白黒の番23

俺はアリウスの部屋の扉をノックした。


「入っていいか?」

「いいよ。」


部屋の中からセラフィの声が返ってきたため、俺は扉を開け中に入った。

部屋の中では、アリウスはベッドにうつ伏せになって寝転んでおり、その足元の傍にセラフィが座っていた。


「調子はどうだ、アリウス。」

「うん…まだ歩くことすらできないわ…。」

「筋肉痛くらいで大袈裟。」

「大袈裟じゃないよ〜…。」


アリウスが朝から足の筋肉痛で騒いでいたため、セラフィが治癒魔法をかけていたが、まだ回復していないようだ。


「さっき賢者ヒスイに連絡を取ったけど、あと2時間くらいでここに着くらしい。」

「え、早いわね…いたたた!」

「アリウス、動かないで。」


アリウスの回復には時間がかかりそうだ。


「カリア。ロードも来てるんだよね?」

「あぁ、来てるぞ。」

「じゃあ、アリウスはロードに任せようかな。私の治癒魔法だと時間がかかりそう。」

「そうみたいだな。ロードが来たらここに連れて来るよ。」


そう言って、俺は部屋から出ようとした。


「どこか行くの?」

「一応、村長にも知らせておこうと思って。その後はガイウスたちが来るまで外で待ってようと思う。」

「わかった。私たちはここで待ってる。」

「わかった。」


俺はセラフィとアリウスを残して宿を出て、イルミナスの家へと向かった。

その道中、紐でくくられた大きな木箱を背負ったイカロスを見つけた。


「イカロス。おはよう。」

「おはようございます、カリア様。」

「その木箱は何だ?」

「これは、カリア様がご所望された食料を運搬するものだと、ワーグ様に伺っております。」


ドラゴンの子のための食料か。


「あぁ…。それにしては大きいな。村の1週間分の食料が入るんじゃないか?さすがに忍びないんだけど。」

「いえいえ、お気になさらないでください。実を言うと、我々では消費できないほどの備蓄があるのです。この村で採れる作物もありますし、村の外の森には自生している食材もあるのです。先日お話ししましたが、お客様にお出しする食事が貧相とあっては、この村の評判に泥を塗りかねません。」

「それで供給を増やした結果、備蓄がたんまりあるわけか。」

「左様でございます。ところで、カリア様はどちらに向かっておられるのですか?」

「ちょっと村長の家に。もうすぐガイウスたちが来るらしいんだ。」

「…承知致しました。食材を積み込み次第、急いでお迎えに上がります。」

「村長と少し話したら俺も入り口で待ってるから、そんなに急がなくていいぞ。」

「ご配慮、痛み入ります。」


イカロスはその場で軽く頭を下げると、足早に食料庫へと向かって行った。


────────────────────────


「村長。俺だ、カリアだ。」


イルミナスの家に着いた俺は、家の扉を叩いてイルミナスを呼んだ。


「入っていいよ。」


中からイルミナスの声が応え、俺は扉を開けて家の中に入った。


「…あれ、ゾル爺も居たのか。」


いつもの長机に、イルミナスとゾル爺が席に着いて話をしていたようだ。


「おう。ちょっとイルの村長と話しててな。もうガイウスらが来たのか?」

「いやまだだ。でも、あと1,2時間もすればここに到着するらしい。」

「随分早いねぇ。」

「シャルの余命が短いことは伝えているからな。ガイウスからしてみれば、急がざるを得ないんじゃないか。」

「それもそうか。それでな…カリア。ガイウスのことなんだけどな。」

「ガイウスがどうした?」

「…今日は私に預けてくれないかい?」


シャルが視覚を共有する契約魔法を使うことを加味したら、余命は明日明後日程度になる。

明日会うことになったとしても、間に合わないことは無いだろう。


「…まぁ、今日だけなら大丈夫だと思う。」

「すまないねぇ。」

「いや、積もる話もあるんだろう。ガイウスが来たらここに預けるよ。その後は、用意してくれた食材を持って白竜の村へ行くつもりだ。俺たちの友達と一緒に、また皆で白竜の村に行って来る。」

