1章〜賢者の館19

「一つ、聞いておきたいことがある。」


「答えられることなら何でも答えるよ。」


「ユーベルトとオリファーが、俺たちの器になった経緯を聞きたい。」




賢者ヒスイたちは、魔法の研究に余念が無いように思える。


もし、ドラゴンを人間にする魔法を研究するために、二人を利用したということであれば、俺は今後賢者ヒスイを信用することができないと思った。




「…わかった、話せるところまで話すよ。まずは、私たちの目的について話そう。」


「目的?」


「あぁ。私たちの目的は、人間とドラゴンが共生する世界の実現だ。ユーベルトとオリファーとガイウスには、この目的を伝えた上で私たちの手伝いをしてもらっていたんだ。」




人間とドラゴンが共生する世界か。想像ができないな。




「手伝いについてはガイウスから何か聞いてるかもしれないけど、主に情報収集をお願いしていたんだ。ユーベルトとオリファーにもお願いしたかったんだけど…あの二人には時間がなかったんだ。」


「時間がなかった?」


「ユーベルトとオリファーがこの館に来てから、5年後に死ぬのは決まっていたんだ。卒業してからは2年後に…ってことになるね。」




ガイウスの話とも一致する。




「それは…どうして?」


「紫竜の固有魔法について、君たちは知っているかい?」


「…知ってるよ。このタイミングでその話をするということは、そういうことか?」


「そういうことだ。ユーベルトとオリファーは、紫竜の固有魔法で契約を交わしたんだ。」




紫竜の固有魔法。その魔法を使うと、紫竜を中心に効果範囲が展開される。その範囲内では、紫竜以外は一般魔法が使えなくなるという魔法だ。また、範囲内にある魔力を正確に捉えることもできるらしい。


しかし、これには発動条件がある。


それは、合意の上で他者と契約することだ。契約した者は、余命が5年になる。


この魔法は紫竜の魔力を一切使わないが、効果範囲の展開時間は、1回の契約で最大24時間という制限がある。




「どうしてそんなことに?」


「…その辺の経緯については、私たちからは話すことができないんだ。」




今まで情報を出し惜しみすることはなかった賢者ヒスイが、あの二人の過去については話せないと明言した。


これについては聞くことはできなさそうだ。




「…そうか。」


「紫竜からなら、聞いてもいいの?」


「…あぁ。紫竜に会えたら、聞いてみるといい。」


「わかった。」


「…あの二人は紫竜と会って話がしたいと言っていた。私たちも紫竜を探して回ったけど、結局見つけることができなかった。そして、あの二人の余命が近づいてきた頃に、私たちはユーベルトとオリファーから提案されたんだ。自分たちの身体を素に器を作って、ドラゴンの魂の受け皿にできないかってね。」


「私たちはそれを最初に聞いた時、無理だと思っていたの。技術的にはできるかもしれないけど、そもそも人間になりたいドラゴンが居ないと意味が無いからね。」




確かに、そうかもしれない。


俺とて、提案されなければ考えもしなかったことだ。




「でもユーベルトとオリファーは、私たちの目的のために、自分たちの身体を活かして欲しいって言ってくれたの。だからヒスイちゃんは、一縷の望みにかけて、ドラゴンを探しに旅に出たの。」


「そして赤竜に出会った。『人間に転生する魔法』を使ってくれるかどうか、いつ使ってくれるのかはわからなかったけど、準備してた甲斐もあって、こうしてカリアとセラフィを迎えることができたというわけだ。」


