白黒の番20

「カリア、お帰り。報告はもう済んだの?」




セラフィとアリウスは、間に桃竜を挟んで座り込んでいた。


食事を終えた桃竜は二人に撫でられているが、大人しくしている。




「あぁ、もう済んだ。…随分仲良くなったな。」


「うん。この子、すごく人懐っこいの。鱗がつるつるしてて気持ちいいよ?カリアも触る?」


「今は二人で堪能してていいぞ。」


「そう?…あ、父様たちはいつ頃来れそうだった?」


「ガイウスたちは早ければ明日にでもここに来るみたいだ。」


「わぁ、早いわね。ラピスとロードも来るように、ちゃんと言ったかしら?」


「言ったけど…やけに連れて来たそうにしてるな?」


「…だってほら、ここはもう安全だってわかったわけだし。ドラゴンに会って話せて触れるなんて、貴重な経験でしょ?それを友達に共有したいって思っただけよ。」


「まぁ、それもそうだな。」




俺やセラフィからすれば、そんなに貴重な経験では無いからな。


普通ならアリウスが言ったように思うのかもしれない。




「それより、カリアも名前考えるの手伝って。」


「まだ決まってないのか…。」


「うん。白竜が気に入ってくれない。」




俺は白竜を見て、説明を求めた。




「だって、安直なんだもの。」


「ちなみにどんな名前が挙がったんだ?」


「シロ、とか。」


「確かに安直だな。」


「ワシはシロゴンという名を提案したが、これも断られた。」


「白いドラゴンだからか…?それも安直だし、白竜に付けるような名前じゃないと思うけど…。」


「あら、カリアはわかってるじゃない。」


「じゃあカリアも何か考えてみて。」


「いいよ。と言うか、もともと俺には思い付いてる名前があるんだ。ちなみに、黒竜の名前もだ。」


「ワシもか?」


「どんな名前?」


「セラフィは思い当たらないか?ここには最強のドラゴンと、盲目のドラゴンが居るんだ。似たような物語の本があっただろ?」


「…あぁ。あの本。」


「そう。『貴方の見る景色』だ。」


「…その本、確かロードが読んでた本よね?」


「うん。その本に出てくる登場人物が、今の白竜と黒竜の状況にぴったりだと思うんだ。」


「…うん。確かに。」


「私はあらすじだけしか聞いてないけど、確かにぴったりかも!」


「その本はどういう物語なのかしら?」


「盲目の皇女と、それに仕える最強の騎士の男女関係を描いた物語だ。俺のお気に入りの本の一つなんだ。」


「まぁ。それは読んでみたかったわね。」




白竜に本を読むだけの時間と視覚があれば、是非読んで欲しかったが…残念だ。




「…それで、その名は何なのだ?」


「盲目の皇女の名前はシャルで、最強の騎士はアトラスだ。」


「…私はシャルで、黒竜はアトラスということね?」


「うん。」


「シャル…良いわね。気に入ったわ。」


「…アトラスか。」




白竜は満足そうにしているし、黒竜も満更では無さそうだ。




「それは良かった。黒竜…いや、アトラス。桃竜の名前はシャルと考えるんだぞ。」


「…手伝ってはくれんのか。」


「シャルも一緒に考えてくれるだろ?」


「えぇ。アトラス、私たちで考えましょう?」


「…お主らは適応が早いな。」


「名前のこと?あなたもそのうち慣れるわ。」


「…そんなものか。」




後のことは、この2頭に任せて良さそうだ。


俺たちはゾル爺たちの居る村に帰って、色々と報告しないといけない。




「ねぇカリア、そろそろ戻る?」


「あぁ、そうだな。日が昇ってるうちに、村に戻ろうか。」




ここからゾル爺たちの居る村まで、そこそこ時間がかかる。


村に戻る頃には日が暮れていそうだ。


セラフィとアリウスが立ち上がると、シャルに話しかけられた。




「…カリア、セラフィ、アリウス。今日は本当にありがとう。」


「気にするな。また明日、ガイウスたちを連れて来る。食材もその時でいいか?」


「…あぁ、大丈夫だ。恩に着る。」


