1章~賢者の館9

俺とロードはシスターアルマの部屋を訪ね、事情を説明した。




「では、ラピスは無事なのですね?」


「うん。セラフィが今治療を続けてるけど…完治できるかどうか…。」


「分かりました。落ち着いたら話があるので、それまでここで待っていて下さい。」




そう言うと、シスターアルマは食堂のキッチンへ向かった。


これはかなり怒られそうだが、仕方ない。事前に気づけなかった俺が悪い。


ロードを見ると、眉間に皺を寄せて俯いていた。


ロードは優しい男だ。ラピスに火の番を任せた責任を感じているのかもしれない。




「…俺がもっと周りに気を配っておけば良かったんだ。ロードは気に病まなくていいと思うぞ。」


「…お前は勝手にそう思ッてろ。俺は俺で、俺が悪ィッて思ッてんだ。」




余計な慰めだったか。


それからシスターアルマが帰ってくるまで、会話も無く静かに時間が過ぎて行った。




「2人とも、お待たせしました。ラピスの部屋へ一緒に行きましょう。」




シスターアルマが俺たちを呼び、先導してラピスの部屋へ向かった。




「…クソッ。なァカリア。」


「ん?なんだ?」


「後で話がある。」




ラピスの部屋へ向かう途中、ロードが話しかけて来た。




「あぁ、良いぞ。」




どんな話をされるのか気になったが、先ずはラピスの方だ。




「中に入ってください。セラフィも中に居ます。」




シスターアルマがラピスの部屋のドアを開け、俺たちを中に入れた。


中ではラピスがベッドに寝かされており、傍でセラフィが治療魔法をかけているようだ。




「皆さん。ラピスが大怪我をしてしまった事に責任を感じていると思います。それは私も同じです。何事も、慣れてきた時が1番危険だとわかっていたにも関わらず、私がキッチンで見守る事を怠ってしまいました。申し訳ございませんでした。」




怒られると思っていたが、まさか謝罪されるとは思ってなかった。




「セラフィのおかげで、ラピスの命は助かりました。…しかし、皮膚の細胞が死んでいる所までは回復させることができません。」




という事は、やはり火傷痕が残ってしまうのか。


ラピスを見ると、キッチンにいた時よりは多少見れるようにはなったが、顔や腕、脚にはまだ生々しい傷痕が残っている。




「私たちにできるのは、普段と同じように、ラピスに接することです。…恐らく、ラピスは自分の身体に残った傷を見たら酷く悲しむと思います。それが一生背負っていく傷だと知った時は更に悲しむ事でしょう。その悲しみに負けないように、私と一緒にラピスの心を支えてくれますか?」


「もちろん。」


「…うん。」


「…あァ。」


「ありがとうございます。」




シスターアルマの話は終わったが、セラフィは治癒魔法をかけ続けていた。


俺はセラフィに近寄り、声をかけた。




「セラフィ。」


「…。」




セラフィは今まで見た事がないほど必死な表情を浮かべていた。


もう治癒魔法をかけていても意味が無いことは、本人がよく分かっているはずだ。




「ラピスが助かったのはセラフィのおかげだ。」




セラフィが1番の功労者だと言うことは誰が見ても明らかだ。


それを改めて伝えたが、セラフィは首を横に振った。




「…こんな傷が残ってるのに、助けたなんて言えない!…私にこの傷が残ったら、なんて想像したくないくらいなのに、ラピスが起きたら…なんて声をかければ…!」




セラフィも、人間社会における容姿の価値が高いことを知っている。


ラピスの肌に残った傷は多少治まったとは言え、1番酷い状態と比較しての感想だ。


その傷痕を他人に見せるとなると、俺でも躊躇う程度には生々しい傷が残っている。




「さっきシスターアルマも言ってただろ。ラピスの心が傷ついたら、俺たちでその傷を治していくんだ。1人で背負うな。」


「…うん。ごめん。」




そう言って、セラフィは治癒魔法を止めた。




「ん…。」




ラピスが細い声を発した。気が付いたようだ。




「ラピスっ。気が付いた?痛いとことは無い?」


「ん…うん。えっ…と…なんで皆ここに?あれ、なんだか口が動かしにくいわ。」




ラピスは手で顔の状態を確認しようとした。


そこでラピスは初めて自分の腕の傷を確認した。




「これ…。」


「…キッチンで油の入った鍋の火の番をしていたのは覚えてるか?」


「え…?あれは夢じゃないの…?」


「…現実だ。ラピスは至近距離で爆発に巻き込まれたんだ。その傷は火傷の痕だ。」


「…治せない…の…?」


「…っ!」




ラピスは縋るようにセラフィに問いかけた。


セラフィはラピスと目を合わせることができず、悔しそうな表情で涙を流し、俯いてしまった。




「そう…なんだ。」




ラピスはセラフィのその行動を『治せない』と解釈し、セラフィと同様に俯いて涙を流した。




「…あ。」




何かを思い出したかのように顔を上げ、急いでベッドから降り、部屋にある鏡の方へ向かった。


ラピスは鏡の前に立ち、自分の顔の傷を確認するとすぐに手で顔を隠した。


そのまま重い足取りでベッドに戻り、枕に顔を埋めた。




「…出てって。」




ラピスがそう言ったが、誰も出て行こうとはしない。




「出てってよ!!!」




ラピスの感情に任せた声に反応したのはシスターアルマだった。




「皆さんは行ってください。私は落ち着くまで一緒に居ます。」


「…行こう。」




ここはシスターアルマに任せて、俺とセラフィ、ロードは部屋から出た。


部屋から出て早々に、セラフィが口を開いた。




「…私は部屋に戻る。」


「…わかった。」




深く関わってきた人が目の前で傷ついているのに、何もできない無力感で心がいっぱいになる。


きっとセラフィもそうなのだろう。できれば俺も1人になりたいが…。




「ロード、話があるんだろ?」


「…あァ。俺の部屋に来い。」




俺はロードの部屋に招かれた。

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