33 十歳のアリア

 修練場の一角で、私はミイと剣を向け合っている。

 お互いに修練用の服に着替え、表情は真剣そのものだ。

 周囲からは、兵士たちが木剣をぶつけ合う音が聞こえているが、若干気も漫ろといったところ。

 こちらが気になってしまうのだろう、後で蹴飛ばしてやらないと。


「……お嬢様、参ります!」

「どこからでも来なさい」


 先に動いたのはミイだ。

 私達の稽古は基本的に、ミイが攻撃をして私が防御をする。

 こちらが攻撃を受けながら相手の問題点を指摘して、指導を行う。

 それくらい練度の差があるのだ。


「やああああ!」


 勢いよく振り下ろされるミイの木剣。

 正面切っての、力任せな一撃は基本に忠実だと言える。

 それを最低限の力で横に受け流し、弾く。

 すると次の一撃が間髪入れずに襲ってくるのだ。

 もともと、瞬間的な肉体強化を得意とするミイ。

 その戦い方は、手数を重ねる連撃スタイル。

 とにかく攻撃を絶やさず、相手に攻め手を与えないやり口だ。


「攻撃が単調になってきている、やるなら一撃一撃に殺意を込めるの。この一撃を防ぎそこねたらそのまま持っていかれると相手に思わせるのよ」

「む、無茶ですよお!」

「威力、速度、勢いは申し分ない。ここからはとにかく気迫を剣に込めないといけないのよね」


 軽く受け流しながら、ミイの問題点を指摘していく。

 ミイの一番の欠点は剣先に重みがないこと。

 物理的なものではなく、精神的なものだ。

 単純に、かつて叩き込まれた癖が抜けていないのである。

 ミイが昔いた闇宵は暗殺等を生業とする組織、感情は可能な限り押し殺すことが好ましい。

 対する今のミイは、私や父様達を守るためという意識が強かった。

 このちぐはぐさは、日々の鍛錬と実践で少しずつ矯正していくしかないだろう。


「とにかく、私や父様たちを守るため、と常に意識して剣を振りなさい」

「そ、その意識でお嬢様に剣を向けるのは無茶ですよ!」

「まぁ、それもそうね……っと」


 言いながら、私はミイの剣を大きく弾く。

 たたらを踏んで数歩下がったミイに、今度は私が剣を構えた。


「じゃあ実際に、貴方に殺意を向けてみるから。それを正面から受ける練習」

「それこそ無茶です……!」


 すぅ、と一つだけ息を吸ってから私は踏み込む。

 一瞬で肉薄した私に、ミイはなんとか剣を正面で構えてみせた。

 隙だらけで、構えた剣の横を抜ければ一瞬でミイを殺害できるけれど。

 これでも、剣を構えられるだけ上澄みだ。

 クルセディスタの兵士の半数は、そもそも剣を構えることすらできない。


「一、二、三」


 そのまま、私は構えられた剣に自分の剣を叩き込む。

 私が殺す気でふるった剣を、常人が受け止めることは不可能だ。

 故に、狙うのはあくまで剣。


「四、五、六」


 ただただ相手の剣を、殺意混じりに叩く。

 それだけ。

 しかし、それだけでも相手にとっては非常に負荷のかかる攻撃だ。

 なぜなら本気で死を覚悟するような剣が何度も何度も向けられるのだから。

 だから大事なのは、何合これを受けられるか。

 ミイの場合は、度胸に関しては申し分ない。


「――十一、十二、十三」


 他の兵士なら、十まで数を数えることは難しい。

 しかしミイは違う、口では無茶だと言いながらも正面からこちらを見据え、剣を受けていた。

 情熱はあるのだ。

 強くなりたい、私の力になりたい。

 剣からはそれがありありと伝わってくる。

 後は単純に、攻撃性を外に発露することだけ。

 そこは、とにかく慣れと経験しか方法がない。

 故にこそ、私はこういうこともする。


「――十六!」


 言いながら、放った剣が一瞬だけブレる。

 フェイントだ。

 そしてミイは――それに、あっさりとつられた。


「あっ!」


 耐性が崩れ、私の剣を受け止められなくなる。

 最終的に、私が剣を眼の前で止めることで、稽古は終了した。


「ここまで」

「あ、ありがとうございました……」


 肩で息をするミイ。

 少しだけ、最後のフェイントに釣られたのが悔しそうだ。


「ミイ、今のフェイントによく反応できたじゃない」

「でも、釣られるのはまずいんじゃ……」

「釣られるくらい、剣を正面から見れているのよ。他の兵士は、そもそも剣を見れていないことも多いから」


 私の言葉に、こちらを意識していた兵士たちが慌てて自分の訓練に戻る。

 その様子に苦笑して見せてから、私は修練場の端に移動した。

 途中、兵士たちの会話が聞こえてくる。


「――それにしても、アリアお嬢様は本当に剣の天才だな」

「もともと、アレだけ観察眼があったんだ。自分でやればああなるのは、そこまで不思議じゃない」


 現在、私は剣の天才を認識されている。

 元から指導をしていたおかげで、剣の腕が化け物級でも誰も疑問に思わないのだ。

 父様や母様だって、私の才能については純粋に喜んでくれている。


「それに……天魔の加護、だったか。相当珍しいものなんだろ? だからこそ、お嬢様もあんなとんでもない動きができるとかなんとか」

「剣を握って、少しもしないうちに誰も勝てなくなったからなぁ」


 加えて私は、天魔の加護の恩恵で身体能力とかも向上していると周囲に説明している。

 それもこれも、全てはクルセディスタ内で私が強いと納得させるためのもの。

 修練場に足を運び始めてから、ずっと用意してきた布石が実ったのだ。

 我ながら、大満足である。

 それと――


「何より――美しくなった」

「背丈も大分大きくなって、今のお嬢様は男なら誰もが見惚れてしまうだろうな」

「ああ、とは大違いだ」


 ――加護の洗礼を受けてから、もうすでに二年が経った。

 私は更に背丈が伸びて、齢十にしてそこらの成人女性にも負けないくらい背が高い。

 だが、なぜだろう。

 なんとなく、私の身長はこれ以上伸びない気がするのだ。

 ある程度は伸びるだろうが、最終的に小柄な部類で収まりそうな気がする。

 ともあれ。


 二年後のアリアわたしは、今日も稽古に励んでいる。

 とても楽しい。


 ――


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