白黒の番33
「…この先の記憶を、私に見せてどうするのだ。」
「どうするかはお主次第だ。一先ず見ていろ。」
「…。」
そう言われたガイウスは何も言えず、俺たちは事の行く末を見守ることとなった。
それからややあって、シャルが動きを見せた。
『…あぁ…黒竜…。』
ガイウスの対竜魔法を受け、地に伏していたシャルは首をもたげながらそう呟いた。
近くにアトラスの魔力を感じたのだろう。
『…こんなところを見られるわけには…いかないわね。』
確かに、当時のアトラスがこの状況を見たら、ガイウスに何をするかわかったものでは無いからな。
『…ごめんなさい。少しだけ私に…黒竜と話をする時間をちょうだい…。』
そう言いながら、シャルは歯を食いしばって身体を起こし、風魔法を使って空へ飛んだ。致命傷を負っていながら空を飛べるのは流石だが、速度は明らかに遅くなっている。
白竜の村に向かっているようだが…これでは途中で力尽きてしまうだろう。
『白竜!』
ガイウスの姿が見えなくなったところで、アトラスが白竜の村の方角から飛んできた。
シャルの状態を見兼ねたアトラスがシャルを背に乗せ、事情を問いただした。
『白竜!その傷はどうした!』
『…その話は後よ…あの草原まで送ってちょうだい…急いで…。』
『…っ。』
アトラスはシャルを背に乗せたまま、急いで白竜の村の草原へと向かった。
道中、当時のアトラスは黙ったままだったが、内心穏やかではなかっただろう。
「ワシは傍から見るとこう見えるのか。ドラゴンは人間程表情が豊かでは無いな。」
何を今更…とも思ったが、元々アトラスは人間と関わる機会が無かったため、そのような感想になるのも無理はないか。
「羨ましいと思わないか?」
「いや…ワシは思わん。」
「そうか…俺は羨ましかったんだけどな。」
「そう思うのはお主とシャルだけだろう。」
「お前も人間と接していれば、いつかそう思う日が来るかもしれないぞ。」
「どうだかな。」
「否定しないんだな。」
「…ワシが今後どう変わって行くか、ワシにすらわからんのだ。お主とてそうだろう。」
「…その通りだな。」
そんなことを話していると、アトラスたちは目的地である草原に着いたようだ。
シャルを背に乗せたアトラスは速やかに降り立ち、風魔法を使ってシャルを地に降ろした。
『黒竜…ありがとう。』
『そんなことはどうでも良い!その傷はどうしたのだ!治るのか!』
『…もう少し…待って。』
捲し立てるアトラスを置いて、シャルは草原に寝そべり目を瞑った。
『待て白竜…!死ぬな…!ワシは治癒魔法が使えんのだ…!使える者を連れて来れば良いのか!?青竜であれば何とか…!いやそんな時間は…!』
アトラスには余裕が無いのか、焦り具合に拍車がかかった。
その隣で、シャルは大地と契約を交わしているのだろう。
それを知る由もないアトラスは、更に追い詰められていた。
『こうなれば人間に…いや!人間に助けを乞うなど…!しかし…このままでは…!』
そんなアトラスの葛藤を余所に、シャルは契約を済ませて傷も治っているが、アトラスは気付いていないようだ。
シャルに呼びかけられ、アトラスはようやく気が付いた。
『…黒竜。』
『白竜…!傷は…治ったのか?』
『…いいえ。今は一時的に生き長らえてるだけよ。…そう遠くない内に死ぬことになるわ。』
『な…!何故だ…!何故お主はそんな傷を負ったのだ!他のドラゴンにやられたのか!』
鬼気迫るアトラスに、シャルは首を振って話をしようとしたが、アトラスは冷静に話を聞ける精神状態では無いようだ。
『…黒竜、話を──────』
『ドラゴンで無いなら誰なのだ!よもや人間にやられたとは言うまいな!あのような弱小種族相手に、我々ドラゴンが遅れをとるはずが無い!』
『…黒竜。落ち着いて、話を聞いて。それには理由があるの…お願いだから──────』
『まさか…本当に人間が…!』
『理由があるの!お願いだから話を聞いて!』
『人間に甘いお主から聞く理由など無い!お主を手に掛けた愚かな人間どもには報いを受けさせねばならん!』
『…黒竜。』
『人間を滅ぼす…!あのような度し難い種族はこの世から排除すべきなのだ…!もっと早くに滅ぼしておれば…白竜がこのようなことにはならなかったと言うのに…!…白竜…?』
シャルは目を瞑って眠ってしまった。
アトラスが落ち着くのを待つため、最低限の生命活動に留めていることなど、今のアトラスにはわかるはずもない。
『白竜…くっ!ガァ゛ァァァァァァ!』
シャルの返事が無くなったのをきっかけに、アトラスは感情を爆発させて空へ飛び上がった。
そのまま白竜の村の居住区域へ向かって行ったようだが、それ以降アトラスが何をしたのかはシャルの記憶には残っていなかった。
ゾル爺たちから話は聞いているが、聞いていなかったとしても、あの後アトラスが暴れ回ったことは想像に固くない。
「…この辺りで良いだろう。セラフィ。」
「うん。これで終わりにする。」
セラフィは『竜の涙』へ流していた魔力を止めると、俺たちの周りの景色が移り変わり、元居た草原の景色が戻って来た。
時間はかなり経っているように思ったが、まだ日は落ちきっていないようだ。
茜差す光の中で、アトラスが口を開いた。
「改めて見ると、当時のワシは滑稽だな。」
誰に言うでもなく、アトラスは自分を嘲笑っているようだ。
一緒に笑ってくれと言われているように聞こえたが、ここに居る者には無理な話だ。