「わかったよ。」

「あ、それと…これは単なるわがままだから、別に聞き入れてくれなくてもいいんだけど…。」

「なんだい?」

「…村の皆に、アトラスのことを周知させることはできるか?白竜の村からここに戻る時、昨日みたいに送ってもらおうと思ってるんだ。」

「…ゾル。」

「おう。」

「村の人間に言い聞かせといてくれるかい?黒竜が来ても、危害は加えてこないから安心してくれ、と。」

「あぁいいぞ。実際、危険は無さそうだったからな。俺から言い聞かせておこう。」

「任せたよ。」

「ありがとう。」

「良いってことよ。…んじゃ、早速村の者らに伝えに行かんとな。」


ゾル爺は立ち上がりながらそう言った。イルミナスの家から外に出るようだ。

俺も一緒に立ち去るとしよう。


「俺は村の入口でガイウスたちを待ってるよ。到着したら、ここに連れて来る。」

「…よろしく頼むよ。」

「イルの村長…程々にな。」


ゾル爺は、去り際にそう言い残した。


「…わかってるよ。」


イルミナスの返答を聞き届けたゾル爺は、俺と一緒に家の外へ出た。


「すまねぇな、カリア。昨日からイルの村長の雰囲気が険しくなっとるのは許してやってくれ。」

「いや、仕方ないと思う。…やっぱり、村長はガイウスとの婚姻を許したことを、後悔してるのか?」

「…そうだな。ガイウスと結婚させなければ、ミリィが死ぬことは無かったかもしれんと、イルの村長は度々呟いておった。だがアリウスが来てくれたおかげで、その後悔も薄れて来とるらしい。」


…そうか。


『母様と父様の婚姻を、許してくれてありがとうございます。あなたの…おばあ様のおかげで、私はここに居ます…。』


初めてこの村に来た時、イルミナスはアリウスに感謝されていたな。


「…複雑だろうな。」

「あぁ。イルの村長と言えど、心の整理が難しいらしくてな。恨みが無くなったわけじゃねぇから、多少攻撃的な言葉を使うかもしれんが…ガイウスには、その心の整理に付き合ってもらいたい。」

