25 ルプラス伯爵 ②
聖都は非常に守りが厳重だ。
魔物が出現したら、すぐに警報がなるよう魔術が整備されていると聞いた。
そんな状態で、魔物の気配?
仮に誰も気づいていないなら、とんでもないことになる。
というか、おそらくなっている。
この気配は気のせいではない。
「ま、魔物の気配なんて……そんなの全然しませんよ!?」
「本当に若干だけど、あの屋敷を監視してる気配があったの。正確に言えば、マナね」
マナにはそれぞれ個体差があって、人によってその形は異なる。
マナが魂を形成する際に、異なった形に変化するのだ。
故に魔物もまた、人とは違う独特なマナを有している。
魔物を察知するための魔術も、それを検知するように作られているのだ。
「ただ、今回の魔物はどうも、他の魔物とは違う気配をしている。私も、以前に同じ気配と出くわしていなければ気づかなかった」
「お、同じ気配?」
「――ダスタウラスよ」
私達は今、屋敷を離れて貴族街を足早に進んでいる。
周囲に人影はあまりない。
ほとんどの貴族が、洗礼の聖堂やその周辺に集まっているのだから当然か。
もしくは、家の中に引きこもっているか。
「ダスタウラスのマナは、通常の魔物とは別のマナなの。本当に微細な違いで、ミイが気づかないのも無理はないけど」
「ええとダスタウラスって……魔神ザガンの配下ですよね?」
「察しが良いね、ミイ。魔神ザガンの配下、言い換えればザガンのマナから生まれた魔物」
実際、ダスタウラスはザガンが死んだクルセディスタの森にしか出現しない。
何よりザガンのマナを取り込んで強化したあの状態は、ザガンが作った魔物でなければ成立しないのだ。
「おそらく今回も、魔神のマナから作られた魔物。そのせいで、既存の魔物しか反応しない結界をすり抜けた」
「それって……大問題じゃないですか!?」
「その通りね。これも後でルプラス伯爵に伝えないと」
とにかく今は、察知した魔物の気配を追いかけるしかない。
私達が足早に貴族街を進んでいるのは、魔物の監視を切るため。
向こうはこちらを警戒しているようだったが、流石に探知外に出てしまえば警戒しようがないだろう。
問題は、相手がどこまでこちらを察知できるかという問題だが。
「正直、それに関してはさっぱりね」
「うう……お嬢様でもわからないことがあるのですね……」
「だから、別の判断基準で判断することにしたの」
「と、いいますと」
私は、そこで一歩立ち止まった。
それからもう一度、ルプラス伯爵邸の方へ足を向ける。
……よし。
「向こうが私の探知能力より、探知範囲が低いと判断する。マナの気配がもともと小さいから、相手は木っ端の魔物よ。私の探知範囲のほうが上のはず」
「か、解決方法が無理やりすぎます!」
「そして今、探知範囲ギリギリまで来た。ここから気配を消して魔物に接近する。ついてきて」
「わ、わかりました!」
無理です、とは言わなかった。
さすが元闇宵、隠密スキルは非常に高い。
なお、気配を消して接近すると言っても、人目を避けるわけではない。
あくまで向こうの探知をすり抜けられればいいのだから。
もちろん、向こうの視界に入りそうなら隠れてやり過ごすけれど。
「で、こっちね」
「は、はい」
「いまのところ、気配に動きはなし、注意もこちらへは向いていない」
「一度やり過ごせたってことでいいんでしょうか」
おそらくは、やり過ごせたのだろう。
加えてわかることとして、向こうはこちらの会話は聞こえていない。
聞こえていたらどう考えても、注意はこちらに向くはずだ。
私は要件をすべて使用人に伝えたのだから。
「……近いです、よね」
「流石にこの距離なら気付くみたいね。ミイはここで待機、私に何かあったら誰でもいいから人を呼んで」
「お嬢様に危険なことを……と言いたいところですが、お嬢様に危険が及ぶ場合、私がいると足手まといになってしまうのですよね」
その分、ミイには別のことを期待している。
もとから構想はあったが、今回ミイの加護がその構想と相性が良かったことで一気に現実味を帯びてきた。
「じゃあ、吉報を待ってて」
「は、はい!」
かくして、私はルプラス邸を監視している魔物へと襲いかかり――
「……本当に木っ端の魔物じゃない」
一瞬で捕獲した。
目玉に羽が生えたような魔物だ、見たことはない。
やはり魔神の配下、と考えるべきなのだろうが。
「マナの総量が少なすぎる、本当に使い捨ての監視要員って感じ」
”…………”
「とはいえ、それくらいのマナの量じゃないと、他人にバレる可能性もあるから痛し痒しね」
聖都の警報をすり抜ける方法は、あくまですり抜けることにしか効果がない。
いくら隠密をしっかりしていても、私みたいに誰かが気付く可能性もある。
監視だけが目的なら、極力マナが少ない魔物を配置するのは合理的だ。
「さて、私が言いたいことはただ一つ」
”…………”
私は、目玉の魔物の羽を掴んで視線をぐい、と自分に合わせる。
鋭く睨んで、威圧的に言い放った。
「あなた、喋れるでしょう。何が目的なのか、吐いてもらうから」
その瞬間、目玉の魔物は――まさしく血の気が引くとしか表現しようがない表情を視線だけで表現するのだった。
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