「じゃあ、また明日。」


「今日はお世話になりました。また来ます。…またね。」


「ばいばい。」


「ギャウ。」




俺たちはそれぞれ別れの言葉を言って、ゾル爺たちのいる村への帰路に就いた。




────────────────────────────────────




俺が先導して歩いていると、セラフィから声がかかった。




「あれ、カリア。私たちが来た方向はこっちじゃないよ?」


「あぁ、ちょっと寄り道しようと思って。」


「寄り道?」


「この先に白竜の村があるんだ。荒れ果ててるけど、アリウスが見たいんじゃないかと思って。」


「…うん。ありがと。じゃあ、ちょっとだけ付き合ってくれるかしら。」




俺とセラフィは首肯し、アトラスの咆哮魔法で拡張された獣道を進んで行った。




「なんか…この道すごいね。」


「うん。周りの木に付いてる傷が新しいから、カリアが何かしたんじゃない?」


「いや、この道はアトラスの咆哮魔法で広げられたんだ。俺がさっきの草原に向かってたら、突然アトラスが咆哮魔法を放って来たから驚いた。」


「…その時に咆哮魔法を受けたのね。」


「あぁ。でも村の方には被害を出さないようにしたから、ある程度村の状態は保ってるはずだ。…ほら。」




俺たちは獣道を抜け、白竜の村に辿り着いた。




「すぐそこに壊れてる家があるけど、これは俺が来た時から大破していた。大きさからして、村長の家だろうな。」


「…ここが、母様の故郷。」




アリウスはそれきり黙ったまま、大破した家に入って中を物色したり、村の様子を見て回った。


一通り見て回ると、アリウスが口を開いた。




「…確かに荒れ果ててるわね。」


「まぁ…20年近く経ってるからな。」


「でも…ここに来れて良かった。」


「そうか。」




アリウスは満足した様子だった。ここに連れて来た甲斐があったな。




「二人とも、付き合ってくれてありがとう。村に戻ろっか。」


「うん。…あ。」


「ん?どうしたの、セラフィ?」


「そう言えば、内側から出る時も結界を改ざんしないといけないんだった…。」


「…ちょっと急ぐか。」




俺たちは急ぎ足で元来た道まで戻り、セラフィに急いで結界を改ざんしてもらった。




「ごめん。ちょっと時間かかっちゃった。」


「いや、仕方ない。俺も内側の結界については頭から抜けてた。」




セラフィが結界を改ざんしてアリウスが結界内から出られるようになったが、もう日が傾いていた。


今から休みなく村へ歩いて行っても、途中で夜道を歩くことになるだろう。


俺やセラフィは問題無いと思うが、アリウスは厳しいかもしれない。




「アリウス、このまま来た道を歩いて帰ろうと思うけど…行きみたいに休み無く行けるか?」


「あぁ…正直厳しいかも。一日でこんなに歩いたの初めてだから…あはは。ちょっと足が痛くて…。」


「まぁ…そうだよな。セラフィ。」


「うん。…アリウス、足見せて。治癒魔法使う。」


「ありがと。」




セラフィに治癒魔法を使ってもらえば痛みは解決するかもしれないが…どちらにしろ時間がかかってしまうな。


森の夜道を歩くのは危険だ。できるだけ夜道は避けたいが…俺とセラフィでアリウスを見ていれば大事には至らないだろう。




そんなことを考えていると、結界の中で何か大きなものが落ちてきた音がした。


僅かな地響きを感じながら後ろを見ると、そこにはアトラスが居た。


結界で魔力が遮断されているため、セラフィも気付くことができなかったみたいだ。




「…何だ、アトラスか。」


「びっくりした…。」


「…それはすまないことをした。」




両翼を失っていては、着地の制御が難しいのだろう。




「どうしたの?何か忘れ物?」


「いや、はくりゅ…シャルに言われてな。お主らが結界の外に出ていくのを感じたらしいが、今から帰路に就くのでは日が沈んでしまいかねんだろう?念の為、ワシを送迎に寄越したわけだ。」