「…同意を求めているのであれば、私はその期待に沿うことはできない。…できるはずも無い。」
「…まぁ、それもそうだな。」
「結局…あなたは私に、何を見せたかったのだ。」
「何を見せたかったのかと問われれば、過去のワシの無様な姿を見せたかった、と言うことになる。」
「…何のために!」
「…お主は、最愛のドラゴンを失ったワシの感情が理解できるか?」
「それは…私も最愛の妻を失ったのだ。当然理解している。」
「そう。ワシらは同じような経験をしておる。お互い、それが原因で我を忘れる程の感情を抱いた。先程の記憶を見ての通りだ。」
「…何が言いたい。」
「ワシも、お主の感情が理解できるということだ。最愛を失っても尚生き続けることの辛さは…ワシにはわかる。」
「…っ!」
ガイウスは目に涙を抱え、言葉を詰まらせた。
「ワシはまだ良い方だろう。最期に立ち会うことができた上に、逝く前に幸せにすることができた。シャルの死を、理解することができたのだ。しかし…ガイウス。お主はそうでは無い。未だ最愛の死を受け入れることができておらんだろう?」
「…それは…そうだ。後悔してもし切れない…。ミリィのことも…あなたの番を手に掛けたことも…!だからあなたに罰を乞うのだ!私が欲しいのは同情では無い!過去に囚われた私を救う罰だ…!」
「そんなものは無い。」
「…っ!」
「お主もわかっておるだろう。他人に渡された理由で、自らを救うことなどできん。」
「…それでは…このまま後悔を抱えて生きろと言うのか…。」
「その通りだ。わかっているではないか。」
「そんな…それはあんまりでは無いか…。」
「何を言っておる。それはお主が欲した罰であろう?」
「…あなたこそ…何を言って…?」
「シャルを手に掛けた後悔を、最愛を失った辛さを抱えて生き続ける。それはお主自身がくれてやることのできる、紛うことなき罰だ。ワシが保証してやる。」
「…これが…罰…。」
「そうだ。今まで生きて来て味わったその辛さは、お主に与えられた罰なのだ。それから早く解放されたいのなら、死ぬしかないだろう。」
「…。」
「しかしお主は今も尚生きている。ということは、まだ死ねない理由があるのだろう。」
アトラスはそう言って、ロゼを撫でながらアリウスを見た。
ガイウスが、アリウスを残して逝けないという気持ちを察しているのだろうか。
「ワシが言いたいことはそれだけだ。」
「…。」
漫然と辛さだけを感じて生きることと、その辛さが罰なのだと受け入れて生きること。
その辛さに意味があるか無いかの違いだが、意味があると認識するだけで生き方は大きく変わるはずだ。
ただ…アトラスはそれを狙って言っているわけではないのだろうな。
ただ単に、感じたことをそのまま言っているだけのように見える。
そしてそれは、図らずも本質を捉えているのだ。
「…シャルさんがアトラスさんを好きになった理由、ちょっとわかった気がする。」
俺の隣をちらと見ると、アリウスがそう呟いていた。
女子会でそう言う話をしたのだろうか。
「…アトラス。ありがとう。」
アトラスを呼ぶガイウスの声が耳に入り、視線をガイウスに戻すと、ガイウスはアトラスに向かって深々と頭を下げて礼を言っていた。
「…正直、私はあなたに殺されるかもしれないと思っていた。ここに来る道中、何度及び腰になったことか…。」
ガイウスは頭を下げたまま自嘲し、言葉を続けた。
「あなたの言う通り、私は早く過去から解放されたくてここに来たのだ。…それが叶わないことも、あなたの言う通りだ。私はあなたを…誤解していた。まさか…あなたに生き方を変えられるとは思ってもみなかった。」
後悔や辛さを抱えて生きることを、罰だと受け入れることができたのだろう。
そう言いながら上げたガイウスの顔は、どこか晴れやかだった。
「礼は不要だ。その代わりに、少し手伝いを頼みたい。」
「…もちろんだ。何でも言ってくれ。」
「子育ての知恵を貸して欲しい。」
「…は…はは…。あぁ…いくらでも貸そう。」
「…アトラス。お前、ロゼは俺に任せろと啖呵を切ってなかったか?」
「いや…啖呵を切ったからこそだ。子育てならワシよりガイウスの方が経験があるだろう。子育てを失敗しないよう他者に頼るだけだ。」
「まあまあカリア。子育てで誰かに頼るのは良くあることだよ?父様なんて、王事ばかりで私に構ってくれる時間があんまり無かったし、基本的にお手伝いさんが身の回りのお世話をしてくれてたし。」
「…耳が痛い話だ。」
「そう言うことなので…アトラスさん、私が手伝いますよ。良いですよね、父様?」
「そ…それは…。」
「アリウスであれば、ロゼも懐いておる。適任だと思うが?」
「…わかった。お前に任せる。」
「ありがとうございます!」
アリウスに大人しくして欲しいガイウスとしては不服そうだが、アトラスからお墨付きをもらっては無下にはできないな。
「…日が暮れてしまったな。子育ての手伝いは後日改めてと言うことでも良いか?…私たちは、国に戻ってやらねばならないことがある。」
「構わん。その『竜の涙』も、一緒にここへ持って来て欲しい。」
「わかった。」
ある程度話も落ち着き、ガイウスの悩みの種についても一段落着いたことだろう。
しかし、まだアリウスとガイウスの戦いは終わっていない。
ナイト王国に戻ってからが本番になるはずだ。
万が一のために、俺も手を貸す必要がありそうだ。
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