1章~白黒の番6
「セラフィ!俺の魔法に合わせろ!」
「…はぁ?状況がわかってねぇのか?この辺一帯は、あの魔道具の効果範囲なんだぞ。」
俺はトールの言葉を聞き流しながら、固有魔法…咆哮魔法を展開した。
あの魔道具の効果は紫竜の固有魔法と酷似しているから、固有魔法であれば使えるのではないかと思い至ったのだ。実際に咆哮魔法を展開することはできたため、固有魔法であれば使えるという考えは正しかった。
俺の意図に気付いたセラフィも、咆哮魔法の準備ができたようだ。
「この期に及んでまぁだ魔法を使おうとしてんのかぁ?使えるもんなら使ってみろよぉ!」
「要望通り使ってやる。…ハァ!!」
俺は咆哮魔法を発動し、散らばった賊どもを覆い尽くす範囲に炎を吐き出した。
それに合わせてセラフィも咆哮魔法を発動し、俺の炎を相殺するように冷気を吐き出した。
「おいおい!なんで魔法が──────」
俺の炎に包まれた者は灰になり、セラフィの冷気に触れた者は身体の芯まで凍り、そのまま地に倒れてその身体を砕いた。
人の身で初めて咆哮魔法を使ったが、思いの外制御することができている。
賊どもが全員死んだことを確認し、俺は咆哮魔法の威力を徐々に弱めた。
セラフィもそれに合わせて弱めていき、互いに咆哮魔法を終息させた。
「…ふぅ。セラフィ!怪我はないか!」
「大丈夫!馬車も無事!」
「わかった!そのままそこで待っててくれ!」
そう言って、俺はトールに向き直った。
「お前…なんで…。」
「あの魔道具は、固有魔法まで封じることができないみたいだな。」
「固有魔法…か。流石は賢者のお弟子さんだぜ。…俺の負けだ。殺すならさっさと殺してくれ。」
「今のところ殺すつもりは無い。お前とは話をしたかったんだ、トール。」
「…名前を名乗った覚えも、顔を見せた覚えもねぇんだがな。」
「王宮で俺を尾行した時に、俺を見失っただろう?お前の尾行をまいて、逆に後を付けさせてもらった。アスベストと物騒な会話をしていたな。」
「…この姿でお前に会ったのはこれで2度目のはずなんだが…なんでわかんだよ。」
トールは顔を隠していた布を取り、自身がトールであることを認めた。
「勘が当たっただけだ。てっきり逃げると思ってたけど、あっさり正体を明かしたな。」
「どうせ全力で逃げても、この状況じゃお前からは逃げ切れねぇよ。捕まって身包み剥がされて正体バレるのがオチだ。」
「潔いな。」
「…話があんだろ。さっさと話せよ。」
「あぁ…お前、何でバンデンやアスベストの下についてるんだ?」
「そんなこと聞いてどうすんだよ。」
「なんとなくだけど、お前が自ら望んであいつらの下についてるとは思えないんだ。」
「…はっ。数回会っただけの奴に、俺の何がわかんだよ。俺は望んで従ってんだよ。」
「そうか…。お前が従ってるのは、何か弱みを握られてるからだと思ってたけど、違うのか?」
「違ぇな。…俺はバンデンさんに恩があるだけだ。義理を果たすために従ってんだよ。」
トールがアスベストに、俺を殺せと言われた時、トールは話し合いでどうにかならないか提案していた。
しかし、バンデンの障害になると聞いたことが決定打になったのか、トールはその要求を飲んだ。
バンデンに対して義理があるのは確かなようだが、トールは喜んで従っているようには思えない。
「なるほど。でも、お前はバンデンに対して忠義を持ち合わせているわけじゃ無いみたいだな。」
「…何でそうなる。」
「バンデンに対して忠義があるなら、俺とこんな話はしないだろう?俺がお前をナイト王国に突き出して、バンデンやアスベストを罪に問うかもしれない。その前に自害でもした方がバンデンのためになるはずだ。」
「はっ。仮に俺が証言したとしても、バンデンさんは罪人にはならねぇ。確実な証拠がねぇと、罪に問えねぇんだよ。実行犯である俺が罪人になるだけだ。」
トールがバンデンの指示で動いたと言っても、公衆の面前でその事実が目撃されていない限り、証拠不十分に終わるということか。
「お前を捨て駒にするということか。」
「…そうだ。」
「お前はそれで納得しているのか?」
