白黒の番25
「…ほぉ。ロード、お主はそのような感覚も備えておるのか。」
「あァ。つッても、俺もこの感覚が何なのか良くわかッてねェ。ただ同じもんを感じたッてだけだ。」
まさか、ロードの治癒魔法でそんなことまでわかるとは思わなかった。
ロードはわからないみたいだが、俺とアトラスの共通点なんて一つしかない。もしかすると、俺の中のドラゴンたらしめる何かを感じたのかもしれないな。
「…気にならんか?」
「何がだ?」
「ワシとカリアに感じたものの正体が、だ。」
「…おい。」
余計なことは言うなよ、と俺はアトラスに目で語り掛けたが、アトラスはリンゴを食べながらどこ吹く風と言った様子だ。
「…まァ、気にならねェわけじャねェ。」
「…ふむ。知りたくはないか?」
「まるで、あんたにはわかるみてェな言い方だな。」
「心当たりがある程度だがな。」
「そうかよ。これ、俺も食ッていいか?」
ロードは大して興味を示さず、持って来たリンゴを手にしてそう言った。
「それは良いが…聞かんのか?」
「あァ、あんたからは聞かねェ。」
「…ほぉ。」
アトラスなりに、俺やセラフィの隠し事を話すきっかけを作りたかったのだろう。
余計なお世話を焼いてくれたが、ロードはその世話を受けない姿勢を見せた。
「…俺からなら聞くのか?」
「…はァ。カリア。この際だから言うが…お前、俺たちに隠してることあんだろ。んで、俺のこの感覚の正体は、その隠し事に絡んでるんじャねェのか?」
「…。」
「今更そんなシケたツラしてんじャねェよ。俺もラピスも、お前とセラフィが何か隠してるッてことは知ッてんだよ。」
「…そうだったのか。いつから気付いてたんだ?」
「気付いたッつゥか…ラピスの身体の火傷の治癒をした時に知ッたんだよ。」
「どう言うことだ?」
「ラピスを治癒した時に…ちョッとラピスと話したんだよ。カリアを治癒した時の感覚が何か変だッたッてな。…そん時にラピスから、お前たちが隠し事してるんじャねェかッて聞いたんだよ。元々ラピスは、俺が館に来る前から薄々お前たちが隠し事してるのは感じてたんだとよ。」
「そんなに前から…?それは知らなかったな…。」
「…そりャそうだろうな。俺とラピスは、あんまり首を突ッ込まなねェようにしてたからな。」
「俺たちが話すのを待っていたのか?」
「…いや。別に、お前たちがその隠し事を話したくねェなら、そのまま墓に持ッて行きャ良いし、話してェなら聞いてやる。俺とラピスで話して、そう決めたんだ。」
「…そうか。」
ロードとラピスは、俺とセラフィが隠し事をしていると知った上で仲良くしてくれていたのか…。
気を遣わせてしまっていたことに、俺は酷く罪悪感を覚えた。
アリウスは俺たちの隠し事に随分首を突っ込んで来ていたし、ロードとラピスも根掘り葉掘り聞きたい気持ちは少なからずあるだろう。
…もう、潮時かもしれないな。
「良い友人だな。」
「…あぁ。俺もそう思うよ。」
アトラスの余計なお世話はあったが、ロードとラピスの真意を聞けたことには感謝しよう。
「おーい!」
そうして俺たちが持って来たリンゴを食べ終えた頃、ラピスが俺たちを呼びに来た。
「もう女子会は終わッたのか?」
「うん。何かね、アリウスが皆を集めて話したいことがあるんだって。」
「話したいこと?」
俺たちはラピスに連れられ、シャルの元へ集まった。
「皆、集まったわね。」
「アリウス、何を話すの?」
「…うん。私が話すと言うか…カリアとセラフィに話してもらいたいことがあるの。ここには、私もラピスもロードも居るわ。」
…なるほど。
アリウスがロードとラピスを呼んだのは、この場を設ける目的もあったのかもしれないな。
「…二人が隠してること、話して欲しいの。」
「ちょっ…アリウス!」
「おいアリウス…。」
ロードとラピスは、話を止めるようアリウスに詰め寄った。
「ラピスもロードも、気付いてたんでしょ?二人が隠し事してること。」
「そりャ知ッてたが…無理に聞き出すことじャねェだろ。」
「そうだよ…話したくないことかも知れないし…。」
「…確かに、隠し事を話す勇気が出るまで待ってって、セラフィから言われたわ。」
