少年たちの回顧

 クルセディスタの兵士は、周囲から見捨てられた落ちこぼれである。

 そう囁かれることが、時たまある。

 実際、加護という面では落ちこぼれは圧倒的に多い。

 だが、決して戦闘は加護だけではない。

 加護は確かに、多くの人に戦う力を与える。

 しかしそれは素人を最低限の形に整える力しかない。

 本質的には、肉体を鍛えマナを鍛え、戦闘経験を積むことが強者への近道である。

 ただまぁ、昨今の現状はそんな悠長なことを言っている時間がないわけだが。


 それ故に、クルセディスタの兵士たちのような落伍者は生まれる。

 見捨てざるを得なかった者たち。

 そんな彼らに手を差し伸べたのが、クルセディスタだ。


 そもそも、こういった落伍者を集めて鍛えて、なんとか戦力として使えるようにしなければ行けないという意識は貴族の誰もが持っていた。

 ただ、落伍者自体に侮蔑の視線が向けられる昨今。

 それを引き受けるのは、家名に傷がついてしまう。

 そこで手を上げたのが旧き名門、クルセディスタ。

 というよりも、誰もがクルセディスタが手を上げるだろうと思って丸投げした結果が、今である。


 クルセディスタとはもともと、古くから貧乏くじを引いてきた家柄。

 クルセイダ王国が斃れて以来、その血を引く唯一の正当な家系ではあるものの。

 政治の舞台からは遠ざけられつつ、権勢だけは利用したい者たちの手によってクルセディスタは存続してきた。

 加えて厄介事を引き受けがちなクルセディスタ家の人柄も相まって。

 ”旧き名門”などという半分蔑称な呼ばれ方が定着したわけだ。


 少年は、そんなクルセディスタ家に仕える最も若い兵士だ。

 騎士団の加護を授けられず、ここまで流れてきた落ちこぼれ。

 周囲の人々はいい人ばかりで、彼らに報いるためにも頑張らなければと焦っていた。


 そんな彼は、年頃の少年故かアリア・クルセディスタにほんのりと慕情を感じている。

 あの美しい容姿の令嬢に、魅力を感じない男性はいないだろう。

 少年以外の男性は年が離れすぎていて、妹か娘のように扱っているものがほとんどだが。

 少年は違った。


 そんなところに、今回の仕打ちである。


 ハッキリ言って刺激が強すぎた。

 耳元で囁かれる甘い声音。

 どこか良い香りのするサラサラの髪。

 少年の感情は、もはやアリアを神格化せしめんばかりであった。

 これに関しては、完全に性別を違えたアリアのミスである。

 というか、前世ですら多くの人間の脳を焼きながら、結局誰とも懇意にならなかったアリアである。

 人の恋愛感情というものには、めっぽう疎いのだ。


 ただ、そこからは少年の想像を超える展開が待ち受けていた。

 騎士団の加護を授かった貴族の少年を、一方的に叩きのめしてしまったのである。

 加えてそれは、少年にとってまるでそれまでバラバラだったパズルが一瞬で完成するかのごとく。

 体が、思い描いた通りの軌道を描いて動いていた。


 これに関しては、アリアの狙い通り。

 少年に声をかけたのは、成功体験を与えるためである。

 成長に必要なのは、動機と成功体験というのがアリアの考え。

 少年の場合は、基礎がすでにできていてマナもよく鍛え上げられている。

 ただ、戦い方が彼の素質と合致していなかっただけ。

 アリアはそれをあえて無視し、必要なタイミングで開放した。

 成長の実感と、勝利というカタルシス。

 少年は、完全に前世のアリアと同じく強さに魅入られていた。


 後に、魔神を犠牲なしで単独せしめる部隊の”副隊長”が産声を上げた瞬間である。



 ◯



 バディスタにとって、父は厳しい存在だ。

 常に自分を律するよう求められ、優秀な兄二人と比べられてきた。

 そんな状況で育てば、人は当然歪む。

 バディスタも例に及ばず、彼の場合は”騎士団の加護を得られた”という事実だけが唯一のアイデンティティだった。


 そんな彼にも、運命の出会いは訪れる。

 修練場で出会ったアリア・クルセディスタの美貌を、バディスタは終生忘れることはないだろう。

 アレほど美しい少女は、他にはいない。

 思わず彼なりの言葉で求婚してしまうほどに、彼女は美しかった。


 そしてそんな彼女の手によって、バディスタは人生最大の屈辱を与えられた。


 加護のない人間に敗北し、父に叱責されアリアを失望させた。

 あまりにも多くの屈辱が合わさり、バディスタは冷静ではいられない。

 何よりも気に食わないのは、自分を打ち破ったあの少年にアリアが耳元何かを囁いていたこと。

 嫉妬という感情を始めて知ったバディスタは、以来それに取り憑かれるようになる。


 彼にとって幸いだったのは、関わったのがアリア・クルセディスタであったこと。

 稀代の風変わりな令嬢は、いずれ世界を救うこととなる聖女の卵は、幼い少年の脳を焼くには十分だった。

 手始めに、あんな負けは二度と許されないと感じたバディスタは、それまでサボっていた鍛錬に熱を入れ始める。

 アリアに「逃げるのか」と挑発されたことも、効いていただろう。


 そうなってくると、今度は強くなるのが楽しくなってくる。

 強くなれば、周囲の見る目も変わってくる。

 好循環から、少しずつバディスタは傲慢ながらも成長を見せる。


 だが、彼はまだ知らない。

 彼の憧れたアリアが、後に彼の想像を超える怪物となることを。

 そのことで、彼は多くの価値観を破壊されることを。

 そして何より、彼が敗れた少年は彼と同年代。

 両者が相応に成長すれば、戦場で肩を並べるようになることもあるということ。


 これは、後に魔神相手に犠牲を出さず勝利する部隊の隊長の始まり。

 副隊長と、末永くいがみ合いながら成長していく男の始まりでもあった。

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