「それは助かるけど…いいのか?お前たちの大事な時間が削られるぞ。」


「恩人に何かあっては寝覚めが悪いだろう。」


「…そうか。そういうことならお願いしよう。」


「ドラゴンに乗って空を飛ぶなんて…私たち、今日だけで凄く貴重な経験しちゃってる…。」


「…そうだね。」


「では、ワシの手に乗れ。」




アトラスは両前足を合わせて乗り場を作り、そこに乗るよう促した。


俺たち3人が乗り込んでも、まだあと2人は乗れそうなくらい広いな。




「良いな?振り落とされんよう気を付けろ。」


「そう言われると…何だか怖くなってきたわ。」


「大丈夫だ。落ちても俺が拾いに行くから。」


「…じゃあちょっと落ちてみようかな。」


「わざと落ちようとするなよ…?」


「…飛ぶぞ。」




アトラスがそう言うと、風魔法を使って徐々に高度を上げて行った。




「わぁ〜!凄い良い眺め!」


「…確かに、良い眺めだな。」


「…うん。」




俺やセラフィは飽きる程に見たことのある景色だ。


だが…人間の身でこの景色を見ると、違った感情が湧いてくる。


これは…世界の広さに圧倒されているのか…はたまた懐かしい景色に心打たれているのか。あるいはその両方かもしれない。




「…意外と乗り心地が良いね。」


「セラフィが風魔法を使って、風の抵抗を遮ってくれてるからな。」


「あ、なるほど。ありがと〜セラフィ!」




そう言いながら、アリウスはセラフィに抱きついた。




「アリウス。大人しくしなさい。」


「は〜い。」


「カリア、この方向で良いか?」


「あぁ、大丈夫だ。何ならもう村が見えてきてるな。」


「ほぉ。あれか。」


「え、もう?早いなぁ…。」




まだ空の旅を楽しみたいと言わんばかりだ。




「…あの村に、白竜の村の住人が居るのか?」


「あぁ。と言うか、白竜の村の住人しか居ないな。」


「…そうか。少し、村の人間と言葉を交わしたいのだが…できるか?」


「「「…!」」」




俺たちはその言葉に驚きを隠せなかった。


…本当に変わったんだな。




「…わかった。俺たちから話せば、きっとできる。」


「ううん。絶対できるように説得する!」


「うん。皆良い人たちだから、大丈夫。」


「…頼む。」




…とは言え、アトラスが降り立つ場所が無いな。


さすがに村のど真ん中に降り立ってしまったら、畑を荒らしてしまう。




「先に俺たちだけで降りよう。アトラスが降り立つ場所は俺が作るから、そのままここに居てくれ。何も言わずに村の人たちに気付かれたら、さすがに大騒ぎになりそうだ。」


「わかった。」


「…え?ここから降りるの…?無理無理無理!」


「俺が抱えて降りるから大丈夫だ。」


「…カリア、それはさすがに私が抱える。」


「2人分になるけど、行けるか?」


「当たり前でしょ。…それとも、アリウスを抱えて行きたいの?」


「いや…結界の改ざんとか風の抵抗を遮ってくれたりとか、色々任せてるから消耗してるんじゃないかと思っただけだ。…そんなに怒るなよ。」


「怒ってない。…正直に言うとその通りだから、アリウスはカリアに任せる。」




やはり消耗していたか。


特に結界の改ざんでは、かなり魔力を消費したことだろう。




「…わかった。」


「え?わっ…えっカリア!?」




俺はアリウスを抱え(いわゆるお姫様抱っこだ)、その場から飛び降りた。




「きゃ〜〜〜〜〜〜〜!!!」


「アリウス。口閉じてないと舌を噛むぞ。」


「ちょっとは心の準備させてよ!色々と!」


「とは言ってももう飛んだんだし、覚悟を決めてくれ。」


「うっ…!」




俺は風魔法を使い、徐々に落下速度を緩めて行った。




「…最初からもっとゆっくり降りればいいのに。」


「それじゃあ時間がかかるからな。ほら、もう着くぞ。」




俺は落下速度をさらに落とし、慎重に村の入口に降り立った。


セラフィも、同じように俺の隣に降り立った。




「…カリア様?アリウス様もセラフィ様も…。あなた方は空も飛べるのですか?」


「あぁ、イカロス。やっぱり村の入口に居てくれたか。最初に話すならお前が適任だと思ったんだ。」




俺はアリウスを降ろしながらイカロスに話しかけた。




「えっと…何の話でしょう。」


「今から驚かせてしまうかもしれないけど、どうか騒がないで欲しい。」


「…あなた方が空から降りてきたことに、既に驚いておりますが…善処します。」


「…上を見てくれ。」


「…上?」




イカロスが空を見上げ、その視線がアトラスを捉えた。




「あ…あれは!黒竜では!?危険です!今すぐ退避を知らせなければ!」


「待て待て…落ち着いてくれ。」




一番冷静だと思っていたイカロスでもこの取り乱し様か…。恐れられ過ぎじゃないか?


俺はイカロスの腕を掴みその場に留め、セラフィとアリウスにも宥めるのを手伝ってもらった。

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