「…。」
「お前は、好き好んで人殺しをしてるわけじゃないんだろう?」
「…なんでそう言えんだよ。」
「討竜祭の時、ガイウス以外の人間は殺さないようにしていたじゃないか。音爆弾を使って周りの人たちを無力化して、被害が拡大しないようにしたんだろう?」
「それは…。」
「俺から逃げる時だって、爆弾ではなく煙幕を使った。今回俺を殺しに来た時だって、俺以外には手を出すなと賊どもに念を押していた。」
「…。」
「そんなお前が、何の大義名分があって、バンデンに従ってるんだ。」
「…大義名分、なぁ。」
トールは遠い目をしながら空を仰いだ。
「…俺はな、お前くらいガキの頃に、実の両親をこの手で殺してんだ。それが役人に見つかって、俺は罪人になりかけた。」
「…。」
「俺の両親はひでぇ奴らだった。俺は何もしてねぇのに俺を痛めつけてきやがるし、罵詈雑言も日常茶飯事だ。あいつらは俺のこと、鬱憤を晴らすための道具としか思ってなかったんだろうな。」
そんな非人道的なものは、本の中の物語でしか起こらないと思っていたが、実際に起こりえるのか。
「そんなある日、俺は気付いた。こいつらは死んでも良い人間だ。そして俺はこいつらを殺せるってな。実際に殺しても何の罪悪感も湧かねぇし、俺は正しいことをしたんだって確信してたんだ。だが役人に見つかって、蓋を開けてみればどうだ?俺の話を全く聞きもしないで、親を殺した事実だけを抜き取って、俺を悪人に仕立て上げようとする人間がほとんどだったぜ。…そんな俺を救ってくれたのが、バンデンさんなんだよ。」
親からの誹りを受け続けたのが事実なら情状酌量の余地はあると思うが、これに関しては人によって意見が分かれそうだ。
「バンデンさんは、俺の正当性をわかってくれたんだ。バンデンさんだけが、俺の正しさに共感してくれたんだ。だから俺は、バンデンさんの正しさに付いて行くことを誓った。──────誓った、はずなんだがなぁ…。」
トールは空を仰ぐのをやめ、その場に座り込んで俯いた。
「どうした。」
「…お前の話聞いてると、俺の信じてる正しさが揺らいじまってるのを、嫌でも感じるんだよ。」
「どういうことだ。」
「俺がバンデンさんの下で働くようになって、初めて人を殺すよう命じられた時から違和感があったんだよ。バンデンさんが国王になるために、ひいてはこの国をより良くするために、人殺しをしてくれって頼まれたんだ。最初はおかしな話だと思ったが…俺は、それが正しいことなんだって自分に言い聞かせてたんだ。俺を救ってくれたバンデンさんが間違えるわけがねぇって、思ってたんだ。いつかその正しさを理解できる日が来ると信じて、今まで従って来た。」
「…俺やガイウスを殺すことにも、多少の違和感を感じていたのか。」
「…今思い出すと、感じてたんだろうな。俺はその違和感を押し殺してたってのに…お前が引っ張り出してきたんだ。どうしてくれんだよ、これ。」
「今のお前は、バンデンが間違ってると思っているんだな?」
「…そうだ。多分バンデンさんは…正しくない。」
「じゃあ、バンデンと一緒に罪を償えばいい。…ついでにアスベストも。」
「はっ。そりゃあいい。それが一番正しい…。だが、言ったろ?バンデンさんを罪人にすることはできない。」
「お前は何か、重大な罪の証拠の一つや二つ持ってないのか?」
「ねぇな。バンデンさんの指示で人を殺したのも、最初の一回きりだしな。今後バンデンさんが大罪を犯すってことになりゃ、証拠集めくらいしといてやるよ。」
「協力的だな。」
「俺は俺の正しさに従ってるだけだ。」
「それは殊勝な心掛けだ。ちなみに、バンデンの指示で一回だけ人を殺したと言ってたけど、そっちで証拠を出せないのか?」
「…そりゃ無理だな。なんせ今から20年近く前の話だ。」
「その話、聞かせてくれないか。」
「…はぁ。お前が生まれる前の話だが、国王ガイウスの嫁が白竜に殺されたって話は知ってるか?」
「…知っている。」
「あれは…俺が殺したんだ。」
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