「…じゃあ、その勇気が出るまで待ってあげよう?アリウスの気持ちもわかるけど───」
「でも!こうでもしないと───」
「アリウス。」
「…カリア。」
俺は三人の押し問答を止め、深く息を吸った。
「…ロード、ラピス。気を遣わせてすまなかった。」
「…ううん。そんなことないよ。」
「…別に。」
「アリウスも、待たせてすまない。」
「…話してくれるの?」
「あぁ。」
「…カリア…良いの?」
セラフィが心配そうな表情で俺を見てきた。
「…ここで言わなきゃ、多分一生言えないと思う。それだけは嫌だからな。」
「…わかった。」
今の状況は、俺たちの正体を言う機会としては絶好だろう。
ロードもラピスもアリウスも、ドラゴンには好意的だ。
きっと俺たちが元々ドラゴンだったと言っても、皆はそれを受け入れてくれるはずだ。
「…俺とセラフィは…。」
それなのに何故、言葉が詰まってしまうのか。
ガイウスには、あんなにあっさり言えたというのに…。
元々の不安要素は、もう無いはずだ。俺たちがドラゴンだったと明かしても、怖がられることは無い。
しかし…ドラゴンだったことは受け入れられても、今までのように接してくれなくなるかもしれない。
急によそよそしくなってしまうかもしれないし、最悪の場合、口を聞いてくれなくなるかもしれない。
今の俺は、その可能性を恐れているのだ。
…それだけ俺は、ロードやラピス、アリウスとの関係を、大切に思っているということか…。
俺は皆に見守られながら、ようやく口を開いた。
「…ロード、ラピス、アリウス。お前たちは、俺の大切な友人だと思っている。」
「私も、そう思ってる。」
セラフィが俺の横に並び、三人と相対しながらそう言った。
「「「…。」」」
「俺とセラフィの隠し事を明かしたら、俺たちの関係が壊れてしまうかもしれないから、中々言い出せなかったんだ。」
「それでも、言うの?」
ラピスが顔を曇らせながら、そう聞いて来た。
「大切な友人だからこそ、知って欲しいんだ。お前たちに隠し事をしたまま生きるのは、俺の性にあわない。」
「私も、皆には知っておいて欲しいと思ってる。知った上で、私たちと仲良くして欲しい。」
「…焦れッてェな。前置きはそんくらいでいいだろ。」
「手厳しいな。」
「てめェらのシケたツラ、見てらんねェんだよ。」
俺とセラフィは互いの顔を見合わせ、くすりと笑った。
シケたツラというのはこういう表情なのか。
「…わかったよ、前置きはこのくらいにしておこう。」
俺はもう一度深く息を吸って、覚悟を決めた。
「…俺とセラフィは…元々ドラゴンだったんだ。」
一瞬の静寂が訪れた後、ロードとアリウスが示し合わせたかのように反応が返ってきた。
「「…なるほど。」」
「…え?何?二人とも心当たりがあるの?」
「…前に、お前の火傷を治癒した時の話を覚えてるか?」
「あぁうん…。カリアを治癒した時の感覚が変だった…みたいな話?」
「そうだ。俺がさッきアトラスを治癒した時に、それと同じもんを感じたんだ。」
「…カリアがドラゴンだから?」
「そうだろうな。」
「そうなんだ…アリウスは?」
「あぁ…うん。私はここに来てから、カリアとセラフィの様子がおかしいなぁって思ってたの。それがドラゴン絡みだったから、何となく納得しちゃった。ねぇカリア、セラフィ。もしかして、転生魔法を使ったの?」
「…あぁ、その通りだ。」
「カリア、転生魔法って何?」
「…簡単に言うと、魂を別の器に移す魔法だ。俺は元々赤竜だったけど、転生魔法を使って人間の身体に魂を移したんだ。ドラゴンだった頃の記憶も残ってる。」
「ちなみに、私は元々青竜だった。」
「へぇ〜…そうなんだ。えっと…それだけ?」
「それだけって…俺たちにとっては、結構勇気のいる話だったんだけどな…。」
「うん…。」
俺とセラフィは顔を見合わせ、皆の反応が想定と乖離していたことに困惑した。
「…皆、思ってたより驚かないんだな。」
「驚いてないわけじゃないんだけど…ねぇ?」
「うん。ねぇカリア、セラフィ。私たちが良くあなたたちに言ってた台詞があったでしょう?」
