1章~賢者の館23

俺たちは王の間へ続く扉の前まで来た。




「君たちは私の後ろに続いてくれ。あとは私が教えた通りにね。」


「うん。」


「わかった。」


「…それでは、扉を開けます。」




先導してくれた使用人が扉を開くと、赤い絨毯の先の玉座に座るガイウスと、その傍に立っているアリウスの姿が見えた。


両脇には、この国の貴族と思われる人たちが並んでいた。品のない二人もいるようだ。




「賢者御一行様をお連れ致しました。」


「良く来られた。さぁ、こちらに。」




国王ガイウスに呼ばれ、俺とセラフィは賢者ヒスイに続いて歩き出した。


両側から好奇の目を向けられながら歩いていると、程なくして賢者ヒスイは立ち止まり、教えられた所作に移った。俺とセラフィもそれに続いた。




「面を上げよ。」




俺たちは顔を上げ、国王ガイウスを見上げた。




「まずは、予定が遅れてしまったことを謝罪する。済まなかった。」


「いえ、ご多忙の中時間を取って下さり、ありがとうございます。」


「寛大な心遣いに感謝する。して、今日は弟子を連れて来ると聞いている。そこの二人がそうか?」


「はい、紹介致します。国王陛下から見て左手がカリア、右手がセラフィです。この二人を、私、賢者ヒスイの弟子として迎え入れることを、ここに宣言致します。」


「ナイト国国王、ガイウス・ナイトが聞き届けた。」




ガイウスがそう言うと、周りの貴族たちが拍手をし始めた。


少ししてガイウスが手を挙げ、拍手を制止させた。




「早速だが、新たな二人の賢者の弟子に、国から依頼を出す。集まってもらった皆には済まないが、極秘の依頼ゆえ、人払いをする。」




俺たちが入って来た扉が開き、周りの貴族たちに退出を促した。


この為にわざわざ集まって来たと言うのに、すぐに退席させるのは不満が出るのではないかと思ったが、皆顔色一つ変えず、速やかに退出して行った。バンデンだけは怒った顔を隠そうともしてなかった。




