9 ミイという少女 ①

 例の騒動から一年が経った。

 あの少年は健やかに成長し、今ではクルセディスタ一の有望株として年長者から愛情を持ってしごかれている。

 少年も、それに対して正面から取り組んでいるのでかなりの好循環と言えるだろう。


 そして私も、少しずつ肉体が出来上がってきた。

 本格的に鍛錬を始めるにはまだ早いが、勘はできるだけ取り戻しておきたい。

 来年には加護を授かる洗礼式がある。

 その前に、最低限前世と見劣りしない程度には、仕上げておきたい。


 ただまぁそうなると、周囲の目をどう誤魔化すかが問題だな。

 流石に、今の自分が戦いたいから外に出してくれと言われても父様も了承しないだろう。

 いくら私が強くても、だ。

 後は――


「アリア様、随分と物憂げですが、なにか考え事ですか?」

「ん……ミイ」


 ミイ。

 私の専属メイドも、誤魔化さなくてはならないだろう。


「ここ最近、領内で魔物の活動が活発になっているの」

「領内で、ですか。あまりそういう話は聞きませんが」

「本当に誤差程度のもので、多分父様も気付いていない」


 いいながら、私はノートに書かれたデータを見ている。


「どうしてアリアお嬢様にはそれがわかるんですか?」

「勘。後は毎月、兵士から警備中に出くわした魔物の数を確認してメモしてる」

「マメですねぇ」


 数を聞いて記録するだけだから、そこまで手間ではない。

 ただ、問題はその数。

 ここ数ヶ月、一度も先月と比べて数がマイナスになった月がない。


「本来なら、月によって数は多少上下するはずなの。なのに、今はそうじゃない。これっておかしいと思わない?」

「いやでも……ほとんど一匹とか二匹とかで、誤差じゃないですか。なんなら増えてない月もありますし」

「たしかにそう。でもこれが、何年も続けばそのうち問題になる」


 魔物というのは、散発的に出現するものではない。

 群れをなして、時には大群で襲いかかってくる。

 魔神が出現してからは魔物が統率を取るようになり、その傾向は更に加速していた。


「……そうなったら、また人が死にますよ」

「そうね。だからこそ、何かしら考えなくてはいけないのだけど……」


 現状、クルセディスタの兵士は警備で手一杯だ。

 そもそもクルセディスタの今の特性上、成長した兵士はセラフィナ騎士団へと出向してしまう。

 他の領に比べれば、訓練している兵士が常駐している分恵まれているところもあるが。

 あまり魔物が襲撃してこないのもあって、だからこそセラフィナ騎士団の助力は望めない。


「ご当主様に相談しますか?」

「そのうちね。でも、今はまだ小娘の杞憂にしかならない。そして杞憂でなくなる頃には父様も気付く」


 もちろん、父様は私が無茶を言えば動いてくれるだろうけど。

 正直、無茶をする必要があるほど、現状は問題が大きくない。

 そして無茶をする必要がなくなるくらい現状が大きくなれば、そもそも父様は普通に行動を起こす。

 おっとりはしているけれど、決して優柔不断な人ではないからだ。


「私は……少しでも、被害が出て欲しくないです」

「ミイはやさしい」

「そんな……私、孤児ですから。被害が出て大切な人を失った人の気持が、解っちゃうだけです」

「知ってる」


 ミイという少女は、元は孤児だった。

 というのは、前にも少し触れたと思うけれど。

 屋敷の前で行き倒れているのを、私が見つけたのだ。

 衣服はボロボロで、傷だらけで、なにかから逃げてきたようだった。

 拾った当初は、周囲に対して警戒心が強く。

 私にしか、心を開いてはくれていなかった。


「思えば、ミイを拾ってからもう二年が経つの? 時間の流れは本当にはやい」

「私も……お嬢様に拾われてからの時間の流れは、とても早く感じます」

「最初は、あんなに警戒して、おっかなびっくりだったのにね」

「も、もう。昔のことはわすれてください!」


 とはいえ、ミイはとても良くやってくれている。

 同年代の少女と比べて、体力があってフィジカルも強い。

 マナの総量こそ少ないけれど、鍛えればきっといい戦士になるだろう。

 才能があるのだ。

 正確には――


「私はもう、お嬢様のメイドなんです。昔とは違います」

「嬉しいことを言ってくれるね」

「お嬢様が与えてくれた命ですから、私はいつだってお嬢様と一緒です」


 相変わらず、その表情は真剣そのものだ。

 それでいてどこか怯えがある。

 捨てられないだろうかという不安。

 うちの、加護を得られず捨てられてきた兵士達と同じ怯えだった。


「さて、どうにもならないことを憂いていても仕方がない。私は修練場の方に行ってくる」

「あ、じゃあ今のうちにお部屋の掃除をしちゃいますね」

「ええ、お願い」


 前世はミイのような、行き場のない孤児だったのに。

 気がつけ世話を任せることにも慣れてしまっている。

 これはまぁ、前世の晩年に門下生が私の世話をしてくていたのもあるだろうけれど。

 そんなどうでもいいことを考えながら、私は今日も修練場へ向かうのだった。

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