願も果たせたし、子まで産まれて来て…私は今、凄く幸せなの。こんなに幸せを感じながら死ねるなんて、この上ない贅沢だと、私は思ってるの。」


…そういうものなのだろうか。

俺が白竜の立場だったとして…そう言う風に思うのだろうか。


「まぁ…多分理解はできないでしょうね。私が元気だった頃からそう思ってたわけじゃないの。実際にこんな状況になって、初めてそう思うようになったから。」

「…そうか。それは余計な真似をしてしまったな。すまない。」

「いいえ。謝るのは私の方よ。助けたい気持ちを無下にしてしまってごめんなさい。…黒竜。あなたにも悪いと思ってるわ。…ごめんなさい。」

「…構わん。お主が幸せならそれで良い。子も、ワシがしっかり育てよう。」


黒竜は白竜の意を汲み、憂い無く逝けと言っているように聞こえた。


「…ふふ。ありがとう、黒竜。」

「…他に、何か望みは無いか?」


…いや、ただ白竜を甘やかしてるだけかもしれない。


「あら、随分甘やかしてくれるのね?」

「この際だ。もっと幸せになっても良かろう。」

「…そうね。じゃあお言葉に甘えて。さっきも言ったけれど…私、ちゃんとした名前が欲しいわ。」

「…カリア、セラフィ、アリウス。」

「おい…黒竜?」

「黒竜さん?」

「黒竜…?」

「…手伝ってはくれんか?」


俺たちが圧をかけなければ、丸投げされていたかもしれない。

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