1章〜白黒の番16

人間とは度し難い存在だ。


己の力を過信してワシに挑んで来る者、束になってワシの寝込みを襲撃する者、ワシへの供物だと言って、同族の人間を贄として差し出して来る者。ワシが今まで会ってきた人間は、話す気も起きないような人間ばかりだった。もともと人間に興味などなかったが、視界に入ることすら煩わしくなってきた。


それ以来、人間と会うことのない森の中で暮らして来た。


白竜の村へ行く時は、白竜に人払いを頼み、徹底して人間と会うことを避けて来た。




白竜は人間との仲を深めるために人間と契約して共生を図ったそうだが、ワシには到底理解できるものではなかった。


人間と関わっても、ろくなことがないのはわかりきっていたからだ。


…現に白竜は、仲を深めようとした人間に、殺されたも同然の傷を負わされてしまった。


だと言うのに、白竜は凝りもせず人間をここに連れて来ると言って聞かん。




「自分のことすらわかってないあなたの精神は、まだ幼稚だと言う証拠よ。…私はあなたに、それを理解して欲しいから、人間と仲良くなって欲しいの。」




白竜はワシの精神が幼稚だと言う。


仮にそうだとしても、人間と仲を深めることで精神的な成長を図るなど…。




「黒竜。私を信じて、人間と向き合ってみて。カリアやセラフィ、アリウスがここに来るなんて、またと無い機会よ?だから私はこうして起きて来たの。」




白竜はワシの今後を想い、大地と契約してまで生き長らえていたそうだ。


ワシと話す機を伺いながら眠っていた白竜が目を覚まし、ワシを人間と向き合わせようとしている。


最愛のドラゴンにそこまでされては、向き合う他ない。


向き合う他ないが…何故か青竜が…セラフィが突っ掛って来た。


ドラゴンだった頃はもっと落ち着いておったはずだがな…。




「黒竜。どうせ番を認めてないのもあなたでしょう?」




ワシが番を認めておらんことが気に入らんようだ。


正直、白竜と番になること自体は悪くない。白竜も乗り気だということも知っている。


しかし…番となることで、副産物が産まれてくる可能性がある。


ワシはその副産物に、憂いを感じているのだ。


この憂いを抱いたまま、白竜と番になりたくは無い。何の憂いも無い状態で番となるのが最も誠実だ。




…しかし、この憂いをどう取り払えば良いのだ。




「黒竜。恥ずかしがらなくても、私たちはからかったりしない。」




今考えごとをしておるというのに…セラフィは余程ワシらのことを番にしたいらしい。お節介な奴よ。




「セラフィ、落ち着いて。黒竜さんが可哀想だよ。」




…セラフィを宥めてくれたのはありがたいが、人間に哀れまれたのは初めてだ。


何故そんな感情を抱いたのだ?




「…何となく、黒竜さんが考えごとをしてる姿に誠実さを感じたの。白竜さんのために、自分の気持ちを正確に理解したいって言う、黒竜さんのひたむきさを感じたと言うか…。そんな考えごとをしてる横で色々言われてたから、可哀想だと思ったの。」