「…まぁガイウス自身も、いずれ向き合わないといけないって言ってたし、心の準備をする時間が無いことを除けば本望だろう。」

「ははは!違いねぇ!」


そして俺とゾル爺はそこで別れ、俺は村の入口へと向かった。


「…入口の見張りはイカロスに任せてるのか。」


俺は村の入口に着いたが、いつもイカロスが見張りとして立っている位置には誰も居なかった。

この村に人が来ることは滅多に無いから、多少席を外しても問題は無いか。


「さて。ちょっと整備するか。」


昨日、アトラスのために村の入口を広げたが、急拵えが過ぎたようだ。

両脇の木々は無造作に立ち並んでおり、地面の表面もなめらかでは無い。

俺は自分で広げた大地を整えながら、ガイウスたちの到着を待った。


────────────────────────


「おぉ…これは。」


道の整備が終えようとしたところで、イカロスが見張りに戻って来たようだ。


「イカロス、食材の積み込みは済んだのか?」

「はい。つつが無く。」

「ありがとう。」

「とんでもございません。…道を整えて頂いたのですか?」

「あぁ、そうだ。昨日は急拵えだったから、ちょっと綺麗に整えてるんだ。」

「このようなこともできるのですね…。流石でございます。」

「それ程でもない…お、来たか。」

「…いらっしゃいましたね。」


ふと道の奥を見てみると、俺が広げた道に差し掛かろうとしている馬車がこちらに向かって来ていた。

向こうも俺のことを視認できたようで、御者のグレースが手を振ってきた。


「おーい!カリア君ー!」


俺も手を振り返してそれに応え、ややあって馬車が村の入り口前に到着した。

俺たちが乗ってきた馬車よりもかなり大きい馬車だ。


「…この辺ってこんなに広かったか?」

「あぁ。ちょっと訳あって、俺が広げたんだ。」

「…さすがはカリア君だ。お客様方、村に着きましたぜ。」

「やっと着いた!降りてもいいかしら?」

「あぁ。ちょっと待ってくれ。見張りのお方、客を降ろしてもいいか?」

「…はい。では、お客人は皆降りていただくよう、お願い致します。」

「わかった。お客様方、一旦ここで降りて欲しいそうですぜ。」


グレースがそう言うと馬車の扉が開き、ラピスとロード、賢者ヒスイが降りてきた。


「長旅ご苦労さま。」

「カリア!ねぇ早くドラゴンに会いに行きたい!」

「…元気だなァおい。」

「わかったわかった。その前に色々とやることがあるから、それが終わってから行こう。…ガイウスも居るんだよな?」


ガイウスが中々降りてこないため少し心配したが、俺が名前を呼んだのを聞いて、渋々といった様子で馬車から降りてきた。

それを見たイカロスは、ガイウスの元へ歩みを勧めたかと思うと、急にガイウスの前に跪いた。


「…お久しぶりでございます、陛下。イカロスにございます。」

「ん?イカロス…イカロス?」


どうやらイカロスはガイウスと面識があるみたいだ。

しかしガイウスの方は思い出すのに苦労しているように見える。


「…あぁ、もしかして『虫嫌いのイカロス』か?」

「…その二つ名は忘れて頂きたいのですが…そうです。そのイカロスにございます。」

「…お前も、白竜の村の住人だったのか。」

「はい。村の復興のため、一身上の都合を理由に近衛兵を脱退した次第でございます。」

「…そうか。」


イカロスは、元々ガイウスを護衛する騎士だったらしい。

初めて会った時、アリウスのことを知っていたような素振りを見せたのはそのためか。


「ご息女様は立派に成長されておりました。」

「…あぁ。少し奔放なところもあるが、自慢の娘だ。そう言えば、アリウスとセラフィ君の姿が見えないが?」

「アリウスなら、昨日歩きすぎたのが祟って筋肉痛がひどいみたいだ。宿の部屋でセラフィが診てくれている。」

「…はぁ。」


ガイウスは片手で頭を抱えてため息をついた。


「話してる途中で悪いけど、私はこれで失礼させてもらうよ。」

「あぁ…師匠。護衛について頂き、ありがとうございます。」

「まぁ、道中私は何もやる事無かったけどね。カリア。御者のグレースには帰りの分も依頼してるから、その時の護衛はよろしくね。」


俺が首肯して応えると、賢者ヒスイは瞬間移動魔法で帰って行った。

賢者ヒスイが突然姿を消したことに、グレースは驚いた顔をしていた。


「グレース。驚いてるところすまないけど、さっきの話、帰りの分も依頼されてるということは、この村で待ってくれるのか?」

「…あぁ、そういうことになるな。」

「それは助かる。」

「良いってことよ。ところで…馬を休ませてから俺も少し休みたいんだが…村の中に入ってもいいか?」

「これは失礼致しました。カリア様。御者様は私が案内致しますので、陛下をお願い致します。」

「わかった。ロードとラピスも任せていいか?一先ずアリウスの部屋に案内してやって欲しい。」

「承知致しました。」


ロードとラピスはイカロスに任せて、俺はガイウスを連れてイルミナスの家へと向かった。

その道中、ガイウスの足取りが徐々に重くなり、遂には立ち止まってしまった。


「…カリア君。」

「なんだ。」

「どうしてもっと早く、この村のことを言ってくれなかった…。直前に聞いてしまっては、心の準備のしようが無いではないか。」

「単純に、言うのを忘れてただけだ。それに、もっと早く言ってたとしても、心の準備はできないんじゃないか?」

「それは…。」

「村長も、多分心の準備なんてできてないぞ。それでも、ガイウスが来るのを待ってるんだ。」

「…。」


それきりガイウスは黙って俯いたまま、歩みを進めた。


「ここが村長の家だ。」

「…!」


俺の言葉を聞き、ガイウスは顔を上げた。

そして俺が家の扉をノックしようとした時、それをガイウスに止められた。


「…待ってくれ。」

「ガイウス、ここまで来ておいて───」

「私にやらせてくれ。」

「…わかった。すまない。」

「いや…ここまで連れて来てくれて、ありがとう。」

「…うん。」


俺は、イルミナスの家の前に佇むガイウスを一人残して宿へと向かった。

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