1章~白黒の番15

「あ、一応紹介しておくわね。こっちのドラゴンが黒竜よ。…ほら、挨拶して。」


「…黒竜だ。」




…これは意外だった。白竜に促されたとは言え、てっきり黒竜は黙りこくるものだと思っていた。




「あ…アリウスです。よろしくお願いします…。」


「私はセラフィ。よろしく。」




セラフィは黒竜に手をひらひらとさせながら、気安く応えた。




「セラフィ…そんな気軽でいいのかな…?」


「アリウスもこのくらい気軽になってもいいと思うよ。」


「ん〜…まだ無理かも…。」


「そんなに急がなくても大丈夫よ。話していれば、そのうち慣れるわ。」


「あはは…。」




普通の人が、滅多に会うことの無いドラゴンと会って話せるとなると、アリウスのような反応になるのが当然なのかもしれない。




「さっきカリアが、この村の住人と会って話したって言ってたわね。その人たちから私たちのことを聞いたのかしら?」


「あぁ…黒竜と白竜が逢引きしていたって聞いた。」


「逢引きねぇ。確かに黒竜は頻繁に私のところに来てたわね?」


「…。」




白竜が黒竜に話を振ったが、黒竜は目を逸らすだけだった。




「お前たちが番じゃないことは聞いたけど、それに近しい仲なんだろう?」


「ん〜、まぁそうね。簡単に言えば、私たちは恋人のような関係になると思うわ。」


「こ…恋人。」


「えぇ。でもね?黒竜ったら、他の者には絶対に話すな!って言って聞かなくて…。今は許可を取ってるから大丈夫だけど、昔はよっぽど知られたくなかったみたい。」


「そうだったのか。黒竜、どうして口止めしたんだ?」


「…他のドラゴンに知られたくなかったからだ。」


「それくらい言われなくてもわかる。他のドラゴンに知られたくない理由を聞いてるんだ。」


「…お主もそれを聞くのか。」




俺以外からも聞かれていたのか。状況からして白竜にでも聞かれたのだろう。




「まぁ、ちょっと気になるからな。」




理由は大方想像できるが、黒竜の口から聞いてみたいと言う気持ちもある。




「カリア、聞いても無駄よ?黒竜はその辺のことがわかってないみたいだから。」


「…なんだ、自覚してないのか。」


「黒竜…。ちょっとは自覚した方がいい。白竜が可哀想。」


「可哀想…だと?」


「ちょっ…セラフィ!そんな口きいて大丈夫なの…?」


「大丈夫よ、アリウス。あなたは知らないかもしれないけど、黒竜は大人しいドラゴンだから。セラフィ、もっと言っちゃっていいわよ?」


「じゃあ遠慮なく。」




多分白竜に言われなくても、遠慮しなかっただろうな。


今のセラフィはいつもより気迫が凄い気がする。




「黒竜。どうせ番を認めてないのもあなたでしょう?」


「…番という関係に拘る必要は無かろう。」


「白竜はそんなこと思ってないよね?」


「もちろん。黒竜が許してくれさえすれば、番になりたいと思ってるわ。」


「ほら黒竜。白竜はこう言ってるけど?」


「それは…知っておる。」


「黒竜は、白竜と番になりたくないの?」


「いや…そう言うわけでは…。」


「じゃあどう言うわけなの?」


「…ぬぅ。」




セラフィの勢いに、黒竜はたじろいでいる。


こんな黒竜を見るのは新鮮だな。




「なんか…今日のセラフィ凄いね…カリア。」


「あぁ、今日はいつもより元気だな。」


「…止めなくていいの?」


「まぁ、黒竜も大人しくしてるみたいだし大丈夫じゃないか?」


「でも…ちょっと黒竜さんが可哀想だよ…。」


「そうか?黒竜が素直になれば済む話だと思うけどな。」


「…素直にって、どういうこと?」


「どうせ黒竜は、恥ずかしがって番を認めてないだけだと思うんだ。それを自覚すれば、番を認めるのも時間の問題だろう。」


「…カリアとセラフィはさ、黒竜のことをどれだけ知ってるの?」


「え?…何とも言えないな。」




アリウスのその言葉に、俺は自らの振る舞いを省みた。


さすがに、白竜と黒竜に対する俺たちの距離感が近すぎたかもしれないと思い、咄嗟にはぐらかしてしまった。




「…まぁ、はぐらかすよね。結界の外にいるとき、セラフィにちょっと聞いたの。あなたたちの秘密に関わってるんでしょ?」