…驚いた。この人間は…アリウスは、ワシの意を読み取ったのか。


カリアとセラフィが連れて来た人間なだけはあるようだ。


…アリウスなら、ワシが抱く憂いの正体を、その取り払い方を、教えてくれるのではないか…。


ワシは、この人間となら仲を深めても良いと思える程に、アリウスを受け入れつつあるようだ。




「では、ワシと言うドラゴンを見定めてはくれんか?」




───────────────────────────




「それで…黒竜さんは、白竜さんと番になりたいと思ってるんですよね?」


「あぁ。それも悪くないと思っておる。」


「ん〜…それでも番を認めないのは、何か気がかりがあると言うことですか?」


「…そうだな。気がかりと言うか、憂いと言うか…。ワシはどうやら、子が産まれてしまうことを気にしておるようだ。」


「…子どもは嫌いですか?」


「…いや、嫌いでは無い。大切に育てねばならんとは思っておる。」


「黒竜…。あなた、そんなことを気にしてたの?ドラゴンの子なんて、滅多に産まれないわよ?」


「…そもそも、ドラゴンの子どもってどうやって産まれてくるの?」


「2頭のドラゴンが互いに番と認め合った時、ドラゴンの卵がどこからとも無く現れる…らしいよ?」




セラフィの回答に、白竜と黒竜は首肯した。




「よく知ってるね、セラフィ?」


「…まぁね。」




…アリウスが俺たちの正体に辿り着くのも時間の問題かもしれないな。




「滅多に産まれないのはどうしてですか?」


「これといった理由はないのだけど、昔から言われてることなの。少なくとも、ここ500年は産まれてないわ。」


「そうなんですね…。黒竜さん。子どもが産まれたら、何か不都合があるのですか?」


「不都合というか…子を守らねばならんだろう?」


「え?まぁ…そうですね?」


「…すまない。ワシはその辺りが良くわかっておらんようだ。」


「あぁ…なるほど。そこから考えが煮詰まったということですね。」


「そうだ。」


「ん~。じゃあ、一番最後から考えましょう。」


「一番最後?」


「はい。多分黒竜さんは、子どもが産まれたその先に…最終的に、嫌なことがあるのだと思います。子どもが産まれたら、最終的にどうなると思っていますか?」


「最終的に…嫌なこと…。」




黒竜は再び黙考するようだ。




「…また少し考えるみたいね。アリウス、ありがとう。黒竜の相談に乗ってくれて。」


「いえ!まだ解決してないですし…。」


「相談に乗ってくれるだけでも、ありがたいわ。そう言えばあなたたち、どうしてここに来たのかしら?私たちに会いに来てくれたの?」




黒竜が考え込んでいる間、俺たちと話がしたいらしい。


時間を有効的に使いたいのか…それとも、それだけ白竜に残された時間が無いと言うことなのか。




「それもあるけど、俺とセラフィは…ガイウスに頼まれて、この村を調査しに来たんだ。…ガイウスは、白竜を傷つけたことを後悔してるし、ミリィの死に囚われているみたいなんだ。それらに決着をつけるため、心の整理をする材料が欲しいと言っていた。」


「…なるほどね。それであなたたちを寄越したのね。」


「私とカリアはそうだけど、アリウスは白竜に聞きたいことがあって来たみたい。」


「あら、何が聞きたいのかしら?」


「…私は、母様がどうして死んだのかを知りたくて、ここに来ました。白竜さんなら、それを知っているのではないですか?」


「…ガイウスからは何か聞いてるかしら?」


「父様は…当時は白竜さんが殺したものだと思っていたそうですが、今は違うみたいです。私も今日、ここに来るまでは半信半疑でしたが…白竜さんと話してみて、母様を殺したのは白竜さんでは無いと思いました。」


「…そう。真実が知りたいのね?」


「はい。」


「…良いわ。セラフィ、ちょっと来て。」


「私?…うん。」




セラフィは白竜に近づき、白竜はセラフィの耳元で何か話しているようだ。




「…白竜が良いなら、わかった。」


「えぇ、お願いするわ。事が済んだら、黒竜に渡しておいてちょうだい。」


「うん。わかった。」




セラフィはこちらに戻ってきて、俺たちに簡単に説明をしてくれた。




「えっと…白竜が後で記憶をくれるから、その時に皆で確認しようってことになった。」




…そういうことか。確かにセラフィに預けるのが正解だな。




「記憶をくれる…ってどういうこと?」


「後で説明する。アリウスのお母さんがどうやって死んだのか、それで確認することができるみたいだから、安心して。」


「う…うん。わかった。」


「アリウス。」


「あ、はい。」


「一段落したら、ここにガイウスを連れていらっしゃい。あの子とも話す必要がありそうだわ。」


「わ、わかりました。」




そういうことであれば、早めにガイウスを連れて来た方がいいかもしれない。白竜の命もそう長くは無いだろうからな。


最短で連れて来る方法を考えておくか…。




「…アリウス。」


「あ、黒竜さん。どうですか?」


「段々と、わかって来たかもしれん。」


「本当ですか!」


「あぁ。ワシはどうやら、白竜に嫌われることを恐れていたようだ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

斯くてドラゴンは人になる 冫メ况。 @kohrimekyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画