「父様、私も席を外した方がよろしいでしょうか?」


「…あぁ、済まないが…。」




貴族が全員出て行ったところで、アリウスがガイウスに話し掛けた。




「承知致しました。ですが少しだけ、お話させていただきたいのですが…。」


「…少しだけだぞ。」


「ありがとうございます。ヒスイ様、ご無沙汰しております。」


「うん、久しぶりだね。すっかり大人に成長しててビックリしたよ。美人になったね。」


「お褒めに預かり光栄です。今後とも、ナイト国にご助力頂ければ幸いでございます。」


「私のことはいいよ。二人と話したいんだろう?」


「…お心遣い、感謝致します。カリア!セラフィ!おめでとう!」




アリウスと出会ってから6年間、度々賢者の館に訪れて来たアリウスと仲を深めることができた。


今では俺もセラフィも、ロードもラピスも気さくに話すことができる程になっていた。




「ありがとう、アリウス。」


「ありがと。」


「カリアはやりたいこと見つかった?」


「いや、まだだ。世界中を見て回って、それを見つけたいと思ってる。」


「確かに、それなら賢者の弟子になるのが一番ね。セラフィはカリアについて行くの?」


「カリアに一緒に来てって頼まれた。」


「え、あのカリアが?…意外と素直なところもあるのね。」


「俺を何だと思ってるんだ。」


「あはは。ごめんなさい。…二人とも、賢者の弟子になったら、貴族絡みで困りごとが出てくると思うわ。その時は私に相談してね。」


「…ちょうど愚痴を吐きたいことがある。」


「うわぁ〜!すっごく聞きたいんだけど、ごめんねセラフィ!もうそろそろ私も席を外した方が良いみたい。」


「…済まない、アリウス。」


「父様。お時間を頂き、ありがとうございます。セラフィ!次会った時に聞かせてね!絶対よ!」




アリウスはそう言い残し、王の間から出て行った。




「娘と仲良くしてくれてありがとう。私ですら、あんなに楽しそうな娘の姿は滅多に見ることができないと言うのに、君たちに会うといつもあの調子だ。」


「それなら、もっと話をさせても良かったんじゃないか?」


「予定を遅らせてしまっているからね。」


「そう言えば、ガイウスが予定を遅らせるなんて、珍しいこともあるんだね。」


「この式典の前に、クォーツ王国と調印会議がありまして…会議前に判を紛失したことに気が付き、代わりを用意するのに時間がかかってしまいました。」


「調印会議とは名ばかりの宗教勧誘だろう?…まさか調印したのか?」


「いえ、決して調印などしません。しかし、調印しないからと言って、判すら用意せずに会議に臨むのは、さすがに失礼が過ぎます。」


「あぁ…なら良いんだ。話を戻そう、ガイウス。国からの極秘の依頼ってなんだい?」


「はい。依頼自体は極秘では無いのです。これから私が聞こうと思っていることが極秘なのですよ、師匠。」


「何を聞きたいんだい?」


「この二人についてです。」


「…というと?」


「惚けないでください。ユーベルトとオリファーに似ていることは師匠もわかっているのでしょう?」


「はぁ…君も懲りないねぇ。」


「師匠こそ、いつまであの二人との約束を守り続けているのですか!カリア君とセラフィ君をここに連れて来ておいて、教えてくれないというのはあまりにも酷です!」


「過労で倒れそうな頃の君に、今の君を見せてあげたいよ。」


「話を逸らさないでください!この二人は一体何者なのですか!」


「ん〜…。」




賢者ヒスイは、話しにくそうに目を細めながら横目でこちらを見て来た。


そもそも、賢者ヒスイたちの目的のために、国王であるガイウスに協力してもらう必要があるはずだ。




…いや、そう言えば。


俺は、初めてガイウスと会った時のことを思い出した。




『聞け!人間!黒竜は我らが引き受ける!お前達は下がれ!』


『…っ!ドラゴンの言葉に耳を貸すな!このまま攻撃を続けろ!ドラゴン共を撃退するのだ!』




ドラゴンとの共生に賛同している者から出てくる言葉とは思えない。


それに、実際にドラゴンだった時の俺や黒竜を殺そうとしていた。




「ガイウスさん、聞きたいことがある。」


「…何だ。」


「賢者の弟子になる時、賢者ヒスイの目的に賛同したって聞いたけど、今も賛同しているのか?」


「…今の私には、それに賛同する資格がない。」


「資格の話はしていない。ガイウスさんはどう思っているんだ。」


「…私はドラゴンを殺しているのだ。そんな人間が、ドラゴンとの共生を望むのは筋違いだろう。」


「ドラゴンを殺したことを、後悔しているのか?」


「…後悔しているかどうかはわからない。ただ…後先を考えた行動ではなかったと思う。」




ガイウスが賢者の弟子になった時は、ドラゴンとの共生に賛同していた。


それなのに俺がドラゴンだった頃、初めてガイウスと会った時は、ドラゴンを敵と見做していた。


そして今、ガイウスはドラゴンを殺したことを悔いているように見える。


ガイウスの心変わりの理由はわからないが、本当に悔いているのであれば、取り付く島はあるはずだ。




「セラフィ。ガイウスさんは俺たちが何者なのか知りたいらしい。」


「うん。カリアに任せる。」


「ありがとう。」


「二人とも、本当にいいのかい?」




俺たちが正体を明かそうとしていることを悟ったのか、賢者ヒスイが念を押してきた。




「何か問題があるのか?」


「いや…話しても良いと言うなら、私としてはありがたい。でも…君たちはガイウスに…ただならぬ感情を抱いていないのかい?」




セラフィは直接的に、俺は間接的にだが、ガイウスに殺されている。


普通なら恨みの感情の一つや二つ、持ち合わせるかもしれないが、俺たちは真逆の感情を抱いている。




「賢者ヒスイたちの目的のために、いずれ俺たちのことは話そうと思っていたんだろう?」


「それは、そうだけど…言っただろう?私たちは、君たちの感情を無視することを良しとしない。話したくないのなら、無理に話さなくていい。」


「賢者ヒスイ、俺は意外と素直なんだ。話したくないならそう言っている。」




賢者ヒスイは俺の言葉を聞くと、大きく息を吸って吐き出した。




「…わかった。ガイウス、私から説明するよ。私の不老の秘密も話さなきゃいけないからね。…覚悟して聞くように。」

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