「…。」




セラフィがどこまで話したかはわからないが、正体を明かしたわけではなさそうだ。




「あぁいや、そういう話がしたかったわけじゃなくてね?…カリアは、黒竜さんが恥ずかしがってるだけって思ってるのよね?」


「…うん。そう思ってるけど。」


「私には…そうは見えない。」


「じゃあ、どう見えてるんだ?」


「何か…考えてるように見える。自分の考えを、感情を、正しく理解しようとしてるように見えるの。自覚できてない気持ちは確かにあるけど、そこに恥じらいの感情は無いわ。」




セラフィに問い詰められて、黒竜は黙って考えごとをしているようだ。


恥じらいの感情は無いと断言して見せたのは、何かしら確信があったのだろうか?




「どうしてそう言い切れるんだ?」


「え、勘だけど。」


「…勘か。」




人は時として、確信に足る勘が働くらしい。


経験の積み重ねによる、言語化できない感覚と言うやつか。




「黒竜。恥ずかしがらなくても、私たちはからかったりしない。」


「…。」




セラフィも、黒竜が恥ずかしがっていると思っていたようだ。


俺は…どうして黒竜が白竜との関係を恥じていると思ったのだろうか。


黒竜が昔から孤高だったことを理由にして、勝手にそう思い込んでいたのか…。




「セラフィ、落ち着いて。黒竜さんが可哀想だよ。」


「…人間に哀れみを抱かれる程、落ちぶれてはおらん。」


「あ…ご、ごめんなさい!」


「…しかし、助けられたのは認める。セラフィがこれ程厄介だとは知らなんだ。…アリウス、礼を言う。」




これはまたもや意外だった。


俺がセラフィたちを迎えに行った時、白竜に何か言われたのか?


アリウスと仲良くするように言われたのだとしても、黒竜はそれを素直に聞き入れるとは思えないが…。




「黒竜…。」




セラフィも意外だという声音でそう呟いた。


俺もセラフィも、黒竜のことを全くわかってないのかもしれない。




「やっぱりあなたは、やればできるドラゴンね。」


「お主に言われたようにしておるまでだ。」




やはり、白竜に何か言われていたか。




「しかしアリウス。何故ワシを哀れんだのだ?」


「…だって黒竜さん、白竜さんのこと大好きでしょ?」


「…ん?当然愛しておるが、それが何か関係あるのか?」


「ほら。恥ずかしがってない。」




アリウスは俺とセラフィの方を向き、それ見たことかと笑顔を見せた。




「…今は随分素直だな、黒竜。俺と会ったばかりの時ははぐらかしていたのに。」


「白竜がワシらの関係を吐いた今、隠しても仕方なかろう。」


「…だとしたら、隠すのが下手すぎる。」




あの時は恥ずかしさ故にはぐらかしたものだとばかり思っていたが、どうやら違ったみたいだ。




「…それは放っておけ。それで、何故ワシを哀れんだのだ?」


「…何となく、黒竜さんが考えごとをしてる姿に誠実さを感じたの。白竜さんのために、自分の気持ちを正確に理解したいって言う、黒竜さんのひたむきさを感じたと言うか…。そんな考えごとをしてる横で色々言われてたから、可哀想だと思ったの。」


「…ごめんなさい。」


「あぁいやいや!セラフィを悪く言うつもりは無いのよ!」




アリウスはセラフィに駆け寄り、頭を撫でる等して落ち着かせに来た。




「…そうか。アリウス。お主は成人しておるのか?」


「は、はい。一応成人してます。」


「では、ワシと言うドラゴンを見定めてはくれんか?」


「え…。私に?」


「そうだ。お主の言う通り、先ほどからセラフィに問い詰められていたことを考えてはみたのだ。…しかし、考えが煮詰まってしまい、結論が出ん。」


「…見定める…という程のことはできませんが、その結論を導き出すお手伝いなら、喜んで!」




とうとうアリウスに助力を求めたか。


一体どんな魔法を使えば黒竜をこのようにできるのか…。


いや違う…俺は黒竜のことを知らなすぎるのだ。


もしかすると黒竜は、元々こう言うドラゴンなのかもしれないな。

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