「私たちに良く言ってた台詞…?」
「私の場合だと…『私より年下とは思えない』かな。」
「私たちの場合だと、『本当に同い年なの?』だね。」
「…確かに良く言われたけど、それがどうしたんだ?」
「わかんねェのか?お前たちの強さや考え方が年不相応だッてことを、俺たちはずッと感じてたんだよ。お前たちの中身が普通の人間じャねェッて考えたことも、1度や2度じゃねェ。ラピスもアリウスも、そうなんだろ?」
「うん。まぁね。」
「ロードの言う通り。カリアとセラフィの中身が普通の人間じゃないってことは、私たちの間で共通認識になってたのね。」
「…それがわかってて、どうして今まで仲良くしてくれたんだ?怖くないのか?」
「全然?だって二人とも良い人だし、面白いし、魔法教えてくれたし。」
「そうだね。中身が普通の人間じゃないことなんて、どうでも良くなってた。」
「まァ、そう言うことだ。そんなお前たちの中身が、ドラゴンだッたッてだけだ。大して驚くことでもねェよ。」
「…はは。そうか…。良かった。」
「変な前置きしてッから何話すのかと思ッたが、大した話じャなかッたな。」
「そうだね。」
「カリア、セラフィ。話してくれてありがとう。急かしちゃってごめんね?」
「…あぁ。」
「…うん。」
俺は安堵したのか、自然と笑みがこぼれてしまった。
隣で笑っているセラフィも、安堵しているのだろう。
「セラフィ。それでも私、諦めないからね?」
「うん。望むところ。」
急にアリウスがセラフィに食ってかかったが、何の話だ?
「何の話だ?」
「「カリアは黙ってて。」」
「…はい。」
俺は二人から、今まで感じたことの無い圧を感じ、引かざるを得なかった。
「ふふふ。カリア、セラフィ。良かったわね。」
「もうお主らの隠し事に合わせる必要は無いな?」
「あぁ。シャル、アトラス。お前たちにも気を遣わせてしまったな。すまない。」
「…やっぱり、シャルさんもアトラスさんも知ってたんですね?」
「えぇ、知ってたわ。」
「ワシもだ。」
「道理で仲が良かったのね…。」
アリウスが納得した声でそう呟いた。
「それより、もう日が暮れてきておるが…お主ら帰らずとも良いのか?」
「え!もうそんな時間なの!」
「おいカリア、どうすんだ?森の夜道は危ねェが…歩いて帰んのか?」
「あぁいや、今日もアトラスに送ってもらおうと思ってる。アトラス、今から送ってもらっても良いか?」
「無論だ。」
アトラスは快諾し、昨日と同じように両前足を合わせて乗り場を作った。
「アトラスさんが送ってくれるの?」
「…そこに乗るッてことか?」
「私も昨日乗ったから大丈夫だよ、二人とも。」
アリウスはロードとセラフィの背を押し、アトラスが作った乗り場へと送って行った。
俺とセラフィも一緒に乗り込むと、アリウスがシャルに話しかけた。
「シャルさん、明日は…父様を連れて来ますね。」
「…えぇ。お願いね。」
「それじゃあ…また明日。ロゼも、またね。」
「ガァウ。」
「バイバイ!また明日!」
「ばいばい。」
ひとしきり別れの挨拶が終わると、アトラスが風魔法を使って空へと飛んだ。
「わぁ〜!すごい!綺麗な景色ね!」
「おォ…!すげェな…。」
「そうでしょ〜。」
何故かアリウスが得意げになっているのが可笑しくて、俺とセラフィは少し笑ってしまった。
「そう言えばカリア、セラフィ。お主らも風魔法を使えば飛ぶことくらいできるのではないか?」
「確かに元ドラゴンなら、そのくらいできそうなもんだな。」
「まぁできるな。なんなら、1人2人くらいなら抱えて飛べる。」
「私も。」
「えぇ…じゃあこの村に行き来する時そうすれば良かったんじゃ…。」
「アリウスはわかってないな。」
「うん。わかってない。」
「…何がよ?」
「せっかく人間になったのに、空を飛んで旅をするなんて風情の欠片もないだろ?」
俺のその言葉に、セラフィは頷いて同意していたが、他の皆は首を傾げ、理解に苦しんでいた。
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