27 晩餐会
晩餐会は、ある意味で加護の洗礼というイベントのフィナーレの一つだ。
加護の洗礼は千年前から行われてきた儀式である。
当然ながら、洗礼を行うということの意味は大きい。
年齢的にもちょうど働けるようになる年頃ということもあって、洗礼の儀は成人の儀も兼ねていた。
故に、加護の洗礼はめでたいこと。
行われる時期が、地域によっては収穫期と重なるのもあって昔から盛大に加護の洗礼は祝い事として行われてきたわけだ。
魔神の出現によって、人類が窮地に追い込まれていてもそれは変わらない。
むしろ、洗礼の日くらいは普段の鬱屈とした感情を忘れ、無邪気にはしゃごうという考え方もある。
何にせよ、そんなときに行われる晩餐会だ、貴族は参加しないわけには行かない。
正直、そんなことをしている暇があったら、鍛錬でもしていたいのだけど。
残念ながら今後のことを考えたら、同年代の騎士団重役候補とはコネクションを作っておきたい。
最低でも、お互いに事務的なやり取りは遅滞なく行える程度には。
まぁ、向こうがこちらをどう思っているかはともかくとして。
そして今年の晩餐会の主役は、間違いなく私だ。
単純に美貌もさることながら良くも悪くもクルセディスタというのは注目度が高い。
加えて、洗礼の場で他とは違うことをした。
結果授かった、天魔という謎の加護。
私の美貌に興味を持たない貴族でも、その加護の詳細については気になるものもいるのではないだろうか。
かくして、洗礼の儀式から翌日。
晩餐会は開かれた。
多くの貴族が――中には洗礼に参加していない貴族まで――集まり、会場は非常に賑やかだ。
それでも、やはり注目は”私”に集まる。
美しいドレスをまとった、青白い髪の美少女がそこにいる。
凛とした所作、楚々とした立ち振舞。
誰もが振り返るようなその美貌を振りまきつつ、しずしずと少女は歩く。
そんな彼女に、声を掛ける貴族がいた。
「やあ、お噂はかねがね。お目にかかれて光栄だ、アリア嬢」
「アリア・クルセディスタですわ」
そう言って、静かに一礼。
その後、”私”は物静かにその場で微笑んでいる。
声をかけた貴族が、色々と話をしているがそれを巧みに聞き流していた。
本当に、なんとなく聞いている雰囲気を出しつつ微笑んでいるだけだ。
だが、私の顔の造形が良すぎて、それでもなんとなく話を聞いている感じが出ている。
話が終わったら一礼をして、その場から離れる。
そんなことを、何度も繰り返しながら”私”はできるだけ目立たないよう会場の隅へと落ち着いた。
自分から積極的に話しかけようとしない限り、向こうからの挨拶が終わったら自然と壁の華になるだろう。
◯
晩餐会の会場は大いに盛り上がり、その猿の姿をした”魔物”はほくそ笑んでいた。
案の定、誰もが浮かれて魔物の存在に気づいていない。
当然だ、かねてよりその魔物は聖都への侵入を企てており、その練習も兼ねて目玉の魔物を”生み出し”ルプラス邸の監視に充てていたのだから。
魔物は、魔神グシオンの配下だ。
英雄ディオスと相打ちになった、魔神グシオンである。
その狙いは非常に複雑であると同時に、達成が困難だ。
だからこそ、別に魔物はその目的が達成できなくてもよいと考えていた。
だが、条件がクリアされれば話は別だ。
聖女の器が加護を授かり、そのタイミングで騎士団の加護開発者のルプラスが聖都を離れている、などという。
あまりにも低い可能性をクリアした先にある条件を。
その幸運を、掴んだともなれば。
事の始まりは、今から一日前。
ルプラス邸の監視を行っていた目玉の魔物が突如として消滅した。
しかも退治されたのではなく、自爆機能を行使しての自滅。
とすれば、目玉の魔物に気づいた人間がいたということで。
そんなことが可能なのは、それこそ聖女の器以外にはありえない。
だからこそ猿の魔物は行動を決意した。
今日、この日。
聖都中の貴族は、加護の洗礼を記念した晩餐会に集まる。
立場上、そこを抜け出せる貴族はまずいない。
それこそ、ルプラス伯爵くらいなもののはずだ。
故に、貴族――聖女の器が発生する可能性のある存在――は身動きが取れない。
それ以外の人間なら、取るに足らない。
故に、猿の魔物は晩餐会の夜に動き出したわけである。
実際、警備の兵士は一瞬で無力化できた。
殺さない理由は単純で、”餌”を献上したかったから。
殺す必要もないのに、快楽を優先して人間を殺し、”餌”を減らしたとなれば間違いなく”御方”からの叱責を受ける。
故に殺さず、猿の魔物はそこに足を踏み入れる。
加護の聖堂。
洗礼を行うための場所、そこに。
”御方”を目覚めさせる鍵が眠っている――
と、そこで猿の魔物は気がついた。
洗礼を行う祭壇に、誰かがいる。
祈りを捧げ、ステンドグラスをすり抜けて祭壇を照らす月光に彩られている。
そこにいたのは、言うまでもない。
「――お待ちしておりました、魔神グシオンの配下」
私だ。
警戒しながらも、ゆうゆうと聖堂に入ってきた猿の魔物を、私は祈りをやめて立ち上がり。
悠々と見下ろした。
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