「器の取り合いにならなくて良かったわね。」


「器の取り合い?」


「あぁそうそう。君たちの魂に、ユーベルトの器とオリファーの器のどちらが良いかを選んでもらったんだ。どちらがどちらを選んだかは、言わずもがなだね。」




俺たちの魂が、馴染みやすい方の器を選んだということか。




「あと、君たちの名前はユーベルトとオリファーが付けた名前だ。気に入ってくれてると良いのだけれど。」


「俺は結構気に入っている。」


「私も。」


「そうか、それは良かった。…これで話は以上だ。話せない部分もあったけど、聞きたかったことは聞けたかな?」


「うん。聞きたいことは聞けた。」




とりあえず、賢者ヒスイとユリは信用しても良さそうだ。杞憂に終わって安心した。




「セラフィからは何かあるかい?」


「ううん。大丈夫。」


「よし、それじゃあ今後の話に移るとしよう。」




賢者ヒスイは身体を伸ばしながらそう言った。




「君たちは卒業したら、何かやりたいことはあるかい?」


「…なぜそんなことを聞く?ヒスイたちを手伝わせるために、俺たちを人間にしたんじゃないのか?」


「私たちはドラゴンと共生したいと思ってるんだよ?私たちの目的を達成するために手を貸してくれるならありがたいけど、君たちの意志を無視したら、とても共生とは言えないからね。」


「まぁ、それもそうか。」


「君たちにやりたいことがあるなら、私たちも協力する。だから、君たちも私たちに、少しでもいいから協力して欲しいなぁ…って言う魂胆だ。」


「…なるほど。じゃあ遠慮なく言わせてもらうけど、俺にはやりたいことが無い。」


「…そう来たか。」


「だから俺は、やりたいことを見つけたい。人間になった今、ドラゴンだった時にはできなかった経験が、この世界にはたくさんあると思うんだ。…俺は、世界中を旅して回りたい。」


「それって…。」


「国王ガイウスから、賢者の弟子はそれができると聞いた。」


「まさか…。」


「俺は賢者の弟子になりたいと思う。ヒスイたちの目的にどれだけ力になれるかわからないけど、やりたいことが見つかるまでは協力しようと思う。セラフィも俺に着いてきてくれるらしい。」


「うん。着いて行く。」


「「っ…!」」




ヒスイとユリは目を合わせ、立ち上がって互いに抱きしめ合った。




「良かった…!これは大きな一歩だ!」


「うっ…うん…良がっだ…。」




抱きしめ合う二人は喜びを顕わにしており、ユリに関しては泣いている。




「そんなに喜ばれるとは思わなかった。」


「…うん、ごめんごめん。私たちの目的からしてみれば、人間側に付いてくれるドラゴンが居てくれるだけで、かなり心強いんだ。」


「元、ドラゴンだけどな。」


「それでも心強い。しかも二人も居るんだ。喜ばせてくれ。」


「それはいいけど…俺とセラフィは賢者の弟子になれるってことでいいんだな?」


「あぁ…!もちろんだとも!…二人とも、おめでとう。今日から私の弟子だ。明日ガイウスに会って、報告しないといけないから、それまでに出立の準備をしておいてくれ。」


「わかった。」




結局、1時間以上話し込んでしまったな。




「また明日、ここに迎えに来るよ。今日はお疲れ様。」


「あぁ。色々話してくれて、ありがとう。」


「…私たちの方こそ、ありがとう。…私たちは研究室に戻ると、シスターアルマに伝えて欲しい。ユリを落ち着かせないといけない。」


「わかった。」




そう言うと、賢者ヒスイとユリは一瞬で消えてしまった。




「瞬間移動の魔法か?」


「多分、そうだと思う。」


「あの二人なら何でもできそうだな。」


「…私もそのうちできるようになる。」


「それは心強いな。」




俺は部屋から出ようとしたが、セラフィはその場から動こうとしなかった。




「セラフィ?」


「ねぇカリア、賢者ヒスイとユリの目的の先には何があると思う?」


「…何かはあると思う。けど話してくれないだろうな。気になるのか?」


「うん。あんなに喜ぶのはおかしいと思う。」


「それは俺も思ったけど…目的の先にあるのは、きっと悪いことじゃないと思うんだ。」


「…じゃあ私もそう思うことにする。」




そう言いながら歩きだしたセラフィと共に、俺は賢者ヒスイの部屋から出て、部屋の外で待っていたであろうシスターアルマに伝言を伝えた。

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