26 魔神の配下

 「ああその、何を言っているかわからないという顔、実にわかりやすい。おっと、どうしてわかったんだ、という顔になった」

”…………”


 目玉の魔物を握りしめながら、時折手に力を込めつつ話をする。

 相手に、私という存在が逆らってはいけない存在だと、刷り込んでいく。


「知性、というのは非常に複雑なのよね? 人間並みに頭のいい生き物は、見れば人目で他の生物との違いがわかるの」

”…………”

「思考する、という行為ができるから。今、どうやってこの場を切り抜けるか考えているあなたみたいに」

”…………!!”


 もっと単純に、目というのは知性の体現だ。

 知性あるものは目で感情を語る、今目の前でうろたえている目玉の魔物のように。


「まぁ、喋らないというならそれでいい。無理やり言葉を聞き出す方法はいくらでもあるから」


 拷問、というのは正直あまり好きな行為ではない。

 必要ならばいくらでもするが、必要でないならしようとは思わない行為だ。

 ただ、今回は明らかに必要である。

 そうなれば、私はいくらでも非道を働こう。

 例えば、目に指を押し当ててみたりとか。

 ……この魔物、弱点を露出し過ぎではないだろうか。



”……ま、待った! 喋れる、確かに俺は喋れる!”



 そして、指が今まさに目に押し当てられようとしているタイミングで、目玉の魔物が口を開いた。

 性格には、言葉が耳に直接入り込んできた。


「ようやく口を割ってくれたのね」

”な、なぜわかった……? だろう”

「今の時代なら、ね。でも昔はそうじゃなかったの」


 なぜ魔物が口を割ろうとしなかったのか。

 魔物は本来、喋らないと思われているからだ。

 魔神は喋るが、アレは色々と例外である。

 だけど、私は知っている。

 昔――今から千年ほど前の時代は、喋る魔物もいないわけではなかった、と。

 たいていは超大型の魔物で、人類の脅威になりうる存在だ。

 なぜ、今の時代に喋る魔物がいないのかといえば単純で、喋れる魔物が軒並み討伐され忘れられていったからである。


「さて、それじゃあどこから話してもらおうかしら」

”……口は割ったが、喋れることなど何もないぞ。俺は見ての通り、使い捨ての木っ端魔物だ”

「……どうかしらね?」


 確かに、マナは少ない。

 探知範囲も私より広くはないし、気配を消した私の接近に気付けなかった。

 でも、だからといってそれがこの魔物のスペックの低さを保証するものだろうか。

 違う、と私は考える。


「そういうふうに作られている、のでしょう? あなたの目的は聖都の警戒をすり抜け、かつ周囲からさとられずルプラス邸を監視すること」

”……なんのことかわからないな”

「発言する際、一瞬だけ呼吸を整えた。ボロを出さないよう冷静であろうとしている証。つまり正解ということね」

”……っ!”


 正確には、正解と断言したその言葉への反応で嘘を見抜いているのだが。

 そこは、あえて話す必要はない。


「魔神は魔物を生み出すことができる。その用途にそって、ある程度自由に。だからあなたみたいな弱小な魔物でも知性を有している」

”……だから、なんだというのだ?”

「そうね、例えば――」


 私は、普段ならしない女性らしい仕草――口元に指を当てる所作――を見せつつ考えて見せる。

 実際には既に、答えが出ているものをもったいぶっているだけなのだが。



「聖女の器が、ルプラス邸を訪れようとした時にそれを知らせる、とか」



 その言葉に、しかし。

 それまでの怯えた態度から一点、魔物は勝ち誇ったように笑い出した。


”ハハハハハ、バカだな! 知恵が回るのはいいが、踏み込みすぎだ!”

「これは……」


 マナが活性化している。

 魔物の中で、マナが暴れまわっているのだ。

 それはおそらく、母様の症状に近い。

 マナを制御できず、最終的にはその負荷で自滅してしまうのだ。


”俺は、自分の目的が他人に知られた場合、これ以上情報を与えないために自爆するようにできているんだよ!”

「自爆!?」

”といっても、本当に爆発するわけではないがな”


 言いながら、少しずつ魔物の体が消えていく。

 実際、爆発したら私を攻撃はできても、騒ぎになって隠密の意味が薄れる。

 何より私は強いから、爆発程度で傷を負ったりはしない。

 なら、跡形もなく消えたほうが効率はいいのだろうが。


「無茶をする!」

”なんとでも言え、貴様の言う通り俺は魔神の御方によって作られた使い捨てのコマ! 御方に報いられるなら本望!”


 そして、魔神は最後に――


”俺がここにいたという事実だけを抱え、その裏に潜む陰謀に怯えるがいい! 聖女の器!”


 そう言って、消滅しようとした。

 私は、体内のマナに意識を向けながら、それを見ていた。



 ◯



 それからしばらくして、私はミイと合流した。


「お、お嬢様。無事でしたか?」

「ええ。何事もなく。ただ少し困ったことになったの」

「と、いいますと?」

「捕まえた魔物は、自滅した。その事は魔物の親玉に伝わるでしょうね」

「……え、それって」


 私は、少し困った様子で肩を竦める。


「ミイ、これから少し、あなたにやってほしいことがあるの。晩餐会は明日の夜だったはずね?」

「え、ええ……そうですね?」

「それまでに、覚えてもらいたいことがあるのよ」


 困惑するミイ。

 私も、正直困っている。

 どうしたものかな、あの魔物。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る